表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/60

語れ頑固者……色々と複雑な意思表明1


 「……何だって?」

 「そのお話、お受けしますと」


 日も暮れ、LEDの照明に照らされた病室。

 圭介はベッドで身を起こしている01の言葉に眉を顰めた。


 「首領からのご指名、受けさせていただくつもりです」

 「オーオー、もうこの娘はいったいまた、何て事を即答するんだか……」


 首領からの挑戦を受け取った圭介は、散々悩みつつもまっすぐに01の下へとやって来ていた。

 

 本当ならば、自分の手で握りつぶしてしまいたい話ではある。

 01に命のやり取りをさせることに抵抗もあるし、首領と引き合わせることにも問題が多々あるように思えた。


 だが、同時に01から選択の機会を奪ってしまうのも気が引けていたのも事実だ。

 首領の言い分はひどく身勝手で、圭介の神経を逆撫でするものには違いなかったが、悪いことに筋が通っていた。それも、まるで悪魔の誘惑染みた都合の良さを抱いている。


 現状、01は自身の過去と身体を奪われたこと自体にはそれほどの関心を抱いていないようには見える。しかし、それは01に記憶や知識がないからで、今後そういったものを獲得し、もっと豊かに人格を形成していった場合はどうなるか。

 首領の言う通り、復讐すべき相手を求めることは十分にありうる。更に、この街に感化されてお人好しにでもなってしまった場合、贖罪を求めることも十二分にありうるのだ。

 そして、首領が01に挑戦してきているという事実が余計に話をこじらせる。これはつまり、復讐と贖罪の為の戦いが、正当防衛という名札を付けて訪ねて来たに等しい。


 01が戦うことを肯定してしまうだけの大義名分が揃ってしまっている。


 故に圭介は迷いに迷った。


 首領と顔を合わせたファミリーレストランから出る時も、生活相談所の車に揺られて古見掛に戻ってくるまでの間も、01の病室に入る前にも、とにかくこの話をするかするまいか迷ったのだが、結局のところ圭介は01にことのあらましを話してしまっていた。


 率直に言えば、圭介にはどう対処していいかわからなかったのだ。そしてそれは、他の古見掛市民たちも同様だった。過去に全く同じ前例があったわけでもなし、どういう選択がどういう結果を招くかわからない。ならば、取り敢えず話だけでも通しておこうというのが圭介の判断だった。仮に圭介が話を握りつぶしても、首領は01を狙うだろう。ならば、状況把握だけはさせておかねばならない。


 首領の話に01が応じるか否か、そしてその選択に干渉すべきか否か。01と話しながら決めるしかないと圭介は考えていたのだが、あまりにもあっさりと01は首領からの挑戦に応じると宣言したのだった。


 「参ったね、こりゃ」


 話しながら今後の方針を考えていくつもりだった圭介は、突然に01がそれを一人で決めてしまったことに当惑しつつ肩を竦める。


 「あのさぁ、01? 俺が話した内容、理解しての言葉だよね?」

 「〈ブラックパルサー〉の首領と、私が殺し合う。そう解釈していますが」

 「……まあ、そうなんだけどさ」


 01が何らかの誤解をした上での返答であることに一縷の望みを掛けた問いだったが、あっさりと希望は打ち砕かれた。


 「人違いとかしてない? ほんの少し前におまえをボコボコにして、トラウマ刻み込んだ相手なんだけど」

 「ええ、間違っていないと思いますが」

 「んじゃあ、なんでそんな奴とわざわざ戦うなんて言い出すわけ。言っとくけど、この街にゃあ、俺やおまえなんぞ歯牙にも掛けられないような強者が掃いて捨てるほどいるんだぜ?その人らに任せるとかそういう発想はないの?」

 「そういう選択肢もあるのでしょうが、今回は除外しました」

 「……そりゃまた、何でさ。起きたばっかりの時にはあんなに取り乱すほどビビってたじゃん? どういう心境の変化?」


 意識が戻ったばかりの01の様子を思い出し、圭介は眉を顰める。

 控えめに言っても、パニック一歩手前まで陥っていたはずだ。ある程度の時間が開いているとはいえ、この落ち着きようはどうしたことか。


 「先程まで、御友人の皆さんがいらしていたので……気が紛れたと、この場合は言えばいいのでしょうか?」

 「ふぅん、あいつらとねえ」


 確かに、首領と対するべく古見掛を離れる前に四人の友人に01の話し相手を頼んであった。放っておけば圭介に同道しかねない面々ではあったが、流石に今朝拉致されたばかりの友人たちを更に面倒事に引っ張り込みたくはなかったし、01を一人にするのは彼女の精神衛生と、〈ブラックパルサー〉襲撃の可能性を考えるとよろしくない。そう考えた故の事ではあったのだが、今一つ腑に落ちない。

