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ああ、またも宣戦布告 ……組手ですよ、大丈夫

 「悪いなあ、急に呼び出してさ」

 「いえ、首領との果し合いについてでしたら、むしろ私の方がお付き合い頂いている立場でしょう。こちらこそお時間を割いてい頂いたことに感謝します」


 園川の河川敷で向かい合う圭介と01は簡単に挨拶を交わす。

 圭介は、担任である三島に目を付けられ、01と会う前に三十分程の軽い補習を受ける羽目に陥っていた。本来学生としては足しげく01の元に通うよりも勉学に励むべきではある。事実、圭介の学業に僅かながら支障が出始めているし、それ故に三島も忙しい中時間を割いて補習を受け持ってくれているのだが、放課後という短い時間を削ることは少々痛いのも本音ではある。着替えもせずにいつもの制服姿だが、これはいつも通りの事だ。


 「なぁに、こちとら気楽な学生の身分だからな。その辺りは気にしてもらう必要はないのよ」


 無論、そんなことは一切口に出さないのが大河原圭介であり、正義の味方というものでもある。

 特に01は、必要な所ではあまり気が回らないくせにどうでもいい所で変に気を使う所がある。そういう意味でもここで愚痴を吐くわけにもいかない圭介だった。


 「それにしても、今日はまた随分と見学者が多いのですね」


 河川敷の斜面にズラリと並ぶ面々を一瞥し、01は小首を傾げた。


 「まあ、そう言うない。皆さん大事な協力者なんだからさ」

 「戦闘服に関しては、確かに新調すべきでしょうから、その方面の技術者の方がいるのはわかります。しかし、それだけとも思えない人数ですが」


 階段状に固められたコンクリートの上には、老若男女と表現していいような様々な人間が詰めかけていた。


 白衣に身を包んだ古見掛市中央病院のスタッフ、生活相談事務所、市役所職員、万一の敵襲に備えて待機している警備員、そして01の戦闘服を新調すべく分析に来た技術者etc……。いつか城南大学付属学園で二人の戦いを見物していた生徒には遠く及ばないが、それでも両の手ではとてもとても足りない人数がいる。


 「それで、戦闘服着用の上での合流ということは、何らかの指導を頂けるという事でしょうか。それとも何らかのデータ取りを?」


 01が着用しているのは、研究機関から急遽返送された彼女の戦闘服だ。

 損壊を伴うような調査はされていないが、もともと大きく破損しており、率直に言って不格好ではある。また、調査の為に装甲部など取り外しが可能な部分は取り外してるので、殆どただのオンボロボディースーツと化していた。


 「その両方を兼ねて、かねえ」


 正確には、他の目的も兼ねているが、わざわざ口にすることはない。


 「しかしデータ取りまで行うというのであれば、ここは少々手狭では? いつもどおり身体能力を制限した状態では、戦闘服を機能させる必要も薄いと思いますが」


 二人は以前にも河川敷での戦闘を経験しているが、ここはその時よりも少しばかり幅が狭く、大きな道路にも面している。全力で動くには狭いが、そうでないならわざわざ戦闘服を持ち出す意味がない。


 「そこは協力者が解決してくれる算段なんだけどねえ。まだ来てないのk」

 「いるぞ?」


 足元から声がした


 「「!?」」


 圭介も01も、思わず飛び退いて身構える。

 感覚器官の性能も常人レベルまで低下させているとはいえ、これから戦おうという以上、どうしても緊張感で神経は張りつめている。故に、誰かが近づいて来ようものなら、それが百メートル以上先の足音であっても簡単に聞き取れることが出来たはずだ。


 そんな高感度の索敵能力を発揮しつつあった二人に、全く悟られぬままに接近した闖入者は、警戒する二人を見上げて肩を竦めた。


 「そう驚きなさんなって。別に取って食おうとは思っちゃないよ」


 草むらの間から見上げている、身長十センチに満たない二頭身の人影は薄い笑いを浮かべて言う。


 「我々がその協力者だ。一応、君らの要請を受けて来たんだから、あまり敵視せんで欲しいね」


 見れば、地面のあちこちにつくしの様に複数の二頭身が顔を出し、こちらを見上げている。


 「お、おおう……。それじゃ、あんたらが巷で噂の妖精さんてわけ?」

 「噂でもなんでもないがね。この街じゃ妖精なんて適当にぶらついてれば見つけられるだろうさ。ま、このナリだから注意深くはしてないといかんが」


 やはり肩を竦めるのは、人間を思い切りデフォルメしたような姿の小人たちだった。顔立ちや手足のバランスなど、完全に絵本に出てくる妖精のそれである。声も実にそれらしい可愛らしい物であるのだが、口調や仕草がどうにも可愛いと評するのが難しい。笑顔も愛らしいというよりは、どこかシニカルで冷めた笑みだ。


