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果てしなき暴走の果てに……やってみたいのもまた事実

 「「「「……」」」」


 あまり広くはないテーブル席に、無理に五人も座っているものだから、当然ながら窮屈ではある。

 だが、その窮屈な空間で身を寄せ合う男女は、それを不快にも苦痛にも感じてはいなかった。彼らの意識は、同席している一人の少女に集中している。


 美しさと可愛らしさを兼ね備えたその少女は、しかし整った顔に険しい表情を浮かべていた。

 まるで戦場で孤立した兵士が周囲を警戒するような、あるいは、ヘリ搭乗員が海上で行方不明者を捜索するような鋭い目つき。真一文字に結ばれた口と、引き攣り掛けた表情筋。

 見ている者の方が動けなくなってしまう、触れれば切れそうな空気を纏う少女は、じっとテーブルの上を見つめている。


 それぞれがそれぞれに黙り込みながら、じっと少女の動きを待つ。

 少女―01はさらに数秒間じっとしていたが、やがて閉じられていた唇を小さく開き、テーブルの上に置かれたバニラアイスをじっと睨み、本当に小さく首を捻った後、そこにスプーンを突き立てた。


 「っ!」


 圭介が小さく、だが鋭く息を飲むのと同時に、01は白いスイーツの乗ったスプーンを再び口に含んだ。

 何かを探るような表情でじっと中空を見つめているが、その唇が僅かに動いていることから、01がアイスを少しずつ溶かしていることが皆にもわかった。

 一分ほど経ったあたりで、01は「ふむ」と小さく頷いた。


 「ど、どうだった?」

 「……不思議な感覚です。これまでに経験したことがない種類の感覚なので、言葉では何とも」

 「快、不快で言えば?」

 「快でしょうか」

 「「「「いよっしゃああ!」」」」


 どこか満足げに答えた01の言葉に、全員が歓声を上げた。

 

 「だろだろ!? あんな化学製品みたいな臭いと味の棒よか絶対美味いって!」

 「飯を食うってのは、ホントに大事なことだからな。ホントに大事なことだからな」

 「よかったぁ。やっぱりご飯は美味しく食べないとだから」

 「飯を食ったことない人間が初めて飯食ったらこんなリアクションするんだな」

 「いや、この子はだいぶ特別な性格だから……ていうかその感想も何なのかしらね?」


 大騒ぎだ。

 好奇心ももちろんあろうが、やはり01がまともな食事を摂ることが出来たという事実に舞い上がっている面も大きい。一見、ただ馬鹿をやっているだけの面々に見えても、やはり人が良い少年少女だ。


 「よし、気に入ったならどんどん食っちまえ」

 「よろしいのですか?」

 「その為に頼んだんだから、そりゃあな」

 「……」


 圭介の言葉に01はアイスを見下ろしていたが、ふむと一つ頷いた。


 「では、お言葉に甘えます。仰る通り、決して悪くない刺激ですので」

 「おお! 乗り気だな!」

 「ねえ、これは?」

 

 珍しく戦い以外に意欲を見せた01に、向かいに座る佳奈美が声を掛けた。アイスの皿に添えられたポッ○ーをひょいと摘み上げ、01の鼻先に突き付ける。


 「……?」


 01はその行為の意味か、あるいは目の前の物体が何かを理解できなかったらしく、表情の乏しい顔を圭介に向ける。


 「食えってさ」

 「では、これも?」

 「ん、これも食い物。甘いけど、アイスよりはだいぶ固いから気ぃ付けてな」

 「そうですか。では……」


 01が眼前の菓子に手を伸ばすと、佳奈美が慌ててそれを取り上げた。


 「いやいや、そこチョコだから。手、汚れるわよ」

 「汚れますか?」

 「体温程度でも溶けちゃうのよ。指にベタリ付くわよ?」

 「手に溶けた食材が付くという表現でしょうか?」

 「そ。手に取らないでいいから、そのまま咥えちゃいなさい」

 

 「ふむ」と頷いた01は、素直にそれに噛り付いた。

 サク、とスナック部を噛み潰す音と共に、佳奈美が少しずつそれを01の口に押し込んでいく。サクサク、サクサクという音を響かせ、01は不思議そうに棒菓子を見下ろしながらも食べ続ける。


 (あ、可愛い)


 01の食事風景に少し和んだと同時に、圭介は危機意識を抱いた。

 無警戒に、無表情に、そして無心に。無い無い尽くで棒菓子を食べる01の様子が、小動物を連想させたのだ。否、小動物そのままと言ってもいい。

 

