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馴染む阿呆に見守る阿呆……さらば平穏

 「……」


 夕日に照らされた河川敷、01は草むらに座り込んで荒い息を繰り返していた。

 激しい運動を行っていたこともあるが、何よりも凄まじいプレッシャー、緊張感や恐怖感に長時間向き合っていたことも大きい。体温はさほど上昇していないにも関わらず汗も止まらない。


 「どうしたどうした? 流石に参っちゃったか?」


 向かい合って座る圭介はからかうように笑っているが、01はその姿を一瞥して小首を傾げる。


 「そう言うあなたも、随分とお疲れのようですが?」


 事実、圭介の顔には疲労が色濃く滲んでいた。01の様に消耗しきった様子ではないし、精神的にも余力はありそうだが、万全の状態からは程遠いのは一目で理解できる。顔色は青ざめ、息は上がり、瞳もどこかどんよりと曇っていた。


 「そりゃまあ、ね。鳥じゃないんだからそんな余裕綽綽であんな無茶出来んって」

 「……無茶、という表現は適切なのでしょうか? 正直、私はあなたが自殺願望でも抱いたのかとさえ思いましたが」


 01は疲れ切った目を圭介に向け、どこか非難がましく言う。

 

 「平気平気、成層圏から落っこちたくらいで死ぬ〈メタコマンド〉でもないっしょ」

 「それは、落下時の姿勢制御や着地の衝撃の殺し方、落下する場所に大きく左右されるようにも思いますが。そもそもそれ以上に、身一つで成層圏さえ離脱しかける行為の事を言っているつもりです」


 ぐったりと脱力しかける上半身に鞭打ち、01は数分前までの恐怖体験を思い返す。


 血液浄化、装備の損傷、みだしなみ。三重の苦難を乗り越えた01ではあったが、首領と対するにはまだ不足があると圭介は考えていた。単純な戦闘行動の指導であれば、圭介にも多少の事は出来る。01も一度理解したことならば覚えも早い。付け焼刃ではあるが、01の身のこなしは日に日に良くなっている。問題は再び首領に対した時、訓練通りの行動が取れるかということだ。 


 恐怖感の打破、という大きな課題を01は未だに残している。病院で意識を取り戻した時の取り乱しようを考えると、このまま首領に対峙させるのは賢明ではないだろう。

 とはいえ、それをどう解決するかとなると問題は少々厄介だった。結局の所は慣れるしかないのだろうが、そうなると01を恐怖のどん底に叩き込まないとならない。戦闘という形でそれを行えば01がまた病院の世話になってしまう。

 色々と試行錯誤した圭介が辿り着いたのは、01を再び高高度の世界へ引っ張り出して文字通り振り回すという、絶叫マシン的な発想であった。


 ただでさえ寄る辺が何一つない世界で、圭介は01を思い切り振り回した。

 地球の大気圏を振り切らんばかりの高高度まで吊し上げたかと思えば、高度数千メートルまで共に自由落下。それが済めばやはり暗い宇宙の渚で01を無限の彼方へ投げ飛ばすふりをするなど、滅茶苦茶と言い切っていいものだった。

 圭介本人は大真面目であり、相当なストレスに耐えながらであったことは理解できる。そこにいるだけで極度の緊張を強いられる世界において、うっかり手を放して01を地上や宇宙に放り出してはいない。が、空中で意図的に手を離され、巨大な地球に叩きつけられるか、虚空に放逐されるかと言った恐怖は何度も味わわされた。特に太陽光が照らしていながら暗黒という矛盾した空間へ投げ出されるかと思った際には喉まで悲鳴が出掛かった程だ。


 「……」

 「あー……、いや、悪かったって」


 治まらない動悸と呼吸の中、じっと圭介を睨みつけると、流石に罪悪感を抱いていたのかあっさりと詫びてくる。


 「別に、責めているわけではありません」


 この凶行の意図は事前に聞かされ、01も納得の上で応じていた。圭介自身凄まじい恐怖を拭えていない様ではあるし、恨み言をいうつもりはない。

 ただ、もう少しやりようはなかったのかと思ってしまうだけだ。


 「……」

 「後で、何かお菓子買ってやるから機嫌直せよ。な?」

 「ジュースもお願いします」

 「……あんまり自分を安売りしちゃダメよ?」


 