 「んー、まあ俺は完全に悪魔科学の子供だし、最近もサイエンス系のお仲間の世話になることが多かったからなあ。ファンタジー系の助っ人って珍しいかも」

 「この街は何でもアリだからなあ。神や悪魔の類も珍しくはない。ん? 我々の様な色気もへったくれもない妖精では不満かね?」

 「その物言いだと色気のある妖精がいるかのように聞こえるわけですが、詳しく聞いてもいいのかな?」

 「話しても構わないが、彼女を放っておいていいのかね? 敵意こそないようだが、妙に興味深げな視線が正直怖い。クロロホルムを嗅がされて目が覚めたらホルマリン漬けなんて御免こうむるよ」


 見れば、01は警戒心を隠さないまましかし構えは解き、一人の妖精の襟首をひょいと摘み上げ、鋭い目つきで興味深げに観察している。


 「……」

 「お、美味しくないよ? 生だし、直中毒とか寄生虫とか注意しないと、ね?」

 「加熱すれば食用にできると」

 「うえっ!? いやいや、得体の知れない物を食べちゃダメさ。有害物質が生物濃縮している可能性もあるし、そもそも毒を持っているかもしれない。早まらない方がいい」

 「ふむ、では純粋にサンプルとして……」

 「やめてよしてバラさないでマジで死ぬから!」


 最近は食の楽しみを知ってしまっている上に、知識のなさを差し引いても珍しいだろう妖精という存在に01は知的好奇心を刺激されたらしい。摘ままれた妖精は引き攣った笑みで圭介を見やりSOSを視線に乗せて発信している。


 「あ、こらこらやめなさい。後でスイーツ奢ってやるから」

 

 圭介の言葉に、01は不服そうな表情と満足げな表情を交互に何度か浮かべて妖精を地面に降ろした。


 「いやあ、申し訳ない。あいつにゃ言って聞かせとくから勘弁してやって」

 「頼むよもおー!」

 

 しゃがみ込み、頭を掻いて詫びる圭介に妖精が訴える。


 「あー、ではそろそろ始めるとしようか。我々は別段忙しくもないが、医療スタッフやら技術者陣営やら、暇ではないギャラリーも多いんだし」

 

 最初に声を掛けてきた、どうやらリーダー格らしい妖精が咳払いをして提案した。

 

 「っと、そうだったそうだった。んじゃ、よろしくお願いします」


 立ち上がり、足元の妖精に一礼する圭介だったが、そこに01が割り込んだ。圭介と入れ替わる形でしゃがみ込み、妖精を覗き込む。

 

 「ご協力を頂くという事でしたが、どのようなお力添えを頂けるのでしょうか?」

 「うん? 聞いていないのか。なぁに、君が言っていたように、ここは少々手狭だからな。ちょっとした場所を提供しようというだけさ」


 妖精はそう言って斜面に並ぶギャラリーに向けて手を振る。

 数十メートルの距離と、人形のようなその矮躯にも関わらず、何人かがすぐさま頷き、手を振りかえした。準備よし、といったところだろう。


 「では、始めるとしよう。健闘を祈るぞ、娘さん」


 01の返答を待たずに仲間たちと頷きを交わした妖精は、全員で両手の平を天に突き上げた。


 「返して戻して満ちたる虚ろ」

 「鏡の偽り流るる潮」

 「ここは無明の白い闇」

 「大地を見上げて天を踏みしむ」

 「ここは虚ろぞ彼岸は何処ぞ」

 「それっぽきこと言うてみる」


 特に特徴的な陣を組むでもなく、向いた方向もバラバラに妖精たちは呪文めいた言葉を歌い上げる。圭介が珍しい神秘の光景に注意を向けたと同時、周囲にひんやりと冷たい風が吹き荒れた。同時に、一瞬で周囲の視界がゼロになる。


