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ザ・コワイ ……いわゆる乗り越えるべき壁

目が覚めた。

 

 最近になって見慣れ始めた白い天井を見て、01は自分が病室にいることを理解した。


 「……」


 だが、そこまでだ。

 一瞬だけピントが合った視界は、すぐに白く滲んでしまう。身体も意識も酷く重い。

 自分が何故ここにいるのか、疑問に思う事さえない。水の中に沈む石の様に、01の思考はあっさりと闇の中に落下を始める。


 「……01、起きたか?」


 そんな01の意識を、一言の声が揺さぶった。


 「大河原、圭介……」

 

 ぼんやりとした影が視界に入り込み、やがてはっきりと像を結ぶ。

 少しばかり心配そうな表情を浮かべた圭介が、ベッドの脇から覗き込んでいる。


 「ああ、無理に起きなくていいから寝てな。身体には大してダメージもないみたいだけど、脳みそが盛大にシェイクされたみたいだからな」


 〈メタコマンド〉の身体組成は常人とは大きく異なるが、それでも有機的な部分が多い。驚異的な再生能力で補っているが、高速での戦闘を行えばそれなりの損傷を負う。特に神経系のデリケートさは言及するまでもない。高空から落下しても無事に済むというのは、あくまでも着地に成功、あるいは受け身を取れた場合の話だ。満足に反応も出来ないまま衝撃をもろに受ければ脳震盪に似た状態に陥ることはある。


 「何故あなたがここに……? いえ、そもそも私は……」


 自分が置かれている状況がよくわからず、01は小さく頭を振る。

 すっきりしない感覚だ。かつての、〈レッドストライカー〉大河原圭介と出会う前の空虚さに少し似ている、不愉快な感覚。


 「どこまで覚えてる? 〈ブラックパルサー〉首領にぶっ飛ばされた所までは、意識もあったと思うんだが……」

 「しゅりょう……」


 圭介の発した単語の意味をすぐには理解できず、自分で同じ発音をした時、その言葉の意味が理解できた。同時に、脳裏に背が凍るような感覚が襲い掛かる。


 それが拳であると、撃ち込まれてからでないと理解できない程に速い一撃。

 抵抗はおろか、反応さえできない早さと力で放り投げられる感覚。

 そして自分を睨みつける、〈ブラックパルサー〉首領の顔。


 「っ……!」


 全身の筋肉が、細胞が反応した。

 01は横たわっているベッドをへし折らんばかりの力を発揮して跳ね起きる。


 「おおおっ!?」


 突然の事に驚いたらしい圭介は妙な格好で飛び退くが、それを気にする余裕は01にはない。

 半ば恐慌状態に陥りながら、両手で自分の全身をまさぐる。


 何故そんなことをするのか困惑しながら、そして勝手に身体が動いているかの様な感覚に混乱しながらも、01はどうにか手足を制御する。

 大きく肩で息をしつつ、それでもベッドの上に腰を落ち着ける。腰を抜かすと言った方が正しいだろうか。


 「……ど、どしたんだよおまえ」

 

 恐る恐るといった様子の圭介の問いにも気づかず、01は自分の身体を見下ろし続け、ようやく自分が何を探っているのか理解した。


 痛みだ。

 自分の身体に痛みがないかどうかを必死に確かめていた。


 「……痛く、ない」

 「お、おう。身体には異常はないはずだぜ……?」


 無論、打撲や内出血などの負傷はあったが、戦闘が終了して既に数時間が経過している。〈メタコマンド〉の再生能力ならば問題なく完治している時間だ。

 しかし、01は落ち着きを取り戻しきれていない。


 「何だ、そんなに怖かったのか?」

 「怖かった……?」

 「え、怖いわけじゃなかったのか? 何か顔色が真っ青になってるように見えるけど」

 「……よく、わかりません」


 圭介の言葉はどうにか理解できる。だが、それに対する答えがなかなか出てこない。何か、抗い難い衝動が01の身体を突き動かそうとするのを堪えるのが精一杯だ。

 

 「いや、あんまり首領にボコボコにされてたから怖くなっちゃったかなあ、とか思ってな?」

 「怖くなる、それは、つまり、私は、確かに、あの時、しかし、痛くは……」

 「おいおい、ちょっと落ち着け。無理に答えなくていいって」

 「痛みは、確かに望ましくはありまえんが、何故、これまでも問題なく耐えて……怖い、ですが、何故……」

 「おい、聞いてるか!? 01、01!?」

 「……」

 

 01は答えない。

 ただ大きく目を見開き、ガクガクと震え始めた身体を抱きしめて中空を見つめるだけだ。その目は何も映してはいない。代わりに意識を占拠しているのは首領と戦った時の記憶だ。


 何故そんなものを思い返しているのかは01自身にもわからない。だが、あの首領の獣のような表情が、腹の底に響き渡る怒声が、凄まじい身体能力と、全身に叩き込まれた激痛が頭から離れない。

 打ち据えられた部位に痛みが戻ってくるような感覚がする。現状の把握などとうに頭からすっぽ抜けていた。意識が勝手に繰り返し再生する記憶、首領と対した際の感覚が止められない。ちょっとやそっとのことではビクともしない、強靭な心臓が早鐘を打ち始め、身体の冷却にはあまり役立たない汗が肌に滲み出す。


