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いわゆるいつもの河川敷……沈む日、昇る日、分かれる明暗

 

 「さて、それでは我々の現状の戦力について報告してもらおう」


 廃墟となった大広間……どうにか広間と呼べる程度まで補修できたそこで、<ブラックパルサー>の首領は重々しく問う。


 「それについては私から」


 中年の男がファイルを手に、キビキビと報告を始める。


 「現在、<レッドストライカー>の攻撃を無事に回避した精鋭の<メタコマンド>七十名がこの支部に集結、あの小生意気な街を制圧する時を今か今かと待っております。また、ここの施設が一部復旧したことで、急増品も含みますが、戦闘員も三百五十体を用意し、いずれも我が組織の技術を結集した武装を手に待機、既に準備は万端、いつでも古見掛なる街を手中に収められます」

 「うむ。御苦労」


 首領の頷きに一礼し、男は着席する。


 (今ので報告したつもりでいるから話にならん。大雑把にも限度というものがある。精鋭七十名だけで一体何がわかるというのだ。もう少し詳細が言えんものか? 戦闘員三百五十というのも、<メタコマンド>一人当たり五人しか指揮する兵がいないという事ではないか。本来なら発言するのが憚られる状況だが……)


 首領は呆れを顔に出さないよう苦心する。

 見渡せば、会議に参加している面々はいずれも武闘派の<メタコマンド>たちだ。士気高く、愚者弱者を蹂躙し、支配下に置く首領の命令をじっと待つ忠実な部下たち。

 自分たちの敗北など想像さえせず、自分たちの行いに疑問も持たず、選ばれた者としての自覚と誇りを腹一杯に詰め込んだ肥満児の群れ。


 (馬鹿共め。そもそも現状の戦力であの街を落とせるなどと、本気で疑いもなく信じているとは。まあ、組織の先鋭化とはそういうものだろうが、これ程になるとむしろ笑えるわ)


 <ブラックパルサー>という組織は、加速度的な過激化を経験している。

 組織が巨大になるにつれ、不純物が紛れ込むというのはよくあることだが、先代の首領はそれをあまりに軽視し過ぎていた。


 来るもの拒まず、と言えば聞こえは悪くないが、要するにどんな馬鹿者でも考え無しに取り込むということに他ならない。そして、愚か者は同類を呼び込もうとするものだ。

 結果、組織の思想に共鳴しているつもりの単なる与太者……現状に不満はあるが、それを全て他者の悪意と決めつけてごねているだけのチンピラが多く入り込んでしまった。考えなしで、嫉妬深いが故に過激な行動を好み、力さえあれば臆病さを軽率に捨て去ってしまう無軌道な者たちは、とにかく声が大きい。穏健派と呼ばれる構成員を臆病と罵り、やれ覚悟がないだの自覚がないだのと呆れ、更には権力のスパイと疑って制裁さえ加えて排除する。


 結果、思慮深い者は短慮な者に追いやられ、それを見て愚か者たちは「それ見たことか、我々が正しい」と勘違いし、快哉を叫ぶ。


 情けないやらいたたまれないやらで、見ている方は堪ったものではないが、当人たちは誇らしげに胸を張り、周囲に同調を強いる有り様だ。恥も何もない、ただただ愚かな姿に、首領は何度制裁を加える衝動に駆られたことだろう。


 だが、当時の彼にそれだけの力はなかった。

 彼は幹部の座にこそいたが、組織の一大派閥と化しているその与太者達を同行できるほどの権限は与えられていなかった。前首領亡き後、他の幹部が粛清され、あるいは共倒れして彼が首領の座に就いた時、もはや<ブラックパルサー>はチンピラの集いにまで成り下がっていた。


 (まあ、私にとってはどうでもいいことだが)


 自分が従えるのが愚者の群れというのには暗澹たる気分になったが、それでも良かった。先代の首領もおらず、聡明な者達は見捨てていった組織でも、手に入れた価値はあった。

 組織の前には、強大な障害が立ちはだかっていたのだから。


 「これであの裏切り者、<レッドストライカー>にも鉄槌を下せますな」

 「やはりあの男はただ殺すだけでは飽き足らん。この世の地獄をたっぷりと味あわせた上で本当の地獄に叩き落としてやりたいものだ」

 「うむ。それでこそ<ブラックパルサー>の力の証明にもなるだろうよ」


 (……奴も苦労人ではあるな。毎度毎度、この馬鹿共の相手をさせられてきたかと思うと、私も同情と罪悪感を抱くことを禁じ得ん)

