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ガクッ! 男だらけの説明大会! その2 ……三人寄っても情報なしには姦しくなるより他になし

 「にしても、おかしくないですか?」


 圭介はどうにか状況を打開しようと口を開く。


 「あいつの話だと、記憶がないっていう意識というか自覚はあったみたいですよ? 作られた人格が、そんなこと気にしますかね?」

 「確かに、現存する最も古い記憶は、兵器として改造された後の初めて目覚めた時で、その際に強烈な不安感を抱いたという事は伺っています。過去が全く存在せず、人格だけが先に形成されていたとするとおかしいように思えますが……」

 「最初から過去を望むような人格を望まれて生み出された、なんてことはないでしょう。そんなことに何の意味があるのかわからないし。まあ、あり得ないとまでは言えませんが」

 

 脳には記憶が刻まれていないが、人格には記憶を喪失した痛みがある。

 その事実だけでも矛盾しているし、それが意図的な物であれば全くわけがわからなくなる。

 

 「記憶がない事を前提に人格を作る。そこに何か意味がありますかね?」

 「彼女のお話を伺う限り、組織による思想教育などもそれほど熱心には受けていないようです。悪の秘密結社なら、まず組織への忠誠とか、盲信といったものを何とか植え付けようとするものですが……」

 「そもそも、記憶が邪魔だと言うなら、それを消し去る技術が<ブラックパルサー>にはあるはずでしょう? それを使った形跡もないということは……」

 「えーと、あいつは組織に記憶を消されたわけじゃない可能性が……あー、ダメだ! 頭が変になりそう!」


 01の記憶をどうにかしたいのは事実だが、あまりにも情報が少なすぎる。

 考えれば考えるほど矛盾ばかりが湧き出て、せっかく組み上げた推論を正面から叩き壊してしまう。そもそも脳に記憶が残されていないという点だけで、古見掛の病院でなければとっくに諦めている状態だ。


 「……これは、例えばの話ですが」


 ふと、医師が声を上げた。

 顔には何か不吉な物を予感してしまったような、少々不機嫌さを滲ませた表情を張り付けている。


 「<ブラックパルサー>には記憶を消す技術があったはずですよね? 情報がないので推測以外のことは出来ませんが、脳に何らかの作用を及ぼす技術である可能性は濃厚です。もしかすると彼女は、それを利用してまっさらな脳に特定の誰かの意識を刻み込まれた存在なのでは?」

 「……可能性としては、否定できませんね。あれだけはっきりした自我があるのに記憶の形跡すらないなんて、不自然に過ぎます」

 「てぇことは? あいつは誰かの人格だけをコピペされた存在ってことですか? 何の為に?」


 酷く薄気味が悪い。


 仮にこの推論が完全に正しかったとして、01に対する見方は変わらないだろう。この街においてはさして珍しくもない生い立ちと言える。当の本人は決して嫌悪や警戒を抱かせるような人間でもないし、圭介としてはその素直さには一種の信用のような感情も抱いている。<ブラックパルサー>にはあまりに似つかわしくない性格と言えるだろう。思想に陶酔するようなタイプではなさげだし、憂さ晴らしに暴力に走る自分に酔うようなことは更に想像し難い。さらに、その人格に対して洗脳的な行為が行われた様子もない。実際、01は圭介との戦いに執着するあまり、あっさりと<ブラックパルサー>と敵対している。これが入念かつ遠回り極まりない演技だとすればそれはそれで感心するが、そこまで考えていては話が進まない。


 要するに、<ブラックパルサー>が01という人格をこの世に生み出す理由が何一つ考え付かない。

 相手の考えが読めないというのはとにかく気分の悪い物だ。


 そして、01の人格が複製だとするなら、当然その複製元が存在することになる。


 「……あいつは、本人はどんな様子ですか?」


 悪い予想を敢えて振り払うように、圭介は医師に尋ねる。

 考えれば考えるだけ悪い方向に話が進んでいく一方だが、そのいずれにも根拠と言えるものがない。現状、悪い方向への憶測しかできていない。今は原因よりも01本人の状態を把握して、対症療法を考えた方がいいだろう。


