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 生まれて初めてモンスターとの戦闘を経験し、生まれて初めて美少女との触れ合いを経験した小悪魔は、これらの出来事を冷静に分析していた。

「やはり、戦う力が必要になるな」

 たくましい男がモテるのは歴史の必然である。今回遭遇したモンスターがゴブリンだったことは幸運だったと言わざるを得ない。体格に恵まれず筋力も貧弱な小悪魔では、より強いモンスターやゴブリンの上位種が相手ではとても太刀打ちできなかっただろう。また、いくら比較的弱い部類のモンスターであるゴブリンと言えど、5匹も10匹もいたとしたらやはり手も足も出なかったと思われる。

「その点、今日のおれはついている。これは神のおぼしめしか…おれ悪魔だけど」

 己の強運を天に感謝しつつ、これから必要となるステップを考える。いかに人々から恐れられる悪魔と言えど、生まれ持った適性はいかんともしがたい。筋肉ムキムキの上位デーモンと下等なインプではその戦闘力の差は歴然である。彼の唯一の特技である擬態の魔法では、姿かたちを真似ることはできてもそれに見合ったパワーアップはできないのである。実際、今日の戦闘もギリギリの戦いであった。勢いの乗った蹴りと石ころで不意打ちが完璧に決まって臆病なゴブリンたちが逃げ出さなければ、貧弱なインプ風情では返り討ちにされていたかもしれないのだ。

 ではどうやって戦うか。

「順当に考えれば魔法を鍛えるべきだろう。となると、今日名乗った駆け出しの魔術師というのはあながち嘘でもないわけか」

 悪魔は魔力によって闇から生まれた存在である。よほど肉体派の悪魔でない限り、魔法の素質はあらかじめ備わっているものなのだ。彼の「擬態」の魔法も、始めは1分程度しかもたなかったものが、日々のたゆまぬ修練によって10分、20分と時間が延び、今や3時間ぶっ通しでイケメンのふりをし続けることが可能になった。そこで彼は、新たに攻撃系の魔法を習得することを決意する。

「最初はやはり火の魔法だろうか。見た目も派手だし、少し当たっただけでもかなりつらい。威嚇としては十分だろう」

 偽りの外見で女性を騙して虜にするという本来の目的からすれば、彼の行動はいささか見当違いに見えるかもしれない。だが、少なくとも彼自身は戦闘力の向上こそがその目的のために必要な第一歩だと信じ、鋼の意志によって自らに厳しい訓練を課すのであった。



「たしか、ガイザーさんは魔法使いなんですよね?」

 エイミーからそう話しかけられた時、小悪魔は一瞬それが自分のことを指しているのだと分からなかった。ガイザーに擬態した小悪魔は、ややあって自分がそう名乗ったのだと思い至り、しどろもどろにならないよう努めて冷静に答えた。

「え?あ、はい。そうです。それが何か?」

「いえ、こんな町はずれで独りで修業しているなんて、すごい人なんだろうなと思って。私、魔法使いっていうのは、すごく頭のいい人が都会で勉強してなるものだと思ってましたから」

「え、あ。あー、そうですね。うん…」

 冷静になろうと努めたが結局しどろもどろになっていた。

 エイミーとの最初の出会いから数日、再びガイザーはあの林の中で彼女に出会った。危険なゴブリンが徘徊するこの場所にはもう来ないのではないかと半ばあきらめていた彼にとって、これは驚きであった。では何故2人がここで出会ったのかと言えば、もちろん彼女が来ないかと気になってガイザーが林まで様子を見に来たからである。そんなこんなで、2人は一緒になって薬草を採取し、また前回と同じように町まで歩いていくことになったのである。

 さて、今までエイミーから投げかけられたあらゆる疑問を「修行だから」の一言で回避してきたガイザーにとって、この質問は予想外の変化球であった。彼女からすれば単純な感想を言ったまでだが、ガイザーにとってはそれが己の正体を怪しんでの尋問に思えたため、彼は冷や汗を垂らしながらうまい受け答えを大急ぎで模索するハメになった。

