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分断 ……こうでもしないと話が続かぬ

 悲鳴など聞き飽きている。命乞いも、激痛にのたうつ絶叫も、死を突き付けられてすすり泣く声もだ。

 だが、何度聞いても心地のいいものではある。絶対者として他者を蹂躙する。この世の支配者になったような万能感に浸りながら、弱々しい生身の人間を制圧していく快感は、何物にも代えがたい。


 悲鳴を、嗚咽を、慟哭を強いる。その快感を長く楽しんできた者たちは今、それを強いられる恐怖と苦痛を存分に味わっていた。


 「来るなああああああ!」

 「くそっ、くそっ! 何だこいつら!」


 頑健な特殊金属の骨格、やはり強靭で高出力な人工筋肉、人間の物など比較にもならない高性能な臓器。それらを武器に暴れ回る殺戮者の群れは、今や狼に追われる羊と化している。

 

 「ヒヒヒヒヒヒーッ! そっちに行ったぞ! 捕まえろおおおおお!」

 「逮捕、逮捕―! 一人も残すな! こいつらはそこそこ丈夫だ! そこそこ以上に乱暴にしてもいいぞー!」

 「悪い奴はどこだーっ! 悪い奴はぁ、どぉおこだあああああああああっ!?」


 戦闘員たちの放つ弾丸―掠めただけで人体を引き千切り、戦車の装甲も貫く威力を持つ―を薄いシールドで弾き、警棒で叩き落としつつ機動隊員たちが迫る。


 「逮捕ー!」


 戦闘員数人を回し蹴りでまとめて吹き飛ばし、一人の隊員が〈メタコマンド〉に襲い掛かる。恐慌の表情を浮かべた〈メタコマンド〉は、それでも必死に拳を握り、打ち出した。〈レッドストライカー〉には大きく劣るものの、それでも自動車の一台ぐらいは簡単にぺしゃんこにしてしまう一撃。

 その一撃を自身の拳で正面から打ち返し、隊員は警棒をフルスイングする。

  

 「罪状に公務執行妨害追加ああーっ!」

 「なああああああっ!?」


 頑丈な戦闘服と改造された肉体を強かに殴られ、〈メタコマンド〉はあえなく昏倒する。


 「確保―!」


 〈メタコマンド〉の襟首を掴み、ズルズルと後方の護送車へと引っ張っていく隊員と入れ替わるように、他の隊員たちがさらに追走劇を繰り広げる。

 ある者は〈メタコマンド〉を圧倒する俊敏さで戦闘員を次々に打ち倒し、またある者は〈メタコマンド〉たちに背負い投げ、正拳突き、膝かっくんを手当たり次第に仕掛け、あっというまにその場を制圧していく。


 〈メタコマンド〉にしてみれば、混乱するしかない光景だ。

 どうみても普通の機動隊員たちが、最新鋭兵器であっても抵抗できない〈ブラックパルサー〉の戦力を駆逐、否、文字通り片づけていく。これが伝聞であれば、いくら信用できる情報源からの話でも彼らは信じなかったろう。〈ブラックパルサー〉は最強の組織であり、その構成員たる自分たちも無敵の存在と考えて疑うことはなかった。

 が、いかに彼らでも現実に眼前で繰り広げられる光景と、それを展開する者たちが放つ強烈な生命力と闘志にあてられては、傲岸不遜な彼らとて自覚するよりなかった。


 今この場では、自分たちが獲物であると。


 古見掛市の警察は規模が大きく、人数も多い。それでも日夜頻発する怪事件に対応するために、いくつものチームがローテーションを組んでいる。

 今日この時、たまたま暇をしていたのが所謂悪の怪人を専門に相手取るチームの一つだったことが更に状況を悲惨な物にした。


 状況や相手の特性にもよるが、この手の部隊は基本的に肉弾戦を主として行う。更に、余程手におえない相手でもない限りは逮捕を目的としている警察官である以上、殺さない程度に制圧するという実力が必要になる。それを任されているのだから、当然彼らの実力は悪の怪人を圧倒するに十分な物だ。重ねて悪いことに、悪の怪人はかなりの確率で外道である。それを相手に怯まないだけのメンタリティー……突き立てられる悪意を逆に美味そうに喰い、意地悪く笑う程度の獰猛さを持っている。古見掛の住民は多少なりとも持っている資質だが、この場合意識的にそれを悪化させているので性質が悪い。


 となれば、〈ブラックパルサー〉に取り得る方法は一つ。

 なだれ込んできた一般人を盾に取ることだ。


 「ヤァレヤレ、悪ノ秘密結社モ落チタモンダネー。ドイツモコイツモ骨ガナイヨー」

 「まったく、個々の性能はそこそこだが、連携も何もあったもんじゃない。完全に素人のチンピラだな」

 

