白昼の追走劇……半裸のヒロインを追い回す主人公の図
「クソッ! 待てって言ってるだろうに聞こえないわけ!?」
電柱の上、ビルの屋上、看板や標識の上をひょいひょいと跳躍しながら〈レッドストライカー〉は空を翔る。
前方、視線の先にはやはりひょいひょいと高所を移動する01の後姿。
〈レッドストライカー〉が戦闘を強引に中断した後、01はその場を素早く離脱していた。幸いにも用意された薄い毛布を羽織っているので、露出狂出現という事態にはなっていないが、あまりにもいきなりの逃亡には流石に〈レッドストライカー〉も泡を食っていた。
「ああもう、戦うか逃げるしかないんかい!」
「流石に装備が破損したまま敵地に長居するほど自信家ではありませんので」
「聞こえてるなら止まれって! 大体職員室で茶までしばいといて今更過ぎるだろうがその理屈は!」
「戦闘においては装備の状態は大きく戦況を左右しますよ?」
「だから、まずは話し合って平和的な解決を……!」
「と言われましても、私には戦いこそが望みですので、悪しからず」
「あーもー! こいつめんどくせえ!」
流石に跳ぶ、走るなどの移動には慣れているのか、〈レッドストライカー〉と01の間には戦闘ほどの差は生じていない。先に離脱した01に追い付こうと必死に跳躍を繰り返すが、その差は簡単には縮まらなかった。
「ちっ、参ったな……」
こうなっては、01に対して〈レッドストライカー〉が有利なのは地の利がある点ぐらいのものだ。だが、逆の立場ならともかく、追う側である〈レッドストライカー〉にはあまり意味がない。
「ったく、バトルマニアの戦闘狂め」
とはいえ、01が一々移動先を探しながら動いているのに対し、〈レッドストライカー〉はある程度はこの街での移動に慣れている。市を跨ぐ大河、園川沿いの町も通り慣れている。記憶と推測を元に次の着地地点を割り出して移動できるので、全く追い縋れないわけでもなかった。キョロキョロと周囲を探りながら跳ぶ必要が無いというのは、弱いながらも追い風になった。
〈レッドストライカー〉の記憶と現実に差異が出るまでは、だったが。
「うおおおっ!?」
何度か通ったことのある橋の上、等間隔で並んでいる外灯の上に着地しようとした〈レッドストライカー〉の足は虚しく宙を切った。
どうやら何らかの事故か戦闘で外灯自体が破損したらしく、一基が中ほどから無くなっており、シートに包まれている。当然、着地場所を見誤った〈レッドストライカー〉は重力に引かれ、園川の水面へと落下していく。
「Nooooooooo!」
ドボン、といい音と共に〈レッドストライカー〉は園川の水面をぶち抜き、川底に着地する。
「ぶはっ、チックショウ! やっちまった!」
水面から顔を出した〈レッドストライカー〉の視界には、既に01の姿は無い。水を思い切り蹴りつけ、ペンギンのように橋の上へと跳びあがるが、やはり01を見つけることは適わない。どうやら〈レッドストライカー〉が落下したのを見て身を潜めることにしたらしい。
「変な所ばっかり知恵回してからに……」
歩道に降り立った〈レッドストライカー〉は聴覚の感度を最大限に引き上げるが、聞こえてくるのはエンジン音や話し声、街の生活音ばかりだ。高速の足音や風切り音など、01が移動する音は全く無い。
完全に見失った、と言っていい状況だ。
『いよう、圭介。見てたぜ、素晴らしい落ちっぷりだったじゃないか』
と、ヘッドギアに内蔵された通信機、そのスピーカーから声が届いた。
「うるせえよ。半笑いで通信してくるなよな」
『あんな面白いもの見せといて無茶言うなよ。その様子だと見失ったらしいな』
クラスメートの一人、里村博次だった。
「あんにゃろう、身を隠したみたいだ。おまえらの出番ってわけだが、逃がしてないだろうな」
『バッチシだぜ。今は佳奈美が張り付いてるが、おまえの言うとおり路地裏で身を隠してる。一応工学部にも頼んで小型偵察ドローンも飛ばしてるからな』
「わかった、ありがとよ。そのまま追跡を続けてくれ。ただし、無茶はしない、させない方向で頼むぜ?」
『わぁかってら。位置情報は今送ったが、どうする? すぐ向かうか?』
