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語れ頑固者……色々と複雑な意思表明2


 「悪い、何でそうなるか良くわからんわ」

 

 01の話に、圭介は率直に答えた。


 「そうですね。私もどのようにお伝えすべきか判断しかねています」


 布団越しに膝へ乗せた手の指を組み、01は考え込んでいる様子だ。


 「おまえが俺と戦うのって、俺とならまともな戦いが出来るからとか何とか言ってなかった?」

 「その通りです。しかし、何故まともな戦いを望んだのかを考えると、あなたへと行きつくのです」

 「どゆこと?」

 「考えてみれば、記憶を持たない私が戦いを望んだのは、あなたの映像データを目にしてからでした。確かに、それまで行ってきた作業としての殺害に不快感を感じていたのは事実ですが、少なくともその時点で高度な戦いを意識してはいなかったはずです。いえ、戦いというものを、あなたの姿を通じて初めて知ったと言うべきでしょうか」

 「変な事聞くけど、そんな大層な映像だったわけ? 自分で言うのもなんだけどさ、別に美しく舞うように、優雅でカッコイイ戦いをしてるつもりはないんだけどね?」

 「そういった表現が適当なのかはわかりませんが、映像越しにもあなたの戦闘機動からは無駄が感じられませんでした。<ブラックパルサー>の<メタコマンド>は、作業を無為に長引かせる傾向がありました。すぐにでも相手を殺害できる状況にありながら、無意味に挑発を行い、中には死体を解体する為に戦闘を中断する者さえいたのです。戦闘行動自体にも、あたなに比べれば無駄や稚拙さが目立ちましたし、そういう意味では大層な映像だったのではないでしょうか」

 「はあ、つまりもっと強く、合理的に無駄なく戦いたくなったってわけじゃないの?」

 「いえ、これはあくまでもあなたへ興味を抱いた時の話ですので。抹殺対象としての興味という面もありましたし、この時点では恐らく、李佳奈美や里村博次の仰っていた感情とは異なると思います。もちろん、あなたの戦闘能力に敬意を抱いたのは間違いないでしょうが」

 「ふむふむ? それで、その後何か心境の変化があったってこと?」

 「ええ。自覚したのは、先程目覚めてから。あなたが首領を撃退したと聞いた時です」

 「そういや、何か怖い顔してたっけか。あれがどうかしたん?」

 「最近、訓練に付き合っていただいていたことで、少しはあなたに近づけている自負がありました。今は敵わずとも、差を縮める事は出来ていると」

 

 圭介の表情が曇る。

 何となく、01の言いたいことが読めてきた。これはつまり、挫折宣言なのだろう。別に嫌な話でもないが、楽しい話でもない。


 「私はまるであなたには及べる所にいなかった。あなたの様に、強大な敵を打ち払えるだけの力を持ち得なかったと理解した時、酷く……落胆とでも言うのでしょうか。そんな感情を抱きました」

 

 にわかに01の目が細くなる。だが、それはよく見る鋭く力強い目つきではなく、どこか気落ちしたような、無念を感じる目だった。


 「そりゃ俺の方が圧倒的に経験値稼いでるもんよ、そう簡単におまえに並ばれちゃ困るぜ」

 「<ブラックパルサー>を壊滅させたというのは驚くべき事実でした。ですが、それはあなたが常に攻勢に出ていたこと、そして合理的な行動を取っていたが為だと考えていました。相手の急所を綿密に調べ、電撃的に急襲して破壊し、即時撤退する。生産拠点や研究施設を好んで破壊していた事からの判断でしたが、それだけではなかったように思います。あなたは、本質的に私たちと違うのかもしれません」

 「違うって、どうさ。おまえは仮にも俺の後継量産型、言わば完成型じゃん? そりゃ、想定してる状況が違うから仕様に違いはあるし、俺ほど金は掛かってないかもだけど、俺の改造手術のデータだって参考にはしてるだろうし。経験の差なら埋められるんじゃないの?」

 

 圭介は今一つ得心のいかない顔で言ってみるが、01はきっぱりと首を横に振った。だが、それに対する明確な答えを持っていないらしく、考え込みながらぽつぽつと口を開く。


 「私が経験不足であることは否定できませんが、それとは違うのです。……そうですね、私があなたと同じ状況に置かれたならば、恐らくは<ブラックパルサー>を壊滅前に処分されて終わっていたでしょう」

