出現! 〈ブラックパルサー〉大首領!! ……劇中で大首領と呼ばれることは、ない
「01!? クソッタレ、ちょいとお退きよお姉さん!」
クレーターの中心でうつ伏せに倒れた01の姿に、〈レッドストライカー〉は慌てて行動に移る。
狼女を蹴りで牽制して後退させ、その隙に亀男に飛び掛かり、相手が反応する前に投げ飛ばした。体格に比例して重量も増してはいたが、戦車を投擲できる〈メタコマンド〉の腕力をもってすれば誤差にもならない違いだ。
素早くクレーターに飛び込み、01を抱え上げて一度その場を離脱する。
「ちょっと、大丈夫?」
「……」
〈レッドストライカー〉の問いに、01は無言で頷く。が、衝撃で朦朧としているらしく、足元が覚束ない。〈レッドストライカー〉の肩を借りてようやく立っている状態だ。
「何だよあいつ、あの鈍重そうな見掛でおまえを捕まえるだけの素早さがあるわけ? まあ、実際の亀って結構素早いって言うけど、おまえも一応、敏捷性重視でしょうに」
「……いえ、掴まれる直前に、背後から一撃を受けました」
「何?」
「倒れこむことだけは避けましたが、回避行動までは継続できず……」
苦しげに答える01に同調するように、亀男が苦々しげな声を吐き出した。
「ゴ助力に感謝、と申シ上げタイが、果たしテ今の横槍は必要デしタカナ、首領?」
「……首領?」
眉を顰める〈レッドストライカー〉の鼓膜を、低いながらも良く通る声が打った。
「貴様らがいつまでも遊んでいるからだ。包囲網を敷いている連中も、いつまでも待ってはくれんぞ」
声の方へと振り向いた〈レッドストライカー〉は、思わず「げっ」と声を発しそうになった。
車道の真ん中に仁王立ちしていたのは、四十半ばに届くかどうかといった男だった。
それだけなら〈レッドストライカー〉も動じはしないのだが、その視線の異様なまでの鋭さと、剣呑な空気を感じ取るとうんざりとせざるを得ない。着込んでいるのは上等ではあろうが、ごく普通のスーツではある。が、その上からでも引き締まった肉体であることが察せられる。〈メタコマンド〉の外見は、能力を図るのにあまり役立ちはしないのだが、それでも「強そう」だと感じ取らせるだけの迫力は有していた。
(今、首領って言った? マジで? 何か見るからにガチガチの武闘派って感じだけど……普通こういうのって大幹部のポジションじゃないのかね?)
〈レッドストライカー〉は、眼前の男が首領であるということを、いまひとつ信じられずにいた。
確かに〈ブラックパルサー〉を叩き潰しはしたが、その首領と相対するという事をあまり期待していなかった。組織を相手にする以上、指導者は常にその居場所を秘匿されるものだし、組織が事実上壊滅したのなら、わざわざ〈レッドストライカー〉の前に姿を現すことはないだろうと考えていたからだ。
しかし、眼前の男がこれまで対してきた(大幹部を含めた)敵とはどこか違うことは感じ取れた。迫力や存在感を置いても、少なくとも思想や力に陶酔するだけの酔っ払いではなさそうだ。
「……真偽は置いとくとして、あんたが〈ブラックパルサー〉の首領?」
「如何にも。こうして顔を合わせるのは初めてだな、〈レッドストライカー〉」
「どーも、始めまして。まさか組織の指導者にお目に掛かれるとは光栄だわ。今一つ信じきれないけど」
言いつつ、〈レッドストライカー〉は警戒まで怠ってはいなかった。
流石に古見掛の包囲網を抜けて外部から侵入したわけではなく、この近辺に潜んでいたのだろうが、こちらに感づかせることなく01の背中に一撃を入れたというのなら決して油断できる相手ではない。
「で、わざわざ首領様がお出ましになって何か用? 見ての通り、結構忙しいんだけどね」
「それについては心配いらん。この二人は一度下がらせる」
「ソレハ、聞き捨テなりマセンナ」
「奴ト戦エル好機は今を置イテ他にない」
〈メタコマンド〉二人が抗議するが、首領はそれを一蹴した。
「馬鹿め、既に機は逸した。近隣に仕掛けた危険物はほぼ排除されつつある。他がない事を確認すれば、すぐにでも周辺に潜んだ連中が総出で掛かって来るぞ。せいぜいが後数分の猶予だろうが、その間に決着させられるか?」
「ム……」
「チッ、存外に早イな……」
「それに、貴様らばかりに愉しまれては私も面白くない。後数分ぐらいは私にもやらせてもらおう」
そう言うと、首領は01に目を向けた。
瞬間、〈レッドストライカー〉は僅かに困惑する。首領の目は相変わらず鋭いが、そこに何か穏やかな物を感じ取れたからだ。冷たく鋭利な一方で、一種の親しみの様な物を感じさせる妙な視線。その正体が掴めないまま、〈レッドストライカー〉は01に声を掛ける。
「01、立てるか?」
「ええ、ご迷惑をお掛けしました」
01は小さく頷き、しっかりと自分の脚で立った。
短時間の休息ではあったが、戦闘体勢に入っている〈メタコマンド〉にしてみればそれなりの時間になる。活発化した代謝によって、01の状態はある程度は回復しているはずだ。
「ふむ、〈タイプα01〉。貴様とも相対するのは初めてだったか」
「ええ。お初にお目に掛かります、首領。もっとも、既に私は事実上、組織を離反した身ではありますが」
流石に戦闘の最中に深々と礼をするほど不用心ではないのか、01は目礼だけ返して軽く身構える。
