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老人の独り言……誰にでもない遺言状


 薄暗い部屋だった。

 建設半ばで放棄されていた施設の一部を突貫工事でどうにか機能だけはする状態まで持ってきたのだから仕方がない。街角のコンビニの方がまだ広いと思えるような部屋ではあったが、旧式の発電機一基、燃料も心もとない状態では、その隅々まで照らし出すほどの照明は確保できないのだ。


 「また随分と酷いザマだな。よくもまあ命が繋がったものだ」


 〈ブラックパルサー〉首領は口調とは裏腹に、どこか楽しげに言った。

 未完成ではあっても、それなりの広さを持つはずのアジトはほぼ空っぽに近い。古見掛市襲撃前、最後に使っていたアジトは拉致していた人質に徹底的に調べられ、古見掛市によって破壊されていた。また別の次元に築きかけのまま放棄されていたアジトに急遽拠点を移した〈ブラックパルサー〉は、名実ともに敗軍と言ってもいい。だというのに、首領の目はかつてない程にギラギラと輝いているようにも思える。


 「情けない限りではありますな。が、次こそは必ずや……」


 部屋の中央部、円筒状の透明なカプセルの中、全裸の亀男は苦々しげに言う。

 それが首領に対する言い訳の類ではない事は聞かなくても分かる。〈メタコマンド〉をしても即座の回復が難しい程の傷を、超化学の結晶である特殊な薬液で癒しながらも、その目には前にも増した闘志が燃えている。

 どうやら再改造を重ね、二人掛かりで挑んだにも関わらず〈レッドストライカー〉に返り討ちにされたのが余程気に食わないようだ。


 「そう鼻息荒くするな。先の戦闘ではまだ肉体に細胞が馴染んでいなかったのだから仕方あるまい。暴走した細胞に食い殺されなかっただけ幸運だろうに」

 「お気遣いには感謝しますが、慰めは結構です。むしろあの暴走で身体性能はカタログスペック以上の物になっていたというのに、そこで奴を仕留め損ねたのは明確な失態です」


 亀男が収まっているカプセルの隣、やはり全裸で薬液に使っている狼女も憮然としつつその苛立ちを闘志へと昇華しているらしい。

 二人が癒しているのは外傷だけではない。再改造で新たに移植した特殊細胞と肉体が十分馴染んでいなかったために暴走、肥大化し、想定以上の急激な変化を遂げた肉体の修復も併せて行っていた。

 先の戦いで二人が見せた変貌は、そもそも仕様にない異常事態だった。

 筋力の爆発的な上昇と、耐久性の向上というメリットはあったにしろ、それ以上のデメリットが二人から万全の性能を発揮する機会を奪っていた。想定外に膨張した筋肉により、関節の可動範囲が狭まった事。活発化した肉体の発する高熱に、判断力が低下したこと。異常な代謝によって消耗が早まり、戦闘継続時間が著しく短くなっていた事などがある。総合力でもともと二人を上回っていた〈レッドストライカー〉を相手取って無事撤退できたことは、むしろ賞賛に値するだろう。


 「フン、まあ好きに思い悩むがいい。考えている内は人間の進歩は止まらん」


 首領はあくまでも勝利に貪欲な二人の様子に満足げに頷いて部屋を後にした。向上心ある若者と話すのもいいが、首領には首領でやることがある。


 「さて、どう出てくるか……」


 薄暗いを通り越し、明確に暗い長い廊下を歩く。

 先程の部屋よりもさらに酷い状態だった。地下に築かれた施設でありながら、満足な照明も設置されていない。力任せに掘り抜かれた大地の底に、時折頼りなく電灯が灯っているだけだ。壁も天井も床も、舗装などは一切施されていない。染み出してきた地下水が天井から滴り、床には無数の水たまりが出来ている。


