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 魔法が存在する世界において、悪魔は他の魔物と一線を画す実際的な脅威である。

 あらかじめ高い知性を持って生まれる彼らは、自身の強大な力をエサにして狡猾に人間を誑かし、契約を持ち掛け莫大な代償を要求する。

 知能を持った邪悪な魔物。それが「悪魔」に対する一般的な認識であり、これはおおむね正しい。

 彼らはダンジョンの深層に出現することが多く、その場合は地上の人間に直接的な危害を加えることは少ない。彼らが人目に触れる理由としては、よこしまな人間によって召喚されたためというのが大半である。ただ、その場合も巧妙に姿を隠していることが多く、ほとんどの人は悪魔がそこにいることにも気づかない。まれに瘴気が濃い場所に自然発生することもあるが、そうして現れるのは臆病な小悪魔ばかりであり、匿ってくれる契約者もいないために、いつの間にかほかのモンスターに駆逐されることがしばしばある。

 いずれにせよ、地上に悪魔が現れた場合は即座に討伐されるのが通例となっている。人間にとって、彼らは同居人としては危険すぎるのである。

 

 ◆

 

 少年アレンは歩きにくい獣道をたどって丘を登っていた。

 きっかけはあの男だ。あのいけ好かない男はエイミーや先生と話しているときもよく言葉に詰まっているし、わざわざ孤児院の中に招かれた時も渋っていた。まるで深い話をすることを避けるように。

 怪しい。怪しすぎる。

 そんな奴にエイミーの護衛を任せるなんて正気とは思えない。きっと奴は何か悪い目的のためにエイミーに接近したに違いない。ひょっとしたらエイミーも先生もあいつに魔術をかけられて、正常な判断ができなくなっているのかもしれない。

 アレンはエイミーを気にかけるあまり、かなり悪意を持って魔術師ガイザーのことを疑っていた。しかしその予想の半分は的中していたのである。

 そこで彼はエイミーが薬草を採るため出かけた時、彼女が林に入ったのを確認して急いでそのあとを追いかけた。少年にとって初めて尾行はとてもお粗末なものであったが、幸いにもエイミーが気づくことは無かった。そして彼は目撃した。エイミーの近くにある木の陰に立っていたあの魔術師が、白々しくさも偶然であるかのように出てくるところを。

 そこで彼は確信した。奴は怪しい。何も後ろ暗いところが無いのなら、わざわざ木の陰に隠れている理由が無い。

 今すぐエイミーの元に駆けつけたくなるのを、アレンはぐっとこらえる。もし、彼の予想通り、彼女が何らかの呪いをかけられているとしたら、今見たことを話しても無駄だろう。ではどうするべきか。彼女の目を覚まさせるためには何が必要なのか。

 (証拠だ。あいつが悪い奴だっていう証拠を手に入れなくちゃいけない)

 そう決心した彼は、悔しさに歯をかみしめながらもエイミーたちが会話している現場から離れ、あの男がやってきたであろう丘の方へと足を進めているのである。いくら怪人でも寝ずに活動することはない、どこかにねぐらがあるだろうと考え、それに見合うような場所を探すことにした。

 手がかりも何も持たない彼の行動は無鉄砲そのものであった。そこは小さな丘とはいえ木々が生い茂って見通しが悪く、唯一通れそうな獣道を登る途中で何度も足を取られた。慣れない森の中での捜索で彼がその場所を発見できたのは幸運だった。

 そこは広場というほどの広さもない、森の切れ目のような場所であった。その周囲には明らかに野生の獣ではない何かがいた痕跡がある。周りの草や木に黒く焼け焦げた跡が残っているのである。だが、最も怪しく不吉なものは、その空間の突き当りにある洞穴であった。

 最初は暗くて奥が見えないのだと思った。だが違う。ここは空を覆う葉が無く十分に明るいのに、洞穴の入り口からすぐの場所が見えなくなっている。目を凝らすと、そこにあるのはただの暗闇ではなく、ゆらゆらと揺らめく黒い煙のようなものであった。近寄ってみたところで、彼は思わず立ち止まり口を押えた。気持ち悪い。胃がむかむかする。視線を落とすと、洞穴の近くだけ草が茶色く枯れていた。

