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魔法学校ワールド・マジカリアを卒業して早一ヶ月…
それは、サラ・エスタールが一人前の魔女になってから一ヶ月たったということだ。
そして、彼女は今、新しい住まいであるペトの町の空を、箒にまたがり飛行しながら、途方に暮れていた。
「…一人暮しって…大変だわ…」
何を隠そう、生まれて15年、初めての一人暮しだ。
なんとか食いぶちは見つかった。
ペトの町は老人が多く、サラのほんの少しだけ得意だった魔法薬が、売れそうなのだ。
問題は別である。
「…うぅ…お母様のグラタンが食べたいっ…」
そう、サラは魔法薬は作れても、通常の料理がてんで苦手だったのだ。
「なんで魔法って、ご飯には効かないわけ?っていうか、なんで私は料理を勉強しなかったんだろう…!」
答えは分かっている。やらなかったからだ。実家で暮らしていた頃は、お母さんの温かい料理をふるまわれていたし、魔法学校は寮制で、台所に立たなくても寮母さんによる温かい料理が出てきた。
「もう…いやよ!またリンゴをかじるしかパンを食べるしかないのかしら…せめて、温かいスープが飲みたいい…!!」
ぐるぐるぐると町の空を旋回しながらサラは悶絶した。
独り言が妙に多いのも、空を飛ぶのは自分と鳥くらいなので構わない。
っというか、一人暮らしをはじめてから独り言が妙に増えた気がする。
「はぁ…ワガママ言ってる場合じゃないわよね。今日こそ、台所と向き合うのよ…」
静かに決心し、ペトの町へ買い物をしようと下を見る。
…あれ?
すると、広場の一角が、なんだか穏やかではない雰囲気であるのに気がついた。
なにあれ…?1人の男の子に、よってたかって…
5人ほどの男の子の1人が、その男の子を押した。
力強く押された男の子は、その場に倒れる。
そして、次々に蹴られていた。
「っな…!にあれ!許せない!!」
サラは、咄嗟にそこへと全速力で飛び…
男の子達の前に、立ちふさがった。
「あんたたち!!!」
あらんかぎりの大声で、怒鳴る。
「多人数でよってたかって、恥ずかしくないの!!!やめなさい!!!」
「なっ…なんだよこいつ!」
「しってるぞ!最近この町にきた魔女だよ。」
「あ?よそ者じゃねーか!俺達の遊びの邪魔すんなよ!」
1人が、サラに向かって石を投げた。
しかし…
サラは、防御の魔法をだし、その石を弾き返す。
「…っ!こいつ!バリア作りやがった!」
「ふん、魔女だってこれくらいできるわ。もっと凄いことしましょうか?」
そう言って、サラは手のひらを出し、手のひらの上に火をともした。
「この火は本物よ。あんたたちにひっどーい火傷を負わせることだって可能なんだから。いじめられる気分、味わあわせてあげましょうか?」
「げ…!」
「な、なんだよこいつ…行こうぜ!」
捨て台詞を吐き、子供たちは去っていった。
はぁ…よかった。私の防御魔法も、小石とネズミくらいなら弾き返せるのよね。
火も、あれ以上は大きくならないけど、脅しには有効みたい。
ほっと、一息をつく。
「あ…あの…」
後ろから、小さな声が聞こえる。
いじめられていた子だろうか。
「あ、キミ、大丈夫なの?怪我とか…」
「ボクを弟子にしてください!」
振り向くと、こんなに綺麗な土下座がかつてあっただろうかと思えるほどの、頭を強く地面に付した綺麗な土下座をする少年がいた。
その異様な光景に、サラは少したじろぐ。
「…え、…え?」
「ボク、感動しました!おねぇさんみたいな強い人、はじめてみました!だから…ボクを弟子にしてください!」
以前顔を強く地面に伏したまま、一気に捲し立てる少年に少し引いてしまうサラ。
「い、いや、まず顔あげてくれない?これじゃあ…」
なんだか、今度は私がいじめてるみたいじゃないか!
「いいと言ってくれるまで、あげません!」
「なにその根性!?」
そんな根性があるのならいじめられたりしないと思うんだけど…っていうか早く顔あげて!この状況がいや!
「わ、わかった、わかったから。話を聞いてから、ね?」
そう言うと、少年はゆっくりと頭を持ち上げた。
って、何この子…!
髪の毛が銀色で変わってると思ったけど、瞳はもっと変わっていた。
大きなくりくりの瞳は海のようなブルーで、吸い込まれそうに綺麗だったのだ。
か、可愛い…!ってか、変わった風貌ね…
ペトの町の人間はみな髪の毛は茶色か黒で、瞳も暗めの色である。
こんなに目立つ風貌だから、仲間外れにされていたのかしら…
まじまじと、少年の顔を見つめてしまうサラに、少年は続けた。
「…ボクを弟子にしてほしいんです。あなたみたいに、強くて、優しい人ははじめてなんです。だから…」
じっと、サラの目を見つめ、少年は言う。
そのけなげな様子にサラは少しぐらついた。
け、結構可愛いかもしれない…弟子かぁ…
そしたら私、師匠?わぁ!なんだかカッコいい…
って、ダメよ!!!
「や、やっぱり、ダメだわ!ごめんね!」
思い出した。
サラは、一人前になったといってもまだ一月。弟子をとるのはあまりにも早い。通常、魔女が弟子をとるのは、一人立ちしてから15年ほどたってからだった。
「な、なぜですか!?」
「だっ…ダメなものは、ダメよ!」
しかも、私なんてポンコツなんだから、この年で弟子何てとったらみんなに何て言われるか…!
っていうか、この子人間だし!!
魔女の弟子になれないし!!
「ご、ごめんねー!」
慌てて、サラは箒に股がって飛んだ。
しかし…
「ちょ、は、離してよ!!」
少年が、しっかと箒の柄を握りしめ、ついてきてしまっている。
「い、いや…です!!」
ホントにこの子の根性なんなの!?
「は、離してー!」
「弟子にしてくれるまで、離しません!!」
「いやーっ!!」
結局、
できるだけ振り落とそうと飛んでいるうちに、サラは少年を自宅まで連れてきてしまったのだった。