 あの面々と話していれば気も紛れるのは間違いないだろうが、それと首領と戦うことを決めるのは全くの別問題だ。


 「恐怖を抱いているのは事実です。ですが、元より逃げようとは考えていません。ここでお世話になる事を決めたのは、血液浄化を初めとしたメンテナンスの問題と休養を考慮したからで、戦いを放棄したつもりはありません」

 「まあ、おまえさんがバトルマニアってのは忘れてないけどさ。何だってそこまで戦いたがるかねえ。俺との組手でだいぶ落ち着いてきたとは思ってたんだけど?」

 

 肩を竦め首を傾げる圭介を一瞥し、01は一瞬だけ考え込む様子を見せた。


 「そう、ですね。皆さんとお話して、自分なりに分析が出来た点があります」

 「ほう、伺ってもいいの?」

 「あなたの疑問にお答えできるものかはわかりませんが、それでよろしければ」

 「ふむふむ?」

 「あなたであれば、決して<ブラックパルサー>との戦いを放棄しないと思いましたので」

 「……へ?」

 





 少しばかり時は戻る。







 「とんだ災難だったわね。大丈夫?」

 「ええ、ご迷惑をお掛けしました」


 ベッドで身を起こしている01に佳奈美が笑いかける。

 圭介が<ブラックパルサー>首領の下へ向かったのと入れ替わり、病室を訪れた佳奈美、博次、フミカ、慎太の四人は、看護士が気を利かせて用意してくれた椅子に腰かけて01と談笑に臨んでいた。圭介が如何なる用件で首領に呼び出され、どんな知らせを持ち帰るのかはまだわからないので、とりあえずその件は敢えて話題にせず、とりとめのない雑談に留める、というのは圭介からの頼みでもあり、四人の考えでもあった。


 「圭介も楽勝ってわけじゃない相手だったらしいからな、その首領とやらは。奴に比べればまだまだ素人のおまえさんにゃあ、ちと厳しすぎる相手だったろう。無茶が過ぎたな」


 慎太は腕を組み、難しい顔で呟く。

 01が首領に完膚なきまでに大敗したことは皆聞いている。恐らくはそのフォローと、圭介の忠言を無視する形で打って出た揚句に手も足も出なかった事への諌めを兼ねているのだろう。あまり口が上手い方ではないが、気配りが出来ない程でもない少年だ。


 意外にプライドの高そうな01を慰めつつも注意することの必要性はわかっている。


 「そうですね。確かに、あそこまでの実力差を見抜けなかったのは私の慢心でしょう。今後はもう少し熟慮した上で行動します」


 相も変わらず無表情に、無感情な声で答える01だったが、反省はしているらしく小さく頭を下げる。

 

 「まあ、野郎が手こずる程の相手なら逃げて逃げ切れるもんでもなかったろうぜ。結果論だけどな。けど、確かに今はまだあいつの判断に従っといた方が確実かもだ。年季については、アンタとあいつじゃだいぶ違うからなぁ」


 顎に手をやり、しみじみといった様子で博次が言った。

 単純に修羅場に身を置いてきた時間であれば、圭介よりもむしろ博次や佳奈美の方が長い筈だが、孤立無援で世界を脅かすほどの組織との戦いを決意し、勝利した圭介の精神力や経験、判断力は馬鹿に出来ない。少年兵であった博次から見ても、圭介の判断は信頼に足るものだということは、これまで共に過ごした時間でよく理解している。多少の偏った知識はあっても、記憶、経験というものをほとんど持たず、広い見識や柔軟な思考力に欠ける01は、当分の間、圭介から色々と学ぶことになるだろう。


 「否定できませんね。首領と実際に戦うまで力量を判断できなかった私に対して、大河原圭介は事前に私では勝てないと明言していました。まだまだ、彼には学ぶ事があります」


 まったくだ、とばかりに頷く01。もともと、圭介には組手でも裏をかかれ続けて、身体のスペック以上に技術や経験での差を思い知らされていた01だ。今回、自分が気絶している間に首領と渡り合っていたという圭介に、更なる力の開きを感じたのかもしれない。


 「でも、無事で良かったよ。病院に運ばれたって聞いた時はもう血の気が引いちゃったもん」


 01が五体満足な事を心底喜んでいるらしく、柔らかながらも、いつになく笑顔というものをハッキリと浮かべているのはやはりフミカだった。

 もともと気が優しい彼女だ。それに今回の戦闘でもっとも大きな役割を担っただけに、責任も感じていた。


 「ご心配をお掛けして申し訳ありません。精密検査は残っていますが、現状で大きな損傷は負っていませんので、そこはご安心を」


 01はそう返すが、実際の所、戦闘では多少のダメージは負っていた。驚異的な回復力で治癒しただけの話であり、重症とは言わないまでも、無傷と呼ぶのは少し厳しいな状態ではあったという。


