敗北……組織のトップは口達者
「まずは、貴様らにとっても利のある話……〈タイプα01〉を真っ当に生かす為、という点だが」
グイ、と冷水を煽った首領は圭介に探るような視線を向けた。
「真っ当に、てのはどーゆー意味かねえ。あんたと戦って、あいつに何かいい影響でもあるっての?」
料理を食い尽くしてしまった圭介は、やむなくグラスの中の氷を少しずつガリガリと噛み砕く。首領の話に完全に集中すると、そのまま殴りかかってしまいそうだ。
「貴様の場合は良かった。〈ブラックパルサー〉に改造されたとは言え、あくまでも物理的な改造手術技術の実験体だったからな。事前に何らかの洗脳や脅迫を受けることもなく、純粋な手術そのもの為の実験体。生体改造技術向上の為の礎として、改造後は意識を戻さないまま様々な実験に使われる予定だった。故に、些細な手違いで貴様がすぐに意識を取り戻した際の対策を誰も用意していなかった。結果、貴様はその能力を生かしてあっさりと施設から脱出できた」
「ああ、何しろ見張りもなけりゃ監視カメラ一つなかったみたいだしな。ザル警備っていうか、実験体の容体が急変したらどうしようとかも考えてなかったんじゃないの?」
「はは、まったく耳の痛いことだが、あの時、組織は全盛期だったからな。敵なしと奢る馬鹿者の巣窟では致し方ない」
「……他人事みたいに言いやがって。で、あいつの話に何で俺が絡むわけよ」
「貴様は、改造されてからの自分を省みることはあるか?」
「……はあ?」
「改造人間兵器となりながら、言わば造物主でもある〈ブラックパルサー〉に楯突いた事を恥じることはあるか?」
ドンッ、と音を立て、圭介はグラスをテーブルに叩きつけた。
「何を言い出すかと思えば。んな事は一切ないね! 好き勝手に身体を作り変えられた恨み晴らした、満足だ! 逃げ惑う人を遊び半分でぶち殺す奴をぶち殺し返した、満足だ! 恥じるなんざ馬鹿抜かしちゃいけないな! みんな仲良く幸せ幸せが理想なのはわかってるが、ヘラヘラ火の粉をぶっ掛けてくるような馬鹿をニコニコ受け入れるほど聖人君子でもなきゃお花畑でもないんでね!」
完全に自分を被造物扱いするような物言いに、圭介は怒りを隠さない。
力の制御こそ出来ているが、頭に相当の血が上ったらしい。
周囲の人間が止めに入りかける程の剣幕でまくしたてた圭介は、テーブル越しに首領の胸倉を掴んで締め上げに掛かる。
「ならば、問題あるまい」
首領は襟首を思い切り締められながらも眉一つ動かさずに言った。
「あぁ?」
「貴様の手は汚れている。だが、それはあくまでもチンピラ、与太者の血だ。気高い大義とやらに酔っ払い、自分を省みることもなく、欲望と理想をすり替えて暴れまわるだけの小物。そんな馬鹿共の血で手を汚したとて、褒められ、感謝されこそすれ、自分にも他人にも責められはしまい。悪党の返り血は勲章よ」
「……何言ってんだ、あんた?」
かつて自分が率いた組織を手酷くこき下ろす首領に圭介は困惑するが、首領は構わずに続ける。
「貴様は真っ当に生きている、という話だ。さて、それでは〈タイプα01〉の手はどうかな?」
「ちっ……」
「アレが殺した人間の正確な身元は一々把握していないが、大体が善良でクソまじめな軍人や警官の血よ。何を背負っていたかはそれぞれだろうが、祖国や家族を背にして戦っていたものも少なくはなかろうな。命を賭して〈ブラックパルサー〉のアジトに乗りこんで来た勇士の血で、奴の手は汚れている。まあ、お人好しの貴様らが、正常な判断力を奪われていた奴を責めるとは思わんが、貴様らに感化されたアレが自分の行いを自覚した時、果たしてどう考え、感じるかだ」
圭介は腕を組み、上下の歯を軋ませる。
首領の言葉は、圭介が抱いていた危惧そのものだ。01の価値観や知識が極端に偏っている今は先延ばしにするしかない問題でもあるので、結果的に放置しているが、いずれ、そう遠くない内に直面するだろう問題だった。
「いちいちあんたに指摘されるまでもない話だけどな。こっちだってそのぐらいは考えてる。で、それがどうかしたわけ?」
「避けられん問題であれば、手遅れにならんうちに対処しておくべきだ。不浄は雪いでおかねばならん」
「?」
「貴様らの価値観に染まったならば、恐らくアレは贖罪、償いを考えるだろう。それ自体は問題ない。だが、果たして奴の手に染み付いた血を流した者たちに、どう償えばいいだろうか? 殺された者はどうすればその溜飲を下げるだろうか?」
