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挑発するチャラ男…… ブラフブラフブラフ!


 (怖い怖い怖い! あああああ! 怖いッたらないなあもう!)


 01の猛攻を捌き続ける圭介は、内心では悲鳴を上げていた。


 本来、01が言うように二人の間にある性能差はどうしようもない程大きい。いくら圭介が腕利きとはいえ、それをひっくり返すのはあまりにも厳しいものだ。熟練のパイロットでも、第二次大戦時の戦闘機で現代の超音速戦闘機に勝つことは出来ない。単純な速度や機動性だけでなく、武装の射程や命中率、索敵能力や機体強度など、あらゆる面で差が大きすぎる。

 それでも、圭介はどうにか01の攻撃を回避し続けているのは、どうにか今の01をも上回れる条件をいくつか満たしていたからだ。


 一つは、その膨大な経験故に圭介の神経系が高速の情報処理に馴染んでいるという点だ。

 とにかく、圭介の思考は早い。脳を補助する電子頭脳も協力者の手によって性能は大きく向上しているし、神経系そのものが改造当初から大きく進歩している。身体が戦闘態勢に入らずとも、思考だけはどうにかそれに準じた状態に持ち込めるという離れ業を圭介は身に着けているのだ。

 無論、代償はある。

 本来、戦闘態勢に移行した身体の高機能な呼吸器、循環器といった部分があって初めて超高速情報処理は機能できるのだ。今、圭介は酸素や養分が欠乏気味の状態で高度かつ瞬間的な判断と身体の制御を強いられている。この思考能力が維持できる時間は決して長くはないだろうし、その後はしばらく休養が必要になる。


 もう一つは、ここが水場であるという点だ。

 本人が言っていたように、01は場当たり的な対応しかできない状況からは脱しつつある。だが、まだまだ動きには無駄が多い。特に予備動作の類は一目で次の行動が予測できるほどに大きい。そして、〈メタコマンド〉であるが故にその予備動作も早く力強い。結果、それを司る脚は派手に水を蹴立てることになり、01の次の動きを圭介に雄弁に語る事になる。

 〈メタコマンド〉の一撃はそれだけで戦車の主砲の様な代物で、発射されれば回避できない。だが、砲口がこちらを向く前ならば対処のしようはある。撃たれる前に躱してしまえば、直撃を貰って血煙と化すこともない。圭介としては広く、遠慮なく暴れてもいい場所が欲しいと要望しただけだったのだが、結果として用意された場所が実に好都合だった。


 もっとも、これもあくまで少々都合のいい誤算でしかない。

 〈メタコマンド〉の動きは恐ろしく俊敏だ。戦車の砲塔の様にゆっくりとこちらを追いかけてはこない。如何に圭介でも、非戦闘態勢で逃げ回るのは困難を極める。更に、持久力についても現状では圭介が圧倒的に不利だ。単純な疲労はもちろん、リミッターの掛かった筋肉を無理矢理動かしているので、滅茶苦茶な負荷が全身に掛かっていることになる。事実、特に酷使している脚の筋肉から、時折不気味な音を立てて筋線維が断裂する感覚と激痛が走る。その度に圭介は涙目になるのだが、01の一撃を下手な場所に貰えばそれ以上の地獄を見ることになる。


 「グッ、かぁぁ……!」

 

 痛みと疲労、酸欠の苦しみから思わず声が漏れる。

 幸か不幸か、01はまんまと挑発に乗ってしまい、頭に相当血が上っている様子だ。だからこそ単調で目立つ動きを読んで回避できているのだが、その分一撃一撃の威力が大きい。喰らえばかなりマズイ事態になるだろうことは容易に想像できる。被害箇所にモザイクを施された自分の姿を想像し、心底嫌そうな表情を浮かべる。


 (けど、一発貰わないわけにもいかんのよねえ……。ああ、泣きてえ……)


 今回の戦闘の意図を考えると、適当な所に最低一撃受けなくてはならない。出来れば先延ばしにしてしまいたいそれを喰らうタイミングを計っていた圭介だったが、それは無意味な計算になった。圭介の脚が予想より早く疲労と損傷によって力を失い、バランスを崩したのだ。しかも、ちょうど身を翻して回避運動に入っている瞬間に。


 (あ、ヤバ……)