 既に多数の〈メタコマンド〉を叩きのめしてその辺りに積み上げつつある存在を一般人と呼べるかの議論はまたの機会に譲るが。


 この場合、彼らを人質に取るというのは最悪に近い悪手である。

 何しろ、警察官である機動隊員たちは獰猛で粗野ではあっても犯人確保を最優先としている。どれだけ好き勝手に危害を加えても、無事に逮捕できないと判断するまでは最低限の手加減をしてくれる。が、一般人にはその理屈は通じない。無論、お人好しで実力者揃いの古見掛市民だ。出来れば命まで取りたくはないという思いはある。それでも本職の警官程に手加減は上手くない。最低限の力で抑え込み、逮捕する機動隊員と違い、一発で失神させてくれたり、抑え込みで動きを封じてくれる可能性が低い。

 

 意識が飛ぶまでタコ殴りにされるか、あるいは手足の金属骨格をへし折られるぐらいの事は覚悟しなければならない。古見掛市民は人はいいが、同時に悪に対してはなかなかに厳しい。たった今、目の前で十代半ばの少年少女を苛立ち紛れに殺そうとした組織に、怒りのボルテージやテンションが跳ね上がっている。


 既に何体かの無謀な〈メタコマンド〉が挑みかかってはいるが、ことごとくが瞬時に劣勢に追いやられている。ヒーローのくせに基本的に技名などを定めていない〈レッドストライカー〉とは対照的に、市民たちはノリノリで叫びを上げて悪意を迎撃する。


 「デーモン式ツインナックル!」

 「エレクトリックチョオップ!」

 「MP7A1(の形に偽装した携帯用パルスビーム銃)、Fire!」

 「「本条、ダブルキイイイック!」」


 プライドも何もなく、左右から挟撃すれば両の拳で同時にノックアウトされ、正面から襲い掛かれば脳天に一撃を貰ってそのまま地に沈み、逃げようとすれば背中を撃たれ、バズーカ砲も受け付けない重装甲に頼れば戦艦の主砲に匹敵する蹴りを叩き込まれるという散々な事態だ。

 こうなると〈メタコマンド〉に出来ることはない。これまで圧倒的弱者しか相手にしたことがない彼らには、初対面の相手とでも一定以上の連携を取れる古見掛市民のチームワークは破れない。個々の性能で押し負け、あるいは圧倒されている状況でこれは致命的な問題だ。

 

 「何だこれ、何だよこれはがふううっ!!?」

 「う、嘘だ! こんな事はあり得ん! あり得な、いずぁあああっ!?」


 それでも物量では〈ブラックパルサー〉の方がかなり上回っていたはずだが、瞬く間にその数は逆転している。現実を受け入れきれずに打って出て倒される者、遁走する所を襲われる者と様々な形ではあるが、かつて一つの世界を恐怖のどん底に叩き落とした組織は警察と民間人相手に大敗しつつあった。

 

 「いやー、酷いザマだな。正直複雑な気分だわ」


 〈レッドストライカー〉は愉快そうに、その一方でどこか悔しそうにつぶやく。

 自分の生きてきた世界を荒らしまわり、大勢の命と幸せを踏みにじった連中が実に滑稽に打ち倒されていく。これはもはや戦いではない。狩り……いや、そんな大層な物でもない。魚の掴み取りとか、そういった次元のイベントだ。


 そう考えると連中に踏み砕かれた人々が報われないように思える。

 だが、一方でこれが古見掛のやり方の一つでもあるのは事実だ。一言に悪と言っても様々な存在があるが、こと思想に酔っぱらった人間を相手に回す時は徹底的におちょくりたがる傾向がある。 

 ある意味では非常に正しい。自分を崇高と勘違いしている人間はそれだけプライドが高い。相手を激昂させて冷静さを奪うためにも、そして相手の行為を完全に否定するためにも、小馬鹿にして煽り倒すというのは有効だ。


 (ま、奴らに殺された人間も、あの世で指差して爆笑してるかもな……)


 そんな光景を想像すると、少しは溜飲も下がる。

 茶番染みた光景に一応の納得をすると、隣に立つ01に声を掛ける。


 「どーする? 一応、参加する?」

 「残念ですが、それは難しそうです」

 「ん?」


 01が明後日の方を向いているのに気づき、〈レッドストライカー〉はその視線を追う。


 「おやおや、これはこれは……」


 つい先日交戦したばかりの〈メタコマンド〉、怪奇亀男と恐怖狼女の二体が放置されたコンベアーの上から二人を見下ろしている。


 「よう、お二人さん。どしたのそんな所で? お仲間がだいぶえらいことになってるけど、助けてあげないわけ?」

 

