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白昼の追走劇2……愉快な仲間たちに丸投げ大作戦


「ったくもー。鈍いわけじゃないけど、もうちょっと気の利いた台詞いいなさいよね」


 あまり広くない路地、電柱に瀬を預けた李佳奈美はぶつくさ言いつつ聴覚に神経を集中していた。

 01が路地裏に入ったことまでは確認していたが、直接的な接触をするつもりは同行して周囲に潜んでいるいる友人達にも佳奈美にもなかった。


 この件では自分達はほぼ部外者だ。細かい事情や経緯がほとんど分からない野次馬に近い状態で必要以上に深入りするのは危険極まりないし、当事者もいい気はしないだろう。出来る限りの協力はするが、無理はしない。それがこの街の標準的なスタイルだ。


 「ん?」


 ふと、佳奈美は首を傾げた。

 先程から捕捉していた01の心音、機械音交じりの特徴的な鼓動がにわかに早まりだしたからだ。


 「ヤバ、気付かれた……?」


 追っ手の気配を感じ取り、緊張したのかもしれない。そう考えて佳奈美は一度距離を取ることも考えたが、すぐにその考えを保留する。


 耳に届く01の心音が明らかに乱れてきていた。少しずつだが、拍動の感覚が短くなり、音量そのものも大きくなっている。明らかに緊張状態が原因の乱れではない。それどころか、時折01の呻く様な声までが混じり、佳奈美は思わずぎょっとする。


 「ちょっと、大丈夫なの……!?」


 一瞬躊躇した後、佳奈美はゆっくりと路地裏へと足を踏み出した。

 実のところ、佳奈美の戦闘能力は圭介や01ほどには高くない。というよりもかなり低い。こうして尾行しているのも、いざとなれば即座に離脱する算段があるからだ。あくまでも目的は追跡であり、戦闘を行う気はさらさらない。


 だが、その追跡対象に異変が起こったとなると話が変わってくる。〈ブラックパルサー〉の改造人間兵器の健康については詳しく知らないが、思わず心配になるほどに危うげな音声情報を感知した佳奈美は、目標を追跡から保護に切り替える必要性も検討し始める。自然と歩調は上がり、焦りの感情さえ抱いた時だ。


 「っ!」


 横道から01が飛び出してきた。そのまま、佳奈美を一瞬だけ見やると狭い道の左右に並び立つビルの壁を蹴ってジグザグに上昇し、空に消える。


 「あっ、ちょっと!?」

 

 大急ぎで後を追い、01に続いてビルの上へと跳躍する。

 屋上に着地したして周囲を見渡すと、小さな背中が他のビルの屋上伝いに移動しているのが見えた。

 しかし、先程まで追跡していた時に比べて速度が遅く、精細さを描いているようにも思える。それを実証するように、01が明確な異変を見せた。


 小さなアパートの屋上、その淵に着地しかけた01が、バランスを崩して落下したのだ。


 「いっ!!?」


 思わず全身を硬直させて息を呑む佳奈美だったが、幸いにも01は途中で体勢を立ちなおしてアスファルトに着地した。そのまま再度跳躍し、電柱や看板の上を移動していく。


 「ったく、何やってんの」  


 これはもういよいよ警察か消防にでも連絡して保護が必要な状態だと判断し、佳奈美は01を追ってビルから飛び降りる。 


 「って、佳奈美!? どこ行くんだ!?」


 歩道橋の上に飛び乗った佳奈美の足元から素っ頓狂な声が掛けられた。足元を見下ろすと、重そうな荷物をいくつも抱えた博次が息を切らせてこちらを見上げている。


 「ナイスタイミング博次! そこのビルの屋上に上がって!」

 「状況くらい説明しろよ! いったい何事だ!?」

 「目標逃亡、現在追跡中、見失わないように高所から監視して!」

 「はいどうも! ったくもう、降りたと思ったらまた上るのかよ!」


 文句を言いつつも博次は近くの商業ビルに飛び込む。そう高いビルではないが、最上階まで上れば高所を移動している01を細く出来る可能性は高まる。


 『しかしまた何だっていきなり動き出したんだ! 俺が来たのがバレたとか!?』

 「どうかしら!? 急にあの子の心音が乱れたと思ったら逃げちゃったのよ! なんか病気でも抱えてるのかもね!」

 

 サイボーグ仲間ではあっても、圭介ほど肌身離さず戦闘服を持ち歩いているわけでも瞬時に着替えられるわけでもない佳奈美は、一番動きやすいジャージを着込んだだけのラフな格好でひょいと跳躍する。

 〈ブラックパルサー〉と比較するとあまりにも未熟な技術によるサイボーグである佳奈美だったが、その身体との付き合いは長い。圭介以上にその扱いを心得ている佳奈美は、単純な身体能力ではなく身のこなしで01を追う。跳躍するだけでなく、ビルの壁面を駆け下りるように走行していく。


 『李、心音が乱れたってのはマジか?』

 

 側頭部付近で二束に纏めた髪の下、装着したヘッドセットから博次のものでない声が響く。


 「圭介、戦闘員はやっつけたの!?」

 『そこんとこはご心配なく。で、心音が乱れたのは本当?』

 「ホント! 何の兆候も無くいきなりね!」

 『……悪い、追跡は中断だ』

 

 佳奈美は思わずバランスを崩した。

 ビルの壁面という常人ならば絶対にありえない場所で思い切り躓き、そのまま勢いで大通りの上に落下する。


 「わっひゃ!?」


 大慌てで自動車用の信号機を蹴って体勢を立て直し、どうにか歩道へと着地した。危うく片側二車線の車道に落下しかけたことに肝を潰した佳奈美は深いため息を付き、ヘッドセットに文句をつける。


