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廃墟の攻防……それは孫と遊ぶおじいちゃんの如く

 

 地面を蹴り、01は水平に跳んだ。

 造船ドックのすぐ傍に立ち尽くしている赤錆びたクレーンの足元に降り立ち、今度は垂直に跳ぶ。レール部やフレーム部を足場にしてアーム部へと跳び付き、一気に頂点まで駆け上がる。この点はあらかじめ〈レッドストライカー〉に言い含められていた。01の相手は首領、〈レッドストライカー〉の相手は後の二人ということになっているが、〈ブラックパルサー〉が約束を守るという前提で動かないと決めていたので、戦闘開始と同時に即座に包囲されにくい場所へと移動したのだ。砲撃には晒されやすくなるが、クレーン自体が障害物となって狙いにくくもなるはずである。


 追撃は早かった。

 首領は01を追ってやはりクレーンの足元へと跳躍し、そして。


 「!?」


 凄まじい轟音と衝撃が01を襲った。

 首領は悠長に01を追い回すのではなく、その足場であるクレーンの脚部を一本、蹴りでへし折ったのだ。自動車ほどの幅がある鋼の脚を折られ、さらに爆発的な衝撃に煽られたクレーンは自重に耐えきれず倒壊を始める。

 

 「……呆れますね」


 流石の01も頬を引き攣らせ、傾きつつあるアームから飛び降りる。まさかこれほど大胆な真似をしてくるとは想定していなかった。〈メタコマンド〉の打撃力ならば、確かに朽ち果てつつある鉄塊を破砕するなど難しくはないかもしれない。が、そのような発想に至ること自体が01には少々信じ難かった。


 「む」


 01は片眉を上げる。

 眼下、クレーンが倒れこもうとしている地上で、首領がこちらを見上げていた。先程の蹴りの衝撃か、着込んでいたスーツはズタズタに弾け飛び、その中に着込んでいた黒い戦闘服が見える。01のかつての戦闘服同様、装甲やサポーターの類は少ない、軽装の戦闘服だ。故に、その下には筋肉質な肉体が潜んでいることが見て取れる。


 地上から見上げている首領の目に不満の色が浮かんだ。身動きの取れない空中、それも相手の真上に躍り出るという隙を見せたことが気に入らないらしい。殺気の籠った視線を01に合わせたまましゃがみ込むと、首領は路面のアスファルトを打ち砕き、大きめの破片を手に取る。

 確かにこちらは隙だらけだ。身を守る障害物もない以上、狙い撃つには絶好の状態だろう。しかし、だからと言ってこちらが失策を取ったと思われるのも心外だ。


 落下しながら右手を斜め下に突き出す。右手首、グローブに仕込まれていたアンカーを隣接する工場の壁に打ち込み、そのまま巻き上げに入る。壁の内側、壁か床に突き立ったアンカー部に引き寄せられる形で、01は高速で工場へと突っ込む。


 壁に直撃する直前、首領が一瞬だけ呆気に取られ、そして笑うのが見えた。


 轟音と衝撃を伴い、01は工場の壁をぶち抜いて内部に飛び込む。重量物を運搬するためのクレーンが移動するためのレールが何本も中空に設置され、それを支えるための鉄骨も縦横に多数そそり立っている空間は、広大であるくせに圧迫感は非常に強い。さらに資材や機材が多数取り残されていることがそれに拍車を掛けていた。しかし、そんなことを気にしている場合でもない。01は素早く鉄柱の陰に身を隠して追撃に備える。


 夜間、照明のない室内という状況ではあるが、外部に古見掛市が多数の照明を設置しているし、月明かりが窓から差し込んでいる。常人には歩くことさえままならないだろうが、〈メタコマンド〉の視力の前には障害ではない。問題は、相手が死角にいることだ。どれほど視力が優れていても、透視能力がない以上は壁の向こうまでは探れない。


 「……」


 抜き放ったままのナイフをきつく握りしめ、01は周囲を警戒する。目を凝らし、耳をすませて首領の気配を探る。恐らくは〈レッドストライカー〉が二体の〈メタコマンド〉と交戦しているだろう音が激しく移動している。同時に、凄まじい大音響が轟き、激震が建物全体を襲う。どうやら首領の気配を見つける前に、クレーンが倒れ込んだらしい。〈レッドストライカー〉であれば、無数の轟音が重なり合うこの状況でも首領の心音、呼吸音まで聞き分けられるだろうが、あくまで量産機に過ぎない01からはそれ程の性能はオミットされている。


 01は舌打ちして息を殺す。首領の感覚器官がどれほどの性能を誇っているのかはわからないが、一方的に場所を悟られて奇襲を受けるのは避けたい。

 どこから来るのか、どう対処するか。01が思考を巡らせている時だった。


 ガアンと新しい音が響き、壁の一部が吹き飛んで機材にぶつかった。


 「多少は冷静さというものを身に着けたようだな。結構結構」


 外部の光を背負い、首領の影が屋内へと踏み込んできた。

 01の居場所に気付いているのかいないのか、そもそも気にも留めていないとばかりに悠然と、勝ち戦の凱旋でもするかのように悠々と歩いてくる。


 「最初な浅慮な回避かと思ったが、その後の判断の早さ、そしてこうして身を潜めるという選択は悪くない。最初の行動も、今考えれば誘いだったかもしれんな。もし私が跳躍して撃ち落すことを期待しての行動だったなら、むしろ無粋な真似をしてしまったかな?」