 

 頭痛を堪えつつ、首領は小さくため息を吐く。

 これだけの戦力であの大都市を落とし、占拠し続けることが出来ると考えている愚、その上で<レッドストライカー>を一方的に撃破出来ると考えている愚、他にも些細なことまで挙げればきりがない。

 だが、今は必要な戦力だ。取るに足らない存在とはいえ、使い道がないわけではない。<メタコマンド>となってまで使い道がない存在など、それはもはや役立たずどころではない、人智を越えた何かだろう。


 「作戦の発動は近い、各々準備を怠るな」

 

 首領の言葉に皆が大仰に頷いたところで、一人の<メタコマンド>が手を挙げた。


 「その件ですが、お耳に入れておきたいことが」

 「む?」

 「一名、独断専行を行っている<メタコマンド>がおりまして。戦闘員数体を引き連れ、あの街に侵入して諜報を行っている模様です」

 

 絶句する。


 「ふむ、あまりお預けを食わせては士気が落ちるかもしれんな。そういう意味ではむしろ、好きにやらせた方がいいのでは?」

 「だな。いっそそのまま一暴れしてくればいい」

 「はは、違いない」

 

 呑気に笑いあう部下たちを叩き殺したい欲求に駆られつつ、それでも首領は耐えた。


 (事が判明した時点で真っ先に報告すべき事案を、何故会議も終盤になって、思い出したように言い出すのか……)


 分刻みで悪化していく頭痛に耐えながら、首領は莫大な資金と高度な技術を注ぎ込んで製造された役立たずを粉微塵に破壊しつくす光景を夢想し、何とか理性を保つのだった。





 市を縦断する大河、園川。

 広い川幅を持つそこは、河川敷の規模も大きい。休日には少年野球を始め、様々なスポーツや行事が行われる程には広く、整備も行き届いている。

 

 午後三時過ぎ、学生にとっては授業から解放されたばかりの至福の時間。川べり、コンクリートで固められた階段状の斜面に三組の男女が腰かけていた。


 「はああぁ~、もう堪んない♪ 全く、こんなお宝を独り占めなんてとんでもないわね」

 「いまいち褒められてる気がしねえんだが、気のせいじゃないよなぁ?」


 どっかりと腰を下ろし、ふんぞり返るように座っている里村博次は憮然とした顔でいる。

 一つ下の段に腰かけた李佳奈美はちょうど顔の高さにある博次の腹にしがみ付き、それはもう心地良さそうに頬擦りしている。お世辞にも引き締まった腹ではないのだが、どうやらその感触がお気に入りらしい。一見すると仲睦まじい恋人同士の戯れに見えなくもない。


 「ムホホ、この弛んだタップタプンの……ア痛タタタタタタタッ!?」

 「オウコラ、アンマリ調子コイテンジャネエゾ」


 否、やはり子犬同士の喧嘩手前のじゃれ合いに近い。博次は半ば死人のような目で佳奈美のこめかみに拳をめり込ませていく。

 

 「二人とも相変わらずだねぇ~」

 「成長しない奴らだ。見てられんぜ」


 隣に掛けているのは、ナガミネ・フミカと真田慎太のペアだった。

 

 「んふふ~、平和だねぇ」

 「馬鹿みたいにな。まあ、悪かないが」


 いつになく楽しげなフミカと、どこなくぶっきらぼうな態度の慎太は、しかし微笑ましい。こちらは間違いなく、恋人同士の姿だった。

 ニコニコと笑みを浮かべ、慎太にぴったり身を寄せて静かな川やその傍を歩く人々、そして並んで座っている友人たちを眺めている。言葉の通り、平和な午後を思い切り満喫している様子だ。暖かな日差しと、涼やかな風の中、幸せそうなフミカに寄り掛かられた慎太の無表情にも、照れの色が浮かんでいることは一目でわかる。


 「えへへ~♪」

 「……」


 甘え倒す少女と照れ倒す少年。傍から見ていても実にお似合いと言えるだろう。


 「……」

 「何? 何なのよこの状況」


 その隣のペアは、とにかく表現しがたい空気を纏っていた。


 様子を一言で表現するなら、暖かな日差しの中で膝枕に興じる年若い少年少女。実にいい。絵になるし微笑ましい。

 どっかりとコンクリートの上に腰掛けた圭介と、その太腿に頭を乗せて横になっている01。圭介は男前だし、01も文句なしの美少女だ。人目を引くのも当然だろう。


 足元、川沿いの道を歩く人々が、一瞬眉を顰め、首を傾げ、今一つ釈然としない顔をして通り過ぎていく。


 「……」

 