「さて、先の一撃で倒れなかったのは褒めておくとして、貴様は果たしてどれだけの物を見せてくれる?」
「さあ、どうでしょうか。私自身、〈レッドストライカー〉以外の〈メタコマンド〉との戦闘はほとんど経験がありませんので、何とも」
「やっぱりあんたも〈メタコマンド〉なわけか。本当に首領かどうか判断するには微妙な材料だなぁ。生身でも改造体でもありえそうだし」
「まあ、信じられんのも無理はない。唐突に表れて組織のトップを名乗るなど、胡散臭いにも程があるからな。だが、実力は隠せん」
「出来ればわかりやすい格好でそんなに強くない奴に出会いたかったな。三角頭巾とか、骸骨とかの」
「ふむ。減らず口を叩くだけの力があるか、試してやろう」
首領が身構えた瞬間、〈レッドストライカー〉の神経がざわついた。
次の瞬間、大気が打ち震え、轟音と衝撃が周囲に響き渡る。
「01!?」
跳び出した01の身体が派手に吹き飛び、〈レッドストライカー〉の胸に叩き返される。
〈レッドストライカー〉の超人的視力は、首領へと打って出た01の拳が容易く受け止められ、次の瞬間にはその胸に鋭い蹴りが叩き込まれていることを認識していたが、流石に体が意識にまで追いつかなかった。十分な反応時間もないまま、どうにか01の身体を抱きとめるのが精一杯だ。
「ぐうううっ!?」
特殊合金性の骨格や、各種人工器官を内蔵しているとはいえ、01の体重はせいぜいが数十キロだ。だが、殺人的な加速を加えられたその矮躯は大型トラック以上の破壊力を持って〈レッドストライカー〉の身体を吹き飛ばす。
どうにか胸の中に01を抱きかかえた〈レッドストライカー〉は、自身の体勢も制御しようとするが、脚を踏ん張ろうにもブーツはアスファルトを削り取り、粉塵と火花を派手に散らして滑走するだけだ。
「ぐぬぬぬっ、こんなくそおおおっ!」
左右の足を連続して路面に突き入れ、ガリガリと引き裂きながら摩擦を起こし、どうにか制止する。
「01、何かヤバげな音がしたけど、大丈夫か!?」
「ゲ、ゴホッ……カッ、ガアッ……!」
慌てて01の顔を覗き込むが、01はがくりと跪き、苦しげに咳き込むばかりだ。否、咳も満足に出来ていない。胸と背中にもろに衝撃を食らったためか、呼吸が一時的に止まっているようだ。
「ふむ、また随分と馬鹿正直に突っ込んでくるものだ。それ程の実力があるのかと思ったが、単なる猪頭か」
一歩もその場を動くことなかった首領は、やれやれといった様子で退屈そうに吐き捨てる。
「あんにゃろ……言うだけあるじゃんか」
01はカタログスペックならば〈レッドストライカー〉に匹敵する性能を誇っている。改造時から成長を続けている現在の〈レッドストライカー〉には及ばないが、それでも特に機動力は強化されており、並みの〈メタコマンド〉ならば十分に凌駕している筈なのだ。さらに言えば、ここ最近の組手で体さばきの初歩の初歩のそのまた基礎程度は身に付きつつあった。
その01の攻撃を容易に弾き飛ばし、悠然と佇む首領は戦闘服さえ身に着けていない。
「このままでは話にならんな。おい」
首領は二人の部下に声を掛ける。
「これから私は少し小娘と遊ぶ。貴様らには保護者の相手をしてもらおう」
「やだこの人、いきなりロリコン的セリフを発さないで!?」
首領の言葉に、部下二人は頷いて歩を進めてくる。
〈レッドストライカー〉と戦えるのならば、反対する理由もないのだろう。
「……01、直に周囲のみんなが援護してくれる。それまで逃げ回れるか?」
「……不覚は取りましたが、まだやれます」
「……ああ、何か凄まじくダメな予感がしますよ、ぼかぁ。逃げろって話なんだけど?」
〈レッドストライカー〉とはいえ、あれほどの強化改造を重ねた〈メタコマンド〉二体を瞬時に撃退することは難しい。基本的な性能だけでなく、技能や精神的にも他の〈メタコマンド〉よりは高い水準にある。首領の口ぶりからすると、最初から全力で01を潰しに掛かる気はなさそうではあるし、01も決して脆弱ではないのだが、如何せん実力差が大きすぎる。
先程の迎撃を見る限り、善戦はおろか、逃げ切れれば御の字だろう。
しかし、当の本人はやる気らしい。
〈レッドストライカー〉は01のメンタリティーをここ数日でより深く把握しつつあったが、負けず嫌いであることは嫌という程に理解させられている。
逃げろ、と言って素直に従ってくれるかとなれば、確かに難しい。
「言っとくけど、おまえじゃ勝てないよ。ぶっちめられるのがオチだって」
「でしたら、一撃でも入れてみます」
「あ~、ダメだこりゃ」
「その意気や良し。本人もやる気だ、殺しはせんから逸って手を出すなよ?」
01の様子に満足そうに頷くと、首領は周辺に声を掛ける。恐らく、攻撃許可を今か今かと待ち構えている面々への牽制だろう。
「では、その自信の程を見せてもらおうか。少しは楽しませてもらうぞ」
その言葉を合図に、首領に先んじて二体の〈メタコマンド〉が迫る。
「ええい、もう! 01、無茶するなよ!?」
こうなれば一刻も早くこの二体を撃退するなり何なりして01のフォローに回るしかない。
重い重いため息を吐き、〈レッドストライカー〉は迎撃に出た。
引っ張って投稿間隔空けてさらに引っ張るというえらい事態に。
用事が済んで問題が生じなければ今日中にも次話行けると思うので……。