 「ちょっと、いきなり何言い出すのよ! 追いかけろって言うから慌てて着替えてここまで来たのに!」

 『いや、悪い悪い。ただ、〈ブラックパルサー〉の改造人間の心音が急に乱れるってのは良くない兆候なんだわ』

 「それならなおさら追わなくていいわけ?」

 

 突然空から降ってきた佳奈美の姿に通行人が首を傾げる。佳奈美は慌てて雑踏に紛れ込み、注目されることを避けた。


 『なんて言うのかね。改造体の仕様みたいなものじゃあるんだが、結構ヤバイ状態だから、下手に追い詰めるとそれこそ自棄起こしたりぶっ倒れたりしかねん』

 「むぅ……」

 『いいのか? あの01って子、また路地裏の方に入ったぜ? 建物の死角に入って、こっちからは完全に見えなくなったけど』

 

 博次が通信に割り込んでくる。


 『この場合はしゃーない。みんな、戻ってくれ。博次、01を見失った地点の位置情報を頼む』

 『あいよ』

 

 佳奈美は商店街に滑り込みながら通信を聞いていたが、やがて僅かに剣呑な声で呟いた。


 「そんなヤバイ状態の子、放っておいていいの?」

 『だから位置情報を聞いたんだよ。警察に頼めば監視カメラなんかの情報は調べてくれるさ。それに、直接は追えなくても調べ物でも頼もしいのが何人もいるだろ、うちのガッコには』

 「ま、それもそうね。……面倒看ろとまで言わないけど、病人ほっぽっとくのはナシだからね」

 『わかってる。適当な奴に協力頼んで、俺が直接追いかけてみる』


 通信を切ると、小さく肩をすくめて息を吐く。


 「あ、みんなに連絡してない……」


 路地裏付近で張り込んでいた自分のバックアップを勤めてくれていた面々をほっぽり出していたことを思い出し、佳奈美は慌ててヘッドセットに手を伸ばした。


 




 「あいつめ、急に逃げたのはそういうわけか」 


 次々に沸いて出る〈ブラックパルサー〉の下級戦闘員を蹴散らしながらため息を吐く〈レッドストライカー〉は、ヘッドギアに転送されてくる01を見失った位置の情報を見やる。

 あまり距離があるわけではないが、01も自分と同レベルの能力を持った〈メタコマンド〉だ。偵察ドローンもよく動いていたが、車もほとんど通れない狭い路地を高速で移動されるとお手上げだった。カーチェイスならばともかく、小柄な少女が高速かつ縦横無尽に狭い路地の入り組む市街地を逃げ回るとなると、流石に学生が部活動で作っているドローンでは追いきれない。博次のように相手の先を読んで監視が出来るほど追跡に長けた者はそう多くない。


 「血液浄化の時間か。そういやそうだった」


 四方から戦闘員が迫る。〈レッドストライカー〉は軽く跳躍して全身を横回転させる。プロペラのように振り回された両足が戦闘員達を直撃し、弾き飛ばした。

 しかし、〈レッドストライカー〉は内心で舌打ちする。

 どうにも自分の動きにキレがない。〈ブラックパルサー〉が再び現れることがあっても以前以上に果敢に戦える自信はあったのだが、やはりあまり良い精神状態ではいられなかった。

 それだけ、〈ブラックパルサー〉との戦いが〈レッドストライカー〉に与えた影響は大きい。もし01が〈ブラックパルサー〉に相応しい人間性の持ち主だったなら、もっと苦戦を強いられていたかもしれない。

 一瞬だけ目を閉じて深いため息を吐き、迫る戦闘員の顔面を殴り飛ばす。


 『血液浄化? どういやどうだったんだよ、説明しろ』


 通信機に博次からの問い合わせが入る。


 「〈ブラックパルサー〉の改造人間兵器全般に言えるんだがな。活動時間、活動量に応じて血液が劣化して来るんだよ。生身の人間も疲労物質が溜まると筋肉が満足には動かないだろ? そいつが血液に起こるのさ」

 『血液の機能低下……それってつまり』

 「免疫力が落ちたりってのもあるが、それ以上に酸素運搬量の激減、栄養分吸収率もがた落ちだからな。すぐには命に関わらないけど、戦闘行動はもちろん、日常生活にも支障が出ちまうっていうマズイ状態。自然回復はしない。それなりの設備が必要だ」

 『オイオイ……。佳奈美じゃないが、それこそ追いかけなくて良いのかよ』

 「あいつは逃げた。ってことは、そのための設備にあてがある筈だ。ひょっとしたら、〈ブラックパルサー〉の前線基地がこの付近にあるのか、あるいは次元の壁越しにこっちまで出張ってきてる可能性もあるな。これだけ戦闘員がいるんだから」

 『ならいいがな。いや、良くはないけどよ』

 「ま、俺も追っかけてみるって。ただ、一応警察には一報入れといてくれ。見つからなかった時には探すの手伝ってもらいたいし」

 『わかった。戦闘員の方はもう大丈夫なのか?』

 「ちょうど今終わるとこ」


 最後の一人を豪快に投げ飛ばし、ようやく全ての戦闘員を打倒した〈レッドストライカー〉はすぐさま跳躍する。走って移動してもいいが、さすがに通行のある道路を全力疾走するわけにはいかない。


 「ま、その辺で倒れられたりしてても困るしな」


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