決着!? グラウンドの激戦!……たぶんしない
『さ、さあ始まりました。二年二組の新星、大河原圭介君と、彼を狙って現れた謎の刺客……ええと、どうお呼びすれば良いでしょうか?』
『α01っていってたが、本名か? ひとまず圭介に倣って01と呼んどくか』
『そうですね。謎の刺客、01さんの戦い! 事の発端はわかりませんが、一大事です! 実況はJBC、城南大学付属学園放送部のナガミネ・フミカと、解説は臨時助っ人の椎名慎太君をお迎えしてお送りします』
『あいー、よろしくどーもー』
当事者達の許可を得た為か、フミカはそれなりに落ち着きを取り戻して実況を始めた。
第二グラウンドの中央付近で向き合う圭介と01の表情はわからない。実況する上では望ましくないが、この場合は止むを得まい。
慎太程ではないにしろ、フミカも圭介の戦闘スタイル、能力は把握している。
超高速の三次元戦闘、というのが圭介が多用する戦い方だ。
自動車など軽く置き去りにする走行速度、校舎の屋上に跳び上がるほどの跳躍力を駆使したそれは、もはや空中戦と表現してもいい。
表情がわかるほどの至近距離からの実況など、どう考えても目が追いきれない。幸い、圭介と01にはそれなりの体格さがあり、戦闘服の配色は大きく異なっている。見失うことはあっても、見間違えることはないだろう。
そこで、二人が動いた。
何事か言葉を交わした後、その場で身構える。
シン、とギャラリーたちが静まり返った。そうフミカが感じた次の瞬間に、戦いが始まった。
『え、ええええええっ!?』
スピーカーから響くフミカの声がドップラー効果で変化する。
猛烈な勢いで空中に上昇した圭介、戦闘服を展開、装着した〈レッドストライカー〉は特別力を入れることも無く、拳を前方に押し出す。
〈レッドストライカー〉同様に跳躍していた01も、それを撃ち落さんとするように拳を突き出している。
つい昨日のロボット襲撃騒動とよく似た、拳同士の激突が再び学校周辺の大気を打ち鳴らした。
「ぐっ……」
「っ……」
しかし、拳に走った衝撃はその時とは比較にさえならなかった。
戦闘服がある程度衝撃を殺してはくれたが、あらゆる機能を大幅に制限している大河原圭介として振るう力と、リミッターのほとんどを解除した<レッドストライカー>として振るう力は拳銃弾と暴走機関車ほどの差がある。
それは01も同じはずだ。
同系統の技術で練り上げられた01にも同程度の力がある。否、僅かとはいえ後発の01の方が性能は上回っている部分もある。
単純な拳のぶつかり合いであれば、技能差による影響は小さくなる。
無論、突き一つとっても〈レッドストライカー〉の方が正確で強力なことも事実だ。体格差もあって、01を弾き飛ばすぐらいのことは出来た。
「単純な打撃力なら私が僅かに上回っている筈ですが、これが技巧の差というものでしょうか?」
「体重差もあるとは思うけど、まあこれでもおまえよりかはベテランだからな」
体勢を立て直し、着地して睨み合う。
戦闘体勢に入った身体は活性化し、強度や能力も跳ね上がっている。数百メートル離れた01の無表情な顔もよく見える。
『い、いきなりすごい光景を見てしまいました! あの大河原君と正面から互角に打ち合うとは、驚きです!』
『流石に対圭介専用と言ったところか……』
歓声と共に、スピーカーから実況が響き渡る。
「……とりあえず無視しようぜ、気が散る」
「賛成です。戦いに集中してください」
「あれ、何で俺だけちゃんと戦ってないような言い方?」
「私は別に気にしていませんので」
「ああそうかい、そいつはゴメンネ」
『っと、ここで再び動きました! 大河原君、一気に01さんに向かって突っ走ります!』
〈レッドストライカー>〉は前傾姿勢をとり、一直線に01に迫る。
未だ〈レッドストライカー〉は01の武装の全てを知らない。が、ここは思い切って一撃入れるために突っ込んでいく。
何しろここは自分のホームだ。
バックアップが頼もしすぎるので、普段なら無謀と言えるような行動も取ることができる。万が一負傷しても迅速な手当が期待できるというのは実にありがたい。
当然、舐めてかかれば良くて負傷、悪ければ即死もあり得るのが戦いだ。その上で〈レッドストライカー〉が突っ込むのは、何度と無く死線を掻い潜ってきた経験に裏打ちされる自信もあるからだ。
一瞬の間もなく01に肉薄した〈レッドストライカー〉は、そのまま軽く地面を蹴る。
砂煙を巻き上げ、地に接触する擦れ擦れの高さで空中を滑るように飛び、01の足元めがけて蹴りを放った。
『おおっ!? 足払い! 今の一撃で正面からの打ち合いを危険と判断したんでしょうか!? 大河原君、ものすごくど派手な足払いです!』
『あいつは負けず嫌いなところあるからな。一撃でやり方を変えたりはしないだろう。多分、最初からいろんな攻め方をして相手を探るつもりなんじゃねえか?』
(バラすなよ人の戦術を!)