 何度目かになる、首領の凄まじい凶相が脳裏に映し出された時、01は悲鳴を上げた。


 「ひうっ!?」


 脳天から冷や水を浴びせられたような感覚に、全身の神経系と筋肉が一斉に縮み上がる。


 「ちょっとは落ち着いたか? ったくもう、あんまり紳士に手荒なことさせるもんじゃないよ」

 

 比喩でも何でもなく、ベッド脇の小卓に置かれていた水差しから冷水を01の脳天に浴びせつつ、圭介が嘆息した。


 「? ……?」


 錯乱を混乱に塗り潰され困惑する01の表情を見て、ようやく圭介は傾けていた水差しを置き、棚からタオルを取り出して濡れねずみと化した01を拭き始める。


 「えっと、状況説明だけど。〈ブラックパルサー〉に呼び出された後、取り敢えず大半の構成員は逮捕。首領他二名は逃走って形で決着した。終わったんだよ、もう状況終了。あんまビクビクしなさんなって」

 「……終わった?」

 「イエス」

 

 圭介の答えに数秒沈黙した後、01はがっくりと頭を垂れ、深い深いため息を吐いた。


 「またわかりやすく安堵してくれるねぇ。こっちとしては余計な心配しなくていいけどさ。おまえって表情は読み取りにくいのに、たまに全身で会話してくれるから好感持てるわ」


 01の様子に安堵したのか、圭介が軽口を叩くが返答が出来ない。

 全身から力が抜け、顔を上げるのも億劫だった。


 肩を竦めた圭介が、ベッドにどっかりと腰を下ろして十秒ほどが過ぎ、ようやく01は口を開いた。


 「成程、確かにこれは恐怖なのでしょう。あなたに成層圏まで連れて行っていただいた時と似た感覚です……」

 「そりゃあ光栄……は、違うか。しかし、まさかおまえがこれほどビビっちまうなんてなぁ。別に、痛い苦しいは今までもあっただろ?」

 「ええ。ですが、今まで感じたものとは少々程度が違いました。それに……」

 「それに?」


 少し言い淀みつつ、01は自信なさげに答える。


 「首領の姿を思い返した時、それが最も不快です。痛みなど、それに比べれば些末な事と言える程度には」

 「その物言いはちょっとひどい気がするが、言わんとすることはわかるからいいか。要するに、アレだろ? ビビっちゃったと」


 圭介は後頭部で手を組み、ゴロンとベッドに横たわって01の膝を勝手に枕にする。少し近くになった圭介の緊張感に欠ける顔は、首領の顔との対比になった。

 それに気づいた01は、ようやく緊張感を和らげることが出来た。

 

 「あんだけの気迫を持った相手と戦うのは初めてだったろうし。俺が威圧感感じるってことは、恐らく〈ブラックパルサー〉でもぶっちぎりの奴だってこったろうよ」


 01の顔を見上げて言う。


 「……お疲れさん。よく頑張ったよ、おまえは」

 「……」

 「とにかく今は休め。まだ連中が諦めたとは限らないけど、後の事は俺たちで何とでもするからさ」

 「……首領は、あなたが撃退したのですか?」

 「……そうだけど、01、どしたの? 何だか怖い顔してなーい?」

 「あなたには、それだけの力があったということですね」


 重苦しく言う01の言葉に、圭介は身を起こした。


 「どうかしたか? 随分と思いつめた顔して」

 「あなたは恐怖を感じないのですか?」

 

 多少落ち着きを取り戻した01は、純粋な疑問をぶつけた。


 「んなわきゃない。いつだって内心じゃ怯えてるよ」

 「そうは見えませんが。何故、恐怖を抱きながら戦えるのですか?」

 「おまえ、今まで恐怖感とかなかったの?」

 「少なくとも、自覚はしていませんでした」

 「……おまえ、暴力ってどう思う?」


 いつも通り、とは少し違う。どこか真剣味を帯びながらも好奇心の方が勝ったような表情で圭介は問い返す。


 「どう、とは?」


 01としては、そう返すしかなかった。質問が漠然とし過ぎている上に、暴力と一言で言われても困る。〈ブラックパルサー〉の行為を言っているのか、それとも〈レッドストライカー〉や01が行使する力を表しているのかもよくわからない。

 01は小首を傾げるが、それでも圭介は質問を言い直したり捕捉したりもしない。難しそうに眉を顰めているので、自分でもどう質問したらいいのかわかっていないのかもしれない。

 

 「あー、特に思う所はないか?」

 「はい」

 「じゃあ、今度教えてやるよ。その辺りがわかって来たら、多少は俺の事も理解してもらえるかもしれないしな。何にしろ、今日の所はゆっくり休め。必要なら子守唄でも歌ってやるから」

 「いえ、それは結構です」

 「……うん、そう来るのはわかってたんだ。わかってたのに何で言ったんだろう、俺」


 圭介は少し虚しげな顔でぼやき、肩を落とした。


ウオー、書ク時間ガ欲シイノー!

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