セーラー服とブレザー
読んで頂き、ありがとうございます。
「なあ、セーラー服とブレザーどっちを着たい?」
またか。
俺はそう思いながらも、椅子を後ろに向ける。
声をかけてきた相手は俺の後ろの席に座る友達。
コンビニ袋からおにぎりとお茶を机に出し、俺の方を向き、先ほどの質問の応答を待っている。
名は『斎藤ケンジ』。
近所に住む、古くからの知り合い。俗に言うところの幼なじみだ。
幼なじみ。
その言葉を聞くと、毎朝起こしに来てくれる女の子を想像するのは俺だけであろうか。
だが、目の前のこいつは幼馴染みのカテゴリーに分類されるムサい男。
現実はいつも無情だ。
おっと、俺の自己紹介がまだだった。
俺は『吉田業平』。
普通の高校1年生。
斎藤ケンジにとっての幼なじみだ。
それと、付け加えてだが。
もしかすると、出だしの台詞を見て、勘違いしている方がいるかもしれないから、一応、言っておく。
俺は男だ。
また、断じて、女装の趣味はない!
最初の言葉、というか質問はケンジの癖のようなものだ。
小学生の頃から、ケンジは時たま、唐突に意味不明な事を問いかけてくる。
問うのは俺限定という訳では無く、もう一人の幼なじみに友達、先生にもする。
そして、今日のケンジの話し相手は俺のようだ。
俺は、自分の席をケンジの机にくっつけ、家から持参の弁当を広げる。
「で、何で今日もまた不可解な事を聞くんだ?」
「なんとなく、と今日も言っておくよ。あ、その弁当、ナリの妹が作ったやつか。手作りか~、愛妻弁当で羨ましいなあ」
「中身、ほとんど冷凍食品だぞ。そして、妻ではなく妹だ」
これは手作りとは呼べないだろ。
まあ、いつも用意してくれている事には感謝が絶えないが。
因みに俺のアダ名は業平から取って『ナリ』だ。
どこが良いのか解らん、と俺が言うと、ケンジが解ってねえなとばかりに首を振り、否定に入る。
「それでも十分だろ。俺なんか、母ちゃんに弁当頼んだら――――」
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「やっと昼休みか。早速、飯だな!」
空腹を満たそうと、弁当を包む風呂敷を解いた。
中に入ってたのは白米とサバ缶(醤油煮)だけであった。
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「確かに、それは酷いな」
「その通りだ!何で味噌煮じゃねえんだよ!」
「怒ってた理由、そっちかい!」
「まあ、弁当の話は一旦置いといて」
意外にも盛り上がった弁当談を止め、今回の本題に移る。
ケンジはお茶で喉を潤し、話を切り出す。
「なあ、セーラー服とブレザーどっちを着たい?」
「何故『どっちが良い?』ではなく、『着たい』なんだよ?」
「あ?そんな事も解らんのか」
「いきなり、こんな事を言われて理解できるヤツがいたら尊敬するよ」
「しょうがねえな。俺がこの疑問に思い立った経緯を説明してやる」
何でコイツは、こうも上から目線なんだ。
「まず、俺は朝、女の子にはセーラー服とブレザーのどっちが似合うか悩んでいた」
「お前、その内に警察に逮捕されそうだな」
「だが、俺はある事を思った。着る側の気持ちを考えてないと」
「ほうほう、それで?」
適当に相づちを打ち、ケンジの話を促す。
「俺は紳士だ。着る側の女子が嫌がる物を着せても意味がない。これは俺の好みの話ではない、女の子はどっちが似合うかという話だ」
「なるほど、なるほど」
「そして、今に至る」
「いや、何でだよ!」
いきなり話が飛躍すぎるだろ。
「女の子の立場になって考え、答えを引き出すためだ」
・・・ああ、なるほどな。
経緯はともかくとして、理解は出来ないが、納得は出来た・・・少しだけだが。
「だったら、何で俺に聞くんだ?自分が女の立場になって考えれば済むことじゃねえか」
「それじゃ、俺の好みに偏っちまうだろ。平等に考えねばならないのに、セーラー服を選んじゃ、意味無いじゃん」
「お前、サラッと自分の好みカミングアウトしたな」
何気に利が通ってはいるな。
だが、
「それなら、俺の意見も俺の好みによっちゃうだろ」
「あ、そっか」
盲点だった、とばかりにポンッと手を打ち、合点するケンジ。
・・・やっぱり、コイツは阿呆だ。
ちなみにだか、俺はブレザー派だ。
ケンジは心底、無念そうに自分のバックを見つめながら呟いた。
「せっかく用意したのに、無駄になっちまった」
「おいッ!?マジで何やってんの!ってか、どこから仕入れた?!」
「同じクラスの、ハルカちゃんから」
「・・・・・・」
『ハルカちゃん』の名を聞き、俺は視線を右にずらす。
ハルカちゃんは俺と目が合うと、ニコッと微笑み、手を振っている。
俺はダラダラと冷や汗を流しながら、視線をケンジに戻す。
ん?笑いかけられて、何故そんなに焦っているかって?
