宣戦布告! そしてまた宣戦布告! ……あっちもこっちも楽しそう
時間は少しばかり戻る。
〈ブラックパルサー〉のアジト、古見掛市攻略用に臨時の前線基地として機能しているそこは、大いに沸いていた。
独断専行という形ではあったにしろ、目的地に潜入し、怨敵である〈レッドストライカー〉の友人四名を生け捕ったという事実は、組織の士気を上げるには十分に過ぎた。
もとより腐り切り、油断慢心が当たり前の組織だ。
好戦的ではあるが、いささか以上に思慮に欠ける多くの構成員たちは快哉を上げ、早くも戦勝の宴染みた乱痴気騒ぎが復旧しかけのアジト内では行われていた。
そもそも独断専行による成果であり、これから攻め込む街に余計な警戒心を抱かせた可能性が高いことや、仮に人質として活用した所で、あの街ならばそれをあっさりとひっくり返してくることが容易に予想されることなどは恐らくほとんどの者が気付いてもいまい。
チンピラの乱痴気騒ぎ程鬱陶しいものはなく、心にもない賞賛や威勢がいいばかりのつまらない訓示を垂れるのも面倒な首領は丁重に、しかし断固として参加を固辞し、地上に上がって嘆息していた。
「先走った阿呆を罰するどころか諸手を上げて褒め称えるか。まったくどうしようもないな」
もとより活動していた世界とも、古見掛市とも異なる時空の夜空の下で一息つく。
自分の部下の考えなしを悩んでいてもキリがなく、胃が痛むばかりでしかない。それに考えようによっては実に好ましい状況ではある。
首領としては、〈ブラックパルサー〉に対して特別に思い入れがあるわけではない。かつての、腐敗する前の組織であればそれなりの評価は出来たが、現状では単なる無法者の集まりだ。そろそろチンピラのお守りにも限界を感じてきてもいたし、さっさと古見掛で返り討ちに遭ってくれればこれまでの溜飲も下がるだろう。
「む」
夜の採石場、組織の構成員は皆地下で手にしてもいない勝利に酔っている頃だ。にも関わらず、背後に気配を感じた首領は無造作に振り返った。
「首領、指導者であるあなたが、宴に参加しなくても良いのですか?」
「首領が宴を拒んでは士気に関わる、などと言っている者もいるようですが」
若い女と、それより少し年のいっているらしい男が立っている。
先日、〈レッドストライカー〉と交戦し、その後古見掛市から乱入してきた者たちとの戦いで身体に重篤な損傷を負っていた〈メタコマンド〉だ。
「なんだ、もう出歩いても構わんのか?」
「既に修復、改修は済んでおります故、戦闘への参加も問題なく行えます」
「多少の傷は、再改造でさらなる力を得るためのものと考えればこれも悪くはないでしょう。負けたこと、この基地を一時的に陥落させたことには言い訳できませんが」
「ならば次の作戦で武功を上げ、汚名を雪ぐがいい。再改造で得た力を示せば、他の者たちも喜んでおまえたちを厚遇するだろう」
わざわざ自分を呼びつけに来たかと、内心で面倒に思いながら首領は当たり障りのない言葉を返す。
確かこの二人は〈メタコマンド〉の中でもそれなりに腕の立つ部類のはずだ。その人選は首領の迎えを弱者に任せるわけにはいかないという考えからか、あるいは敗者には雑用が似合いというおごりからか。どちらにしても面倒な話ではある。
だが、返って来た返答は意外な物だった。
「心にもないことを仰る。あなたはこの組織があの街に攻め込んでなお無事でいるとお考えか?」
「まさか、首領ともあろう方がそんな楽観を通り越した妄想に逃避されるとは思えません」
首領は片眉をピクリと上げた。この二人も〈メタコマンド〉の例に漏れず武闘派だったはずだ。こんな弱腰ともとれる発言をするタイプではないと考えていたのだが。
「ほう、市井の人間たちに手傷を負わされて慎重になったか?」
