嘲笑! 挑発! チンピラVSいじめっ子! 2 ……悪ノリと悪ふざけと悪い笑顔と
〈レッドストライカー〉大河原圭介がよくつるんでいる四人はそれぞれ個性的だ。特に戦闘に関してははっきりと向き不向きが分かれている。
その中でも、ナガミネ・フミカは荒事には徹底的に不向きだった。元々身体が強くなく、世話焼きの慎太があれこれ面倒を見てやる内に親密になったという逸話があるほどだ。最近では人並みに健康になってきてはいるようだが、性格面でも荒っぽい事を好む方ではない。腕っぷしも強くなく、気も優しい。どちらかと言えば、庇護されなくてはいけない側の人間であり、周囲も彼女を守ることに喜びを見出してしまう程に善良な少女。
だが、戦略的に見て一番敵に回してはいけないのは、間違いなく彼女だった。
一種のテレパシストであるフミカは、直接的に破壊力を行使することは出来ないものの、諜報、そして防諜に関しては非常に強力な戦力となる。
いたずらに他人の心を読んだりすることはしないが、自分に向けられた悪意に気付くことは出来るのだ。
例えば、圭介や01と別れ、皆で家路につこうという時に「誘拐する」という強い悪意を感じて、背後からにじり寄ってくるトラックに気付くなど造作もないし、その上で近隣住民にテレパシーで協力を要請し、同じ精神感応、操作を行える能力者や、暗示や催眠を得意とする術者を集めるなど簡単にやってのける。〈メタコマンド〉や戦闘員に幻覚を見せ、あたかも誘拐に成功したように錯覚させることも、協力者があれば難しくはない。その後、コンテナ車に協力者込みの数十人単位で乗り込み、アジトに案内してもらおうなどと考えたのは佳奈美や博次だったが。
悪のアジトに変装もなしに堂々と侵入するというのも、フミカをはじめとした超能力者たちからすれば造作もない。〈ブラックパルサー〉構成員の目には映るが、意識には映さないように催眠電波や精神波を撒き散らしながら正面から堂々と、〈ブラックパルサー〉のコンテナ車で入り込み、誘拐に成功したと勘違いして浮かれる者たちの中を悪びれもせずに歩き回って情報を集められるだけ集め、時に宴の料理をつまみ食いしながら古見掛の警察に転送する。すっかり連絡を忘れていたが、先程圭介の携帯電話にもメールが行っている。
いつの世も単純な武力、破壊力をひっくり返すのは情報戦である。そして、古見掛市の実力を完全に過小評価していた〈ブラックパルサー〉が、そんな事を知る由もない。目の前にいるのに、いないように錯覚させるなどという絡め手に対応できるほど賢明な者は、既に組織には残っていない。いたとしても、首領はむしろ面白がって見物するだろうし、技術だけ残して組織を潰したいような者たちは見て見ぬふりを決め込む。
結果残ったのは、勝ったつもりでいた敗北者の群れという皮肉だけだ。そして、その事実にも未だ気付いていない。
「くそっ、くそくそくそおおおっ! ふざけやがって、どんな手品を使いやがったあっ!?」
男は怒りに狂い、血走った眼を四人に向けた。
「あ、ヤバイ。ナガミネ、慎太、パンピーは避難しとけ。ほら、ハリーハリー!」
「大丈夫なのか? あんなんでも圭介と同じタイプの改造人間なんだろ?」
「余裕余裕。圭介と同系統って言ったって所詮はあんなんだから。あんたたちは早いとこ安全な所で見物しなさい」
「う、うん。じゃあ、二人とも気を付けて……」
「シカトこいてんじゃねえぞこらあっ!」
フミカと慎太が踵を返すと同時、男は雄たけびを上げて立ち上がった。
「どいつもこいつも、寄って集ってふざけくさりやがって! いいぜ、〈レッドストライカー〉の前にテメエらから先にぶち殺してやる!」
男の言に、残った博次と佳奈美は顔を見合わせた。次に、背後を振り向いて〈レッドストライカー〉大河原圭介と視線を交わし、三人そろって肩を竦め「お手上げ」のポーズと共に首を横に振る。顔には心底呆れたといった様子の表情を張り付け、タイミングもばっちりとそろえたため息をつく。
「「「やってみれば?」」」
「死ねえええええええええ!」
男は天を仰ぎ、絶叫すると、戦闘服背面に装備していた小太刀を抜き放った。恐らくは01のナイフ同様に〈メタコマンド〉用に作られた装備であろう。本来、生身の人間相手に使うものではないが、威嚇のつもりだろうか。
「やっとこさ口だけじゃなくて得物を出したか。でも残念、ここは通さん」
避難していくフミカと慎太の背中を見やり、博次はライフルを放り捨てた。
「こいつで相手をしてやるぜい」
空いた手に、懐から取り出した拳銃を握ってにっと笑う。
だが、その貧相な装備を見て、今度は男が笑った。
「は、ハハハハハハハッ! バカか! 〈メタコマンド〉を相手に何をするかと思えば、何だその玩具は!? そんなもんで何か出来るつもりかよ、ボクちゃん!?」
