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01再襲来……一応は襲来


 「で、結局逃がしたのか」

 「いや、こっちも呆気にとられちゃってさぁ。追いかけるって発想が完全に脳から抜けてた」

 「大丈夫なの? 仮にもアンタの故郷で暴れまくった組織なんでしょ?」

 「まあ、この街に限っては心配ないと思うけどな。一応は警察にも届けといたし……」

 

 昼食という生命の源を補充し、一息ついた学友たちに囲まれ、圭介は昨日の早退の結末を話していた。

 流石に古見掛の住民だけあり、悪の組織の尖兵が街中に潜伏している可能性を聞いても皆平然としている。

 

 事件に対する免疫がある、という次元の話ではない。


 相手がチンピラだろうが悪の帝国だろうが、迷惑を振り撒く者は即排除という常識にどっぷり漬け込まれた友人たちの頼もしさに少々呆れながらも圭介はどこかほっとしていた。

 何しろ、圭介の生きてきた次元では、〈ブラックパルサー〉の名を聞いただけで誰もが慄き、顔を引き攣らせた。どこにどんな形で被害を受けた者がいないとも限らず、迂闊に口にすることさえはばかられていたのだ。

 それがこの街では、仮に奴らが健在で、総力を挙げて攻め入って来ても半日で壊滅させられる未来しか思い浮かばない。否、三時間も持てば御の字だろう。


 まるで世間話のように〈ブラックパルサー〉の名を語れるのは、幸いと言っていいのかどうか複雑な所だが。


 「にしても、まさかオメエが取り逃がすとはな。余程の腕の持ち主なんだろうな」


 長い髪を背後でまとめた体格のいい男子生徒が腕を組んで唸る。


 「なあビル、おまえ俺の話聞いてた? 俺が逃がしたのはその子のヘンテコぶりに呆気に取られてからであってね、腕云々は関係ないんだけど」

 「いや、一瞬でもオメエに強いと思わせたんならそれなりに出来るはずだ」

 「ああ、そいつはどうも」

 「是非ともお目に掛かって一戦交えてみてえもんだ」

 「そーかい、頑張りな」


 戦闘狂と戦闘狂なら相性もいいだろうし、とぼやく。

 平和ではあるが、事件に次ぐ闘争こそ日常というこの街だ。西に荒事あれば馳せ参じて引っ掻き回し、東に犯罪があればすっ飛んで行って叩き潰すという人間も少なくない。

 事実、このクラスも大半がそういう人間だし、圭介自身もそうだった。


 「ねえねえ、もし街中で出くわしたら困るし、その子の特徴教えといてよ」

 「うむ。確かに敵の外見がわからんというのは困るな」

 「そうだそうだ、教えても損はねえだろ? 話せよ」

 

 早速というべきか、数人の級友たちが目を輝かせて尋ねてくる。直接訊いて来ない者達も、聞き耳を立ててたり視線で催促したりとかなり乗り気だ。

 三分の一は、あわよくば戦いたいなどと考えた目を、やはり三分の一は、件の尖兵が少女だという事で色めき立った目を、残りの三分の一は単に好奇心に満ちた目をしている。


 「まあ、別にいいけど……。向こうが危害加えて来なかったら何もするなよ? そんな悪い奴じゃなさそうだし」

 「「「「「わーかってるわかってる♪」」」」」


 圭介は目元を手のひらで覆い、大げさに天を振り仰ぐ。

 

 (駄目だこいつら、どうしようもねえ……) 


 所変われば常識も変わるというのはわかっているが、何だか自分の故郷が哀れになってくる。

 とは言え、彼らの要求は間違ってもいない。

 動機は不純だが、確かに〈ブラックパルサー〉の構成員が危険なのも事実だ。昨日の少女、01はそれほど悪虐な存在には見えなかったが、それはあくまでも数分間の話をしてみただけの印象でしかない。


