激闘! 〈ブラックパルサー〉大首領!! ……悪の首魁は身体が資本
側頭部に叩き込まれた蹴りを防ぎきれず、01は斜面に激突した。
単純に蹴りの衝撃が大きかったことと、脳を揺さぶられて満足に反応も出来なかったことで、改造された肉体にも些か過ぎたダメージが及ぶ。
「あ、ぐ……」
白黒する意識を、顔を振って無理矢理はっきりさせて立ち上がる01の顔は蒼白だ。息も荒く、瞳からは力が失われている。
「どうした、貴様はそれでも対〈レッドストライカー〉部隊の一員か? そんなザマでよくも〈タイプα01〉を名乗れたものだな」
対して、首領の様子は全く対照的だった。
戦闘服を着込み、それなりに能力をアシストされているはずの01は、わずか数十秒で二十を超える打撃を叩き込まれていた。01のものとは比較にならない程に鋭く、正確で重い攻撃を連続で叩きこみながら、首領は息一つ乱さずに悠々と立っている。
「くっ……!」
首領の言葉に火が付いたのか、01はにわかに目つきを鋭くして拳を握りこみ、跳躍する。棒立ちしている首領目掛けて突進し、顔面に向けて拳を叩き込む。
首領は半歩身を引くだけで容易に躱した。
目標を見失った01はどうにか体勢を整え、振り返る。ナイフを抜き、未だに目立った動きを見せない首領に向けて投擲する。
顔色一つ変えずにそれを掴みと捕った首領は、退屈そうに地面に放り捨てる。
01は再び首領へと突貫する。今度は跳躍ではなく、地面を疾駆して方向転換しやすいよう備えつつ、駆け抜けざまに手刀を振るった。
その手を掴み、勢いを利用して首領は01の身体を投げ飛ばす。
無様に転がった01だったが、回転の勢いを生かして素早く起き上がりアンカーを打ち込む。
ナイフと同様にそれを受け止めた首領は、強靭なワイヤーを引いて01を引きずりよせる。
体勢を崩しながらも01は先程の意趣返しとばかりに首領の側頭部にブーツの甲を叩き込んだ。
殺人的な衝撃を片手で防いだ首領は、そのまま01の足首を掴んで地に打ちつける。
「がっ……!」
「その程度か」
動けなくなる01を一瞥した首領は、表情を厳しくすると彼女の長い髪を掴んで思い切り放った。人形のように軽々と投擲された01は道の脇に築かれた法面に背中から大の字に叩きつけられ、めり込んだ。
「何という無様さだ! 技巧だけでなく、気迫さえ伴っておらん! それで〈ブラックパルサー〉を敵に回すとは、とんだお笑い草だな!」
既に目の焦点が合わなくなっている01の胸に拳を叩き込み、裏拳で頬を打ち払う。
「どうした! まさかこのまま呆けて済まそうなどとは言うまいな! 足掻いて見せろ! 抗って見せろ! 眼前の障害を叩き潰して見せろ!」
戦闘服の胸倉を掴み、ぐいぐいと締め上げながら首領は叫ぶ。額が触れ合いそうな程に顔を近づけ、01をどやしつける。
だが、01は反撃に移らない。それ程の体力が残っていないのか、苦しげに呻き、足掻くだけだ。
「ちっ……!」
苦々しげに舌打ちすると、首領はその場を離れる。
01は動かない。法面に磔にされたまま数秒間もがき、力なく頭を垂れた。
立ち去り際、肩越しにその醜態を見届けた首領はもう一度苦々しげに歯ぎしりをすると、激闘を繰り広げている〈レッドストライカー〉と部下二人を見やる。
正確には激闘を繰り広げていた、と言うべきか。
丁度、〈レッドストライカー〉の猛攻に体勢を崩した亀男がそのまま首領の方へと放り投げられた。次いで、狼女が蹴り飛ばされて山林に突っ込む。亀男は首領の足元に叩きつけられて微動だにせず、狼女も立ち上がる様子はない。心音や呼吸音から生きていることはわかるが、すぐに戦闘へ復帰することは出来ないだろう。
「オッサン……いたいけな小娘いたぶって楽しい?」
ヘッドギアに搭載されたゴーグルに隠されて目つきは伺えないが、露出した口元にはあからさまな侮蔑と憤怒を滲ませて〈レッドストライカー〉が尋ねる。
「何が楽しいものか。確かに奴には満足な戦闘経験はないが、よもやあそこまで腑抜けているとは思わなんだ。むしろ腹が立って仕方がない」
「あの戦闘狂捕まえて腑抜けとは、随分と理想が高いね」
「戦闘狂? 何を馬鹿な。あれはただの小娘だ。戦いの真似事は出来ても真に闘争心を沸かせているわけではない。戦うに値せんわ」
「あ、そう。んじゃ俺はどうかな? 闘争心だか何だかは知らないけど、あんたをぶん殴りたくて仕方がないんだわ」
〈レッドストライカー〉の怒気を孕んだ声に首領は口端を吊り上げる。
「ほほう、貴様が相手をしてくれるというのか。これは僥倖だ。一度貴様とは拳を交えてみたいと思っていた所だからな。それに、あんな無様を晒された後では口直しがないと少々辛い」
「減らず口はそこまでね。流石に心底腹立ってる相手の声なんぞ聞きたくないから」
直後、首領は頬を〈レッドストライカー〉に思い切り殴打されていた。
「むぅ……!」
脳が揺さぶられ、頸椎が軋む。
衝撃は頭部だけに留まらず、首領の全身を思い切り弾き飛ばした。山林に突っ込んだ首領は、しかし樹木を掴んで体勢を整える。
追撃を掛けてくる〈レッドストライカー〉の拳を掌で受け止め、脇腹に向けて膝頭を叩き込む。
