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朝だ。
魔女サラの朝はあまりいい朝じゃない。サラは独り暮らしをしてから朝が嫌いになった。
今までは、お母さんが作ってくれた、焼きたてのトースト、フルーツの盛り合わせ、目玉焼きにベーコンが揃っていた朝だ。
でも独り暮らしをはじめてからは、それはない。
そう、こんな、甘くて温かいホットミルクの匂いも、バターをフライパンで溶かした美味しそうな匂いもない、朝なんてキライ…
こんな…匂いも…………?
匂い……ある?
「え!?なんで、いい匂い!?」
がばっと、匂いに気づいてベッドから飛び起きると、そこには、
ご丁寧にエプロンをつけて、台所に立つ知っている顔があった。
昨日の、いじめられっ子少年だった。
「あ、おはようございます。師匠。」
自分が教えた通りのにっこりとした子供らしい笑顔をして、彼が台所に立っている。
サラは焦りすぎて自分が「師匠」と呼ばれた事さえ気づかず言った。
「な、なんで朝からここにいるの……!?」
「朝って、もう10時ですよ。」
はっ、として時計を見ると、10時。
今日は昼から町に出て薬を売る予定だったからよかったものの、もうこんな時間なのかと驚いた。
「そ、それはそうだけど……っ、あんた、なんでここに!?」
「なんでって、弟子ですから。」
「弟子にした覚えはないわよ!」
頑としてお互いに譲らないが、彼は、また殊勝な笑みを浮かべた。
「ふーん、じゃ、こんな弟子でもない奴が作った料理なんて、食べたくないですよね?せっかく作ったけど、仕方ないですね。」
すると、少年は美味しそうなオレンジ色の黄身の目玉焼きが入った皿を、ゴミ箱に持っていく。
「ちょ、や、やめなさい!」
「どうして?ボクは弟子じゃないでしょう?」
「それと、ご飯は関係ないでしょ!食べるわよ!いただきます!!」
そうして、彼女はまた少年に言いくるめられてしまうのだった。
⭐
…信じられない。
それから数日後。
少年はすっかりサラになついてしまい、毎日のように食事を作りに来た。
更に、彼女だけ料理を食べるのは忍びないので、最近はよく一緒に食事をするようにもなっている。
これじゃあ完全に弟子……
「っていうか、ボク、主夫みたいですね?師匠は働き者の奥さんですね!」
「は、はぁ!?何言ってるの!」
その日も、少年は懲りずにサラの元へ来て、料理を作って一緒に食べていた。
そして、突然少年がそんな事を言い出したので、サラは慌ててむせた。
「でも、師匠、もうボクの料理なしじゃ駄目でしょう?」
「そ、そりゃ、こんな美味しいもの作られちゃ……!」
「あ、そこ否定しないんですね。嬉しいなぁ。」
「で、でも、年の差があるでしょーが年の差が!!」
「そんなの、すぐ気にならなくなりますよ。」
「私は気になるの!」
って、私はなんで、こんな子供とこんな会話を……
15歳の女の子なのに!全然恋愛とかしたことないのに!
しかし、確かに彼女もすでに、追い出すことも出来なくなっていた。
なにせよ、彼の作る料理が美味しすぎたのだ。
なんで、私より半分も生きてないくらい(多分?)なのに、私の何十倍も料理が上手いのかしら……!
いっそ、私が弟子入りしたほうが……!って、何考えてるの!
はぁ……と、どうしようもない問題を抱えてしまった彼女は、深いためいきをついて、今日も町へ薬を売りにいく。
しかし、この日常は突然、消滅する。
それからまた数日がたち、
少年は突然、ぱたりと、彼女の元へ来なくなったのだ。