「テンメェ、まさか……」
首領が何を言わんとしているのか、漠然と察した圭介は眉を顰めた。
あまりに予想外の内容で、その意味を理解、推敲、精査するのに手間取るが、自分の考えがどうやら間違っていないらしいとわかると、首領の言葉に薄気味悪さと身勝手さを感じ、再び頭に血が上り始める。
「つまり何か? 今まで殺した人間の無念を晴らすために、〈ブラックパルサー〉首領と戦えってか? どの口がほざいてんだ?」
「単に戦うだけでは誰も浮かばれはせん。奴が自分の意志で私を殺して初めて、散った者の無念も多少は晴れるだろうというだけの事だ」
「勝手なことを抜かすなよ腐れオヤジ!」
流石に、圭介の理性も限界を迎えた。
首領の顔面を鷲掴みにし、テーブル席から引きずり出す。
「もう限界だ! 表に出やがれ! あいつの手はテメエなんぞの血でこれ以上汚させるわけにゃいかねんだよ! わざわざ01を指名するこたあないぜ! 今日、俺が直々に……」
圭介の言葉は最後まで続かなかった。
言い終わる前に、圭介の足は宙に浮き、そのまま一回転して背中から床に叩きつけられていた。
「ぐっ!?」
「やれやれ、〈レッドストライカー〉も頭に血が上ってはこのザマか。まあ、我が組織の馬鹿共に比べれば怒る理由には好感も持てるがな」
圭介に背負い投げを掛けた首領は、引きずられて乱れた服装を正す。周囲の古見掛市民が飛び掛かろうとするのを手で制し、圭介の胸倉を逆に掴んで引きずり上げる。
「いいか、大河原圭介。貴様はそれでいいだろう。貴様の欲求……復讐心も正義感も、〈ブラックパルサー〉構成員共とは比較にならん高潔さと正当性を持ち、それに従って貴様は偉業を成した。だがアレは、〈タイプα01〉はそうではない。正常な判断が出来なかったとはいえ、殺めた相手がマズ過ぎる。本人の意思はともかく、やったことは単なる殺戮だ。私の話が手前勝手なのは承知の上だ。アレが戦いを拒むかもしれん。だが、もしも奴が将来的に貴様のようなお人好しに成長した場合に、贖罪の手段が、そして奴を改造し、罪を犯させた復讐すべき相手が失われているというのは、少々問題があるとは思わんか?」
「何だってそんなに〈ブラックパルサー〉を貶す? おまえが率いてた組織だろう」
首領の手を振り払い、着地した圭介が疑問と敵意を隠さずに睨みつける。
「こちらにも色々と事情がある。まあ、大人の世界は難しいとだけ言っておくか。で、どうする。別に私は強制しているわけではない。アレが戦いを拒むことは十分にあり得よう。何せ、先日の体たらくを見せられては過剰な期待も出来ん。その時は大人しく貴様と戦わせてもらうつもりだ」
「あいつはまだ子供みたいなもんだ。これ以上殺しの経験させたかないんだよ」
「笑わせるな。既に奴は殺し過ぎた。そもそも、貴様とてアレをどうこう言えるほど大人ではあるまい。貴様の様に能動的に殺したことは確かにないだろうが、あの街で生きていくなら、今後敵の命を奪うことも往々にしてあると思うが? 受動的な殺戮は認めても、能動的な正当防衛はさせられないか? 犯した罪を消すことは出来んというのはわかるが、身を守る為に戦うことは果たして罪悪か?」
「……」
これには圭介も黙るしかない。
古見掛市の人間は、基本的には積極的に敵の命を奪ったりはしない。だが、命のやり取りを絶対にしない、どんな相手とも話し合いで平和的に解決する、などと考えるほどに能天気な自治体でもないのだ。街全体で見れば、命のやり取りは日常的に発生している事象でもある。そしてそれを行うか否かは、基本的には市民の良識に委ねられている。
どこまでが不要でどこからが必要なのかの判断は、個人の裁量次第。そしてその基準は十人十色だ。例え、大勢の命を奪うような真似を平気でするような相手でも絶対に殺さないように努めている者もいるし、仮にその行為が未遂であっても、取り押さえるのが不可能、あるいは取り押さえるまでに余計な被害を出すと判断すれば躊躇なく息の根を止める場合もある。そもそも意思の疎通はおろか、知性を有しているかも分からないような相手も決して少なくはない。古見掛市民は必然的に命のやり取り、殺し合いを経験する確率が、常人とは比較にならない程に高いのだ。もちろん、不必要な殺生は禁じられているし、避けようともするが。
では、今回のケースは?