無視するつもりでも無視しきれない、味方からの攻撃に内心で突っ込みつつ、〈レッドストライカー〉はそのまま01の足を蹴り飛ばす。
が、流石にそれをのんびりと待っているほどに01は鈍くなかった。
素早く後方に跳躍し、五十メートル程の距離を取ってナイフを抜く。
「来るか?」
落下する前に片手で地面を叩き、反動で〈レッドストライカー〉は軌道と高度を修正する。
数メートルばかり右に移動し、上昇の勢いのままに立ち上がった。
同時に、キラリと金属質な冷たい光。
迫るナイフをかわそうとして、〈レッドストライカー>〉は感心と驚きをない交ぜにした表情を浮かべた。
「っ! アンカーの方か!」
回避行動に入っていた〈レッドストライカー〉を追い、アンカーが軌道を変える。
鞭のようにしなり、曲がり、〈レッドストライカー〉の左腕にアンカーが絡みついた。
「やるぅ」
同時に、01の手元が再度光った。
『大河原君、ワイヤーに捕まりました! 01さんは……手に持ってるあれって、やっぱりナイフですよね!?』
『ナイフだな。確かに戦いなら道理だろうぜ。武器使っちゃいけないってルールは無い。ていうかルール無用なのが戦いだしな』
『ええっ!? そ、それは拙いですよ! 止めないと……!』
『そこは圭介を信じてやるしかねえだろ。01の事はよく知らねえけど、圭介の方はかわす自信はあるみたいだぜ?』
『そこじゃないんですが……』
『刃物振り回して云々ならそれこそ今さらな話だ。あいつなら戦って、勝った上でキチンと諭すさ』
実況と解説がのんきに喋っている間に、01が手を振るってナイフを投擲した。
アンカーのケーブルに動きを封じられた〈レッドストライカー〉目掛けて高速で突っ込んでくる。
「勝手に変な期待するなよな。まあ、間違ってないけどさ」
ため息を吐き、〈レッドストライカー〉は自由な右手でナイフを叩き落とす。そこまでは予想の範疇だったらしく、01は既に取り出していた二振りのナイフを手にしている。投げつけてくるのか、斬りかかって来るのか。
その答えが出る前に、〈レッドストライカー〉は反撃に出た。
ワイヤーに絡みつかれて動きを阻害されている左手を強引に動かし、そこに掛かるあらゆる抵抗ごとワイヤーと、それを手繰っている01を引きずり始める。
「っ……」
「おいでぇ……こっちへおいでえぇ! ……なんつって」
単純な力比べとなれば、体格で劣る01の不利は否めない。
一瞬の均衡もなく、01は勢いよく空中に引きずり上げられて〈レッドストライカー〉の方へと突っ込んでいく。
「フィーッシュ!」
それこそ小魚でも釣り上げたように軽々と01を引き寄せた〈レッドストライカー〉は右の手刀を構えた。左手は絡み付くワイヤーを鷲掴みにしてさらに大きく引き寄せる。
「っ」
だが、さらに勢いよく引き寄せられる直前、01は手にしたナイフで自身のワイヤーを断ち切った。強引に足を地面につけて制動を掛ける。
〈レッドストライカー〉まで残り十メートルほどの距離を残し、どうにか静止してナイフを構える。
「おおっと、逃がさねえ!」
しかし、〈メタコマンド〉にとって十メートルなど距離の内に入らない。無理に態勢を整えた01の隙にレッドストライカーは一気に飛び込み、「フギャッ!」と間の抜けた声を上げた。
『ああっ!? 大河原君、一撃をもらいました! 01さん、どこからともなく取り出した……えっと、バトンというかロッドというか、警棒っぽいもので大河原君の顔面を一撃!』
『綺麗に鼻っ柱に入ったな。いや、見事だ』
『遠目だとよくわかりませんが、01さん、全身に武器を隠し持っているようですね』