 〈レッドストライカー〉としては挑発の意味も込めて、少しからかうように尋ねたのだが、むしろ二人は愉快そうに口元に笑みを浮かべた。


 「必要ないな。もはや我らは〈ブラックパルサー〉に見切りをつけた」 

 「あー……まあ無理もないとは思うけど」

 「とは言え、貴様らには色々と借りがある。手が空いているようで何よりだ」

 「いやまあ、空いてるっちゃ空いてるけど。この状況で挑んでくるって結構無謀じゃない? 完全にアウェーだと思うけど?」

 

 悪の怪人掴み取り会場と化した採石場を顎で指し示し、〈レッドストライカー〉は首を傾げる。

 確かにこの二人は〈レッドストライカー〉が交戦した〈メタコマンド〉の中では比較的強力な敵ではある。が、それでも単体なら苦戦するような相手でもないし、これだけの戦力差があるなら尚更勝負には成り得ないはずだ。


 「もちろん、また場所は移させてもらう。流石にあの連中と正面から事を構えてはタダでは済まん」

 「だが、貴様ら二人だけならいくらでもやりようはある」

 「って言っても、俺たちもそうホイホイついては行かないぜ? この前の例もあるから、一応次元操作や空間境面への干渉は邪魔してもらってるし」


 既に古見掛の技術者が周囲に展開し、異次元にあるアジトからの増援、そして異次元への拉致を妨害すべく動いている。前回のように突然異次元へ引きずり込まれることはないはずだ。


 「だろうな。だからこそ、こちらも保険を掛けさせてもらった」

 

 狼女はどこからか取り出した小さなリモコン状の物体を軽く振って見せた。

 

 「例えば、この近くの適当な街に色々と物騒な物を置いてきたと言えば、気も変わるか?」

 「……そう来るか」


 〈レッドストライカー〉は苦い顔をする。

 古見掛市内でテロ行為を行うのは極めて困難だ。事件や事故に備えを重ねている古見掛は、悪い言い方をすればかなりの監視社会でもある。悪意を持って行動すればそれだけで自身の存在を露見させることにもなりかねない。当然、危険物を仕掛けての脅迫というのも非常に難易度が高い。

 しかし、他の街の事ともなれば流石に手出しが出来ない。


 「爆発物を三か所、化学兵器を二か所、細菌兵器を六か所に仕掛けてある。さらに爆発物の傍には粉末状の放射性物質も置いてきたからな。このボタン一つでもそれなりの死傷者が出るぞ?」

 「その話、信じる証拠は?」

 「虚実を証明する必要はあるまい。ハッタリであったとしても、貴様は動かんわけにはいかないだろう」

 「そりゃそうか」


 放射性物質も含めれば、三大外道兵器の全てを備えていることになる。

 単純な破壊に加えて化学汚染や放射能汚染が加われば犠牲者は相当な数に上るはずだ。


 「わかったわかった、相手してやるよ。ったく、離反者も碌なことしねーし、ホントにどうしようもない組織だよ」

 

 苦々しげに舌打ちし、〈レッドストライカー〉は二人の要求を呑む。


 「無論、二人だけで来てもらうぞ?」

 「え、01も? 俺たち二人を相手にするわけ? 言っちゃなんだけど、ちょっと無謀過ぎない?」

 「我らだけが相手をするわけでもないしな。戦力は多い方が良かろう」

 「自信たっぷりに言ってくれちゃって。何、また再改造でパワーアップでもしたわけ?」

 「そんな所だ」


 ため息を吐き、〈レッドストライカー〉は01に耳打ちする。


 「ちょっと行ってくるわ。わざわざおまえを誘うあたり、あからさまに罠臭いし」

 「出来ればご一緒させて頂きたいのですが」


 01は圭介の懸念を正面から撥ね付けた。


 「……また何で?」

 「彼らの主張は間違ってはいません。罠とわかっているなら、それこそ戦力は多い方がいいのでは?」

 「……」


 01のいう事ももっともではある。しかし、罠の中に彼女を連れて行くのは非常に気が引ける。

 確かに、〈レッドストライカー〉とある程度渡り合うだけの性能は持っているが、同時に搦め手などには極めて弱いことをここ数日の組手が証明していた。


 「悪いことは言わないって。もし何かあっても、罠の中じゃフォロー出来る保証はないし」

 「……お邪魔でしょうか?」

 「別にそこまで言ってないけど……」

 「では、問題ないでしょう」


 〈レッドストライカー〉は肩を竦め、小さくため息を吐いた。

 バトルマニアの悪い面が出てきてしまったらしい。さらに、この少女が存外に頑固であることは、出会ってからの会話で思い知らされている。


 「わーかった、わかったよ。好きにしろい」


 巨大ロボットまでが参戦し、既に決着の付きつつあるイベントを一瞥し、〈レッドストライカー〉は渋々頷いた。


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