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不死身の男……どこまで行っても比喩は比喩2


 「大河原圭介という存在が、ここまで危ういものだとは思わなかった。という面もあるでしょう」

 「おう?」

 「あのまま私が攻撃の手を止めなければ、あなたは死亡していたと思いますが、如何でしょう」

 「まあ死んだろうねえ。あの状態で追撃受けたら逃げられないし。戦闘態勢に入るにしてもあのダメージは数分でリカバーは出来んわねえ」

 

 圭介はベッドの上に胡坐をかき、膝の上に立て肘を突く。顔には薄く笑みを浮かべているが、そこには少なからず疲れの色が滲み出た。

 

 「それがあまりにも予想外でした。いえ、冷静に考えれば当然の事実の筈なのですが、それが意識できていなかったのです。まさか、あなたが斃れるなど」

 「ん~、気持ちはわからんでもないけどねえ。俺たちってそんな大層な存在じゃないのよ。俺もおまえも、いつもつるんでるあいつらも不死身じゃないんだ。おまえだって、知ってるだろ? 〈ブラックパルサー〉に負けてたら、俺はどこかで人知れずに、脳漿やら臓物やら撒き散らしてくたばってたよ。いや、体内機器の暴走で爆死かな?」

 「……」


 圭介の言葉に、01は黙り込む。

 その黙り込んだ顔を覗き込み、圭介は思わず顔つきを固くした。


 きつく結んだ唇を噛み締め、目つき鋭く床を睨んでいる。緊張感を漂わせた、触れれば切れそうな剣呑な空気。病室と言う場所にはおよそ似つかわしくない01の表情に、小さく唾を飲み込む。


 「死ぬ。つまり、あなたも御友人達も、死体に成り得る。生物である以上、当然ですね。私自身、死体は見慣れていましたし、殺害という行為には慣れていたはずなのですが。実感が伴っていなかったようですね」

 「……」


 呟く声は淡々としていたが、圭介は渋い顔になる。

 01の言葉から、死というものをある程度は深く意識してくれたようだ。首領と対し、敗北した時とはまた違う。自分の危機ではなく、他者の肉体の損壊と苦痛、その先にある物を感じ取れている。そして同時に、自分が多くの人間を殺してきたことにも、思考がきちんと及んでしまっている。予想していたというより、それを狙っていたのは事実ではあるが。そして01がそれを愉快な過去と思っていないらしいのはわかった。


 「そうさねえ。おまえも俺も案外簡単に死んじまうし、殺すのはもっと簡単だ」


 圭介は一度言葉を切る。

 内心に渦巻いている葛藤を、何とかして静める為の時間が欲しかった。


 言わなければならないが、言いたくはない。そんな言葉を一瞬のうちに何度も吟味した圭介は、観念したように口を開いた。


 「おまえが殺してきた人らの中にも、俺やあいつらみたいなのはいたかもな」


 01の肩がピクリと反応した。同時に、圭介を吐き気に近い不快感が襲う。


 (……俺って割とサイテーな奴)


 おまえは罪のない良き人々を殺した。

 本来的には被害者であるはずの01に、正義の味方である圭介が言うべき言葉では決してない。だが、01が自身の行為を理解せぬまま、今度は自分の意志で実行することはやはり避けたい。もちろん、首領を迎え撃つことは、倫理的に見ても01が責められるようなことではない。それでも、殺すという行為には違いない。

 人を殺すというのは、そういう事なのだと理解してもらうには踏み込まないわけには行かないことだ。


 本来は01と拳を交えつつ、少しずつ伝えていきたかった。その為に敢えて挑発し、変に01が考え込みすぎないようにもしたつもりだったが、思った以上の負傷を負ってしまったことで目論見は予定よりも悪い方向に向かってしまった。


 「だとすれば、惜しい事をしてしまったかもしれません。いえ、罪な事でしょうか?」


 どこか物憂げに01は瞑目する。

 もしかすると、その時の情景を思い返しているのかもしれない。今、01に必要以上に重く考えられても困る。圭介は01の思考を遮るように口を開いた。


 「別に、おまえの罪じゃないっしょ。おまえにはそれをしないって選択肢はなかったわけだし、やらせた奴らはクズだと思うけど、やらされたおまえに責任はないって。ただ……」

 「ただ?」

 「今後は、おまえの責任になる。だからよく考えなよ。自分で決めて自分で殺すなら、それはおまえの意志だからな。それでも戦う?」

 「戦います」

 「……即答かよ」


 これには圭介も口をあんぐりと開ける。

 先の反応を見る限り、もう少し悩んでくれると思ったのだが。


 「あなたは、他者を殺害することは良くない事だと仰りたいのでしょう。そして、私が積極的にそういった行為に及ぶことを嫌っている。だからこそ忠告をして下さったのでしょうが、私としてはむしろ、一層戦わなければと思いました」