 一瞬の逡巡の後、圭介は口を開いた。


 「まあ、顔立ちは整った子だったかな。造りはカワイイ系だと思うが、表情がクールで、目つきも鋭いし」

 「「「「「ほうほう」」」」」

 「で、髪が長くてさ。最初は銀髪かと思ったんだが、ありゃあうっ……すいエメラルド色かね。膝くらいの高さまで伸びてた」

 「「「「「ふむふむ?」」」」」

 「んで、スタイルっつーか、プロポーションは抜群だったな! パッと見俺らより年下だと思ったんだが、小柄なくせに現世に降臨したバンッ! キュッ! ボンッ!」

 「「「「「ほほう!」」」」」


 話している内に、というよりも01の容姿を思い出すうちにテンションが上がり、圭介の口調が軽快になる。

 思い返してみれば、間違いなく、ケチのつけようのない美少女だった。そう考えると重苦しい憂慮も次第に薄れていく。


 大河原圭介。

 決して明るくない過去を背負いながらも、一方で水素の様に軽い一面も持ち合わせた男である。

 

 「ねえ、大河原君」

 「お? どしたよナガミネ」

 

 フミカが、どこかおずおずといった様子で声を掛けてきた。


 「その人って、表情だけじゃなくて、態度とか振る舞いもクールな感じ?」

 「おお。クールっつーか、人形みたいだけどな。戦闘中はともかく、あんま動かん印象があるな」


 圭介はフミカにしては珍しい野次馬めいた質問に答える。

 時折、チラチラと窓際に視線を向けていることはあまり気に留めず、昨日の記憶を引っ張り出す作業に集中する。


 「……結構礼儀正しい? 目があったら会釈するとか」

 「ん? 確かに礼儀とかはちゃんとしてそうな奴だったぜ。たまに慇懃無礼だけど」

 「うああっ! 駄目だよそんなこと言っちゃ……!」

 「……どうした一体?」


 流石に言動に不審な物を感じ、圭介はフミカの視線を追って窓際に目をやる。


 「どうも」

 

 ガタン、と大きな音を立て、圭介は椅子ごと仰向けにひっくり返った。


 いつの間に侵入したのか、窓のすぐ側には『整った顔立ちで目つきが鋭い』『薄く緑掛かった長髪を流した』『スタイルのいい』少女が立っていた。

 

 「そういう意図は無かったのですが、ご気分を害されたのでしたらお詫びします」

 「ちょいちょいちょいちょいちょい、待て待て待て待て!」


 大慌てで立ち上がり、ぺこりと頭を下げる少女‐01に食って掛かる。


 「何をさも当然の様に学校まで来てるんだよ!」

 「? 昨日も申しあげたとおり、再戦をお願いしたいと思いまして」

 「時を選ぼうぜ、場も選ぼうぜ!?」


 ダメージも抜けたらしく既にやる気満々なのか、ボロ布は纏わずに戦闘服のみを着込んでいる。

 その身体にピッタリとフィットする素材の為にボディーラインがはっきりと現れており、大半の男子と一部の女子が驚愕の視線を向ける。

 無理からぬことではあるだろう。対〈レッドストライカー〉戦だけを想定しているらしい01の戦闘服は、他の〈メタコマンド〉の戦闘服よりも外付けの装備なども少ない。銃弾砲弾、爆発の中を駆け回ることはないという前提の装備だ。もともと強固な素材で構成される装甲を必要以上に厚くすることもない。

 結果、01の服装は見様によってはかなり扇情的でもあった。


 正直に言えば圭介もじっくりと鑑賞したいほどの絶景ではあるのだが、流石に狙われている当事者としてはそこまでの余裕はない。


 「何々!? この子が例の刺客なの!?」

 「ぶったまげたな。話以上の美人じゃないか」

 「ちょっと、何よこのスタイル……。細い癖に豊満とか矛盾してない?」

 「おいおい圭介、取り乱してないで紹介しろよ」

 

