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ガクッ! 男だらけの説明大会! その1 ……潤いも無く、温もりもない

 01の検査入院が決まるのはあっという間だった。


 何しろ血液の劣化という致命的かつ自力ではどうにも出来ない問題を抱えているのだ。早急に詳細な検査を行い、何らかの対策を採る必要がある。更に、〈メタコマンド〉という改造された肉体であることが医師たちに素早い反応をさせた。

 この古見掛にはサイボーグの住民も多いが、当然ながら生身の人間に比べればいないも同然の人数だ。さらにそれぞれ改造技術に違いがあり、これも当然ながら規格化などされているわけがない。

 つまり身体に関する基本的なデータがないので、どんな些細な情報も早い内に確保しておきたい所だ。何がきっかけで生命活動に支障が出るかわからない以上、まずは身体を隅々まで詳細に、徹底的に調べ上げた上でないと下手な治療も出来ない。幸い、01のボディーと極めて近い〈レッドストライカー〉の身体の情報はある程度以上が保管されていたが、両者の間にどのような仕様変更があったかは調べてみないと何とも言えない。

 大した違いはあるまいとタカを括るというのは、生命に直結する医療の場においては存在しない選択肢だ。


 さらに、記憶がないという事実も簡単に解決する問題とは考えない方がいいという判断もあり、診察室に入って数分の内には入院の手続きが始まっていた。

 元々、生活相談所が大まかな説明と準備をしてくれていたこともあり、手続き自体は早く済んだのだが、ここでまた01が少々の抵抗を見せた。


 流石に見知らぬ相手に身体を調べられる事を警戒したのか、入院に難色を示したのだ。


 医師と生活相談所の説得と、圭介が何度も世話になっているという説明を三十分ほど行ってどうにか納得はしてもらったのだが、やはりどこか不安げな様子ではあった。

 職業柄、医師も生活相談所もこういった患者には慣れているのだろうが、それでも01に安心して検査を受けてもらえるだけの信頼関係はまだ築けていない。


 結局、連日圭介が見舞いというか、面会に来ることでようやく01は心から肯首してくれたのだった。

 圭介としては、日に一度自分が来るからと言って安心できる理屈はないだろうと思ったのだが、それを口にして「それもそうですね」などと言われては敵わないので黙っておいた。

 

 つつがなく心身の問題が片付くならば、何日か甲斐甲斐しく通って世話を焼いてやるのもいいだろう。

 そう考えていたのだが。


 「……」

 「……」

 「……え~っと?」


 01の入院翌日、診察室に呼ばれた圭介は重苦しい空気に困惑していた。


 対面に座る医師は言葉を選んでいるのかすぐには口を開かない。壁際に立っている生活相談所の所長は難しい顔で黙っている。

 因みに、本来当事者であるはずの01は病棟で待機している。


 「……もしかして、あんまり楽しくない話ですかね?」

 「……そうなりますね」


 本来、一番話を聞くべき01が呼ばれず、一番彼女に縁深い圭介と支援担当者の所長が呼ばれる。本人に聞かせたくない話であることは容易に想像が出来た。

 

 「もしかして、何か改造手術にヤバいミスでも……?」

 「ああ、いえ。健康状態に関しては、今の所、異常らしい異常は見つかっていません。ただ、ひどく不可解な点がありまして……」

 「不可解?」


 医師の言葉に眉を顰める。

 ある意味でハッキリと問題があると告げられた方が気分がいい。医者に不可解などと言われるというのはそれこそ不可解で気味の悪い話だ。


 「失礼。別に、身体機能に影響を及ぼすような話ではありません」

 「と、言いますと?」

 「検査の結果、彼女の身体……脳に記憶されている情報が、極めて少ないことが判明しました」

 「……それは、記憶がない以上は当然じゃ?」

 「人工的な記憶の消去というのも、あくまで記憶を呼び起こさなくするというのが通常の方法です。機械で言えば、記録装置と読み取り装置の接続を切るようなものですが……彼女の場合、記録装置に情報が刻まれた形跡がないのです」


