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 足場の悪い斜面を必死で駆け降りる。アレンは走りながら、後ろから迫ってくるプレッシャーをひしひしと感じていた。

 最初に聞こえたのは恐ろしい吠え声だった。その直後、森の中から自分に向かってくるものを見て、彼は来た道を一目散に逃げ出した。草木に隠れてよく見えなかったが、少なくとも一体だけではない。それらは、今もがさがさと大きな音を立て、時折キイキイと耳障りな声をあげながら自分を追ってくる。幸い追いつかれてはいないが、このまま逃げ切れるかどうかは分からない。その時、足が柔らかい地面でずるりとすべり、彼は体勢を崩した。とっさに両手を突き出したおかげで滑落することはなかったが、下り坂で転んだために結構な高さから顔を地面にぶつけ、立ち上がるのに少しの時間を要した。そして再び走り出した時には後ろからくるものたちはすぐそこに迫っていた。後ろから、左右から、恐ろしいものが自分に駆け寄ってくる。全身から汗が吹き出し、死の恐怖が彼の脳裏をよぎった。

 「こんのォ、マセガキがぁっ!」

 その時、前方から怒声が飛び、一瞬だけあの憎たらしい魔術師の姿が見えた。次の瞬間、自分の耳元ですさまじい爆音が響き、鋭い痛みとともに突風で前に吹き飛ばされる。アレンはそのまま斜面を転がり落ちると、大きな木にぶつかって止まった。再びあの男の姿を視界の隅にとらえたところで、アレンは意識を失った。

 

 ◆

 

 「こんのォ、マセガキがぁっ!」

 やっとアレンを見つけたのも束の間、彼の間近に迫った3匹のゴブリンを認めると、ガイザーはすぐさま火球を投げつけた。それは少年のすぐ真上で炸裂すると近くのものを吹き飛ばし、あたりに火の粉を降り注いだ。一番最近になって習得した、爆発する火の玉である。

 転げ落ちてきたアレンの様子をガイザーは少しだけ観察する。目立った外傷はないものの目を閉じたまま動かない。頭を打ったのなら少し心配だが、今はそれよりも目の前の問題に対処するべきである。彼はゴブリンたちの方へ進み出ながら手のひらサイズの火の玉をいくつも投げつけた。

 「おら!失せろ、雑魚ども!」

 地上に現れたばかりのころの彼なら苦戦を強いられただろうが、魔術の鍛錬を重ねた彼にとってゴブリン程度は相手にならない。何発かが命中し、ゴブリンたちは苦痛に呻きながら丘の上へと逃げ去っていく。ガイザーはほっと息をつくと、気絶したアレンの方へ振り返ろうとした。

 「ガアアアアッ!」

 「あっ!?」

 その瞬間、再び咆哮が響き、音を立てて何かがガイザーの方へ向ってくる。驚いて丘の上を見やった彼は、まっすぐ自分に突っ込んでくるゴブリンを見つけた。ただのゴブリンではない。先ほどの緑色の小鬼と比べると、体格は一回り大きく、肌も赤色だ。そして、右手にはぼろぼろの片手剣、左手には同じくぼろぼろの小さい丸盾を持っている。

 (生意気な、んなもんどこで拾ったんだよ!)

 心の中で悪態をつきつつ、ガイザーはとっさに腕を前にかざして身を守る構えをとる。さらに魔術を用いて目の前に大きく派手な炎を作り出し、あわよくば相手が怯んで立ち止まるように願った。

 「ガァッ!」

 「ぐえっ!?」

 だが、赤いゴブリンは止まらない。斜面を駆け降りる勢いのままに、盾を構えてガイザーに体当たりを仕掛けた。そのまま両者はもつれ合って斜面を転げ落ちる。

 「いつつ…」

 あちこちをひどくぶつけたガイザーは痛みに耐えつつ半身を起こし、状況を確認する。赤ゴブリンは勢いがついていたせいもあって、彼よりも数メートル下の斜面で身を起こしていた。

 「ガアアアッ!」

 そしてまたしても一声吠えると、今度は右手の剣を振り上げて、ガイザーに向かって斜面を駆け昇ってくる。

 「このっ!」

 敵は間抜けにも盾を構えるのを忘れている。ガイザーはがら空きになったゴブリンの胴体に火炎を吹き付けた。これをまともに浴びたゴブリンは痛みでバランスを崩し、そこにすかさずガイザーの蹴りが叩き込まれる。ゴブリンは再び斜面を転がり落ちていった。彼はその隙に立ち上がって身構える。その直後、今度は丘の上側から枯葉を踏む音と耳障りなキイキイ声が聞こえてくる。

 「しまった、さっきの叫び声はこれの合図か!?」

 振り向くと、緑色のゴブリンがぞろぞろとやってくる。その数6匹。しかも手に手に太い棒きれをもって棍棒代わりにしている。ガイザーは舌打ちすると、ゴブリンの群れに向かって火球を投げつけた。火球は炸裂し、ゴブリンたちに再び火の粉が襲い掛かる。赤ゴブリンの命令でやってきたらしい群れは、たった1回の爆発で恐慌状態に陥った。

 「ガアッ!」

 「げっ!?」

 手下のゴブリンに気を取られていたガイザーは、赤ゴブリンが間近に迫っていたことに気づかなかった。あわてて振り向くと、すでに敵の剣の間合いである。とっさに身をよじって倒れこんだガイザーは、足場の悪い斜面の上にいるという地の利を得て、踏み込みが浅い赤ゴブリンの剣を間一髪回避することができた。だが身を起こしたゴブリンはほとんど覆いかぶさるような形でガイザーに向かって剣を振り上げる。

 「くそっ!」

 ガイザーは腹を括った。左腕で顔を覆い、息を止める。残った右手をゴブリンに突きつけると今日一番の魔力を込めて、一気に解放した

 赤いゴブリンとガイザーを中心に、この戦いの中で最大の爆発が巻き起こる。悲鳴じみた咆哮を轟音がかき消し、弾けた炎があたりに飛び散る。大きく吹き飛ばされたゴブリンは十数メートル離れた場所にどさりと落下し、そのまま動かなくなった。

 一方、ガイザーが受けたダメージも深刻であった。地面に押し付けられるような格好で爆発を受けたため全身に炎を浴び、特に突き出した右腕は黒く焼け焦げ、指が不自然な方向に曲がって煙を上げていた。彼は気力を振り絞って立ち上がり、赤いゴブリンが動かないことを確認すると、残った緑ゴブリンたちに向き直った。

 「どうだ…お前らのボスはもうリタイアだぞ。まだやるか?あぁン?」

 満身創痍ながらも声を絞り出して威嚇すると、左手をゴブリンたちに向けて炎を灯す。

 度重なる爆発で混乱し、リーダーまで失った手下のゴブリンたちはとうとう戦意を喪失し、森の奥へと散り散りに逃げていった。その姿が見えなくなったところでガイザーはようやく動き出し、気絶したままのアレンにふらふらと近寄る。

 「…脈はあるな」

 とりあえず生きていることを確認すると、左腕一本で少年の体をつかむと、ずるずると引きずりながら丘を降りていった。

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