「……いや、せっかくの機会だ。あいつがどこを拠点に活動してるのか調べたい」
『確かに。じゃ、しばらくはのんびり張り込みと尾行か?』
「……いや、悪いけどそれはそっちに任す」
『あれ、おまえは……あらら』
「見ての通りだ、ちょっとばかり時間を食いそうだから、後はよろしくー」
〈レッドストライカー〉は少しばかり不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「どうやら本格的に残党が残ってるみたいだな。ったく、懲りもしないでよくやるよ」
いつの間にか橋の上、アーチの上に姿を現していた複数の人影を一瞥し、呆れたように言う。
全身をすっぽりと覆った黒いスーツは非常に見覚えがある。普通の人間相手に使う銃器は今回は持っていないようだが、形状は違えど01の武装と同系統の技術であろうナイフや大型のロッドを構えているその影は。
「お久しぶり、〈ブラックパルサー〉戦闘員の皆さん」
『はあっ!? 〈ブラックパルサー〉の戦闘員!? 01の他にまだ残党がいたって言うの!?』
「さあ、そこまでは知らねえよ。けど、圭介が言うからには間違いないだろうな。ま、こっちはあいつと俺達でどうとでもなりそうだけど、そっちはどうなんだ?」
『路地裏から動いてないみたい。こっちも隠れてるから姿は見えないけど、あの子の心音は移動してないわ。気付かれてるのか、単に様子を見てるだけなのかはわからないけどね』
「気をつけろよ、あの01ってのが感覚器官も圭介と同レベルだとしたらおまえの心音や声もばっちり聞かれてる可能性がある」
『ま、仮に見つかってもやられはしないわよ。あたしだって伊達や酔狂でサイボーグやってないからね』
「無茶するなよ?」
『任しときなさい』
博次は橋を見下ろせるビルの屋上で、目は双眼鏡越しに橋の周辺を探り、耳は無線機越しにクラスメートの李佳奈美の声を聞いていた。足元には光学式の狙撃銃を用意し、万一〈レッドストライカー〉が苦戦する事態に備えているが、相手は一山いくらの戦闘員だ。〈ブラックパルサー〉を壊滅まで追いやった〈レッドストライカー〉が後れを取ることはないだろう。問題は、それ以上の伏兵が潜んでいた場合だ。01という、〈レッドストライカー〉と互角の戦力を目にしている以上、博次も油断は全く出来ない。
「ったく、こりゃ後で飲み物でも奢ってもらわんと割に合わんぜ」
少しばかり肥満気味ではあるが、精悍な顔つきで双眼鏡を覗きつつ、博次は周辺に不審な熱源や音源が無いかを探るべく、携帯していた電子端末の策的機能を起動する。幸い、現時点で怪しげな反応は見受けられないようだ。
「圭介、早いところ畳んじまえよ。そこは人通りも多いんだからな」
『わかってる。遅いと思ったら適当に援護してくれ。けど……』
「ま、おまえが善戦してる内は手を出さねえよ。しかし、やっぱり自分の手で片付けたいとか、そういう思惑があるのか?」
『別にー? ただこいつらは間違いなく俺を狙って出てきたんだ。自分の始末は出来る限り自分でつけるさ』
「真面目なことで感心感心。んじゃ、適当に捻ってやって早いところ佳奈美と合流してやってくれよな。クラスの暇な奴が何人か付いてるけど、本格的な戦闘になったらおまえじゃないと厳しいからよ」
『了解、すぐ終わらす』
助力を頼んだクラスメート達も、それなり以上に腕は立つ。
しかし、超高速戦闘を基本とする〈レッドストライカー〉や01に付いていけるかは不安が無くもない。発火能力で数十の敵を一掃出来る超能力者でも、音速の拳に反応できるかとなると別問題だし、剣術の達人が振るう刃も、それを防ぐ程の防御をされては意味が無い。
『何なら、あんたが援護してくれてもいいんだけどなー』
通信機から佳奈美の誘うような声が響く。しかし。
「悪いな、流石に死角は狙撃銃じゃ無理だわ」
『……わかってるわよ』
『……博次、こっちは大丈夫だから李のところに行ってやってくれ』
「な、何だよ二人してその態度はよ!」
『『べっつにー?』』
〈レッドストライカー〉が言葉通りに敵を圧倒していくのを確認した博次は、無線からのひどく聞き心地の悪い声に圧されるように荷物をまとめ、地上へと続く階段に駆け出した。