内心で違うと思いつつも、首領は探りを入れてみる。しかし、二人の〈メタコマンド〉は小さく肩を竦めた。
「腹芸はお好きではないでしょう? 私たちもつまらない探り合いは趣味ではないのです。ここは本音で語らいませんか?」
「我らの会話を盗み聞こうなどと気の回る者がいれば、この組織もここまで容易には弱体化しなかったはず」
「ほほう、仮にも組織の最高位者にそんな話をしようとは、度胸がある。如何に私の内心を察していようと、なかなか本当に切り出すことは難しいものだが」
身体ごと二人に向き直り、首領は対話の姿勢を見せる。
確かに、思い返してみればこの二人は、武闘派であり好戦的な性格ではあったが、筋の通らない作戦を提案したり、費用対効果を望めない行動に対して積極的な態度を示すことはなかった。少なくとも、威勢がいいばかりの与太者と断じられる人間ではないのだろう。
「さて、では話とやらを聞こう」
「と言う程に大げさなものではありません。長々と問答をして明日の戦いに響いても困りますし」
「待て、明日の戦い? よもや奴ら、私に報告も相談もなしに既に作戦内容も日程も決め込んだか?」
「如何にも。我らも先程初めて耳にしたので詳細までは知りませぬが……否、おそらく決まってもいないし決める気もないのでしょうが。明日の朝、人質を餌に〈レッドストライカー〉をおびき出し、最大戦力で圧倒するとか」
「……どうせその程度の、作戦とも言えんような物とは思っていたわ」
ため息を吐くが、必要以上に落胆はしない。
部下の無能はいやという程に理解していたし、自分が彼らに心底から支持されているわけでもないことは最初から知っている。慎重かつ合理的な戦略を好む首領のやり方は、派手好きには理解されにくかった。ここ最近は敢えて部下の暴走を許しているのでそれなりに評価されているようだが、組織が大打撃を受けた自体を首領の責任と見る向きもないではない。
「ええ。仮にこの戦いに勝利した所で、彼らでは何も為せない」
女は嘲りを隠さずに笑う。
「しかし、この組織には未だ多くの技術、資材、情報が残っている。使いようによっては、新たな組織を再編することもできる」
男は無表情に淡々と、しかし人々にとっては悪夢のような事実を口にする。
「ふむ? だがそれでどうする。これまでのように勝手気ままに他者を蹂躙できるような組織力はもはやないぞ?」
首領は訝しむが、二人は首を振る。
「そんな下らないことに組織の技術を使うなど、冒涜以外の何物でもないと思いますが」
「民草を踏みにじるならチンピラで十分。しかし、この身を強化するには〈ブラックパルサー〉の技術力が何としても必要。単なる技術集団ともなれば有能な研究者も興味を引かれることでしょう。人を集めることは可能なはず」
「……それでどうする。スポーツ選手にでも転向するか?」
「当然、〈レッドストライカー〉と〈タイプα01〉、そしてあの街を叩くのです」
「その為にも、今の〈ブラックパルサー〉には明日完全に潰れてもらわねばなりません。無論、我らも全力で奴らを叩きますが、勝ち目は薄い。しかし、完全に無益なままで終わる気はない。どさくさ紛れにあなたにも消えてもらい、組織の置き土産だけ掌握するつもりです」
悪びれもせずに言って残る二人に、首領は不敵に笑った。
「何を言い出すかと思えば、宣戦布告ときたか。中々どうして骨がある者が残っていたな」
彼らの言葉を丸ごと信用するわけではないが、意外に好感の持てる物言いだ。
媚びてくるでもなく、淡々と殺意を宣言する。スマートで堂々とした態度には一種の清涼感さえ感じられる。
「我らとしては、奴に敗れたまま終わるわけには行きません。明日の作戦は失敗するでしょうし、我らも無事に帰れるとは限りませんが、その暁にはあなたが育んできた組織の技術、そっくり頂戴する所存」
