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ゴブリンという種族は亜人に分類されるが、世間では知能が低い危険なモンスターという認識が普通である。
彼らは一体一体の能力はそこまで高くないため、少数ならそこまでの危険はない。か弱い子供ならまだしも、大の大人であれば逃げ出すことも脅かして追い払うことも容易である。群れであればその脅威度は跳ね上がるが、大勢を統率するほどの知能は無く、せいぜい4~5匹のグループを作るのが限界である。
性格も臆病であり、人里の近くや見通しの良い林野に現れることはまれで、ほとんどの場合は森、山、洞窟といった遮蔽物の多い場所を好んで棲家とする。
ただし、上位のゴブリンが大規模な群れを率いている場合はこの限りではない。
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日々の修練によって寝る時を除いて擬態したまま過ごせるようにまで成長したガイザーは、3回目の訪問にしてついに根負けし孤児院の中でもてなしを受けることになった。彼が逃走をあきらめた理由の一つには擬態の上達もあるが、何より今まで遠巻きに見ているだけだった子供たちが彼を取り囲み、退路を塞いでしまったからである。何故急に子供たちの態度が軟化したのかと考え、きっとエイミーが彼のことをいくらか美化して子供たちに伝えたのだろうと結論付けた。そしてぺらぺらとよくしゃべる院長の言葉によってそれはすぐに裏付けられた。
「こういうことには、慣れないもので…」
お茶を飲むのも初めてなら椅子に座るのも初めての彼にとって、これは非常に緊張を強いられる状況である。その上、常に子供たちからの好奇の視線にさらされ、時にはすぐそばまで近寄って来る大胆な子供まで現れる。己の擬態に絶対の自信を持つガイザーだが、何かの拍子に正体を見破られるのではないかと気が気でなかった。
院長は孤児院のこと、子供たちのこと、町のことなどを聞かれてもいないのによくしゃべった。それらの情報はガイザーにとって有益なものが多かったので、彼も修行に集中するあまり世情に疎いという体で詳しく聞き出すことに終始した。
「いくら街道に近いといっても、女の子が一人で薬草採りというのは危険ではないですか?この前はたまたま追い払うことができましたが、また戻ってこないとも限らないでしょう」
院長の話によると、エイミーが採取した薬草から作られる傷薬が孤児院の収入源の一つになっているらしい。
「ええ、もともとは私が薬草を採りに行っていたのですが…」
「私がやらせてもらえるよう頼んだんです。先生はいつも忙しいから、私も何か助けになればと思って」
(そういうことを聞いてるんじゃないんだが…まあ、今さら貴重な収入源を手放すわけにもいかないってことか。世知辛い話だが、好都合だな)
ガイザーは会話の内容から、エイミーが善意に満ちた素朴な人間であるとの認識を深めていた。
「あの、それでガイザーさん、こんなことをお願いするのは図々しいと思うのですが」
「あ、はい。何でしょう」
「もしよければ、エイミーがあの林で薬草を採っている間、一緒にいてやってくれませんか?」
「ああ、はいはい」
「ちょっと、先生!?」
院長の提案に、ガイザーは特に驚いた様子もなくうなずいた。その様子に一番取り乱したのはエイミーであった。
「だめですよ!そんな、ガイザーさんの邪魔になるようなことは!」
「でも、あなたがこれからも薬草を採りに行くなら、誰かついていてくれた方が安心できるじゃない」
「ガイザーさんも忙しいんだし、あんまり無茶なお願いは…」
ガイザーはそんなことはないしむしろ大歓迎だと思ったが、つい最近忙しいからという理由で招待を断った手前そのように言うのは憚られたので、別の理由をでっち上げることにした。
「かまいませんよ。もともと私はあの近くにいますから、薬草を採る間だけなら大した手間ではありません。それにモンスターを相手にするのも修行のうちです。ちょうどいい腕試しになりますよ」
エイミーと最初に言葉を交わすまで、彼は寝床から出れば林に身を潜めて彼女が来ないか見張る日々を過ごしていたので、むしろ今までと変わらないようなものであった。
ガイザーが承諾すると、エイミーは何か言い返そうとしたものの結局そのまま押し黙る。一方、院長は満面の笑みでガイザーに話しかけた。
「ありがとうございます!お礼と言っては何ですが、いつでも孤児院に寄ってくださいね。精一杯おもてなししますから!」
「い、いえ、お構いなく…」
そこでお茶会はお開きとなり、孤児院は日課へと戻っていく。前回の訪問と同じく一人の少年がにらみつけているのを横目で見ながら、ガイザーは孤児院を後にした。