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開幕! 死闘兼私闘! ……観客付きだが


 「先生、ものすごく妙な所で気を使ってくれますね……」

 「仕方なしだ、仕方なし。放置しておくわけにもいかんだろ。教育者云々以前に俺たちも大人だ」


 授業を終え、鞄に教科書を詰め込みつつ声を掛ける圭介に三島は呟く。

 事情を聞いた三島はしばらく考えた後、何と01の身柄を職員室で預かると言い出したのだ。


 これには圭介も少なからず驚いた。

 学校はあくまでも教育機関であり、警察でも市役所でもない。


 「放り出して事件を起こされても困るし、かといって校内で事件にするわけにもいかん。授業が終わるまでは待つと言ってるから、それまでならな」


 確かに言う通りではある。

 01が無害である保証はどこにもない以上は一番確実な方法だろう。

 さらに言えば、教職員は生徒以上に腕利きが揃っている。先日のロボット襲撃で、一クラスあたりの迎撃数が十体程度で済んでいたのは、教職員がそれに倍する数の敵を迎撃していたからに他ならない。

 万が一、01が暴れる様な事があったしても、即座に鎮圧出来る。


 「まあ、あくまでも授業中の一時的な処置だ。後のことはおまえに任す」

 「そりゃ俺の問題ですから、もちろん引き受けますがね。しかし思い切りましたね」

 「ここは古見掛市だぞ。融通が利きすぎるくらいでないと中々上手くは回らんよ」

 「ははっ、違いないですね。それじゃ、迷い猫を引き取りに行ってきますよ」

 「おお、行って来い行って来い。ただし……」

 「報告はまた後日に、お先に失礼しまーす」


 学生鞄を肩に担ぎ、圭介は教室を駆け出す。


 「元気というか何というか、あいつも苦労するな……」

 「しかし、実際警察に丸投げするってのが一番労が無いと思うんですがね」


 大柄な男子生徒、ビリアル・ブランハースが尋ねる。

 宇宙や異次元からの難民というわけでもなく、ごくごく普通に海外から転入してきたという珍しいタイプのその生徒は、どこか探るような態度で三島を見やる。

 ビリアルの言う通り、悪の秘密結社のコマンドを一時的にとは言え預かるというのはおかしな話でもある。預かるだけの人員も揃ってはいるのだが、それでも生徒の命を狙っている存在をわざわざ職員室まで案内するという行動に引っ掛かりを覚える者は、ビリアルのみならずいた。


 「まあ、確かに警察呼ぶのが一番面倒が無いんだがな……」


 三島は小さく唸った。


 「だが、無碍にも出来んだろう。本人が今の所積極的な悪事を働いてないわけだし、唯一襲われたという大河原がある程度以上に自力で解決したがってる節があるからな。平和的に」

 「ほう? そいつは驚きですな。奴にしてみれば〈ブラックパルサー〉は憎い仇の筈だと思ってましたが? まさか、自分で倒したいってわけじゃあないんでしょう?」」

 「ああ、事情を聞いた時の様子からすると、どうにか対話で解決したいといったところか。まあ、細かな理由は聞いてないが、彼女とは同郷という事にもなるし、思う所もあるんじゃないか?」

 「先生方としては、多少面倒でも当事者の意思を尊重したいってとこですかい?」

 「大河原の場合は、仕方なかろう。まだこっちの世界に来てから……戦いを終えてからそう月日も経ってない。〈ブラックパルサー〉に恨みを買ってしまった以上、簡単に故郷に戻るわけにもいかんからな。誰を巻き添えにするかわからん以上、あいつはそういう真似が出来ん。残党がいないと確認するのは悪魔の証明だし、事実こうしてブラックパルサー関係者が現れてるんだ。なら、こっちで踏ん切りつけるなりなんなりせにゃなるまい。その機会があるなら、させてやるのも教師の仕事だ」

 「言いますねぇ。そういうの、嫌いじゃありませんぜ」

 「というかおまえはさっきから生意気に過ぎる口を利くんじゃない」

 「いでっ」


 出席簿でビリアルの頭をペシンとはたき、三島は他の生徒たち共々着席させる。


 「ほら、いつまでもだべっているんじゃあない。ホームルーム始めるぞ」





 「ごめんなさいね。三時間以上も待たせちゃって」

 「いえ。押しかけたのはこちらですので、どうかお気になさらないで下さい」


 職員室の隅、応接用のソファーに腰掛けて茶を啜る01に、校長はすまなそうに詫びた。

 高年の女性らしい落ち着いた物腰で正面に座る01に語りかける様は堂に入っている。まるで子供を相手にするような(彼女から見れば十代半ばも十歳未満も、大差ない子供ではあろうが)柔らかい笑顔と、未だ艶の色濃く残る優しい声で語りかけられているせいか、01もまた、見知らぬ場所でも落ち着き払っていた。出された湯呑を不思議そうに眺めつつ、校長がそれを飲むのを見て、真似して飲むという微笑ましい一幕もあったが。