「出来ればあなたも奴らに討たれて欲しい所ですが、それは中々に厳しそうです。もしもお互い無事であった場合は遠慮なく討たせて頂きい」
「よかろう、やれるものならやってみるがいい。しかし、突然どういう風の吹き回しだ?」
「組織に明日がない事は、あの馬鹿騒ぎを見れば一目瞭然。さらに言えば、〈レッドストライカー〉はさらに強く、面白くなった」
「ならば、やるべきことを変えることも必要と考えた次第ですが」
「実にいい。ならば全力でこの首を取りに来るがいい」
「「仰せのままに!」」
部下からの挑戦状を受け取り、首領は満足げに頷いた。
男は、文字通りのチンピラだった。
暴力を振るうのが好きだった。
何をしても自分は認められなかった。何を成しても認められないのは、皆が悪意を持っているからだ。
勉強も運動も得意だったのに、認められなかった。
授業中は席に就け? 何故もう出来ることを一々座って繰り返さないといけないのか。乱暴なことはするな? あんなので泣く方がひ弱なんだ。
中学に入る頃、男はクソまじめにお勉強をするのを止めた。
勉強がいったい何になる。社会に出て役に立つとは思えない。それに、新しい学び舎には男より勉強のできる者は大勢いた。そいつらは皆に羨望されるが、自分はされなかった。皆が自分を嫌っているからだ。勉強など出来ても役には立たないし、認められない。称えられない。
ある時、些細なことで学友と喧嘩になった。きっかけは思い出せない程に些細だったが、結果は相手の骨折だった。
それが運命の分岐点だった。
中学校には、反抗期の悪ぶりたい者たちもある程度在学していた。彼らと交友を持つきっかけになったのだ。
そこからは実に楽しかった。
とにかく注目を浴びることが出来たのだ。
授業中に喚き、物を壊せば、それだけで教室中の視線を集めることが出来るし、授業の進行は止まる。自分がこの場の全員を支配することが出来るという感覚は心地よかった。派手なことをやればやるだけ、仲間内で賞賛された。気に入らない奴は暴力で黙らせた。
自分は何でも出来る。自分を不当に見下す奴らは、実力で黙らせればいい。簡単な事実に気づいてしまえば、毎日が楽しかった。
歯車が狂ったのは社会に出てからだった。
学校の中では授業から追い出されるだけで済んでいた派手な行いに、警察が首を突っ込んでくるようになった。更に、金がなかった。親は息子に金を渡さなくなったばかりか、自分が目を離した隙に蒸発していた。
自由さを失った上に、生活の基盤までも失った男には、かつての級友が非常に目障りに思えた。
窮屈な社会に反抗することもなく、ぬくぬくと大人に守られていた弱虫たちは、やはりぬくぬくと社会に守られて順調に生活していた。勉強の出来た奴はいい仕事に就いていたし、出来なかったものも様々な職で頑張り、幸せそうだった。
子供のころは勉強も運動も出来たし、自らの脚でしっかりと立っていた自分は、食うにも困り始めていたというのに。やはり自分は嫌悪されているのだ。
何もかも自分が賞賛されるだけの社会など存在しないことに気付かず、ただ周囲を傷つけることしかしなかったとは自覚していない。自分もまた、大人の庇護の下で暴れた気になっていただけだということは理解出来ない。たまたま向き不向きが子供のころは顕著に表れただけで、自分が努力をしていなかったことは思いもよらない。
自分が人を思いやるなど考えもしないが、自分は周囲に認められ、賞賛されないと気が済まない状態にまで陥っていた彼は、社会的な保護を受けるための場でもとにかく自分の気分を押し通そうとし、やがて排除された。
にっちもさっちも行かなくなっていた彼に接触してきた組織が〈ブラックパルサー〉だった。
怒りと絶望に狂いそうになっていた彼は、〈ブラックパルサー〉にとって実に魅力的な人材と言えた。煽ててやればいくらでも働くのだから、管理する側は楽な物だ。