ハハハ、そんなの簡単さ。
『ハルカちゃん』がオカマだからだ。
身長約190cm、全身を筋肉という名の鎧で包まれている。
分かりやすいように言うと、『ハルカ』と言う名よりも『ボブ』の方が似合い、漫画のキャラで例えるなら北⚪の拳に出てきそうである。
それと、本名は『武中 雄二』だそうだ。
ハルカのハの字も見当たらない。
温厚な性格なのだが、俺はどうも苦手だ。
てか、『Welcome』と書いた紙をしまえ!赤飯、用意するな!
全くこの阿呆のせいで、ひどい濡れ衣だ。
とにかく、これで話は終わったと思い、弁当に意識を戻す。
だが、ケンジにとってはまだ終わってないようだ。
「じゃ、男にとって、心にグッとくるのはどっちだ?」
どうしても話を続けたいようだ。
ハァ、と溜め息を吐きながらも話に付き合う。
「現実だと、普通にブレザーじゃねえか?2次元だと、セーラー服は人気だが」
セーラー服も可愛いとは思うが、いかんせん女子の人気がない。
実際に友人の女子もセーラー服はダサい、ブレザーの方が良い、と聞いたことがある。
まあ、この実体験は少数からしか聞いていないので、確実とは言えないが。
2次元世界においてもセーラー服は無くなりつつある。
近年の少女漫画のキャラは大抵ブレザーを着ている。
「ただ、昔だと、当たり前にセーラーだわな。ブレザーなんて無かったし」
「ああ、映画やドラマでは結構あったよな」
『セーラー服と⚪関銃』とか、『⚪ケバン刑事』とかか。
上の作品が解らない若人は、webで検索してくれ。
すると、ケンジはある事に気づいた。
「そういえば、作品のタイトルとかに『ブレザー』てワードは見当たらないが、『セーラー服』は良く入ってるよな」
「・・・確かに」
近年、セーラー服は衰退し、学校の制服ではブレザーばかりとなった。
しかし、タイトルで『ブレザー』という文字が使われているのを見たことがない。
歌とかでも、お⚪ゃんこクラブや『貧乳はステータスだ!』、『月に代わってお仕置きよ!』などではセーラー服の一点張りだ。
「多分だが、そっちの方が多くの世代に浸透しているからじゃないか。イメージしやすいし」
「なるほどな~」
俺の何の信憑性の無い意見にケンジは納得したようだ。
「あと、これは俺のかってな推論だが、セーラーは『清楚』『お嬢様』、ブレザーは『セクシー』『JK』とイメージがあるんだが。俺だけか?」
「ああ、何となく分かる!」
セーラー服は『女子高生』と言うより『お嬢様』、ブレザーは『JK』が着ていそうな主観的イメージが俺の頭に根強くいる。
俺の意見に異議を申し立てる人もいるだろうが、ケンジは同意のようだ。
数ではセーラー服はブレザーに負けている。
だが、それがセーラー服の希少価値を高めていると思われる。
そして話は少し脱線し、ケンジがセーラー服自体に疑問を持つ。
「そもそもセーラー服って何なんだ?」
「確か海軍の軍服を真似たんだかじゃなかったか?セーラー服特有の大きな襟は風が吹き荒れて、うるさい中でも聞き取れるための物だったとか」
言ってみたものの、うろ覚えだ。
俺もその疑問の詳細を知ろうと思い、携帯を取り出し、セーラー服と打ち込み検索する。
それがいけなかった。
俺はその写真を見てしまった。
「・・・なあ、ケンジ。どっちが似合うかと話をしていたが、そもそも大事なのは別に有ると、俺は思うのだよ」
「何だ?」
突然の言葉にケンジの眉が訝しそうに傾く。
俺はケンジの質問には答えず、無言で携帯を手渡す。
ケンジは携帯を受け取り、画面に視線をずらす。
携帯の画面に写り出されていたのは、セーラー服を着たハゲでデブのおっさんであった。
気が萎えた二人は今回の話のオチに入った。
「どっちを着るかじゃなくて、・・・誰が着るかだな」
「・・・そうだな」
二人は心の底から呟き、話を終えた。
なんとも後味が悪い終わり方である。