 一瞬絶句した後、圭介は露骨に嫌そうな顔をして尋ねる。


 「つまり、どういうことです?」

 「記憶を消されたのではなく、そもそも存在していない、と考える方が自然です。もちろん、断言は出来ませんが」

 「あいつはパッと見て、赤ん坊って感じじゃないんですけど……身体も頭も」

 「確かに、人格はハッキリと存在していますし、一般常識はともかく、戦闘に関する知識はかなり豊富でした。ですが、知識はあっても記憶……実体験を伴ったものが驚くほど少ない。医学的検査においても、聞き取り調査においても、その点はほぼ間違いないと思われます」

 「そういう事って、ありえますかね?」

 「通常はありえません。記憶を失うと一言で言っても色々ありますが、少なくとも脳に異常と言える様な物はありませんでした。もちろん、神経系も改造を受けているので通常の状態とは大きく違いますが、かつて大河原さんに提供していただいた改造人間兵器の基本仕様と突き合わせても問題は見受けられません。情報を記憶している部位もそうです。にもかかわらず、記憶がない。まるで最初から、一個の自我だけを持って生まれたかのようで、我々としてもどう考えたものか……」

 「見当が付かない?」

 「どちらかというと思い当たる節というか、症例自体は非常に多いので、どれが一番近いのか、現状では何とも」

 「って、多いんですかい!」


 思わずひっくり返りそうになる。

 通常は考えられない症例に医師も戸惑っているのかと思っていたが、逆に心当たりが多すぎてどれに当てはまるかわからないとは。


 「とはいえ、それらの症例に共通する事実はあまりいい望ましい物じゃないんですけどね」


 ふと、壁際に立っていた所長が口を開く。流石に内容が内容だけに、砕けた口調ではなく、生活相談事務所所長としての話しぶりだった。


 「ごく稀に例外は存在しますが、そういった患者の場合、本当に過去がない事が多いんです」

 「過去がない?」

 

 随分と大仰な言い方に思わず首を傾げるが、所長は深く頷いて続ける。


 「極端なことを言えば、見かけ上は大人でも、事実上ゼロ歳児。この世に生を受けた時点で、記憶の前に人格を有している、という場合もあります」

 「すいません、チンプンカンプンです」

 「オカルト染みた話になりますが、例えば大勢の信仰の結果に誕生した神性だとか、あるいは何らかの人格を元に製造されたホムンクルスみたいな存在。人工知能……という場合もないではないですね。経験は問わず、人格は特定の方向性を求められた存在というか……記憶喪失の人だって、人格自体はちゃんとあるでしょう? その人格だけを生まれ持った存在というのも、少ないながらいるんです。この街に限らず」

 「ちょおっと待ってください? ってことはあいつは……01は改造人間じゃなくて、人造人間ってことですか?」


 身を乗り出し、圭介は所長を問い詰める。

 様々な意味で非常に重要な話だ。01という存在の正に根本に関わる。事と次第によっては01の心身に重大な影響を与えかねない。それに、〈ブラックパルサー〉の技術力に関しても評価の上方修正を余儀なくされるだろう。


 「あくまでも、そういう可能性も排除できないってだけの話です。彼女に記憶がない理由につじつま合わせをするなら、そういう推論も成り立ちはすると」

 「ん~……」


 突拍子がない上に随分と壮大な話に、流石の圭介も唸ってしまう。が、ありえないと断じることは到底できない話でもある。

 改造人間兵器を運用する悪の秘密結社が人造人間を生み出せないという理屈もおかしい。現に奴らは次元を超えるという魔法染みた技術を用いてこの古見掛にまで侵攻してきている。


 「しかし、そうなると……う~む」


 全員が天井を仰ぎ、腕を組んで唸る。


 「つまり、01の記憶は戻らない。そういう解釈でいいんですか?」

 「……」

 「残念ながら、現状の検査、調査結果ではそうなります」


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