男にとっても、〈ブラックパルサー〉は魅力的な組織だった。偽善に満ちた社会でぬくぬくと甘ったれた連中に罰を下してやれる。これ以上素晴らしい組織があるはずがない。〈メタコマンド〉となった男は命じられるままに、否、それ以上に暴れ、犯し、奪っていった。そうすれば、組織の構成員たちは自分を賛美してくれる。
だから、命じられていないことも率先して行った。組織の怨敵、〈レッドストライカー〉の仲間を拉致したのも、その一環だった。
だというのに……。
人気のない山奥の採石場(アジトを築いた地とはまた別の、古見掛市が存在する時空の採石場だ)で、男はにわかに苛立っていた。
周囲には大量の〈メタコマンド〉と戦闘員が配置されており、その中心である広い空間の中心には、〈レッドストライカー〉の友人たちが無造作に転がしてある。その傍には数人の戦闘員が並び立ち、ライフルの銃口を彼らに突き付けている。
何故来ない。男の疑問はそれに尽きた。
約束した時間までには余裕がある。だが、〈レッドストライカー〉は甘ちゃんの偽善者だ。人質を取れば慌てふためいて駆けつけてくるに決まっている。だから、男は様々な考えを巡らせていた。人質を盾に、せいぜい嬲ってやろうという企みがあった。
〈レッドストライカー〉という男はとにかく気に入らない。組織に改造されておきながら、弱者の側に付き、都市伝説レベルではあるにしろ、人々から賞賛されていた。自分がどれだけ派手な事をしても得られなかった憧憬をいとも容易く手に入れたそいつの存在は、とにかく目障りでしかなかった。
だから、大慌てでやって来た〈レッドストライカー〉を徹底的に侮辱し、辛酸を舐めさせてやるつもりだった。
しかし、未だに〈レッドストライカー〉は姿を見せない。
呼び出しから既に二時間半が経過している。古見掛市からここに来るのには十分すぎる時間の筈だ。
「ちっ……」
昨夜、古見掛の街に紛れ込んで〈レッドストライカー〉の友人たちを拉致してからというもの、彼はずっと上機嫌だった。
あの忌々しいヒーロー気取りを叩き潰す絶好の道具を手に入れたのだ。組織の者たちも諸手を上げて彼を支持した。男は得意になり、〈レッドストライカー〉と〈タイプα01〉の処刑人に名乗りを上げたのだ。あまり長々と待たされてはそれだけで興ざめしてしまう。
「怖気づいたか、〈レッドストライカー〉! いったい何をしていやがる! さっさと来やがれやあっ!」
気の短い男が喚き散らしたその時だった。
「ダメダメ~、もっと大きな声じゃないと〈レッドストライカー〉に聞こえないよ!? さあ、もう一度大きな声で!」
「……あ?」
能天気な、というよりも、どこか人を小馬鹿にしたような声がした。
「それじゃあ、もう一度行くよ! せーのっ!」
「ふざけてんじゃねえぞ、〈レッドストライカー〉!」
声の主に思い当たった男は怒りに満ちた声でその名を叫ぶ。
「オオ!」
その声に答えたのか、返事がなくても出てくるつもりだったのか、山と積まれた砂利の向こうから、その頂上へと一つの影が飛び出した。
「ようやくお出ましか。散々待たせやがって、いいご身分だな。ああ?」
乾いた風の中に立つ影、黒と赤の戦闘服を纏った少年を忌々しげに見上げて威圧する。人の形をした殺戮兵器に睨まれれば、〈ブラックパルサー〉を知る人間なら恐怖で動けなくなるだろう。しかし、あろうことか少年が男に示した態度は、完全なる無視だった。
「悪のある所、必ず這い出て、世のため人のため、〈ブラックパルサー〉の野望を踏みにじる! 人呼んで、超カックイイ頼れるヒーロー! 〈レッドストライカー〉!」
男のことなど意に介さず、一節ごとにポーズを決めてド派手に名乗りを上げたのは、本人の言うとおり、〈レッドストライカー〉に間違いなかった。