 困惑しつつも役得には違いないので微妙な表情を浮かべつつ座っている圭介。


 「……」


 その圭介に膝枕をされている01は、しかし照れも無ければ心地良さそうな顔もなく、ただ、ひたすらに無言で口を動かしている。


 カリカリ、サクサク……。


 ごくありふれた棒菓子。最後までチョコがたっぷり詰まっている、その点がすごいスティックを無心に食べ続けている。


 「……あのさあ?」

 「何でしょう?」

 「俺が言うのもなんだけど、お行儀悪くない?」

 「勧めたのはあなた方では?」

 「俺が勧めたのはあくまでおやつで、その体勢はあくまでもあいつらの余計な吹き込みって奴だよ」

 「反対だったのですか?」

 「いや、悪くないんだけどね? この際だし、もう少し膝枕の方に集中してくれてもいいんだぜ?」

 

 01は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに無表情に戻り、次のスティックを咥える。


 「この体勢のことでしたら、それなりに楽しませていただいていますが」

 「ええっ?」


 意外な返答に圭介は思わず声を上げる。


 「頭の下に何かを挟むというのは初めて試しましたが、なかなかどうして楽なものですね」

 「え、今まで使ったことなかったの? この街で支給してもらった奴は?」

 「それらしいものは受け取っていましたが、あれがそうでしたか」

 「ホントに文化的な生活から遠かったんだなおまえ」


 とりとめのない雑談を続けながら、圭介は物思いにふける。


 何とも奇妙な気分だ。検査入院も終わり、後は血液の浄化器官移植を待つばかりの暇な01を、悪友たちと誘い出したはいいが、こんな展開は予期していなかった。

 平和な街並みや静かな河川敷の魅力を知ってもらおうなどと考えて散歩に繰り出したのだが、ふとフミカが休憩を提案し、それに皆が賛同する形で一休みと相成ったのだ。


 01が退屈しているとも、疲れているとも思わなかったが、フミカが随分と熱心に提案するし、反対する理由もないので土手に腰を落ち着けたのだが。


 「で、何であそこまで休憩を推したんだ? おまえにしちゃ珍しく強引さの片鱗みたいなものが見えたぜ」


 聴覚感度を押さえている筈の圭介たちには聞こえないよう、慎太はひそひそとフミカに耳打ちする。

 しかし、フミカはピクリと肩を震わせて黙り込む。


 「……フミカ?」

 (あー、えっと、みんなには内緒ね?)


 声ではなく、テレパシーを使ってフミカは答えた。

 フミカの能力は精神走査と呼ばれるだけあり、相手の内面を探ったり、あるいは特定の意識や感情を無数の人ごみの中から拾い上げたりといった、ある意味で受け身な能力なのだが、使い方しだいでは対象に働きかけて自分の意思を伝えるぐらいは容易に行える。


 (どしたよ? おまえが内緒話なんてこれまた珍しい)

 (その、ね。実は、01さんの心を、ちょっとだけ覗いちゃってて……)

 (覗いた?)

 (べ、別にプライベートなとこまで踏み込んだりはしてないよ!? ただ、今どんな気持ちでいるのかなって……)


 どうやら散歩中に圭介が必死にガイドしても無表情を保ち続けていた01に不安を覚えたらしい。

 何しろ圭介たちが何を言っても満足な返答をしない。建物や街並み、様々な河川設備の説明には頷いていたし、目も無気力な物ではなかったのだが、一見するととても楽しんでいる風には見えなかった。最悪、01が機嫌を損ねるような事態にならないように最低限の情報収集、解析を行ったのだろう。


 (で、どうだったんだ?)


 あまり褒められた行為でない事は本人も自覚しているようだし、下心あっての事でもないので慎太も特に咎めずに問う。


 (意外に楽しんではいたみたいだよ? 01さんのメンタリティーは、ちょっと私たちと違うかもだから、確かなことは言えないけど、心の雰囲気は明るかったし)

 (ほうほう)

 (でも、その、私たちほどには楽しんでなかったみたいで……)

 (あー、まあ、そうなるわな……)


 本人が極端に感情表現をしないせいで忘れがちだが、01は過去の記憶がなく、精神の均衡が危うい状態だ。

 <レッドストライカー>大河原圭介との戦い、そして空中散歩や食事会と、新鮮な経験をしたことでだいぶ安定してきたというが、街中を歩いて気が晴れるかどうかはその日の気分にもよるだろう。ご機嫌な状態で連れ出せばそれなりに楽しめもしたろうが、そうでないなら効果は大してあるまい。


 (でも、河川敷に出た時、ちょっと01さんの心が弾むのがわかったの)

 (ん? あいつこういうとこ好きなのか?)