 そこまで思考した時、圭介は既に転倒を始めていた。勢いのままに捻じれて倒れながら、無防備な背中を01に晒す。


 そこで感じたのは衝撃。それも、最後まで衝撃を受けたと理解することもなく、圭介の意識は一瞬完全に吹き飛んだ。






 数十メートルを飛び、水飛沫を上げなからさらに数メートルを転がって倒れ伏した圭介を見て、01はようやく冷静さを取り戻した。


 (やり過ぎましたか……)


 圭介のあからさまな挑発に気が立っていたこともあるだろうが、それ以上に圭介を一撃で沈められなかった事実が01の思考を掻き回していた。

 全能力を最大限発揮したとは言わないが、それでも戦闘機動としては十分な域の力を行使したのだ。ほんの数分の間とはいえ、戦闘態勢に移行していない相手に逃げ続けられたという事実は、01にとって驚愕すべき事態であり、同時に凄まじい屈辱感を抱かせるものだった。故に、最初はどうにか自制できた身体の出力も感情に押し上げられる形で増していき、最終的には微かに息が上がる程に振り回されてしまっていた。


 (言う程のことはある、ということですか。屈辱ではありますが、ここまでの実力差は認めざるを得ませんね)


 ギリリ、と歯が鳴る音に、01は自分が未だに落ち着きを取り戻しきっていない事に気付く。

 確かに圭介を地に沈めはした。だが、それが何の慰めになるだろう。あれだけ条件に違いがあって尚、短時間とはいえ翻弄された不甲斐なさに拳を握りこむ。


 遠い。大河原圭介という男に、自分はまるで追いつけていない。未だ治まらない波紋の中心部、水面に突っ伏して微動だにしない少年に。


 「? ……大河原圭介?」


 いつまでも動かない圭介を怪訝に思い、01は声を掛けるが反応はない。否、僅かに身体がピクリと動いた。

 それから丁度一秒ほど後。


 「ぐぁっ、ああああああアアアアアアっ!!」


 絶叫が01の鋭敏な聴覚をつんざいた。


 「ウグッ、グアアッ! ガアアアアアアアア!」


 苦痛の色を濃く帯びたその声が、圭介の口から発せられているという事実を認識するのに、01は数秒の時間を要した。


 「……え?」


 あまりにも予想外の光景に事態を飲み込めず、困惑する。

 まさか、あの大河原圭介がこれほどの叫びを上げ、苦痛にのたうちまわっているというのか。そんな思いを抱くが、目にしている光景は間違いなく、その事実を肯定していた。


 水飛沫を上げながら、苦悶の表情を浮かべて暴れている圭介の姿は悲痛な物だった。水面に何度も顔を叩きつけ、身体を左右に激しく揺さぶりながらもがくように震える手で空を掻いている。身をよじり、大きく反った背を見て、01はその原因を理解した。


 正確に言えば、背中があった場所と言うべきか。

 着ていたジャージは勿論、一種の対刃性をも備えた皮膚も、下手な防弾繊維よりも頑丈な筋肉も吹き飛んでいる。金属質の骨格が一部露出した背中の傷口は、爆発的な衝撃の為か一部が焦げ付いているらしく、赤と黒の凄惨な対比を陽光の下に晒していた。流れ出る血液が清浄な水に溶け、見る見るうちに圭介の周囲が赤く染まっていく。


 いつも不敵にヘラヘラと笑っている筈の圭介が、背中を吹き飛ばされて苦痛に暴れている。

 01にとってそれは俄かには理解しがたい程に、現実離れした眺めだった。そして。


 「イギッ、ぎぃあああああああっ! あがっ……」


 腹の底から絞り出すような声を発した後、圭介はもう一度完全に倒れ伏した。ピクリとも動かず、沈黙する。


 「まさか……」


 苦痛の悲鳴、流れ出る鮮血、肉の焼ける匂い、動かなくなる身体。懐かしい、という程に古くはない記憶が呼びさまされる。


 何度も目にしてきた光景だが、それと圭介という存在がどうしても繋がらない。大河原圭介という人物は、不敵で、軽薄で、そして超然としている。決して負けない、決して倒れない。そんなイメージさえ抱いていた存在があまりにも簡単に地に伏してしまった事実に、01は静かに混乱へと堕ちていく。


 自分のすぐ横を、担架を抱えた医療スタッフが駆け抜けていくことさえ意識に入らず、ただじっと、01はその場に立ち尽くしていた。



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