 「ああ、彼女ですか」

 

 流石に医師も重い話題を一度切りたかったのか、唐突な圭介の言葉にも表情を柔らかくする。


 「身体の方は至って健康です。血液の劣化もまだほとんどありませんし、その他の部位にも異常はありません。何より……」

 「君の話をする時はだいぶ機嫌がいいみたいだから。精神的にもだいぶ安定してるというのが僕の感想かな」


 にんまりと口元に笑みを浮かべ、所長が医師の言葉を引き継ぐ。口調が完全に砕けたのは場の空気を変える意味もあるのだろう。


 「へ? へ? 何で? 何でいきなりそんな話に?」

 「それはもちろん、信頼関係を築くには世間話から入るのがお約束と言うか、定石だし?」

 「患者さんの精神状態を見るには、やっぱりキチンとした会話が不可欠ですからね。想定していたより随分と安定していて、こちらもホッとしましたよ」

 「え、そんなに状態いいんですか?」

 「一昨日の一件……空中散歩と、その後の食事がいい具合に効いてるみたいでね。特に後者は」

 「ええっ、そっち!?」

 「散歩はきっかけにはなっただろうけど、そう何度も体験したくはないだろうし。一番おいしかったメニューとか、君の友達についてとか、色々聞いてみたよ」

 

 「フフフ」と笑う所長にある程度の不安を覚えつつ、一応は喜ばしい報告に、圭介は複雑な表情を浮かべた。


 

 



 

 「で、調子はどうよ? 病院も悪かないだろ?」

 「そうですね。確かに快適ではあります。いささか不自由にも感じますが」

 

 二つ並んだベッドに横たわり、圭介は隣の01に尋ねる。別に入院患者用のベッドではなく、あくまで診察用の簡素なものだ。圭介も私服のまま、どちらかというと寝転がるといった具合でいる。

 圭介の腕から伸びたカテーテルを機械を介して受け取る01も、服装こそ入院着だがやはりある程度はリラックスしている。もちろん、圭介程ダラダラした様子はないが。


 01の記憶の問題に比べて、血液浄化に関しては見通しは良かった。

 流石に今日明日で対策を済ませることは現実的ではなかったが、それでも圭介の身体データや提供した〈メタコマンド〉の情報を元に、既に浄化機器の試作品はいくつか出来上がっている。01の身体の解析も並行して行われているので、遅くとも十日以内には01の体内に圭介の持つ物と同等の除化装置を埋設することが可能だという話だった。

 それまではこうして圭介が01の血液を浄化する形になるが、これも問題はない。激しい運動も行わず、頻繁に浄化していけば、圭介の浄化装置に掛かる負担も無視できる程度でしかない。    


 「ま、流石に院内で飛んだり跳ねたりは出来ないって。それで安心安全が買えるなら安くない?」

 「別に否定はしていません。あなたが何度も診察やメンテナンスを受けている程の機関ならば、信頼性も高いでしょう」


 圭介自身、この病院には随分と世話になっている。

 高位の〈メタコマンド〉である圭介は、基本的にはメンテナンスフリーだ。体内の複雑なメカニズムが破損しても、ナノマシンが修復に掛かる。しかし、それらが正常に稼働していることを確認し、何らかの異常があればすぐに対処する必要がある。

 〈メタコマンド〉とて不死身ではない。実際、圭介がこの街に来た当初は、激戦に次ぐ激戦で体内の機器にかなりの箇所で異常が発生していた。ナノマシンの力も有限だ。じわじわと破損していった部位なら修復も追いつくが、そうでなければ修復前に体力が尽きてしまう場合もないではない。そうなる前に対処してくれたこの病院は非常に頼もしい。


 「あー、それでさ……」


 おまえの記憶は戻らない。というか、そもそも存在しない。


 (い、言うのか~!? 言っちまうのか俺~!?)


