悪魔から買った身体……苦戦に苦戦また苦戦(ほぼ素人だし)
「こちらA3班、A市駅ホーム下で爆発物と放射線を発しているケースを処分。念の為、周囲一帯もスキャンしてから帰還する」
「B1班です。B市の貯水池で細菌兵器を発見。サンプルとして回収し、周辺の汚染状況を検査し、消毒を行います」
「C6班、C市の高速インターチェンジに大量の化学兵器を発見。こいつは人体に有害なんてもんじゃない。立体交差を物理的に溶解させる危険度と量だ。回収は危険と判断、即時異次元廃棄を行う」
「こちらはD1班。現在D市内に〈ブラックパルサー〉が侵入した形跡を調べているが、今の所はシロだ。上空からのスキャンと並行し、引き続き調査を行う」
「E7班、現在E市全域のスキャン完了しました。異次元の存在が侵入した形跡なし、放射線や爆発物反応も規定位置以外からは確認できません」
通信機から次々に飛び込んでくる報告を聞きながら、古見掛市警機動隊の指揮官はギリギリと歯を鳴らした。
「ええい、もどかしい。早い所全部処理できれば堂々と動けるんだがなぁ……」
声を殺し、ぼそぼそと独り言を漏らしつつも、その目は冷静な戦士のそれだ。
愚痴めいた独り言も、実際は現状を言葉にして確認し、部下たちとの連携を一層強めるための手段に過ぎない。
本来、それを小声で話す必要はない。数人ずつのグループに分かれ、数キロ圏内の山林に展開している彼らのコミュニケーションは通信機で行っている。声が大きかろうが小さかろうが、相手には適度な音量で伝わる。
だが、それでも彼は大声を出す気にはなれなかった。〈ブラックパルサー〉の〈メタコマンド〉は鋭敏な感覚器官を有している。自然の環境音だけでなく、轟音を伴う激しい戦闘を繰り広げている今でも、自分たちの声を拾われていない保証はない。慎重に動いても消しきれない足音より微かな声を、通信機で中継することさえ緊張感を抱く。
彼らが援護すべき〈レッドストライカー〉がもたらした情報によれば、暗号化された電波を傍受する諜報用の装備を備えた〈メタコマンド〉も確かに存在するという。故に、彼らは電波通信ではなく、タキオン通信と先進波をランダムに使い分けたチャンネルで交信している。
〈レッドストライカー〉、〈タイプα01〉が〈ブラックパルサー〉に脅迫を受けたことは彼らも把握していた。
常に多くの目と耳で観測、情報収集を行うことは戦いの常識だし、戦闘に直接参加している者たちにも、鋭い感覚を持った者は多い。故に、その脅迫のタネである、近隣都市への破壊行為についても掴んでいる。
こうなると、力任せに掛かるわけには行かない。
先程報告に入って来た危険物を炸裂させるだろうリモコンは、未だ敵の手にあるのだ。下手に手を出してボタンを押されたりすれば、それこそ大惨事になる。
古見掛市は自分の身を守ることに関しては鉄壁の守りを誇っている。
正面から大戦力で磨り潰しに掛かれば、それを上回る質と量の大戦力で逆に飲み込みに掛かるし、忍び込んでこそこそと悪事を働こうとすれば、未遂の時点で感づかれ、実行に移した瞬間に叩きのめされる。
だが、こうした余所で起こるテロや破壊工作にはあまり強くない。如何に古見掛市とはいえ、そのキャパシティーは有限だ。この世界に根ざして運営されている以上、全てを自在に防衛出来るほどに、世界を好き勝手には出来ない。世界中に支部とも言うべき施設や団体を持ち、多くの協力者を得てはいても、世界を支配しているわけではないのだ。既知の悪意を追い詰め、叩くことは出来るが、〈ブラックパルサー〉は古見掛にとって未知に近い。正義の味方とは言え、素人の少年がかき集めたデータだけでは、次元の向こうで壊滅状態に陥った組織を詳細に知ることは難しい。只でさえ、多い時には日に数種類の秘密結社と新たに遭遇するのだ。それらとの戦いにも当然人手は裂かれる。古見掛の街を経由しての事ならまだしも、市街に直接出向かれては、その把握と対応は遅れざるを得ない。
それでもすぐさま対策班を編成して近隣へ赴き、一定の成果を上げているという事実は、本来なら驚きを通り越して真実か疑うべきところなのだが。
『中隊長、まだ出るわけには行きませんか? 既に奴らが言った通りの危険物は処理できたわけですし……』
「馬鹿抜かせ。敵の言を真に受けてどうするか。誤情報の流布なんぞテロリストの常套手段だろうが。他に何か仕掛けられてないか、はっきりするまでは耐えろ」
『そりゃわかってますが……』
部下が通信機越しに逸りを伝えてくる。指揮官である中隊長は諌めるが、部下の気持ちもわかる。