『ロマンだよなぁ。ああいう全身武器庫って感じのは男の子の憧れの一つだ』
『へ、へえ……』
顔面を抑えて転げまわる〈レッドストライカー〉を一瞥し、01は数メートルを跳躍して退く。
「いっでえええっ、油断したああああっ!」
雄叫びに近い悲鳴を上げつつ、〈レッドストライカー〉はそれでも立ち上がった。
「っつう~、やられたな。昨日より反応がいいじゃんか」
「流石に、真正面からまっすぐ突っ込んでくる相手には対処できます」
「人をイノシシ頭みたいに言ってくれてもお、この娘は……」
涙目になりながらも不敵に笑い、〈レッドストライカー〉は構えなおす。
「オッケー、ならまた搦め手で翻弄してやるさ。掛かって来い」
「性能が拮抗している上に奇異な行動をされるのは中々に苦しいものがありますが、それでこそ〈レッドストライカー〉です。喜んで、行かせて頂きます」
二人が同時に跳躍した。
〈レッドストライカー〉は後方に宙返りしつつ、百メートル以上を跳んで校舎の壁に迫る。それを追うように跳んだ01は右手にロッド、左手にナイフを二本保持している。恐らくは
〈レッドストライカー〉が壁を蹴って方向転換した瞬間を攻撃を加えるつもりだろう。蹴る物のない空中に出た所を狙えば速度さえ十分ならば有効打となりえる武装を持っているのだから当然そうすべきだ。
「けど、まだまだ甘いな」
「っ!?」
〈レッドストライカー〉は壁を方向転換には使わなかった。
そのまま地面に降り立ったかのように壁に片膝、片手を突いて着地すると、地上から迫って来る01を見上げる形で捕捉し、再び跳んだ。
01に向けて。
「そらっ!」
「ぐ……」
加速していた01に真正面から高速で突っ込んだ〈レッドストライカー〉の手刀が一閃した。重い衝撃音と高い擦過音が響き渡り、同時に盛大な火花が散り、さながら花火のように空を彩る。
01は大きく姿勢を崩し、校舎の脇に落下する。どうにか着地こそ出来たようだが、すぐには立ち上がれない程度のダメージを負っているらしい。
「おおっ、出たよ圭介の得意技! 誘い込んでからの不意打ち、痺れるくらいズルい一撃だ!」
「すごいなあ、あの勢いで壁にぶつからないのか。いや、まあぶつかってるとも言えるけど」
「容赦ないなあ、まあ大河原君に限ったことじゃないけどね」
常人の域を完全に逸脱した聴覚でギャラリーの好き勝手かつ地味に心を抉る感想を聞いて微妙に肩を落としつつも、〈レッドストライカー〉は01との距離を詰める。今度は慎重にゆっくりと、様子を窺いながら接近する。
「恐ろしい方です……。完全に想定外の行動でした」
「あ、やっぱり? これ、おまえみたいな堅そうな奴が結構引っかかってくれるのよね。やっぱりトリッキーな動きに対応できなきゃダメだぜ?」
「なるほど、確かに対処の難しい行動です。ふつうはあそこで突っ込んでくるようなことは出来ません。この武装があなたにも有効なのはご存じのはずですが」
「そりゃ当たったらまずそうだけどな。当たらない自信ってのも持ってるから突っ込めるわけ。事実当たらなかったろ?」
「……おっしゃる通りですね。迎撃も回避も出来なかった、というのは事実です」
取り落とした武装を拾い上げ、どうにか片膝を突いて01は吐き捨てる。どことなく悔しげにも見える表情で01を睨みつつ身構えた。
「ベテランを舐めんなよ? 一体どれだけの交戦経験があると思ってんの。それに反射神経なんかもカタログスペックのままじゃないぜ」
「どういうことでしょう?」
「経験の蓄積と、身体的な成長は馬鹿にならんって話」