 「〈タイプα01〉があのザマでは、連中が大人しく戦いに出す可能性は低いか。そうなるとこちらから乗り込む必要があるが……」


 空調もなく、ひんやりと冷たい空気を心地よく思いながら、首領は思案する。

 手勢は既にない。〈メタコマンド〉の大半は既にあっさりと討ち取られるか捕えられるかで、このアジトに残っているのは首領を含めて三人しかいない。残された数少ない戦闘員も撤退時にかなりの数が倒されており、戦力としてはないも同然と言ったところだ。陽動として使えば、あの街に侵入する際に多少の役には立つかもしれないが、元々が下手な軍事基地よりも厳重な監視と守りを敷いている古見掛の街だ。それで首領たちが侵入するだけの隙が生じると考えるのは甘いだろう。

 正面から堂々と乗り込む、というのが結局は一番早く確実ではあるのだが、そこで迎撃に運よく〈レッドストライカー〉が偶然出てくる可能性は低い。あの街の住人と拳を交えるというのも、それはそれで胸躍る物があるのだが、何しろ得体が知れないにも程がある。事実、一学生に過ぎない〈レッドストライカー〉の友人が、奇怪な力を以って〈ブラックパルサー〉残党を翻弄し、事実上崩壊に導いている。あまりこちらの常識が通じない相手と出くわして、何が起こったかもわからない内に敗北するというのは流石におもしろくない。


 何よりも、〈レッドストライカー〉と〈タイプα01〉というのは、首領にとってある意味象徴的な存在だ。やはり有終の美を飾るには相応しい相手を選びたい。


 「小僧に小娘、いずれも〈ブラックパルサー〉とは対になる存在。組織の介錯としてはこれ以上ない立場でもあるしな」


 独りごちる首領の脳裏に、先代の首領の姿が思い起こされる。

 理想高く、純真で、熱意に溢れていた一人の男が興そうとしていたのは、こんな腐れたチンピラの集いではなかったはずだ。人類社会をより良いものに導くための灯火をこそ、先代の首領は目指していた。彼が堕落しきった〈ブラックパルサー〉の有り様を目にすれば、憤死か、狂乱か、あるいは自ら命を絶ってしまったかもしれない。

 先代の首領に対してはそれなりに敬意を持っていた現首領としては、こんな無様な状態になってしまった〈ブラックパルサー〉にも、最後の一花を咲かせたいという思いもあった。無論、そのやり方が先代の首領の理想に更なる泥を塗る事だとは理解しているが、彼は先代の首領への敬意はあっても、その思想に共鳴しきっているわけではない。


 〈レッドストライカー〉大河原圭介と、〈タイプα01〉。

 正しく二人は〈ブラックパルサー〉とは真逆の存在と言えた。


 崇高な理想の元に結成されながら、何を間違ったのか愚者の群れとして世界に害をなすしか出来なくなってしまった組織。

 愚かしい組織の気紛れに改造されながら、悪党の群れに反旗を翻し、当然のことのように世界を守り抜いた少年。


 その少年の目が、先代の首領とよく似ていることを思い、首領はその皮肉な事実に嘆息する。

 彼は理想が高く、人が良く、疑いがなさ過ぎた。組織の指導者などではなく、理不尽に立ち向かう英雄となっていれば良かったのだ。


 〈タイプα01〉も、また違った意味で組織とは真逆の有り様を見せている。


 全能感に酔いしれ、弱者を蹂躙することにのめり込み、誰からも存在を望まれなくなった構成員達。

 不安と焦燥に駆られ、縋るように〈レッドストライカー〉に挑み、いつのまにやら古見掛の住民に愛され始めているらしい少女。


 〈レッドストライカー〉には精神面も能力面も大きく劣っているし、先の戦いで露呈した脆さはいただけない。だが、それだけに必死に足掻く姿には叱咤したくなるものがある。

 と、考えていた時だ。


 「初めまして、<ブラックパルサー>首領」


 暗い通路に反響した声に、首領は素早く身構える。

 

 「……何奴だ?」


 姿はない。

 僅かでも光がある限り、首領の視力ならばこの程度の空間を見渡すのに何の苦もない。にも関わらず、通路には人影の類は見当たらない。何らかの機器から発せられた音声でもない。