 「ええっ、そりゃまた何でよ?」

 「私やあなたは、人間と比べてはるかに頑丈です。〈ブラックパルサー〉と渡り合うのに不足はないでしょう。ですが、御友人達はどうでしょうか?」

 「あいつら?」

 

 意外な言葉に圭介は首を傾げる。 


 「李佳奈美、里村博次は人体改造による強化を受けているようですが、〈メタコマンド〉と比較出来る性能ではありません。ナガミネフミカ、真田慎太は生身なので尚更です。私と同程度の〈メタコマンド〉であれば、全員を殺害することも容易な事でしょう」


 単純な性能で考えればですが、と付け加え、01はいつにも増して真剣な目を向けてくる。


 「もちろん、この街の方々がそうそう遅れを取るとは思っていません。事実、一度〈ブラックパルサー〉を出し抜いているわけですし。しかし、それも他の市民の協力があって初めて成し得たことではありませんか? 次に不意を突かれれば……」


 一瞬、01は言い淀む。同時に、圭介は01の目にかつてない程の逡巡と躊躇を見つけた。

 だが、やがて小刻みに短く唇を震わせ意を決したように言葉は続く。


 「次は四つの死体が転がるかもしれません」

 「……もしかして、あいつらのこと心配してる?」

 「どうでしょう、よくわかりません」


 恐らくは本当に分かっていないのだろうが、01の声には確かな憂いの色があった。顔つきはあくまでも無表情ではあったが。


 「参ったね。おまえのことホントに過小評価してたかもしんない」

 

 01の人間性はそう捨てたものではないとは考えていた。が、それはあくまでも、悪い奴ではないという程度の認識だったのも事実だ。素直に、とは言い辛いが、他者への心配を口にするというのは圭介の分析を大いに上回ってくれている。


 「と、仰いますと? どうやら戦闘能力についての評価ではないようですが」

 「いや。おまえはあいつらが〈ブラックパルサー〉のバカ騒ぎに巻き込まれるのは良くないと思ったんだろ? そうなったら、最悪あいつらは殺される。だからそうならないよう、尚更戦わないといけないと思ったわけだ。違う?」

 「違いはないと思いますが……。それが何か?」


 首を傾げる01だったが、圭介は喉の辺りが引き攣るのを堪えることが出来なかった。


 「ヒヒッ、ヒッヒヒヒヒヒヒ……」

 

 01がほんの僅か眉を顰めるのにも気づいたが、妙な笑いが止まらない。

 まったく、嬉しい誤算もいいところだ。何だかんだと気を揉んでいた自分たちが馬鹿らしくて仕方がない。


 「おまえ、いい奴だな」


 本人がどこまであの四人の身を案じているのかはわからない。だが、一度徹底的に叩きのめされた首領を初めとする〈ブラックパルサー〉と戦う動機に含める程度には、皆が命を落とす可能性を排除しようとしている。

 

 (こりゃダメだな。ここでこいつを止めたって、どこかで誰かの為に命を張るようになっちまうわ)


 仮に今回、首領との直接対決を回避できたとしても、この短い期間で01は一般社会に馴染みつつある。ここが古見掛の街であるという点を考えれば不思議ではないかもしれないが、他のコミュニティーであってもそう大差ないだろう。あの四人が01にしたことは古見掛市ならではの関わり方ではなく、同じテーブルで食事をしたり、その辺りを一緒に散歩しただけのことだ。

 元々首領と戦うつもりではあったのだし、ついでと言えばそれまでではある。だが、それでも皆の死を考えて僅かに動揺した様子を見せていたし、ついでだろうと何だろうと、それをさせない為にも戦う必要性を感じている。


 「うん、何か悪いな。ホントにおまえのこと舐めてたわ」

 「もう何度かお聞きしましたが、正直、その言葉の意味を図りかねているのですが」

 「その内わかるさ。こっ恥ずかしいから今は聞き逃してくれ。ったく、保護者気取りでいたんだけどなあ。それにしちゃあおまえは大きすぎだねえ」


 まだ生死を深くは理解してはいまい。自分や他人の命の重さを実感しきれてはいまい。

 だが、圭介は01の言葉に共感のような物を抱いてしまっていた。記憶や常識が欠落している為に保護すべき対象に見えてしまっているが、他者を案じる人間性は完全に失われてはいない。否、モラルも記憶と一緒に失くしてしまっている筈の状態であることを考えればむしろ敬意に値するだろう。


 ほんの数分の会話で、圭介は01への評価が変化しつつある自分に気付いた。

 保護すべき対象から、見所がある(かもしれない)後輩程度には、信用し直してやるべきかもしれない。


 「わかった。もう口は出さないし小細工もしない。おまえの好きにしなよ」

 

 肩を竦めて苦笑いする圭介だったが、01は微妙に厳しい顔つきで睨んでくる。


 「ああ、訂正。アドバイスくらいはさせてもらうから安心しろ」

 

 01は瞑目し、小さく会釈を返してきた。


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