「成長、ですか」
「そ。どうもおまえさんはまだ素人くさいんだよな。ぶっちゃけた話、あんまり戦った経験ないだろ」
「否定はしません」
「だろうよ」
じりじりと01に歩み寄りながら、〈レッドストライカー〉は意地の悪い笑みを口元に浮かべる。
「さーてー、大人しく捕まってもらいましょーかー? テイク2」
ニヒヒ、と笑いながら指をわきわきと動かして迫る。
『あ、あれれ!? な、何だか妙な流れに……。大河原君が何か怖い……?』
『あの阿呆、何でああもセクハラチックな言動なんだよ』
「うっせーなー! 単に確保して平和的な解決を望んでるだけだっつーの!」
『そうは見えね……あぁ?』
『えっ、あ……!』
とうとう放送に言い返した〈レッドストライカー〉に、スピーカーから素っ頓狂な声が返ってきた。
「ん?」
超人的な視力で放送席の二人が、否、ギャラリーも含めた全員が表情筋を完全に硬直させているのを確認した〈レッドストライカー〉は彼らの視線の先をに目を向けた。
「……え」
そこには、どうにかといった様子で立ち上がった01がいた。
先ほどの手刀が答えたのか、がくがくと笑う膝に力を込めて崩れ落ちそうになっているが、それでも確かに立っていた。
それだけなら何も問題はなかったのだが、先程までと些か様子が違っていた。
黒い戦闘服の一部が損傷していた。〈レッドストライカー〉の手刀を受けた左肩から袈裟懸けに右の脇腹近くまでがダメージを受けている。
軽装甲には手刀の走った後に沿って亀裂が生じている。ここまではいい。
問題は胸部から脇腹までだ。敏捷性を考慮してか、〈レッドストライカー〉と比較すると申し訳程度の防備しか施されていないそこは、鋭い一撃で大きく裂けていた。
すなわち、肩から脇腹まで、服の中が大きく露出しているということになる。
「くっ……思った以上に鋭い一撃でした。軽装甲とはいえ、この戦闘服をここまで破損させるとは」
「いや、反応するところが違う気がするけどかといってちゃんと反応されると困るというかなんつーか……。とりあえず前隠せ、な?」
歓声が上がった。
「しゃっ……写真部! 写真部呼んで来い! 一眼レフの力を見せてくれ!」
「馬鹿野郎、そんな暇あるか! おまえら何のためにケータイ、スマホ持ってるんだ! さっさと構えろ!」
「ざっけんな! レンズ越しなど邪道、網膜に直接焼き付けてこその男だろうが!」
わいわいがやがや、などという控えめなものではない。雄叫びと歓声の飽和爆撃が周囲の空気を打ち振るわせ、無数のレンズが01に集中する。
「撮ってるんじゃねえよこのアホどもー!」
泡を食った〈レッドストライカー〉がギャラリーと01の間に仁王立つ。飢えたケダモノの視線を遮る誇り高きついたてとなる正義の味方。
『おお、流石は正義の味方。マッチポンプな気もするけどキチンとやるべきことはやっています。それにひきかえ……』
『ったく、どいつもこいつも……。気持ちはわからんでもないが』
『……慎太君?』
『ナンデモナイ、忘レロ』
大半の男子生徒と、一部の女子生徒が好色な視線を01に向け、一部の男子生徒と大半の女子生徒が呆れた視線を彼らに向ける。
「とはいえ、戦闘能力を喪失したわけではありません。まだまだ、これからです」
「終わってるよとっくに! はい終了! ギャラリーはさっさと帰る!」
「ですが……」
「ですがも何もないの! おい、誰か羽織る物用意して! 可及的速やかに!」
「しかし……」
「~~~~っ!! しかしもない! というか隠せ! 前隠せ! 今日の戦いは中止ー!」