01がフミカを心配をさせまいと気を回したかは定かではないが、あくまでも現状では大丈夫というだけだ。


 「ま、これに懲りたら少しは大人しくしてやりなさいよ。圭介の奴、ひょうひょうとしてるようで結構あんたのこと心配してるんだからさ」

 「そうなのですか?」


 佳奈美の言葉に、01は僅かに意外そうな顔をした。


 「おいおい、そんな顔してやるなよ。あれで結構心配性なんだぜ? アンタの事でかなり気を揉んでるみたいだし、労わってやった方がいいぜ」

 「ふむ……。あまりそういった印象はなかったのですが」

 「あー、確かにあいつが隠そうとしてる節はあるから無理もないんだがな。おまえさん、結構あいつの苦労に助けられてる所があるから、そこは感謝しといてやった方がいい」

 「あまり自覚はなかったのですが、思っていた以上にご迷惑を掛けていましたか」

 「えと、迷惑っていうか……」


 別に迷惑ということはない。圭介も四人も、他の市民たちも同様だ。助けが必要な人間には、お節介なほどに手を差し伸べる。そういうやり方に慣れきっていることもあり、迷惑とは全く思っていない。が、こうして客観的な立場に立つと、確かに圭介は要らぬ苦労をしているかもしれないとも思える。


 「あいつは名実ともにヒーローだし、もっと頼ってやってもいいんじゃない? と思う一方、まだただの学生なんだし、労わってやってもいいんじゃない? と思うけど、迷う所ね」

 「両方でいいんじゃないかな? 01さんが助けて欲しいと思ったら頼って、そうじゃなかったら気遣ってあげて、みたいな」

 「ひーろー、ですか?」


 佳奈美の言葉に、01が小首を傾げる。


 「あ、馴染みない言葉使っちゃった?」

 「恐らくはHERO、英雄を意味する英語でしょうか? 確かに、<ブラックパルサー>を壊滅に追い込んだことは、世間から見ればこれ以上ない功績でしょう」

 「そうだなぁ。確かに世間的に見ても、文句なしにヒーローだわなあ」


 博次が少し遠い目をしたことに、01はもう一度首を傾げた。


 「何か、解釈を誤ったでしょうか?」

 「うんにゃ、そういうんじゃねえさ。ただ、世間の扱いとかももちろんだけど、ちいと眩しく思うんだよな。なんつーか、嫉妬っての? 憧憬っての?」

 「?」


 今一つピンとこない様子の01を見て、佳奈美と博次は顔を見合わせて笑う。


 「まあ、あんな風になりたいなって憧れる感情よ。使い捨ての少年兵だったあたしたちから見ると、正直妬けるのは仕方ないと思うのよねえ。文句なしの悪党から何の力も持たない人たちを守り抜いて、今も現役バリバリの正義の味方だもん。この街に来て、やっと真っ当な理由で戦えるようになった身としては羨ましいもんね」

 「どういうことでしょう?」

 「ま、細々は置いとくけど、あんまり胸を張れる理由で戦ってこなかった人間としてはさ、あいつみたいに正義感や誇りを持って戦ってきた奴は羨ましいのよ」

 「胸を張れる理由、ですか」


 01が本格的に考え込みそうになる前に、博次が言葉を引き継いだ。


 「強制されて無理矢理に、無様に這いずり回って、殺して殺してまた殺して。寒いわひもじいわのクソみたいな地獄からやっとの思いで生きて帰りゃ、憂さ晴らしに殴られ蹴られ、いつか野垂れ字ぬ。そんな惨めな思いして、罪ばっかりはしっかり重ねて来たからなぁ。お世辞にも自慢できる経歴じゃないんだよなあ、俺ら」

 

 博次が心底嫌そうに顔を歪めて肩を竦める。佳奈美もうんざりとした様子で何度か頷く。


 「今思い出しても情けないったら……この街に来てなかっら、さぞ碌でもない死に方してたんだろうなって思うわよ。それに引き替えあいつときたらもうねえ」

 「ヤバい組織に改造されて、追われる身になって。普通なら息を殺して隠れてる所だ。昔の俺ならそうするし、佳奈美だってそうするだろうし。いくら追撃がしつこいからって打って出るって気にはなかなかならんぜ。だってのにあいつは、自分の身も他人の身も出来るだけ守った上で<ブラックパルサー>叩き潰したわけで」

 「あたしたちの戦いは一種の逃げだったけど、あいつは違う。最悪の状況から逃げる為の退路じゃなくて、前に進むための手段。障害物を叩き潰して、他の誰かが生きる為の道を作った。妬きもするわよねえ」

 「……ああ、少し納得しました」

 

 ふと、01は重苦しい顔で頷いた。

 キョトンとする四人を余所に、珍しくどこか物憂げな表情で呟く。


 「私も、彼の様になりたかったのかもしれません」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