 「ここだよ、ここ。おまえの正面八メートル地点の床をよく見てみたまえ」

 「ほほう、これは意外な客人だ。あの街からの使い以外には、そんな珍しい格好は考えにくいな」


 僅かな照明の光を反射する床に佇んでいる、身長十センチ以下の矮躯を見下ろし、首領は感心したように声を上げる。

 大河原圭介と01を異界へと誘った妖精、そのリーダー格が腕を組んで仁王立ちしていた。


 「まったく、陰気くさい所を拠点に選んだものだね。戦時下の防空壕でもあるまいし、悪の組織ならばもう少しロマンを大事にしてはどうだい?」

 「既に組織と言えるだけの構成員がいないのでな。そもそも、敗残兵が大層な施設でのんびりと出来る状況がそもそもありえまいよ」

 「……つまらない反応だ。君らとて怪異あやかしや神仏の類には明るくないだろう? この姿を見てもう少し驚くなり困惑するなりしようとは思わないのか?」

 「それこそ先の大戦で、神仏や鬼悪魔が裸足で逃げ出すような光景ばかり見て来たのでな。学術的興味はあっても、感情的に驚くのは少々難しい」

 

 妖精はつまらなそうに肩を竦め、溜息をついた。


 「同じ戦前派としては親近感でも持つべきなのかもしれないが、敵対関係な上にさしておもしろい話も出来そうにないな。手短に伝えよう。おまえがご執心の〈レッドストライカー〉と〈タイプα01〉についてだ。どうやら打って出る覚悟が本格的に決まったようなのでね。仔細が決まり次第伝えるから、古見掛のある次元に適当な電話回線でも用意しておきたまえ」

 「ほう? 存外に思い切りのいいことだ。大河原圭介も含めて、貴様らは〈タイプα01〉を戦場に出すことに否定的と思ったが」

 「本人の意思を尊重するのが我々だ。いや、まあ独善的な面があることは認めざるを得ないが、おまえたちにはとても敵わないよ。当事者がやる気なんだから、横槍は最低限しか出さない」

 

 最低限の、という所にアクセントを置き、妖精はフンと鼻を鳴らした。


 「質問はあるかね? 言っちゃなんだが、ここは少々かび臭くていかん。ないなら早々に失礼させてもらいたいが」

 「そうだな。この機会に訊いておくとするか」


 首領は構えを解き、顎に手をやった。


 「あの二人は、貴様らの街で上手くやっているのか」

 「? 質問の意図がよくわからんな。一市民として馴染めているかという問いかな?」

 「そんな所だ」


 妖精は一瞬真剣な表情を浮かべ、皮肉げな笑みを浮かべた。


 「ああ。おまえ達を打ち破ったら、大河原圭介も放課後にアレコレと作戦会議やら準備やらに時間を取られる必要はなくなるから、いつも通りの平和な日常に戻るだろう。01については、まあこれからと言ったところか。おまえとの戦いを糧にどう変化するか、それを成長と呼んでいいかは、現段階ではわからない」

 「……そうか」


 知らず、首領は口元を歪めていた。

 面白い。ただ兵士、戦士としてだけでなく、一人の人間としても〈ブラックパルサー〉構成員よりもずっと高みにいる。あるいは、行き付く可能性がある。やはり、若者には見所がなくてはならない。


 「さっき介錯がどうとかいっていたが、生憎、彼らは組織の花道として踏み台となるつもりはなさそうだ。まあ精々彼らの成長の踏み台として頑張ってくれたまえよ」


 首領と憎らしい笑みを交わした妖精はそれだけ言い、掻き消える。

 次の瞬間には、首領は誰もいない通路を歩きだしていた。好敵手との戦いに闘志を燃やしているような、はたまた、頼もしく育った子を見る親の様な目で、しかし好戦的で凶暴な笑みを浮かべ、首領もまた通路の奥の闇へと消えていった。


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