 「ぶあっ、何これ寒っ!?」


 周囲の景色は勿論、足元の地面さえまるで見えない。まるで吹雪の中に放り込まれたかのように、真っ白い冷気が嵐のように荒れ狂っている。感覚の感度を引き上げて周囲の様子を探るが、轟々と唸る風の音に自分の心音さえ遮られてほとんど聞き取れない。

 十秒ほど、そんな不可解な現象に耐えた時、ふと視界が開けた。バケツに張った水に小さじ一杯のミルクを垂らしたように、白く煙る猛風が霧散し、消えた。


 「……ファンタジーってすげえのな」


 周囲を見渡し、呆れかえった声で圭介は呟く。


 01は先程の事態に警戒したのか、身構えて周囲を油断なく見渡している。その事態を招いただろう妖精たちは一仕事終えたとばかりにハイタッチを交わしているし、詰めかけていたギャラリーは平然とこちらの様子を窺っていた。


 そこまではいい。


 だが、彼らが存在している世界は、先程までと一変している。

 先程まで、夕焼け空へと移り変わる気配を見せていた空は、青と白のコントラスが美しい真昼間の姿に変貌していた。さらに恐るべきは、そこが古見掛市の河川敷とは似ても似つかぬ場所へと様変わりしている事だろう。


 目に入る物体がほとんどない。何処までも果てのない地平線と青空だけが広がっている。否、地平線というよりも水平線というべきか。足元には圭介の優れた視力でも捉えられない彼方までぎっしりと敷き詰められた石畳の上、足首が浸かるか浸からないかといった程度に水が満ちている。

 

 「おお、ここが噂に名高いウユニ塩湖ってか? っても何だか妙に寒々しいというか、寂しいとこだね」

 

 違うと思いつつも、水面に映り込んだ青空を見るとどうしても連想してしまう。だが、視覚的には大して違いがない光景だというのに、圭介は俄かに緊張感を抱いた。


 「ほう、気付いたか。ここはまさしく果てのない空間だからな。君が全力で何百年と駆け抜けたところでこれ以外の景色は見れないぞ。まあ、雲の形くらいは変わるが」


 足元から声が掛かる。石畳ではなく、水面の上に立っている妖精がどこか得意げにふんぞり返っていた。水に沈む様子はなく、まるでガラスの足場にでも立っているかのようだ。


 「いやあ、こいつはビックリだ。今更驚くことじゃないんだろうけど、スゴイねえココ」

 「それだけに暴れるには最適だろう。一切気を使う必要はないから思い切りやれ」

 「ああ。協力ありがとね~」

 「仕事だ。気にすることはない」


 そう言って妖精たちは何処かへと歩み去っていく。

 圭介は彼らの姿を心底不思議に思いながら、しかしその存在に全く疑いを持っていない自分が意外に古見掛に馴染んでいることを感じながら01へと向き直った。


 「……大した技術ですね。これ程広範囲内の人間を全て転移させるとは。〈ブラックパルサー〉の技術ではとても及ばない」

 「まあな。古見掛の技術やら何やらにはもう慣れたよ。何だかんだ一分も掛からずに受け入れてる俺もだいぶ毒されてると思う。っと、いつまでも無駄話してる場合じゃないやね」


 圭介の声から軽い色が若干薄まる。それを察した01も全身の筋肉を緊張させて目つきを鋭くした。


 「説明しとくと、今回の目的は戦闘服とおまえさんの身体能力のデータ取りだな。戦闘服は新調しなきゃいかんし、本体も手術控えてる身だからな。データは少しでも欲しい所だし」

 「理解しました。しかし、その割にはあなたは随分と張り切っていらっしゃるようですが」

 「ん。それと並行して色々と語り合いたいこともあるしな」

 「戦闘と並行してですか? 確かにあなたは余裕を持って戦えるでしょうが、私は戦いながら語らいが出来るほど器用ではありませんよ」

 「その心配はないって、ハンデ付けてやるから」

 

 01は圭介の言葉に首を傾げた。


 「あなたは何らかの制限を設けると?」

 「その通り。いいか、聞いて驚けよ? 大サービスだ」


 圭介は口調と裏腹に緊張感を通り越し、悲壮感さえ漂う顔で言った。


 「俺は戦闘服無し、身体も戦闘態勢に切り替えずにやってやる」


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