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 エイミーが丘に到着したのは大きな爆音がしてから間もなくであった。ガイザーが孤児院を出ていった後、迷った末に子供たちに孤児院で待っているよう言い含めると、彼を追いかけて林に向かったのだ。林の中を探し回っても見つけられずにいたところ、丘の方角から爆音が響き渡り、急いで駆け付けたエイミーが見たのは、アレンを引きずって歩いて来るガイザーの姿であった。

 「アレン!ガイザーさん!」

 「おう…どうも」

 まずあちこち焼け焦げて今にも倒れそうなガイザーに、続いて引きずられるままピクリとも動かないアレンに驚愕したエイミーはあわてて駆け寄った。

 「どうしたんです、アレンは大丈夫なんですか!そのけがは何があったんです!?」

 「ゴブリンの群れに襲われまして。彼は気絶しましたが、生きてはいます」

 まくしたてるエイミーに対して、ガイザーはひどく億劫そうに、簡潔に答えた。

 「そんな…早く手当てしないと!一緒に来てください!」

 エイミーは取り乱しながらも的確な判断を下し、ガイザーを促した。

 「その前に、こいつを運ぶのを代わってもらえますか。もう腕がきつくて…」

 それを聞いて、エイミーは両手でアレンを支える。そしてガイザーが大きく息を吐いたところで、彼女は異変に気付いた。

 「ガイザーさん後ろ!」

 「ガアアッ!」

 それは、爆発を受けて倒れていた赤ゴブリンであった。全身にやけどを負っているが目には敵意をみなぎらせ、ガイザーに襲い掛かろうとしている。

 「ッ…この、くそがぁ!」

 エイミーの声を受けて振り向いたガイザーは、両手をあげて倒れかかるようにして攻撃を試みるゴブリンを認めた。すでに息がかかるほどの距離に迫っている。怨嗟の叫びをあげるゴブリンの口に、彼はすばやく左腕を突っ込む。

 「くたばれ!」

 次の瞬間、ガイザーはありったけの魔力で、ゴブリンの口の中に炎をぶちまけた。

 

 ◆

 

 気が付くと、目の前にはエイミーの顔があった。

 「大丈夫ですか?」

 ガイザーが目を開けたことに気づくと、エイミーは心配そうに声をかける。相変わらず全身が痛むが、動かないことはなく、命に別条はないことが感じ取れた。

 「まあ、一応…」

 答えたところで、彼は異常に気付く。自分の声が違う。普段、擬態しているときのよく通る美声ではない。甲高い、それでいてしわがれた声だ。そう、元の悪魔としての声のような。

 「っ!?」

 ガイザーは痛みを無視して跳ね起きると、エイミーから距離を取った。そしてすかさず状況を確認する。場所は気を失う前とさほど変わっていない、森の中だ。目の前では座ったままのエイミーが目を丸くしている。そのすぐそば、自分が寝ていた場所の隣にはアレンが寝かされている。そして何よりの異常は、自分の目線の高さが擬態時よりもずっと低いことだ。自分の手を見る。黒くて細い指に小さなかぎ爪のついた悪魔の手だった。

 「あの…」

 「ギャーーー!」

 エイミーが声をかけた瞬間、醜い小悪魔ガイザーは奇声を発し、赤ゴブリンの死骸を踏みつけて森の奥へと走り去っていった。

 

 ◆

 

 翌日、町の男たちが集められ、武器を持って丘の掃討が行われた。一日がかりで捜索した結果、4匹のゴブリンが見つけ出され、その場で駆除された。また、死んだ赤ゴブリンの周りとは別に、いくつもの草木が不自然に焼けたような跡が見つかったが、近くには崩れた岩壁があるだけで、結局ゴブリンを追い払ったという魔術師に捜索隊が出会うことはなかった。

 

 ◆

 

 「失敗だー!」

 ゴブリンたちとの戦いを終えた日の夜、丘からさらに離れた森の中で、悪魔ガイザーは叫び声をあげた。エイミーの元から逃げ出した後、しばらく洞穴の瘴気を浴びて傷の回復に専念していたが、幸か不幸かそこに彼女や他の人間がやってくることはなかった。

 「ガキだけならどうにかなったものを、これでは本末転倒ではないか!台無しだ畜生!」

 暗い森の中、ガイザーは頭を抱えて転げまわる。

 今回、ガイザーはいくつもの打算に基づいて動いていた。そもそも彼は全くの善意からアレンを助けたわけではない。エイミーを己のハーレム要員第一号にしようと目論むガイザーにとって、むしろ恋のライバルがいなくなれば状況は有利になる。だがもし、残った孤児院の子供からアレンがエイミーに懸想をしていたこと、そのためにガイザーの秘密を探っていたことが明らかになれば、アレンが命を落としたことの一部はガイザーが原因ということになり、状況は一気に悪化する。そう予想したからこそ、ガイザーは林に凶暴なモンスターが出現する可能性を考えてすぐさま救助に向かったのである。そしてその予感は的中し、上位種が率いるゴブリンの群れと対決するハメになった。