 医師や所長と相談した結果、01に事実を伝えるというのは確定となったが、いつ、どう伝えるかは圭介に一任されていた。

 01の人間性を一番深く理解しているのは紛れもなく圭介であったし、一番01に肩入れしているのも圭介だろう、という話になったからだ。もちろん、あくまで大まかな方針を決めるだけで、事実を伝えるのは医師の役目ではあった。


 しかし、圭介はその仕事に自分から名乗りを上げた。 

 01に改造人間兵器としてシンパシーのようなものを感じているのは事実だし、彼女が事実をどう捉えるかは置いても、人任せにはしたくなかった。


 「……おまえの記憶の件だけど」


 それでも言いにくい話題には違いない。記憶のない人間に、そもそもおまえには過去がないなどと。だが、言わないわけにもいかない。

 

 「その、ちょっと、難しそうらしくってなぁ……」

 

 何とも歯切れ悪く、曖昧な言葉を吐いてしまった。

 実際、望みがゼロというわけではない。医学的にはかなり見通しが悪いが、オカルト方面からアプローチする方法はあるらしいし、実際この病院の魔導科職員たちが既にその可能性と方法を模索しているという。

 それでも、成否についてはまったく責任が持てないというのが医師の話ではあったのだが。


 「そうですか」


 だが、01の反応は非常に対照的だった。

 バッサリと切り捨てるかのように一言、何の感慨も抱いていなさそうな態度で言うだけだ。


 「そうですかって、あんまり気にしてる風じゃないねぇ」

 「率直に言えば、記憶がないと言われても今一つ実感がありません。自分の虚ろの原因として、はっきりと判断していたわけでもないので」

 「あー、そう。けど、原因が分かったって不安とかがなくなるわけじゃないだろう?」

 「確かにその通りですが、今はそれ程に気になりません」

 「そりゃまたなんで?」

 「あなたと戦う事を考えると、そんな細事は気になりませんし、あなたのお知り合いの方々に、また食事に誘われています。その際に次の食品について希望を求められていますので、そちらを考えるのに今は気を取られています」

 「ふぇっ? あいつらいつの間に?」

 「昨日お見えになりました」


 これには圭介も脱力するよりなかった。

 確かに行動力のある面々だが、よもや自分を介さずに01の入院先まで突きとめているとは思わなかった。

 さらに、01の不安をあっさりと埋めていることには驚きと呆れを禁じ得ない。確かに、先日の空中散歩で01にはある程度以上、戦い以外にも精神に刺激を与えてくる存在があることは理解しているだろうが、次の食事のメニューで01を夢中にさせるあたりは既に嫉妬すべき手並みだと思える。自分は身体を張った戦いでようやくといったところだったのに。


 変に取り乱されたり、がっかりされても困ったろうが、これはこれで反応に困る。

 本人がいいというのなら、確かにいいのかもしれないが。


 「おまえ、それでいいの?」

 「いいのかどうか、それがまずわからないので」

 「ああ、そりゃあ道理だよね」


 問題の根は深い。今回はその深さがプラスに働いた形だが、喜んでいいのかどうか判断の境界線上にあった。

 とはいえこれはある意味で願ってもいなかった好機だ。01が記憶がないことに悩み始める前に、他の何かで心中の穴を埋め尽くしてしまえばひとまずは問題ない。

 よくよく考えれば、01自身は自分の過去がどうこうという事で悩んだりはしていなかった。

 不安や寂しさは抱えていただろうが、それと記憶を絡めていたかとなると、言われてみれば甚だ疑問でもある。最初から〈レッドストライカー〉と戦うことでそれを埋めようとしていたのだから、捉え方次第では恐ろしく前向きと判断することもできないことはない。


 「考え方や価値観の違いは、時に偉大な長所を自覚なく生み出すのかと、大河原圭介は一人心中で驚愕するのであった」

 「はい?」

 「何でもない、何でもないぞぉ?」


 圭介はそっぽを向き、ごまかしを決め込んだ。


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