 「何だかいいね。二人の世界?」

 「二人の世界密度の高い河川敷だな」


 土手に腰掛け、圭介と01を見下ろすフミカが楽しげに呟き、慎太が少し皮肉げに返している。その言葉の意味が理解出来なかったのか、聞き取れなかったのか、フミカは「うん?」と首を傾げるが、慎太は「何でもない」と誤魔化し、離れて座る博次の方をチラリと見やってきた。


 「……まあ、この距離内に三組だもんな。うん、確かに密度高いか」


 一組は言うまでもなく圭介と01、もう一組はそれを見下ろしている慎太とフミカ、もう一組はその二組をぼんやりと眺めている博次と、その身体(腹)にしがみ付いて惰眠を貪っている佳奈美だ。

 圭介と01の訓練に同行したまでは良かったのだが、01の乱れた髪を急ぎで直したばかりの佳奈美は、緊張と疲れからか「乙女の散髪は外科手術なのよ」と、わかるようなわからないような言葉を残して夢の世界へと旅立った。そんな佳奈美を気遣ってか、慎太とフミカは数メートルばかりの距離を取って座っている。抱き枕以外の存在意義を一時的に喪失した博次は、二人の会話に参加することもなく、佳奈美の寝息と独り言を肴に圭介と01のやり取りを見物していた。


 「あいつらも何だかんだ仲良いしなあ。圭介の奴も遠くない内に独り身卒業かねえ」


 表情の変化に乏しい01だが、最近は博次も彼女の感情の色合いを何となく察せられるようにはなってきている。その博次から見ても01は少々不機嫌そうというか、疲れ果てているように思えたが、それでも圭介と言葉を交わし続けている内に次第に顔色を取り戻しつつあるようだ。無論、会話で恐怖や疲労が紛れているというのはあるだろうが、出会った当初よりも積極的な会話を試みているのはわかる。


 「……俺たちはどんな感じだったかねえ」


 そう遠くはないが、近くもない過去に思いを馳せる。

 果たして、自分たちは腐れた戦場からこの世界に流れ着いてから、どんな経緯を経てここまで平和に馴染んで来たのだったか。生憎と博次も佳奈美も01程に大人しい性格ではなかったし、騒動を起こしてしまった記憶もそれなりにある。周囲の人間からすれば、今の自分たちの様にのほほんと見守っているという訳にもいかなかったろう。


 「まあ、その分は今後あいつらを支えていくことで勘弁してもらおう。うん」


 戦場では決してありえない、安心しきった寝顔の佳奈美の頭をくしゃくしゃと撫でつけながら博次はほろ苦い過去を記憶の奥底に沈めた。



 「ああっ、圭介が01に膝枕を……。そーゆー流れにゃ見えなかったが、どんな会話が交わされたんだ?」

 「ん~、豚枕……美味しい……」

 「起きてるだろテメエ」







 「……」


 草むらで休憩に入った圭介と01、それを見守る二組のカップルを複雑な表情で対岸から眺めていた彼らの担任教師、三島清太郎は小さくため息をついた。

 

 「どーしたのさ、清太郎。教え子の監督?」


 ふと、背後から声を掛けられて振り向くと、そこには馴染みの生活相談所所長の少年が立っていた。


 「そんな大層なものか。何かしてやれることもない人間が監督なんぞしてどうなる」

 「いつになく自虐的というか、後ろ向きだね。ま、教え子が命のやり取りをしようっていうんだから、心配するのはわかるけど」


 一応は社会人同士であるが、随分と気安い会話だった。

 教え子である圭介を古見掛に案内し、その生活をサポートしている相談所だ。そういう意味ではお互い世話になっている身ではあるのだが、それでも互いの言葉に遠慮の類はあまり感じられない。