「そうですね…ええ、そうです。前にも言った通り、私はまだ駆け出しでして。それで、私の師匠から『お前は基礎がなっとらん』と言われて、魔法を教わるに足るレベルになるまで帰ってくるなと言われたんです。ですので、こうして山野に身を置いて、精神の修行に励んでいるのですよ、はい」

 苦悩に顔をゆがめながら答えたが、理想のイケメンに擬態したガイザーの表情は他人が見ると困ったような笑みを浮かべた若い紳士にしか見えなかったので、エイミーがその苦悩に気づくことは無かった。もちろん、小悪魔ガイザーが魔法の訓練を開始したのはエイミーと初めて出会った後のことであり、それどころかつい最近生まれた悪魔である彼に魔法の師などは存在しない。

「そうだったんですか!あんなにすごいのに、厳しいお師匠様なんですね」

 苦し紛れにその場しのぎの嘘を繰り出したガイザーであったが、エイミーは素直に感心した。彼はその答えにほっとすると同時に、戦闘では殴る蹴るしかしていないのにどうして彼女は彼のことをすごい魔法使いなどと言えるのかひどく疑問に思った。

 だが、彼が誰に教わるでもなく火の魔法を習得し、自主的な訓練によってめきめきと腕を上げていることは事実である。訓練を始めた直後は、ろうそく程度の火を起こしたところで擬態が解けてそのままへばってしまったが、今や擬態を維持したままこぶし大の火をおこすことが可能になった。人間からすれば、これは驚くべき成長速度であり、魔法的な作用によって生まれた悪魔ならではの才能と言える。幸か不幸か今日はゴブリンが現れることはなく、たった数日で習得した魔法を披露する機会は無かったが、どちらかと言えば未熟なまま本格的な戦闘に突入せずに済んだことを喜ぶべきだろう。

 エイミーと他愛のない会話をしながら、ガイザーは彼女の心の内を推しはかろうとしていた。今までの対応から判断するに、命の恩人でありイケメンである彼に対して、彼女が好意を向けていることは想像に難くない。だが、それが恋愛感情なのか、それとも単なる親愛の情なのか、はたまた恩人への義理なのか、彼には判断がつかなかった。何故なら、闇の中で孤独に生まれ落ちた彼にとって、これは美少女とのファーストコンタクトであり、そもそも人類とのファーストコンタクトでもあったからだ。状況判断をしようにも前例の知識も経験もまるでないのである。また、それ故に彼のコミュニケーション能力は決して高いとは言えなかった。己の野望への執念と勢いで言葉が足りない部分を補い、さらにエイミーの好意的な解釈に助けられて会話が成り立っているような有様である。

 結論を出せないまま、彼はエイミーとともに孤児院にたどり着いた。彼女はお礼がしたいからと言ってまたも彼を建物の中へと誘うが、彼は相変わらず「修行中だから」の一点張りで退けた。だがこの一言で引き下がったエイミーは御しやすい方で、むしろ院長の方が是非にと譲らず、結局彼はありもしない予定をでっち上げて逃げるようにその場を去った。ちなみにこの時も孤児院の子供たちが興味深げにこちらを眺めていたが、その中で明らかに敵意を向けている少年がいるのを、彼は目ざとく見つけ出した。その少年は見た目から察するにエイミーと同い年か少し年下程度で、険しい表情を隠しもせずにこちらをじっと見つめてくる。

(こいつ、あの娘に気があるな)

 拠点の丘に帰る道すがら思考を巡らせる。目的達成のためには障害となる要素を早期に発見し先手を打っておく必要がある。彼はそう考え、恋愛感情を基準にして自分を取り巻く人間関係を整理していった。

(特に相思相愛という風には見えなかった。おそらく片思いだろう)

 自身が優位にあるとの認識を得て、彼は整った顔で魅力的な笑みを浮かべた。

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