 (断言はできないけど、たぶんそうじゃないかな。メンタリティー関係なしに、日差しは暖かいけど風は気持ちいし、広々としてるもん。気に入ったんだと思うよ)

 (成程、それで慌てて休憩を提案したわけか)


 川沿いの散歩もいいが、ここは市街地に近い。河川敷を歩いていると途中何度も大きな橋が横断しており、迂回が少し面倒だ。話の流れによってはそのまま街の方へと行先が変更になる可能性は低くなかったし、01も本心はどうあれ反対まではしないだろう。圭介を戦いに引っ張り込む所など、強引極まる面も持ち合わせる彼女だが、同時に控えめというか、いささか主体性に欠ける面もある。内心では気が進まなくても、流されるまま追従してしまうことはありえた。そうなる前に腰を落ち着けてしまおうというのがフミカの考えだった。


 (おまえは空気読める子、偉いぞ)

 (えへへ~)


 01と圭介に気を遣いつつも、再び二人の世界に入り込んでいくフミカと慎太。フミカのフォローの甲斐もあってか、01と圭介はポツリポツリと会話を続けていく。


 「ところで、一つ訊いときたいんだけどさ」

 「何でしょうか?」

 「おまえ、今後はどうするの?」

 「と、言いますと?」


 いつになく真面目な口調の圭介だが、01の反応はいつも通りだ。 


 「だからさ、<ブラックパルサー>の馬鹿野郎共を片づけて、その後。まさかまだ死ぬまで俺と戦いたいってんじゃないだろ?」

 「そうですね。今はそこまで戦いには固執していません」

 「そっか、そりゃよかった」

 「ですが、あなたには勝ちたいと思っています」


 圭介は一瞬考え込み、膝の上にある01の顔を見下ろす。


 「それは、俺をぶっ殺すという判断でよろしい?」

 「ひとまずはあなたに地に塗れていただくことを目標にしています」

 「え、ほとんど同義じゃない?」

 「私はあなたに何度も敗れました。ですが、まだ勝利を諦めていません。経験を積み、高みへと昇る喜びを教えて下さったのはあなたでしょう。ならば、死んでさえいなければあなたも立ち上がるはずだと考えていますが」


 01はすっと身を起こし、圭介の顔を覗き込む。

 

 「もうしばらくお付き合い願います。私が、勝ったと納得できるまで」

 「……その口ぶりだと、俺が一敗したくらいじゃ逃がしてもらえない感じ?」

 「そうなりますか」

 「……まあ、うん」


 一応、会話は成立したが、圭介は内心で大いに驚いていた。


 01の口元が僅かに、ほんの僅かに歪んでいる。


 見落としてしまいそうな微かなものではあったが、そこには笑みがあった。

 遠足を楽しみにする無邪気な子供の様な、あるいは、とっておきの玩具を見つけた悪童の様な。


 (うわぁ……怖いったらないなぁ……)


 漠然と<レッドストライカー>を倒すのではなく、少しずつ成長して圭介に追いつき、やがて追い越し、圧倒する。小刻みな目標が出来て燃えているらしい。

 今の所は組手で満足してくれているが、はたしてそれで済むのか否か。非常に恐ろしいが、同時に何とも可愛らしい。

 無邪気でありながらやたらとお堅い言動、殻をむいたゆで卵の様に繊細な精神状態に置かれながらそれを感じさせない落ち着き払った態度。ある意味で非常に歪な存在だった01が、どこか微笑ましい。


 「ん」


 ぺしぺしと圭介は膝を叩く。


 「?」


 首を傾げる01の頭を引き倒し、再度膝枕の体勢へ。柔らかい髪を撫でつける。


 「ま、出来るだけ付き合ってやるよ。けど、他には何かないわけ?」

 「そうですね。時にはこうして膝をお借りするのもいいかもしれません」

 「あれ、気に入った?」

 「ええ、お菓子も美味しいですし」

 「お前の口からそんな単語が……いや、ナガミネや李ともそこそこ話したんだっけか」


 隣でいちゃつく二組を見やり、小さく嘆息する。

 その間、撫でられる01が心地良さげに目を細めていたが、さすがに視界の外には圭介も気付かなかった。

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