 「理解はしている。大河原の奴も、〈タイプα01〉という娘も、戦いというものを経験している。おまけに相手は因縁のある仇敵だ。俺や周りが口を出すことじゃあない。だがな、何が悲しくていい大人が、あんなガキンチョ共を殺し合いに黙って見送らにゃならんのだ」

 「まあ、この街でなかったら、非常識なんて表現じゃ足りない事だとは思うよ。僕だって、あんな若い子達の手を血で汚させたくはない。けれど、彼らが必要だと考えたなら、もうそれを尊重するしかない。もちろん、彼らの安全が最優先だから、いざという時は介入させてもらうけどね。この辺りは僕としても譲れない一線」


 三島はどこかうんざりした様子でぼやき、所長はそれを諭すように苦笑いしながら語る。

 

 「……この街の有り様が悪いとまで言わん。だが、やはり面白くはない」

 「そりゃ愉快なわけがないよ。けどね、あの二人を間違ってると思ってないから、僕も君も彼らを止められないんだ。割り切れないことだけどね」

 「何なんだろうな、教育者ってのは。正直、いかなる状況でも殺生はいかんと教えた方が良かったのかとさえ思ってる」

 「言っとくけど、教育と洗脳の境は曖昧だよ。生徒可愛さにしたって、その境界を探し続ける努力を放棄するのは止めた方がいい」

 「わかってる。だから悩んでるんだろうが」


 十代半ばにしか見えない所長の言葉に、いい大人の三島が拗ねたように返す様は、見ようによっては微笑ましくもある。が、会話の内容はそれなりに重い物でもあった。


 「清太郎、確かに彼らは若い。でもね、赤ん坊でもない。この戦いが彼らの未来に悪影響を与える可能性がゼロとは言えないけど、それをフォロー、ケアしていくのもこの街の務めだよ。僕たちにも正解がわからない以上は、君がするべきはへそを曲げることじゃないと思うけど?」

 「む」

 「特に圭介君が必要としてるのは、全ての判断をしてあげる人間じゃなくて、助言をしてあげられる人間だと思うよ。まだまだ学生だから、時には諭したり叱ったりしげあてなきゃいけないけど、この件に関してはその必要がないと君も判断してるんでしょ? まあ、だからこそイラつくのも仕方ないけど。手取り足取りしてあげるだけが教師の仕事じゃないさ。たまには背中を押したり、黙って見守ってあげることも大事じゃないかな?」


 所長はどこか眩しげな眼で対岸の圭介たちを見やる。三島もそれに倣って教え子たちの姿に目を凝らす。

 どこにでもいる子供たちの姿がそこにはある。だが、彼らのいずれもが、多かれ少なかれ戦いを経験している戦士でもある。所長の言う通り、あの暖い光景は彼らの全てではない。荒んだ世界と接したことがあるからこそ、全力で平和を享受しているのも事実だろう。

 

 「彼らの非日常は僕らが手助けする。君は彼らの日常を支えて、導いてあげる。それがお互いの仕事だろ? なら、変に気を揉まずにドーンと構えて待っててあげなよ。それも君の大事な職務だと思うよ、僕は」 

 「チッ、ガキの頃から口うるさいオッサンだと思ってたが、相変わらずだな」

 「ちょっと待った、僕のどこがオッサンだっていうのさ」

 「俺がランドセル背負ってた頃からそのナリだったろうが。小学生から見ればネクタイ締めてる奴はみんなオッサンだ」

 「何という暴論」


 絶句する所長だったが、三島の口元は少し緩んだ。

 

 「俺は学園に戻る。大河原の補習は、当分続きそうだからな、準備をしておかんといかん」

 「そうしてあげてよ。こっちは僕が様子を見ておくから」

 「……頼みます、本条さん」

 「こちらこそ、圭介君をよろしくお願いします。三島先生」


 所長に別れを告げた三島は、少し軽くなった肩を回しながら川沿いの道を歩き出した。


ヒロインの外見変化が気になってた方へ。

申し訳ありません。今回は描写してませんので次までお待ちください。

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