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2015年/短編まとめ

白いカゴの中の飛べない少女

作者: 文崎 美生

飛べない羽根は羽根じゃない。

美しくもないそれを欲したことは一度もない。


色素が人よりも薄い髪に適当に櫛を通しながら、自分の背中を意識する。

長く伸ばした髪では隠しきれなくなったそれに嫌気が差した。

もしも生えているのが鳥の羽だったのならば、私は直ぐにでも飛び立って人目の付かない所へと逃げられただろうに。


「リリーちゃん、おはよう」


そうやってかけて来る声も、聞かなくて済んだのに。


顔を上げればそこには白衣の女性。

一応看護師という肩書きだが、うちの病院では全員白衣で、なんて言う病院長の趣味でそうなっているらしい。

その白衣の女性は、白衣だけど変わらず看護師としてこの病院に勤めている。


奇病持ちばかりを集める気狂いな病院長について、よく仕事が出来るなと思う反面、この女性に関しては良く分からないことの方が多くて不信感を抱く。

病院長に引き抜かれてやって来たこの女性は、患者によく声をかけて色々なことをやってくれ、話してくれるから。

今までそんな人はいなかったのに。


「髪の毛梳かしてるの?私、やろうか」


やろうか?ではなく断定。

そういうところも不思議、不信。

有無を言わさずに私の手から櫛を取って、後ろ向いて、なんて肩を掴む。

細くて白い指先が絡むと、何だか罪悪感にも似た何かが浮かび上がってくる。


この病院には奇病持ちしかいない。

働いてる医者の中でも奇病持ちがいるくらいに。


私の奇病は虫の羽根が生えるもので、それを隠すように髪を伸ばしてきた。

だけどこの奇病、冬になると一旦収まるのが特徴。

春になればその羽根は戻って来るが、その度に違う羽根が生えてくる。

虫に興味はないからどれがどの羽根なんて分からないけれど、その羽根に色素が奪われるらしく私は人よりも色素が薄い。

つまり私は人よりも色素が薄い上に、虫の羽根なんかが生えているってこと。


「もう秋ねぇ」


さらり、と私の髪に櫛を通すその人は窓の外を見ているようだった。

秋、もう少しでこの忌々しい羽根とほんの少しの間だけでもおさらば出来る。

そう思うと、自然と手に力が入った。


「うん。よし、可愛く出来た」


語尾に音符でも付きそうな声で言うその人。

はいどうぞ、なんて言いながら私に櫛を返し来て、にっこりと笑って見せる。

病院長に無理矢理引き抜かれてこの病院にやって来たのに、よくそんな風に笑顔を向けて仕事が出来るものだ。


真っ白な汚れない白衣はその人によく似合っている、のだろう。

私には分からないけれど。

きっとなにかしたいことがあって医療関係の道に進んだのに、奇病患者病棟なんてこんなところに配属されてその人も可哀想だ。


「用事、あったんじゃないですか」


櫛を備え付けの棚に戻してそう聞けば、その人は白衣のポケットの中から何かを取り出す。

あげる、なんて年よりも全然幼い笑みを浮かべながら、私の手を引っ張って、手の平に何かを乗せた。

手の平の上でコロン、と転がるそれ。


カラフルなキューブ型のキャンディーが、ちょこんと行儀よく包装に収まっていた。

それが私の手の平の上に複数個転がっている。


「この前頼んでたのようやく届いたのよねぇ」


「はぁ……」


白衣のポケットの中に何でこんなものが入っているのか疑問だが、適当に頷いておく。

その人はまだポケットの中にキャンディーを入れていたらしく、取り出してこの場で開け始めた。

別にいいけど、勤務時間のはずじゃ。


キャンディーを口に入れたその人は、私を見てにっこりと笑う。

そんな風に笑ってて表情筋が痛むことはないのだろうか。

一切動こうとしない私の表情筋からは、考えることの出来ない笑顔をその人は見せる。


「あら、飴ちゃん嫌い?」


「別に」


「そんなに詰まらなさそうな顔しないで」


くす、と笑いながら私の頬に手を伸ばすその人。

その細い指先で私の頬を摘むが、表情が生まれることはない。

それなのに何で楽しそうなんだろう。

その人の口の中で転がるキャンディーのほのかな香りが、私とその人を包み込む。


加工されたその甘い匂い。

入院を始めてから口にすることがなくなった。

その匂いを感じることもほぼない。

病院食を毛嫌いして勝手に市販のお菓子を貪っている例外を除いて。


誰も好き好んでこんな病院にいない。

勿論それも奇病大好き気狂い病院長などを除いて。

誰も好き好んで奇病にならない。

発症もしない。

私だってそうだ。


「飛べない羽根が次には飛べる羽根になってるかもしれないわ」


その人は言う。

何でもないように、世間話をするような口調。

私の頬を掴んでいた手を離して、病院全体にある同じタイプのベッドに座りながら言葉を紡ぐ。


「もしかしたら、羽根がなくなって自分の足で自分の選んだ道が歩けるかもしれない。飛べたらどこにでも好きなところへ行けるけど。自分の足で歩けるのも素敵よね」


「……そうですね」


その人の真意を読み取るために、その人の目を覗き込んだ。

だが相変わらず黒曜石のような瞳がそこにあって、私を映すだけ映して何を考えているのか読み取りにくい。


「白いカゴに入れられてても、飛び出せる日があるのよ。自分の力で。やる気の問題だって、誰かが言ってたような気がしなくもないわ」


ひどく曖昧で適当な言葉をそんな風に吐き出してもいいものなのだろうか。

それでもその人の笑顔が消えることはなく、カリコリと音を立てて口の中のキャンディーを噛み砕く。

先程よりも甘い匂いがする。


「病は気から、なんて言葉もあるからね」


ぽんぽん、と軽く私の頭を撫でていく。

残るのはキャンディーの甘い匂い。

それから何故か貰ったキャンディー数個。


私はまだ飛べない。

自分の足で自分の道を歩けない。

いつか諦めたそれらが出来ることがあるのなら、この白いカゴから飛び出して、自分の道を自分の足で歩いて生きたい、なんて。


久々に食べてみたキャンディーは、少しクドく感じたけれど鼻を通り抜ける甘い匂いに酔ってしまいそうだった。

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