 「あそこまでは見通しもタイミングも完璧だったのになー、こんなんじゃ助けないほうが良かったよ…」

 ゴブリンの群れを退けた時点では、むしろこの危機的状況は彼にとって僥倖であったと言える。無鉄砲な少年アレンの命を救った功績をエイミーにアピールできるからだ。問題は、ボスゴブリンにとどめを刺すことを怠り、結果としてエイミーに正体を晒してしまったことである。

 「しかし彼女がいまだにおれのことを憎からず思っているのは事実。これなら…いや、ダメだ!悪魔であることがばれた時点で、敬愛や親愛の情は得られても恋愛感情には発展しない!」

 実は、洞穴に戻って傷を治している時によく確認すると、彼が負ったいくつもの傷にエイミーが採っていたあの薬草が擦り込んであった。効果のほどはともかく、正体を知った後も彼女が彼に敵意を持っていなかったことは確かであろう。だが、女子にモテることを生きる目標とするガイザーにとって、友人や恩人どまりの関係は意味がないのだ。

 しかし、苦悩と後悔でさんざん悶絶したガイザーであったが、この時点ですでに彼の心は決まっていた。そのために、傷が癒えるや洞穴を爆破し、人の目の届かない森の奥へと逃げ込んだのだ。

 「…よし」

 一通り悔しがった小さな悪魔は、それから数日にわたって森に身を潜めた。

 

 ◆

 

 早朝、エイミーは薬草採りに向かうため孤児院を出発した。

 ゴブリン騒動から数日、モンスターが現れた場所に近づくのは危険だと院長には猛反対されたが、エイミーは今まで見せたことのない熱意で説得に当たった。その後、孤児院製傷薬の世話になっている町の人からも、ボス格のゴブリンが倒されたことを理由に薬草採取を許可してもいいのではないかと後押しされた。それでも院長は反対し、どうしても行くなら自分が行く、行かせるにしても1人では許可できないと言ったが、エイミーは食い下がり、とうとう許可を勝ち取った。

 あの日、悪魔ガイザーが逃げ出すのを見たエイミーは追いかけようとしたが、意識を失ったアレンを置いていくわけにもいかず、遅れてやってきた町の人と一緒に孤児院へと帰って行った。孤児院に着いてから目を覚ましたアレンは、瘴気が噴き出す洞穴の事を語り、魔術師ガイザーがいかに危険な人物であるかを説いた。しかし、その多くは根拠のない想像であり、唯一正体を知るエイミーが何も言わないどころか、命の恩人を悪く言うことをきつくたしなめたため、次第に勢いを失った。そして翌日の捜索で洞穴が見つからなかったことが決定打となって彼の話を信じるものはいなくなり、アレンは悔しさに歯噛みしつつも黙り込むしかなかった。

 エイミーが町の外に出た時、彼女を思いがけない人物が待っていた。

 「ガイザーさん!?」

 そこにいたのは、彼女とアレンの命の恩人である、あの美貌の魔術師であった。ガイザーは困ったような笑みを浮かべて歩み寄り、彼女の正面に立った。

 「私は、この町のそばを離れることにしました。こうなってしまった以上、ここにとどまるわけにはいきませんから」

 「そんな!私は誰にも…」

 彼は手をかざしてその言葉を遮った。

 「あなたのお気持ちは非常にありがたいものです。しかし、すでに私を不審に思う人間がいます。少なくとも、どこかでほとぼりを冷ます必要があるのです」

 「孤児院の子供たちなら大丈夫です!私がよく言って聞かせます!」

 食い下がる彼女の言葉を受けてなお、彼はゆっくり首を横に振った。

 「本来、私は見つかればすぐさま排除される身です。他人を容易に信用することはできません。もちろん、あなたの事も」

 ショックを受けて黙り込むエイミーに対して、ガイザーは優しく話しかける。

 「以前、この町の東にはもっと大きな町があると聞きました。私はそこに行こうと思います。また、人々との関わりの中で暮らすために」

 東の大きな町。それは、彼が再三の誘いをついに受け入れて、孤児院で一緒にお茶を飲んだ時に話題に上がったものだった。

 「もう、ガイザーさんとは会えないのでしょうか…まだ満足にお礼もしていないのに」

 弱々しい声で問いかける彼女に、彼は答える。

 「機会があれば、会うこともあるでしょう。それに、お礼ならもうもらっていますよ」

 ガイザーはトントンと足を鳴らした。そこでエイミーははっとする。彼が履いているのは、最初に出会ったときに彼女が差し出したサンダルだった。

 「ではお元気で。ああ、そうそう。やはりあなたのような女性が一人で林に行くのは危険でしょう。行くにしても、誰か人を連れていくようにしてください。たとえば、あの少年とか」

 そう言って、ガイザーはエイミーに背を向けて歩き出す。彼女は言葉につまり、ただ何度もうなずいた。

 町を大きく迂回して去っていくガイザーの後ろ姿を、エイミーは見えなくなるまでじっと見つめていた。

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