首領が01の命を狙うなら、01には当然ながら防衛の権利がある。
だが、それが純粋な防衛でなく、贖罪の為の決闘染みたものであったらどうだろう。01には自己の身を守る権利、そのために実力行使する権利は、法的にも道義的にも存在するはずだ。しかし、贖罪の為に他者の命を奪うというのは果たして正当な自己防衛だろうか?
別に、01が無理に矢面に立つ必要はない。本来、古見掛市は庇護を必要とする人間を守る為の街だ。現状、責任能力も問えそうにない01が戦う必要はない。今後、彼女が一般的な知識や感性を身に着けることを期待するなら、尚更だろう。
その一方で、01が戦うことを一概に否定できない自分がいた。
首領の主張は非常に不愉快で勝手なものだとは思うが、筋は通っていないこともない。復讐や自分なりの正義を伴った自衛は、圭介自身がこれまで行ってきたことだ。無論、若いなりに自我を発達させた圭介が、冷静な判断を下した結果の選択なので、01と同様のケースとは言い難い。言い難いのだが、01が同じ選択をしたとしてもおかしくはない事だ。首領が主張するように、01が自衛以外にも何らかの目的を持って戦ったとて、圭介や古見掛市にそれを咎めることが出来るだろうか。
「何にせよ、貴様らが決めることではあるまい。奴にこの件を伝えてくれればそれでいい」
黙り込む圭介に、小さくため息を吐いて言う。
「まあ、貴様らとて小娘一人を勝ち目の薄い殺し合いの場に送り出すことを良しとは出来まい。アレが死に瀕するようなことがあれば、その時は遠慮なく手出ししてくるがいい。アレが全力を尽くした上での事であれば、それを邪魔立てはせん。それと、私がアレと戦いたいという話だったか……」
「小娘いたぶって楽しむ趣味があるって話か?」
「ならばそこいらの小娘を適当にいたぶれば済む話だがな。年寄としては、若い世代が足掻き、道を切り開こうとする姿勢を見るのは中々に楽しいものだ。アレは記憶を持たないだけあって他の<メタコマンド>共よりも余程見所がある。傲慢や独善や鬱屈した自己肯定とは無縁の無垢な精神を持っている。<ブラックパルサー>が生み出した数少ないまともな存在だ。そうだな、スポーツで言えば贔屓の選手にはそれなりの活躍をしてもらわねば物足りんというところか」
「勝手な事を……」
「だが、先日のザマではどうなるかわからんが。その辺りは本人の意志を尊重してやればよかろうよ。それも気が進まんならこの話は隠し立てするなり判断を誘導するなりしてやればいい。もっとも、その場合はこちらから押しかけて奴に判断させるがな」
首領は席を立ち、伝票を手にレジに向かう。
「ぐっ、ぬ、っ~~~~~~!」
圭介は後を追おうとするが、立ち上がったところで足が止まってしまう。
感情的にはこのまま首領に殴り掛かりたい所ではあるが、内心、彼の言葉に完全な拒絶を突き付けることが出来ないという自覚もあった。
復讐や贖罪の為の戦いが良いとは言えない。だが、決して悪いとも言えないのも事実だ。圭介自身の戦いも、改造された自分や、踏みにじられた大勢の人間の復讐という側面は確かに存在していた。そして古見掛市の、というよりも一般的な感性を身に着けた01が、復讐心や罪悪感を抱く可能性は多分に存在する。
結局のところ、圭介には首領の思惑を否定しきることが出来なかった。
それは他の者も同じだったのか、店内の客も苦々しげな表情で首領を見送るだけだ。中には圭介同様に席を立とうとする者もいたが、結局は悔しげに立ち尽くすしかない。
「……お会計はご一緒で?」
レジに立った店員も剣呑な声で応じ、警戒心と敵意を隠そうともしない。が、それ以上は何も出来ることはない。
「ああ、一緒で……」
「別で! 絶っ、対に別で!」
「……だそうだ」
歯噛みしながらも殴り掛からんばかりの勢いで否定する圭介に肩を竦めつつ、首領は悠々と会計を済ませて店を立ち去った。