 当然ながら、野次馬の相手をするだけの余裕などあり得ない。


 「ええい、散れ散れい。今俺は大事な話を始める所なんだからよ、聞くなとは言わんが少し黙っていようぜ?」

 「「「「「えー」」」」」

 「えー、じゃない。そら、離れた離れた」

 

 集い集る級友たちを一時追い払い、圭介は01と対峙する。


 「なあ、ひとまず話し合おうぜ。正直、俺としては戦いたくはないんだけど」

 「でしたら平行線になると思われます。私としては是非とも戦っていただきたいので」

 「おまえさん、悪い奴じゃなさそうだしさ。何だってそんなに任務に忠実なわけ? 組織なんぞどーでもいいってな事を言ってたじゃんか」

 「組織への興味、関心は薄いですが、あなたと戦いたいという意思は固いつもりです」

 「そりゃまた何でさ」

 「……ふむ。何故でしょうか」

 「俺に訊かれても困るねえ。こっちが訊きたい、ていうか訊いてるわけで」


 考え込む01に、圭介はいよいよ弱った。

 これが演技でないなら、話し合いで解決という方法が難しくなる。何しろ本人に動機が分かっていないのだから。

 確かに、「したい」という欲求に対し、「何故」という明確な理由が無い場合もあることはあるだろうが、戦いたいという欲求がこれほど強く、かつ理由がわからないというのは些か妙な話だ。

 が、本人がわからないという以上、圭介にはそれ以上どうしようもない。

 

 「う~ん……」


 力尽くで取り押さえるという方法を再度試みるというのも無しではない。

 幸いというか、ここは圭介にとってのホームであり、01にとっては非常に危険なアウェーだ。

 

 このクラス一組いれば、〈ブラックパルサー〉の基地を一つ潰すのに十分と掛かるまい。他のクラスや学年まで巻き込めば、それこそ一瞬で跡形も無く消し去れるだろう。皆がその気になれば01を生け捕るなど赤子の手を捻るよりも簡単だ。


 (でもなあ……)


 やはりあからさまな悪党ではなさそうな相手を力付くで拘束してどうこうするのは圭介の性に合わない。

 他の街ならば一も二もなく捕護する必要も出てくるだろうが、ここは古見掛だ。放っておいても被害者が出る可能性は極端に低い。

 しかし、絶対に安全というわけでもない。それに、もし彼女が古見掛以外に出てしまった場合は追跡も不可能だ。そこで何か被害が出てからでは遅すぎる。


 (やむなし、か……)


 少々気まずい思いをするが、その為に誰かを危険に晒すわけにもいかない。

 さりげなく退路となる窓側に回り込み、捕獲要請を大声で張り上げるべく空気を吸い込む。


 (でも何て言うべきだろうな。いきなり「そいつを捕まえてくれ!」じゃあ余計な混乱を招くだけかもしれんし。なまじ状況を話しちまったのは失敗だったな。あんまり悪そうじゃなかったみんな知ってるからな)


 今はまだ戦闘には突入していない。

 昨日ナイフで襲われた圭介はともかく、客観的に見れば01は、不審ではあっても外敵と認識されるほどの脅威ではない筈だ。ここでいきなり「捕まえて」では皆が戸惑う内に逃げられるだろう。


 (「そいつを捕まえてくれ!」に加えて、さっきの説明と矛盾しない理由を考えないとな。悪い奴じゃないけど、捕まえとくべき理由……)


 突然黙り込み、じりじりと01の背後に回り込む圭介を皆が怪訝そうな顔で見ている。

 

 (そうだ。「おい、そいつを捕まえてくれ! そいつは凶暴な変態だ!」とでも言っておくか)

 

 などと呑気に考えていた時だった。


 「……何をしとるんだおまえらは」 

 

 教室の入り口で三島教諭が首を捻っていた。

 室内をぐるりと見回し、01の姿を認めたらしい三島は深い溜息を吐いた。


 「大河原、状況を説明してくれ」


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