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「説明してくれる?」
サラは、少年に言った。
少年は少し汚れており、サラは、家の風呂に入らせた。服はサラのもので、白いTシャツが少年の膝辺りまでに広がっていた。こう見ると、少年は女の子のようにも見える。今は少年に水を与え、少年は黙ってそれを飲んでいた。
「…ボクは、三年前の記憶がないんです。」
ポツリ。彼は呟くように語り始めた。
少年の話はこうだった。
三年前……つまり、5歳頃から名前以外の記憶がなく、実際に今自分がいくつなのかも、分からないという。
気がついたらペトの町におり、さ迷い歩くうちにあの家に拾われたという。
「……あの男の人はまだマシな方でした。他の町の人は、ボクの髪と目が……珍しいというか、怖かったみたいで。特に老人が多いので、災いの前兆何て言われて。」
男は、周りの町人に「町から追い出せ」と言われたが、それを無視していたという。
「売るつもりだったみたいです。ボクが、もう少し成長したら。」
その為に、毎日家の家事を全て行わせ、時にはボロボロになるまで重労働をさせたこともあったという。
それでも、家に置かれるだけマシだった。外に出て一人で生きていくには、彼はあまりに幼かったのだ。
しかし、最近はサラの元に行くようになったことで、男は少年が逃げようとしていると思ったそうだ。
結果、男は少年を家に閉じ込め、出ていけなくした。
さらに、罰として、食料もろくに与えなかったそうだ。
「こっそり、盗んでは食べてたんですけどね。ついにばれちゃって……そしたら、師匠が来てくれたんです。」
「……な、によそれ……」
彼女は、信じられなかった。いや、信じたくなかった。
どうして、この少年にそんなことが出来るだろうか。
サラは、良い母親と、父親に恵まれ、教育を受け、親友もいる。
それなのに、この少年には、それがない。
魔女と人間とはいえ、同じ、人ではないのか。どうして。
彼女は気がつくと一筋の涙を流していた。
「……師匠?」
「あ、あんたは、悔しくないの?そんな……っ」
「悔しいもなにも……どうしようもなかったので。」
「なんで助けを求めるとか……っ!」
「……はい。だから、助けてくれる人を見つけたんです。正確には、魔女、ですけど。」
言葉を耳にし、ハッとして彼の顔を見る。
彼は、サラをじっと見つめていた。
「……でも、やっぱり師匠が迷惑ならボクはもう、旅に出ます。一人でもやっていけるような気もしてきたんです。貴女みたいな人がいるって、知ったから。」
そんなの、ずるい。
そんなことを言われたら、サラの返す言葉は一つだ。
「……いいわよ。弟子にしても。」
「…………!」
「そのかわり!…ちゃんと、ご飯は作ってね。」
「……はい!」
ぱぁ、と少年の顔が明るくなる。
その屈託のない、笑顔にサラは微笑みを返した。
「……師匠!」
ぎゅっ、と少年がサラの体を抱き締める。
「ちょ、なにするの!」
「嬉しいです。ありがとうございます!」
「そう……って、あなた、名前!」
「え?」
「名前よ!これから弟子にするっていうのに、名前が分からないんじゃ不便だもの。」
「名前ですか?ボクは、」
シン
それが、彼の中で唯一知っている確かな名前だった。
「分かった。シン、これからビシバシ行くからね!」
「はい!」
こうして、新米魔女サラは、年下の弟子をとることになったのだった。