 「オイオイ、俺だって戦いながら経験積んでいったんだぜ? 最初っから今みたいに要領良くはやれてなかったよ」

 「いえ、ですから経験、練度の話ではないのです」


 01は今度こそ目つきを鋭くし、中空を睨みつけて思索を始める。元より無表情な01が戦闘時以外でここまで真剣な表情を浮かべるのは珍しい。圭介は続きをせっつかず、大人しく01の言葉を待つことにした。


 「私も、他の<メタコマンド>程に無軌道な考え方ではないつもりですが、あなたはもっと何かが決定的に異なっている。性能以上に、行動原理とでも言うべきでしょうか」

 「行動原理、ね」

 「あるいは目的意識、願望といった言葉を使うべきなのか。私は、首領との戦闘が終結したと聞いて安堵しました。あの苦痛と恐怖をもう感じることはない、と。ですが、あなたは首領の力を理解した上で打って出て撃退した。勝利こそしていませんが、渡り合い、負けなかった。それは、あなたの意志によるところが大きいのではないかと」

 「ん? 何でそういう結論になったん?」

 「あなたは仰っていましたね。自分はいつでも怯えていると。私はあなたと戦う際、恐怖というものを感じきれていませんでした。今も、それを理解し、処理できているかはわかりませんが、仮に今、この瞬間に首領と対峙したなら、私は前回よりも無様な結果を残すでしょう」

 「それは、あいつが怖いから満足に戦えないってこと?」

 「そう言って差支えないかと。先程目覚めた時に陥った不調が、恐怖によるものだとすれば、あれでは戦闘など不可能です。しかし、あなたは戦えた」

 「……」

 「私には出来なかった。あなたは私以上に首領の力を理解していながら、彼を迎え撃てた。私はあの時の記憶だけで錯乱に近い状態に陥ったというのに」


 ギリ、という音が響く。

 それが01が歯を軋ませた音だと気付くのに時間は掛からなかった。彼女の顔には、これまで見たことも無いような悔しげで悲しげな表情が浮かんでいたからだ。


 「酷く、苦しいのです。記憶のない空虚さも不快ではありますが、この感情も酷く苦痛です。先程、皆さんのお話を伺った時に思い至ったことですが、あなたの様になれないと感じた時、先程言ったように強い落胆を覚えました。私があの時首領と戦えたのは、偏に自分の無知故でしょう。痛みも恐れも満足に知らなかったから、無謀な戦いに挑むことが出来た」

 「……それが本来は普通だ。言っとくが、この街で生きてく以上、戦力になる必要はないんだぜ? 戦いを望まない、戦えない、そういう人間を守る為の街なんだからさ」

 「それでは、あなたのようにはなれない」


 01は僅かに力の籠った声を上げた。


 「あなたは強い。身体の性能、戦闘能力は勿論ですが、もっと……精神的とでも言うべきでしょうか。意志のありようがとても強い。私は戦いの恐れも痛みも知らず、半ば逃避の為に戦った。対してあなたは、自分の意志で戦いに臨み、<ブラックパルサー>を滅ぼし、目的を達した。私とあなたの最大の違いはそこでしょう。あなたは私の目標です。ならば、あなたと同じ道を歩んでみたい」

 「……」


 圭介は考えの甘さを悟った。

 01が普通の価値観を抱くにしても、それはまだ当分先の事だ。贖罪や報復に思い至るには、それなりに時間が掛かる。だから、今回は圭介に任せておくという選択を取らせることは難しくはないと考えていた。


 が、それとは違った視点から、01が首領との戦いを望んでしまっていた。

 正確には、困難に立ち向かう欲求のようなものを抱いてしまっている。それも、圭介への一種の憧れの為に。


 (これは、俺から言って聞かせるのは難しい……か、な……)


 事実上不可能だろう。

 01が聞き入れるか否かよりも、圭介自身がその感情を説き伏せられない。圭介が<ブラックパルサー>との戦いに臨んだのは、自分の世界を守る為であるが、そこには怒りや義憤や正義感といった物も多分に含まれていた。つまり、感情的な理由も大きかったのだ。


 01のこの動機を否定することは、かつての自分を否定するのも同義だ。もとより、01から贖罪と復讐の機会を奪っていいのかと悩んでもいた圭介に、この状況は少々厳しすぎる。