近隣の街には、様々な特殊能力者を要した部隊が出向いている。悪意の残滓を嗅ぎ分け、あるいは次元を超えた際に発生する粒子の痕跡を感じ取れる者、機材、あるいはその両方が調べているのだ。それでも〈ブラックパルサー〉が言った通りの危険物しか見つかっていないということは、本当にそれしか存在しないという可能性が高い。だが、万が一を考えるとやはり慎重にならざるを得ない。正直に言えば、自分たちがこうして潜んでいるとばれた時点でリモコンのスイッチを押し込まれないかと冷や冷やしているのだ。
「ええい、くそっ!」
しかし、「射撃開始」の命令が出掛かっていることは事実だ。
ほんの数百メートル下、山間を走る車道のど真ん中、アスファルトに巨大な亀裂を走らせて01が背中から落下する光景に思わず引き金に指が掛かりかけた。
「01! 無事か!?」
落下した衝撃で地上数メートルまで跳ね上がった01が、そのまま体勢を整えて着地し、頷くのを確認すると、〈レッドストライカー〉はすぐさま攻勢に出る。アスファルトの路面に小さなクレーターを作るほどの勢いで駆け出し、一気に眼前の巨体に迫る。
巨体。そう表現するより他にはなかった。
亀を模した姿をした〈メタコマンド〉の体型は、先程よりかなり大型化している。特殊素材で形成された頑健な装甲は、ほとんど隙間なくその全身を覆っていたのだが、膨張したその肉体を覆い切ることは出来ず、内側に着込んでいる衝撃吸収材の詰まったスーツが見えている。手刀を容易に突き込めそうなそこを目にしつつ、しかし〈レッドストライカー〉は簡単に一撃を与えることが出来ない。
「UWOAAAAAAAA!」
獣の叫びを低音に加工したような叫びを上げ、亀男は右腕を思い切り〈レッドストライカー〉の頭上に振り下ろした。単純に体積が増えただけでなく、既に本当に亀の手のように変形し、見るからに堅固な爪さえ生えている。さらに、明らかに膨張した筋肉が生み出す凄まじい瞬発力によって大きく加速されたそれは、敏捷性に優れた〈レッドストライカー〉でさえ回避は難しい。すんでの所で直撃こそ避けたが、空ぶった右手が足元の路面を爆砕させ、衝撃に吹き飛ばされる。
「っ~~! こんのバカ力! どんだけ無茶苦茶な改造してんのさ!」
空中でどうにか姿勢を立て直し、たたらを踏みながら後退する〈レッドストライカー〉は思わず毒づく。一撃一撃が地震のように大地を揺らし、満足に立つことも難しい。
「サホド無茶デモナイ。確カニ負担ハ大キイガ、貴様ラト対等以上ニ渡リ合エルナラ軽イモノダ」
「ちょっとー! もうなんか声が加工されたみたいになってるんですけどー!? 絶対声帯膨張してんだろー!」
怒鳴りながらも〈レッドストライカー〉は素早く亀男の背後に回り込む。
敏捷性も向上してはいるようだが、急激な身体能力の変化にまだ慣れていないらしく、亀男の身のこなしはあまり良くない。その隙をついて接近し、背中に強烈な蹴りを叩き込む。もちろん、ただでさえ装甲が最も厚い部位に打撃を与えてもさほど効果は期待できない。だが、トラックでも戦車でも蹴り飛ばす脚力を一気に受けては、〈メタコマンド〉とはいえ吹き飛ぶしかない。
「ム……」
だが、効果は薄い。凄まじい加速の一瞬後、草に覆われた土を大量に吹き飛ばすほどの勢いで斜面に叩きつけられたにも関わらず、亀男は応えた様子もなく平然と立ち上がる。
「ぐうっ!」
〈レッドストライカー〉が追撃を仕掛けようとした時、鈍い音と共に短い悲鳴が響いた。振り向くと、アスファルトの上を数メートル転がされた01がふらつきながら跳ね起きる所だった。
その直後、狼女の膝が01の腹部にぶち当たり、更にその細い身体を弾きとばす。亀男同様に大柄になっているだけでなく、骨格の形状からして本当の狼に近づいている様に思える狼女の筋力は相当に跳ね上がっているはずだ。今度は悲鳴を上げる間もなく、01は再び路面に落下、アスファルトを砕き、削り取りながら滑走していく。
「やばっ!」
身動ぎはするものの、流石に起き上がれないらしい01の姿に泡を食った〈レッドストライカー〉はすぐさま狼女に飛びかかり、左右の拳を次々に打ち込んで体勢を崩す。亀男のように重装甲を施していない〈狼女〉は、しかし敏捷性に優れる。〈レッドストライカー〉は軽く足払いを掛けて牽制した後、01の方へ飛びのいた。
「おい! 生きてるか!?」
「……無論です」