 鉄柱の陰から様子を窺う01と、首領の目が合う。

 既にクレーン倒壊の轟音は収まっている。互いの心音、呼吸音を補足するには十分な距離と静けさだ。


 「とは言え、まだまだ合格点はやれんぞ。あくまで前回よりはマシな部分もあるというだけの話だ」

 「お褒め頂いて恐縮です。ですが、あまり悠長にしていられる時間もないと思います」


 首領の言葉に応じつつ、01は素早く彼我の位置関係を把握し、周囲に視線を巡らせる。

 障害物となり得る機材の有無、立ち並ぶ鉄柱、頭上に組まれた鉄骨やレールの状態を確認してからすっと膝を折り、脚に力を溜め込む。


 「すぐに、そんな余裕はなくなるでしょうから」


 同時に、01は駆けだす。無数の鉄柱と、点在する巨大な機材に身を隠しながら、時には障害物に身を潜め、時には絶好の隠れ場所を敢えて無視し、首領と付かず離れずの距離を駆け回る。


 「今度は何の真似だ? 〈レッドストライカー〉の入れ知恵か? むっ!」


 ふと、首領の言葉が止む。

 01が不意に投げつけたナイフに気付き、弾き飛ばすことに気を取られたらしい。手刀で弾き飛ばされたナイフは金属質な音を立て、首領の頭上、張り巡らされた鉄骨に虚しく突き立った。


 「むぅ。何かと思えば、ナイフを投げるための攪乱のつもりだったのか? だとすれば少々期待外れだな。不意を突いたつもりかもしれんが、そんなものは不意打ちと呼ぶにも値……」


 首領の言葉は続かない。

 言い終わる前に、01は戦闘服に保持していた別のナイフを次々に投擲する。対〈レッドストライカー〉を想定して開発された高周波ナイフを発展させた電磁ナイフだ。〈メタコマンド〉にも十分に効果は発揮する。それを察してか、首領はむざむざ受けるようなことはせず、飛来するナイフを弾き、あるいは最低限の動きで回避する。


 「ほう」


 薄く笑みを浮かべる首領の顔に、01はナイフを放ち続ける。既に放ったナイフは十を超えるが、戦闘服には未だナイフが残っている。

 首領が動かずにナイフを弾き続けるのを見て、01は自分が所持しているナイフを投げるのを止めた。


 あらかじめ工場内に大量に仕込んでおいたナイフを走り回りつつ回収し、片っ端から首領に向けて投げつけているのだ。

 鉄柱の影、機材の下、資材の隙間。至る所に隠しておいた得物を引き抜き、取り出し、放る。首領の顔目掛け、胴体目掛け、足元、頭上、緩急をつけ、時に投げ方を変えてとにかく投げ続ける。


 その全てを回避され、弾かれ、時に掴み取られて放り捨てられても構わずに続ける。少しずつ速度を上げ、投げる間隔を縮め、場合によっては複数同時に投げつける。


 「姑息な浅知恵ではあるが、知恵は知恵だ。成程、前回よりは余程物を考えていると見える。しかし、今一つ目的がわからんな。何を企んでいる? 私の動きを見切ろうとでもいうのか? それとも時間稼ぎか? まさか万に一つの受け損ない、避け損ないを狙っているわけでもあるまい?」


 01が懸命に投げ続けるナイフを全てさばきながら、首領は楽しげに問い掛ける。 


 周囲のナイフを集める内に、01と首領の距離は開いていく。手近なナイフがなくなれば、遠くのナイフを手に取らなければならないのだから当然だ。そして距離が開けば、当然首領の反応にも余裕が生まれる。首領周辺のナイフを使い切り、壁際に隠していたナイフを手に取った01は、一度立ち止まって首領を睨む。


 「そろそろ弾切れか? まだこの建物全体には大量に仕込んであるのだろうが、流石に私もこれ以上は待たんぞ? 既に三百近いナイフを相手にしてやったのだ。いささか飽いた。今手にしている物で最後にして欲しいのだがな」


 敢えて積極的に回避せず、その場で攻撃を防ぎ続けた首領は少々うんざりした様子で言った。


 「ご心配なく。これで最後です」


 そう言って01は両手に持ったナイフを放る。左手は下手投げで、右手は左肩の位置から滑らせるような動きで投げ、自身はそのまま背後に跳ぶ。

 さほど厚くはない、壁に向かって。


 両手でナイフを受け止めた首領の退屈そうな顔が、暗闇の中に消える。

 壁をぶち抜いて工場を脱出した01は、そのまま回れ右をして駆け出す。


 「ここまで付き合わせて逃げの一手か? 本当にそれで終わりなら、このまま追撃して……」


 首領の声が途切れる。

 首領が01の可聴距離から外れたわけではない。一瞬の間、言葉が切れただけだ。


 「……あるいは、まさかな」


 明らかに楽しげな色が滲んだ首領の声を聞きながら、01は未だ保持しているナイフ、そこに仕込まれた小さなスイッチを押し込んだ。


 閃光と熱、そして轟音。


 工場中に仕込まれた(その内三百は首領の周囲に集中的に設置された)ナイフ。その内部に仕込まれた高性能爆薬が炸裂し、工場を丸ごと吹き飛ばした。



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