無理はない。
〈ブラックパルサー〉製のライフルを至近距離から不意打ちで喰らわせたからこそ多少の効き目があっただけで、〈メタコマンド〉に普通の拳銃などかすり傷一つ負わせることは出来ない。そして博次が構えているのは、人目でそうとわかる普通の自動拳銃でしかなかった。
しかし博次は動じない。隣で同様に佳奈美が拳銃を取り出すのを一瞥し、何とも感じの悪い不敵な笑みを浮かべる。
「色々できるぜ? やって見せてやろうか?」
「面白れえ! 見せてみろや!」
見るからに貧相で頼りない武器を目にして余裕を取り戻した男は、嘲笑を浮かべて掌を上に向けて手招きする。
「ふふん、それじゃあとくとご覧あれ♪」
佳奈美もこれまた嫌な笑みを浮かべて拳銃を男に突き付け、合図もなしに全く同じタイミングで銃声を轟かせた。
常人には認識さえできないが、先程のライフルに比べ、その弾丸はあまりに小さく、そして遅い。男の改造された肉体はおろか、戦闘服の非装甲部さえ傷つけることは敵わない。男は自らの頑丈さを誇示しようと、敢えて両手を広げて弾丸を迎え入れた。
「ぶおっ!?」
弾丸は双方の思惑通り、男の胸に直撃した。
そして弾丸は強固な戦闘服の装甲によって破砕し、「内部から青銅色の煙が噴き出して」男の姿を覆い隠す。時間にしてほんの数秒。風に吹かれて煙はすぐに虚空へと散って行った。
残っているのは被弾したままの体勢で微動だにしない、青銅色に染まった男だけだ。
「ここ最近、採石場のその辺で、悪党の悲鳴混じりの泣き声が、聞こえるとか、聞こえないとかどうとか……」
「空気に触れると膨張、硬化する特殊なタールを詰めた弾丸だ。〈メタコマンド〉だろうが何だろうが、一瞬で固めちまう代物だぜ。懲りずに見た目で侮ったのが間違いだったな。古見掛の住民が使う銃が、まともな物だと思わん方がいいぜ。異世界や宇宙の技術だって容赦なく使っちまうんだからな」
男は答えない。博次の言葉通り、一瞬でタール漬けとなったらしく、驚愕の表情を浮かべたまま完全に固まっている。
二人は顔を見合わせると、今度はゆっくりと周囲に視線を巡らせる。〈メタコマンド〉や戦闘員が潜んでいるであろうそこに悪魔的な、あるいは侵略者めいた邪悪な笑みを浮かべ、叫ぶ。
「「おまえらもブロンズ像にしてやろうか!?」」
銃口を突き付けての叫びに反応したのか、まるで脅かされた者が悲鳴を上げるかのように、無数の影が飛び出す。山肌から、物陰から、山林の中から、一斉に博次と佳奈美に、慎太とフミカに、〈レッドストライカー〉と01に襲い掛かる。
「生意気なガキどもだ! ぶち殺しちまえ!」
「こけおどしの手品だ! 相手にするな!」
「〈ブラックパルサー〉に刃向う馬鹿共め! 成敗してくれる!」
〈メタコマンド〉の群れ、そしてそれに従う無数の戦闘員。
博次、佳奈美は更にどこからともなく重火器を取り出し、慎太はフミカを背に隠し、〈レッドストライカー〉と01は微動だにしない。
だが、いずれの表情にも驚きや焦りはない。それぞれの挙動もどこかのんびりと、一応備えておこうかという程度の緊張感しか伴っていない。地上を駆け、空高く跳躍した〈ブラックパルサー〉を相手に、どこまでも余裕を持った態度。
恐怖と混乱、そして絶望しきった顔しか見慣れていなかった〈ブラックパルサー〉構成員たちが不審に思うが、それはあまりに遅かった。
噴煙。
それぞれの少年少女を取り囲むように、バリケードでも築くかのようにいくつもの土煙が立ち上った。
〈ブラックパルサー〉が驚愕するより早く、その煙の柱から無数の影が飛び出す。
物々しいヘルメット、防護ベストや籠手、各部サポーター。背中には古見掛市警の文字。特殊素材で形成された透明のシールドと警棒を振りかざすのは、古見掛市の治安を守る実動部隊の一つ、機動隊の装備だった。
「〈ブラックパルサー〉! 罪もない少年少女をかどわかそうとした罪、さらには殺人未遂、その他諸々の現行犯で逮捕する!」
「神妙にお縄に掛かれい!」
同時に、周囲の山の中から鬨の声が上がる。
スーツ姿、作業服姿、あるいは学生服に民族衣装。様々な出で立ちの老若男女が怒涛のように殺到する。
「悪の組織だ! 討ち取れい!」
「逃がすな! 一人残らずとっ捕まえてブログにアップしてやれ!」
「被害者の安全が最優先ですよ!? そこの所忘れないで!」
包囲網は既に完成していた。
少年少女たちを取り囲んでいた〈ブラックパルサー〉は、既に古見掛の住民たちに十重二十重に囲まれていたのである。
「……名乗ったはいいけど、仕事あるかなぁ」
そう都合よく事は運ばないと理解しつつも、〈レッドストライカー〉はため息交じりに呟いた。
ちょっとハメ外し過ぎたかと、少し反省