 しかし……。


 尚も悩む圭介だったが、01の声がその思考を遮った。


 「それに……そうですね。先を見据ると、避けるべき戦いでもないと思います」

 「先を見据える?」


 おうむ返しに聞き返す圭介に、01は頷く。


 「ええ。あなたと出会った当初は、あなたと戦えればいいと思っていました。単純な戦闘の組み立てにおいても、戦闘の先の事についても、思い返せば随分と浅慮だったと思います。ですが、今は少し違う。そう、戦闘が目的から手段に変わりつつあるとでも表現すれば、そう間違っていないかもしれませんね」

 「……ほう、そいつは興味深い。良かったらもう少し聞かせてくれる?」

 「では、まず戦闘の組み立てですが、あなたに指導して頂いたおかげか、自分の戦い方が極めて場当たり的なものだと理解出来てきました。機会があれば攻撃し、反撃を受ければ、防ぐか避けるか。かつてはそれが精々でしたが、それでは足りないと感じました。自分の行動が、相手の行動をどう変えるのか、それに如何に対処すべきなのか、今はそれを意識できます。無論、意識してもそれに行動が追いついていませんし、判断自体も適切な選択が出来ているとは言い難いです。しかし、以前に比べれば多少は改善された戦闘を行えていると思っています」

 「ああ、そいつは同感。最初の頃に比べればだいぶ動きも良くなったな。ま、俺にはまだまだ及ばないけど」


 肩を竦めて茶化す圭介だったが、確かにこれは喜ばしい変化に違いない。01の考え方が多少なりとも変わりつつある証左だったし、教え甲斐もある。出会った当初の自衛のような、説得のような、何とも表現し難い状況では、こちらも戸惑うしかなかったものだ。01の口から変化を自覚する言葉が出てきたことに、圭介は内心で胸をなでおろす。


 「かつては、あなたと戦った結果、斃れても構わないと思っていました。あなたとなら高度な戦闘を繰り広げることが出来るかもしれない。それによって、自分の内の虚ろを埋めることが出来るかもしれない。その為ならば生存には執着していなかった。……今考えると、滑稽かもしれませんね。私はそれまで満足に死や苦痛を意識したことさえ感じたことはなかったというのに」

 「まあ、おまえは記憶がないし、<ブラックパルサー>がまともな知識教えたり情操教育してくれるとは思えないからなぁ。痛い目見て初めて分かることもあるだろさ」

 「痛い目は確かに見ましたが、それだけというわけでもありません」

 「ん?」

 「甲斐がある、と言えばいいでしょうか? 苦痛が伴うのは事実ですが、あなたと拳を交えるのは……楽しい。そう、楽しいと言った方がいいのでしょう」

 

 圭介が真顔になる。

 01が戦いを楽しんでいることは感じていたが、本人の口からズバリ楽しいという単語が出てくるとは少々予想外だった。喜ばしい事には違いないが、それに思考が付いて行かず思わずポカンとしかける。


 「あなたにはまだ遠く及ばない。それは事実ですが、それでもあなたと一度打ち合い、一言ご指導頂くごとに近づけてはいると感じています。それに満足感を抱いていることは間違いありません。ですから……」


 一度、01は視線を落とす。

 圭介の常人離れした視覚はその顔に一瞬怯んだような表情が浮かんだこと、そしてそこに鋭く、好戦的な表情が割って入ったことを見落とさなかった。


 「現状の生活を失う気も、邪魔をさせる気もありません。障害は排除するだけです」


 恐らく、首領に対する恐怖心はあるのだろう。未だに戦死への恐怖は理解しきれていないだろうが、本能的な恐怖は身に染みて感じているはずだ。しかし、立ち向かわなければ全てを失うという状況が、彼女の闘争本能に火を付けたらしい。


 「あいつは、おまえが拒否するなら俺と戦うって言ってるけど、それでもかい?」

 「あなたは、<ブラックパルサー>と戦った際、他の誰かに任せることはできなかった。ここであなたに全てを押し付けては、永遠にあなたのいる所へは辿り着けないでしょう。何かしらのご助力はお願いすると思いますが、背を向けるのは気が進みません」


 圭介は嘆息し、01の決断を認めざるを得ない現状を喜ぶべきか憂うべきかを考えたが、答えの出ない問答を永く続ける羽目になりそうなので早々に切り上げた。


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