 間違いない。ここがあいつの隠れ家だ。周りにある焼け跡はあいつが魔法を使った名残に違いない。そしてこんな恐ろしい場所に住んでいる奴がまっとうな人間であるはずがない。

 彼は後ずさって洞穴から離れた。そしてここにきてようやく自分の今の状況を認識する。エイミーの身を案じるあまり、勝手に孤児院を飛び出した上に、ここまでたどり着くのに相当な時間をかけてしまった。先生やみんなが気付いて心配しているかもしれない。いや、それよりも早くこのことを伝えなければ、みんなが危ない。今この瞬間にもあの恐ろしい魔人が正体を現して、孤児院を襲っているかもしれない。そうなれば先生も、エイミーも…。

 そこまで想像した彼ははっとして顔を上げ、すぐさま孤児院に帰るべく来た道を振り返った。その時である。

 獣の恐ろしい叫び声が静かな森の空気を切り裂いた。

 

 ◆

 

 異変が起こったのはガイザーにとって4回目となる孤児院への訪問の時であった。彼がエイミーを伴って孤児院の入り口まで来ると、小さな女の子が門から走り出てエイミーに飛びついた。

 「ジェーン、どうしたの?」

 「アレンが…いなくなっちゃったの」

 その一言でエイミーの顔色が変わり、彼女はかがんでジェーンに目線を合わせると真剣な声で問いかけた。

 「詳しく教えてくれる?」

 ジェーンはうなずくと、子供ながら精一杯言葉を選んで話し出した。

 「あのね、いつものお仕事の時間になったの。でもその時アレンがいなくて、そしたらジョンが、アレンが朝から門を出ていくのを見たって。それで先生がみんなに待ってるように言って、アレンを町に探しに行ったの。それで、エイミーが帰ってきたらこのことを言いなさいって」

 見ると、ほかの子供たちもエイミーの周りに集まってきている。皆一様に不安げな表情で、ジェーンの話を聞いていた何人かが口々にしゃべりだした。

 「アレン、今朝からずっと門の外の方を見てたんだ」

 「そう、それでしばらくそうしてたんだけど、気が付いたらいなくって」

 「孤児院の中に入ったのかと思ったけど、いなかったの」

 ガイザーはそれらの話を聞いて電撃的な速度で思考し、即座に一つの結論に至った。

 「くそっ!」

 そう叫ぶや否や彼は踵を返し、もと来た道を猛ダッシュで戻っていく。

 「ガイザーさん!?」

 エイミーの呼びかけにも答えず、彼は林の方へと街道を駆け抜けていった。

 

 ◆

 

 全力疾走しながら、ガイザーは現状を分析していた。

 (迂闊だった!まずは直接おれに因縁をつけてくるんじゃないかと思ってたのに、無計画にもほどがある!何でそんなにアグレッシブなんだよ!)

 アレンと呼ばれたのがよく自分をにらみつけていたあの少年であることはすぐに見当がついた。

 (門の外を見ていたというのは、エイミーの様子をうかがっていたに違いない。おそらく後を追って林に入ったんだろう。そしてそれが、おれのことを怪しんでの行動だとすれば…!)

 林に入ったガイザーは速度を落としてあたりを見回しながら進む。見通しはそこまで悪くないものの木々がある以上、人間がいたとしても一目見ただけでは見つけられないかもしれない。

 (まてよ、あいつはおれの正体を探るつもりだよな?だとしたらその手掛かりになるものを探すはず。普段のおれは手ぶらだ、手がかりになりそうなものは…そう、拠点だ!林の中には雨風をしのげる洞窟も大きい木もない。となると向かうのは…丘!おれのねぐらがある場所だ!)

 ガイザーは再び速度を上げ、いつも通る獣道を駆け上がる。だが、今や彼の息は上がり、体から汗が噴き出す。彼のような下級の小悪魔では、身体能力も人間と比べて決して高いとは言えないのだ。一度は上げたペースが徐々に落ちていく。その時である。

 今まで聞いたことのない獣の咆哮が森に響き渡った。


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