 「もう少し待って頂戴。じきに授業も終わるわ。そうしたら大河原君が迎えに来るから」

 「そうさせて頂きます。戦いを約束して頂いた以上は、私も強引に事を進める様なつもりもありませんので」

 「そう、助かるわ」


 いっそ和やかでさえある光景に、他の教職員も別段緊張感を抱くことなくそれぞれの職務に励んでいる。むしろ、その穏やかな空気にあてられて口元を緩める者さえいる程だ。


 「それにしても、学校にまで来ちゃうなんて、よっぽど彼と戦いたいのね」

 「ええ。それこそが私の目的、終着点なのです」

 「あら、通過点ではないのね?」

 「通過点……そういった認識は持っていませんね。他に望むことはありません。ただ、〈レッドストライカー〉大河原圭介との戦いこそが私の全てです」

 「一途なのね。彼とは同郷ということになるのかしら。大河原君もあなたの事は気に掛けているようだし、今後も仲良くしてあげてくれる?」

 「殺し合いを仲良く行う事が出来るかは疑問ですか、別段悪感情は抱いていません」

 「ありがと。きっと大河原君も喜ぶわ」


 物騒極まる会話を交わしつつも、やはり二人の纏う空気は穏やかだった。

 警戒心や敵意を漂わせることなく、礼儀正しく話す01に、まるで導き諭す様なまさに教育者然とした態度で接する校長。

 

 「でもね、一つだけお願いしてもいいかしら?」

 「私に出来る事でしたらさせて頂きますが」

 「大河原君と、なるべくお話してあげて欲しいの。彼、たった一人でこの街に来たでしょう? もう友達や知り合いもずいぶん増えたみたいだけど、やっぱり元いた世界との接点がないっていうのは寂しいものだわ。戦いながらでも、その前後でも構わないから、時間があれば話し相手になってあげて」

 「戦いの後にはどちらかがいなくなっていると思いますが、それまでの所でしたら出来なくもないでしょう。あまり乗り気ではありませんが」

 「ええ、無理にとは言わないわ。気が向いたらそうしてあげて欲しいだけのことよ」

 「敵同士では少々難しいとは思いますよ? 不可能とまでは思いませんが、互いに相当の忍耐と妥協が必要になると考えますが」

 「でもないわよ? 事実、私と夫は始め敵同士だったんだから」

 「ご主人が、ですか?」


 その日初めて、01の顔に表情が浮かんだ。

 僅かに眉が上がっただけの些細な変化ではあったが、確かに変化があった。


 「驚いた?」

 「いえ、事情が飲み込めていないだけです。敵同士とは、個人的な敵対ですか?」

 「組織的な敵対ね。私の所属する組織と、夫の所属する組織が敵対していたの」

 「成程、納得がいきました。組織同士の関係は常に変化しますからね」

 「う~ん、それがそうでもないのよ」


 得心して頷く01に対し、校長は苦笑しながら訂正する。


 「私が属していた組織と、夫の所属する組織は今に至るまで敵対しているわ。文字通り、命のやり取りをしている程に関係は悪いのよ。只の一度も友好的な関係になったことは無いわ」

 「では、どういう事なのでしょうか?」


 可愛らしく小首を傾げる01に、校長は気恥ずかしげに笑った。


 「私が組織を抜けたの。彼と殺し合いたくなくて」

 「敵同士でありながら、殺し合いたくなかったのですか?」

 「ええ。そう思うようになってしまったの。もっとも、自分の組織に嫌気がさしていたこともあったけど」


 01はしばらく目を瞬かせていたが、やがて元の表情に戻り、言った。


 「そういった感情は、よくわかりません」


 校長はそんな01をしばらく慈しむような目で見ていたが、その穏やかな時間をチャイムが揺さぶった。

 ホームルームの終わりを告げる鐘の音、生徒たちを放課後へと解放する時の合図に、校長は残念そうに背もたれに身を埋める。


 「残念。もう少しお話していたかったけれど、そろそろ時間のようだわ」

 「有意義かどうかは判断しかねますが、興味深いひと時でした。おもてなしに感謝いたします」


 01が立ち上がり、ぺこりと頭を下げるのと同時に、職員室の扉がガラリと威勢よく開いた。


 「失礼しまーす、二年二組の大河原圭介です。客人を引き取りに来ましたー」


 学生鞄を肩に担いだ些か不作法な格好で入って来た圭介は、やはり少し不作法な調子で挨拶をした。


 「ほら、大河原君が来たわ。行ってあげて」

 「そうさせていただきます。では、これで」


 再度、小さく礼をした01は、そのまま軽やかに圭介の方へと歩いていく。

 和やかな空気を形成していた要注意人物が退室するのを名残惜しそうに見送る職員たちと同様、校長も微かな寂寥感を覚える。


 「悪い悪い、待たせたな」

 「いえ、こちらこそ突然訪問した側ですので」


 合流した二人は、敵同士であるにも関わらず、まるで旧知の仲の様に言葉を交わすと、それぞれが軽く会釈をして退室した。

 