「げほっ……」
〈レッドストライカー〉は思わず硬直し、その場に崩れ落ちていく。完全にその身体が倒れる前に、首領は左右の手を組んで一つの拳を形作り、背中に向けて叩きつける。
だが、〈レッドストライカー〉が肘鉄を首領の鳩尾に打ち込む方が僅かに早かった。よろめく首領の胸倉を掴み、そのまま山道の方へと投げ出される。地面ぎりぎりを滑空するように飛んだ首領はガードレールに背中から突っ込み、大きくへしゃげさせる。そこへ〈レッドストライカー〉が再び追撃を掛けるが、その頃には首領も体勢を立て直していた。
頭上から躍り掛かった〈レッドストライカー〉が振り下ろした神速の手刀を受け止める。
爆発的な衝撃に大気が打ち震え、突風が巻き起こって砂煙が波紋のように広がった。
「ぬんっ!」
「ぐっ!?」
打撃の反動で離脱する〈レッドストライカー〉を跳躍で追撃し、顎に掌底を打ち込む。怯んだ隙に両方の足首を掴み、思い切り振り回してから放り捨てる。〈レッドストライカー〉は01が磔になっている法面に頭から突っ込んでいく。そのまま01に直撃する寸前に空中で身を捻り、ギリギリのところで01を回避して法面に足から着地した。そのまま勢いを両膝に溜め込み、バネのように一気に解放、足元の法面に巨大な亀裂を走らせて真横に跳躍し、首領の下へ反転する。
「喰らええええっ!」
「はっ、甘いわ」
渾身の力を籠め、〈レッドストライカー〉は右足を突き出してくるが、首領は身体を捻って回避する。
「おまえがなっ!」
「何!?」
だが、〈レッドストライカー〉は首領の傍を掠めながら手を伸ばし、顔面を鷲掴みにした。そのまま自分の身体を引き戻し、サポーターに守られた膝を無防備な後頭部に向けて鋭角に叩きつける。
凄まじい衝撃に一瞬だけ首領の意識が飛ぶが、それでも無意識に体は動いていた。強烈な一撃と引き換えに大きく体勢を崩していた〈レッドストライカー〉の腹を手刀で打ち、弾き飛ばす。
「……クソオヤジめ」
「ふふ……思っていたよりもはるかにいい腕だな、小僧」
苛立っている〈レッドストライカー〉に対し、首領は実に楽しげに笑った。
素晴らしい。
凡百の〈メタコマンド〉が片っ端から討たれるわけだ。身体の性能が高いのは当然だが、素人なりに磨き上げたらしい身のこなし、そして何より気迫がまるで違う。
反撃を貰う事を覚悟しつつ、しっかりと回避するつもりでギリギリの位置を突いてくる。また、決して相手を逃がすまいと喰らい付き、何としても一撃入れてくる攻撃性も侮りがたい。
「実にいい。だが、ここで決着を付けることは叶わんようだ」
「あら、バレたか」
首領とて〈メタコマンド〉だ。視聴覚も人間の域を逸脱している。
〈レッドストライカー〉が半ば崩した法面からずり落ちた01が包囲を強いていた警官たちに回収されていくことや、その包囲網が極端に狭くなり、既に自分に無数の銃口が突き付けられていることを既に悟っていた。
「どうやら、近隣の街の安全が確認されたようだな。戦闘に夢中になったとはいえ、私に今の今までこれ程の接近を気付かせんとは流石に訓練されている」
「わかってるなら投降しろよ。今なら百発どつくくらいで勘弁するからさ」
「そうはいかん。大人しく官憲の手に堕ちる悪党がいるものか」
「つったってどう逃げるわけよ?」
「こうするのだよ」
首領が片手を上げた途端、無数の影が躍った。
「戦闘員!? まだいたのかよ、どんだけ隠し玉に隠し玉重ねてるんだよ! 奥の手奥の手、アンド奥の手かよ、馬鹿じゃないの!?」
「古今東西、組織の指導者には独立した私兵が付いているものだ」
どこからともなく姿を現した戦闘員の数は尋常なものではない。四ケタは下るまい人数の戦闘員はさらに増え続け、周囲に散っていく。
流石に周辺を包囲している面々も、これだけの人数を一瞬で制圧することは出来ない。
「逃がすか!」
〈レッドストライカー〉が首領に飛び掛かるが、数十を超える戦闘員が立ち塞がる。
「ちいっ……!」
「さあ、望みのない追撃よりも小娘の護衛にでも着いた方がいいだろう。何、我々の首を取る機会なら直に来る」
既に戦闘員に姿を覆い隠された首領の声だけが響き渡る。
〈レッドストライカー〉は数秒の間、歯ぎしりしていたが、やがて周囲の戦闘員を打ち倒しつつ01の移送されただろう後方へと下がり始めた。
十分と立たずに戦闘は終結したが、そこに首領も二体の〈メタコマンド〉も残ってはいなかった。
敵の逃亡を許し、01は命に別状こそないものの大きなダメージを負っている。〈レッドストライカー〉は久々に、完全な敗北を味わうことになった。
劇中、01が法面にめり込んだのを磔と表現したものの、そもそも壁にめり込んだだけであり、拘束らしい拘束も施していない。
そりゃ動きにくいでしょうけども、何だかすっきりしないわけです。ちょっと頑張れば出られるし、ヒロピン的描写はほとんど出来なかったわけで……。
透明な蓋でもしてればそれっぽくはなるんでしょうが、どう頑張ってもこのシチュエーションでそんな展開は不可能。
敵も味方も決して変態ではないという事実はあまりにも重いわけです……。