〈メタコマンド〉二体の追撃を警戒しつつ、声だけで問い掛ける。苦しげに返答する01だったが、彼女もまた〈メタコマンド〉だ。小刻みに体を震わせながらも、しっかりと立ちあがった。だが、着込んだ戦闘服の肩や膝部分は大きく損傷し、気休め程度に装備されていた装甲も半分近くが剥離、散逸しているようだ。01自身、額から少なくない量の血を流している。
「01! 相手を交代しろ! その姉さんはおまえじゃちっと追いつけない!」
返事を待たず、〈レッドストライカー〉は狼女に跳びかかる。当然狼女は身を躱すが、そこは〈レッドストライカー〉の身のこなしが勝った。一瞬で狼女の片腕を掴み上げ、そのまま背負い投げの形で大地に叩きつける。が、持ち上げられたまま狼女素早く身体を捻り、〈レッドストライカー〉の腕から逃れてしまう。
飛び去り際に振り下ろされた巨大な爪をすんでの所で回避する。だが、鋭い爪の先がヘッドギアの表面を擦り、盛大に火花が散った。
「うおおおおおとっとっとーい!?」
仰け反りつつも体勢を立て直し、敵の間合いから離れる。
「フフ、こレだけの改造ヲ重ねた身体デナお追い切れナイカ。やはリ貴様ハ面白い」
「あんたもなんか声おかしいよ!? 女としてどうなのさ、その重低音!」
声だけではない。亀男も狼女も、身体能力を飛躍的に向上されている。敏捷性も、パワーも、そして強度もこれまでとは一線を画したものだ。
だが、いかに〈ブラックパルサー〉の技術とは言え、これだけの強化改造を行うことは簡単ではないはずだ。人体という素体にもキャパシティーが存在する以上、これほど極端な運動能力の向上には相応の代償が必要になる。
例えば、これほどの高出力の人工筋肉を長時間稼働させるには、大量の栄養液が必要になるだろう。当然、それだけの容量を体内に詰め込むとなれば、他の部位をオミットしなければならない。消化器官などを切除し、そこに栄養液タンクを直接埋め込めば短期的に見れば確かに性能は向上させられる。だが、改造された身であっても、そのボディーの大半は有機質なものだ。それらの維持を行うべき器官を切除していけば、いずれは朽ち果てるしかない。01のように外部の機器でそれを補っているのか、あるいは、それを度外視しても重度の改造を良しとしたのか。
「おたくら、そこまで戦闘狂だったっわけ!? 割と正気じゃないよね、その重度改造! 下手したら生命の維持に関わるだろ!」
「生命、カ。鬱憤晴ラしノ費用ト思えば安イ」
「鬱憤晴らし?」
「鋼ノ肉体を手ニ入レ、ヤルことと言エバ脆イ人間ヲ一方的ニ狩るダケ。ツマラナイにも限度ガアる。この身ノ性能ヲ存分ニ振るうコとモ出来ナイ。足がアリナガら走レないノト同ジダ」
「……そういや、おたくらと遭遇するのって大体が激戦地だったっけ」
〈レッドストライカー〉の脳裏に、この二体の〈メタコマンド〉と戦った際の記憶が蘇る。〈ブラックパルサー〉の猛攻によって大混乱に陥った戦場の事だったので、人命救助を優先した〈レッドストライカー〉が直接交戦することはあまりなかった。(〈レッドストライカー〉は基本的に被害が発生した所に駆け付けることしかできないので、大規模な戦闘下では敵を超感覚で捕捉する頃には撤退されていることも多かった)
しかし、そのいずれもが間違いなく激戦地だった。人類側がどうにか〈ブラックパルサー〉の存在を察知し、反撃、迎撃すべく戦力を結集させた戦場。〈メタコマンド〉からすればさしたる脅威ではないにせよ、無抵抗の人々を踏みにじるのと比べれば難易度は圧倒的に高い。兵士は死に物狂いで移動し、索敵し、攻撃を仕掛ける。〈ブラックパルサー〉には遠く及ばないものの、それでも練度や連携を駆使して抵抗する兵士たちは、〈ブラックパルサー〉にしてみれば鬱陶しい存在だったろう。
「それで、わざわざ思いきり暴れるために戦車ひっくり返したり、トーチカ潰したり、兵隊をバラバラにしたわけだ」
「ソノ通り。ソレデモ、暴れテイルという実感はなかッタが、貴様は実ニイイ。渾身の力ヲ振り絞ッテモ未だニ有効打ヲ与えらレヌとは」
「……決めた。絶対ぶっちめる。要は力を振るいたいってだけかよ。あーあ、やってらんね」
〈レッドストライカー〉の口元が引き攣り、不機嫌そうな形に歪む。
まるでスポーツ感覚で大勢を殺めてきたかのような物言いに、〈レッドストライカー〉大河原圭介の内心は穏やかでなくなっている。グローブに包まれた手が握りこまれ、ゴリゴリと音を立てた。
直後、強烈な衝撃音が轟く。
音の方へと振り向いた〈レッドストライカー〉の目に映ったのは、亀男にアスファルトへと叩きつけられ、一メートル近く地に埋まった01の姿だった。