 「若いっていいわねえ……」


 


 「……これは何の冗談ですか?」

 「まあ、仕方ないわな。白昼堂々学校で果たしたいなんぞ、注目を浴びないわけがない」


 周囲に気兼ねなく戦えて、かつそれなりに広い場所をと第二グラウンドに足を運んだ二人を待っていたのは、噂を聞きつけて詰め寄った数百人規模の生徒たちの歓声だった。

 

 『美しき謎の刺客、学園の雄の息の根を断つか!?』

 『新進気鋭の赤いヒーロー、新たな敵を迎え撃つ!』


 さらにはいつの間に撮影したのか、01と圭介の顔写真の入った垂れ幕がご丁寧にホログラフでデカデカと中空に投影されている。美術部員でも導入したのか、デザインが無駄によく出来ているのがまた性質が悪い。


 「お、主役たちの登場だ! そらそら、道を開けろ!」

 「ほら、何ぼけっとしてんの! こっちこっち!」


 呆気に取られる二人の為に、盛り上がる観衆はモーゼの十戒の様に左右に分かれ、ノリのいい生徒がそれぞれを決戦場、第二グラウンドに連行エスコートしていく。


 「大河原圭介、これは一体何事でしょうか?」

 「おまえが悪目立ちする登場したから、注目されちまったんだよ。悪いとは思ったけど、こうなった以上仕方ないんで、勝手に観戦許可出しといた。ここまで大袈裟になったのは予想外だけどな……」

 「何故また許可を?」

 「しゃーねーじゃんか。ただでさえおまえの件で要らん迷惑掛けちまったし、それに止めて聞くような奴らじゃないからな。最初から堂々と見られてる方が気も散らないだろう?」

 「……納得は、いまいち出来かねますが、仰ることも理解できます。わかりました」

 「ご理解いただけて何より」


 圭介は苦笑しながらグラウンドの中央に並び立つ。


 『え、えっと……お二人とも、それじゃあ初めてもいい、ですか?』


 どこか遠慮がちにスピーカーから声が響いてくる。

 見れば、グラウンドの隅にはテントが設置され、簡易の放送席として運用されている。


 「ああ、ナガミネの奴は放送部だったか」


 視覚の機能制限を解除してテントを観察すると、放送席でナガミネ・フミカがどこか申し訳なさげにこちらを見ている。

 さらにはその隣、解説者席らしいそこにはフミカの夫、椎名慎太がやはりばつが悪そうに鎮座していた。

 圭介の視線に気づいたらしい二人は、それぞれに謝罪らしいジェスチャーを送ってくる。フミカは合掌して拝むように、慎太は片手を腰にやったままだが、やはり片手で拝むような仕草だ。言葉に直すならそれぞれ「ごめーん!」「なんか、悪いな」といったところか。他の生徒と比較してもよく圭介と絡むので抜擢され、断りきれなかったのだろう。恐らくは他の生徒が圭介と〈ブラックパルサー〉との因縁を把握していない為か。


 ここまでされると圭介も却って後ろめたい。

 確かに、〈ブラックパルサー〉との戦いを見世物の様にされては面白くは無いのだが、正直な所、圭介は未だに01を〈ブラックパルサー〉と認識しきれずにいた。

 01が〈ブラックパルサー〉の改造人間兵器であることは理解しているのだが、それ以上の関わりが見えてこない。組織のことなぞ知った事ではないという態度も大いに引っ掛かる。無論、何らかの意図で圭介を欺いている可能性もゼロではない。しかし、わざわざ圭介の前に自分から現れてそんなことをする必要性は薄い。端から不意打ちでもした方がよほど効果的だ。


 圭介が〈ブラックパルサー〉と戦えたのは、他人を害することに何の抵抗も覚えず、そして実行する危険な集団だったからだ。もちろん、戦いの最中に個々人の思想や事情などを鑑みる余裕は無かったが、少なくとも悪事を企み、無辜の人間を踏む砕くような敵ばかりと戦ってきたつもりではいる。


 では、01は?


 望むのは圭介との、〈レッドストライカー〉との戦いの身であり、組織の思惑など知った事ではないと言い放つ。

 僅かに旧型とは言え、現状で自分の力を上回っている〈レッドストライカー〉に必死に挑んでくるその姿勢は、弱者ばかりを踏み躙って来た〈ブラックパルサー〉とは真逆のものだ。

 

 はっきり言えば、圭介は怨敵に臨むという意識が全く持てずにいた。


 「あー、オッケーオッケー! 始めてくれ、ゴーゴー!」


 僅かに投げやりに了解の意を伝えると、圭介は01と向き直った。


 「それじゃ、始めるとしますかね。ちっとギャラリーが多すぎるけど」

 「やむを得ません。それではよろしくお願い致します」


 揃って小さな溜息を吐くと、二人はそれぞれに身構えた。



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