7 蛇足
「あー…」
エイミーへのアフターフォローを終えて旅立ったガイザーは、足に履いたサンダルをペタペタと鳴らしながら歩いていた。
実は、森の中で行動するのに向かないという理由から、ガイザーは孤児院でもらったサンダルを使わずにずっと洞穴に保管していた。普段エイミーと会う時に彼が履いているように見えたものは、彼が擬態によって生み出した見せかけだけのものだったのである。結果として、ゴブリンの群れとの戦いを経てもこの唯一の財産を失うことはなかった。
先ほどの会話は、ほぼ彼のシミュレーション通りである。危険を承知であえて姿を見せることで自身の善良さをアピールする。引き留めにかかる彼女を理詰めで説得し思慮深さをアピールする。自分が去った後の彼女への気遣いと少年へのフォローによって、重ねて自己犠牲的な優しさをアピールする。去り際まで自分の魅力を見せつけておくことで、あわよくば何かの拍子に再会するまで、自分に好意を持ち続けてもらおうという魂胆だ。実際のところ、それらのアピールに狙い通りの効果があったかは疑問だが、少なくとも彼はそう信じていた。
「正体さえバレてなかったらなー、返す返すも口惜しいぜ…」
森に潜伏している数日間、彼は己の敗因を分析していた。最も悔やまれるのは、ボスゴブリンとの戦いで残心を怠ったことである。エイミーの警告が無ければ、正体がバレるどころか死んでいたかもしれない。他にも、体力が足りずに現場に着く前に息が上がってしまったこと、派手な攻撃魔法ばかりを鍛えていたら接近戦で死にかけたことなど、反省すべき点は山ほど見つかった。それらを踏まえると、いずれも戦闘経験の不足が目につく。
「体、鍛えるかな…しかし生まれ持った体格差はどうにもならん。せめて体さばきとかを身に付けるべきか。あとはもう、魔法の使い方次第だろう」
続いて彼は、必要な戦闘経験を積む方法を思考する。
「やはり実戦あるのみだろう。誰かに教えを乞うにもまず金が無い。適当な魔物をやっつけて、ついでに食糧に…待てよ。金、そうか金か」
彼はこの時まで漫然と人が多い場所、すなわち美少女がいる可能性が高い場所を求めて東の町を目指していたが、そこで人間社会に紛れ込むつもりなら否が応でも貨幣経済に参加しなければならない。ガイザーには金も家もコネも無い。さらに言えば手に職も無い。得意の魔法も有るのはポテンシャルだけで、技術は無い。そんな彼が参加できる経済活動と言えば。
「冒険者、だな」
この魔法の世界にもお約束のように冒険者という職業が存在する。ギルドからモンスター退治を依頼されたり、ダンジョンを踏破して一攫千金を狙ったりと、腕っ節で金を稼ぐ荒くれたちである。そして、冒険者には魔術師もいる。国のお抱え魔術師と並んで世界で最も魔法に近しい連中が冒険者なのである。冒険者になるのに資格は必要ない。必要なのは戦う力と命を懸ける覚悟である。知識や経験は必須ではなく、無ければ真っ先に死んでいくだけだ。
「冒険者ギルドの依頼を受ければ、モンスターとの戦闘もできるし、食い物も取れるし、金ももらえる。一石三鳥じゃないか」
あれこれ考えるうちに気分が良くなってくる。彼はにやにやと笑いながら独り言を続けた。
「軌道に乗るまでは野宿だろうが今さら苦にもならん。金が貯まれば武器も買える。酒場で情報収集するのも良いだろう。看板娘のかわいいねーちゃんとも顔見知りになれるしな」
自分の輝かしい未来を夢想しながら、美貌の魔術師ガイザーは一転して軽やかな足取りで目的の町へと向かった。