 まだ生身の肉体を持ち、無邪気だった子供のころを思い出す。

 通っていた学校の裏にあった、小さなウサギ小屋。人だかりとまで言わないが、放課後や昼休みは必ず数人の生徒が噛り付き、その辺に生えているクローバーなどを金網から中に差し込んでいる光景。その差し入れをムシャムシャと食べるウサギの姿は、今の01の姿と酷似している。

 男女を問わず、可愛いものが好きで好奇心旺盛なあの無邪気な児童たちを虜にする生き物と、とにかく似通った仕草だった。

 特別可愛いものが好きと言うわけでもない圭介が、内心で可愛いと思ってしまったのだ。そして圭介の知る限り、可愛いものが好きで仕方ない人間がここには二人同席している。


 「……」

 「……」


 棒菓子を完食し、しばらく甘味の余韻を味わっていたらしい01が満足げに頷いた途端、その二人が動いた。


 「か、佳奈美ちゃん。次、私……」

 「追加……追加の注文しなきゃ……」


 皿に残っていた二本目の棒菓子を手に取ったフミカが01に狙いを定め、佳奈美はメニューを手に取り次の餌……もとい、おかわりを用意しようとしている。男どもはと言えば、これもどうやら父性を刺激されたらしく、どこかじれったそうにフミカが餌付けする様を眺めている。

 圭介自身、童心に帰りつつあるのだから、無理もないと言えばないのだが。


 「圭介、正直に言うとだな……」

 「俺たちもやりたい。おまえはどうだ?」

 「……やりたい」





 01という少女は、基本的に無表情だ。

 全く顔色を変えない、ということはないが、それでも表情豊かというわけでは決してない。

 彼女の心境を窺い知るためには、本当に僅かな表情の変化だけでなく、声の調子や仕草などを総合して判断する必要がある。


 そしてそれらの情報を元に考えて、今、01はそこそこに上機嫌らしい。


 まず表情だが、常に冷たさと鋭さを滲ませているその顔には、今は微かに柔らかさが見て取れた。鋭利ながらも大きめに開かれていた目は、僅かに瞼が緩んでいる。全身に入っている力も、普段ほどではない。それでもピシリと背筋を伸ばしているあたりは生真面目さからか。

 

 一言で言えば、01はリラックスしていた。


 一方で、同席している四人の少年少女は非常に顔色が悪かった。

 原因はテーブル上に大量に並んだ皿だ。デザート、スイーツ類を中心に、主菜副菜スープ類と結構な数の空っぽの皿が並んでいる。いずれも皿の上に載っていた料理は、01の強靭かつ超高性能な胃袋に飲み込まれていた。

 01の食事、その小動物的な可愛らしい姿に魅せられた四人は、その悪魔的愛嬌に操られて次々と料理を注文し、01を餌付けした。

 どうやら食事という行為は01のお気に召したらしい。皆に差し出された物を次々と口にし、飲み込んでいった。その様子に愚かな小童たちは更に魅了され、メニューにあるものを片っ端から注文し、餌付けを続けた。

 

 残ったのは01の満足げな態度(非売品)と結構な品数の記された伝票(三万八千五百四十円)だった。


 「三万……」

 「ほぼ四万だよ。ファミレスで、しかも一人の人間が使える金額じゃねえだろ……」

 「どどどど、どうしよう……」

 「未成年だし、クレジットカードとか誰も持ってないよな?」


 改造人間兵器である01の消化器官の性能と容量が桁外れであることが災いした。糖尿までの片道切符であるスイーツ地獄をあっさり飲み干し、炭水化物の山を喰い付くし、タンパク質をソフトドリンクで押し込んだのだから、これだけの金額になるのは何もおかしくない。おかしかったのはそうなる前にストップしなかった四人だ。

 流石に三万八千五百円というのは学生が易々と使える金額ではない。全員の財布の中身を合計したとしてもとても足りない。

 

 「……参ったな。流石にこの金額はねえ?」

 

 友人知人に頼る、というのは難しい。連絡先を把握している友人は多いが、この街の学生は忙しい。部活に精を出すなり、勉学に励むなりしているだけでなく、趣味に没頭したり異星文明と交友していたり、あるいは異世界を救いに行ったりもしている。この時間帯、経済的支援を求められそうな知り合いは、大抵連絡がつきにくい。

 教師陣に頼る、というのは論外だ。確かに経済力においては級友と比較にならないだろうし、問題が問題だからすぐに来てはくれるだろうが、こんな状況を作ってしまったことに対してのお説教が非常に恐ろしい。

 親兄弟、というのは物理的に出来ない。圭介は天涯孤独の身であり、佳奈美や博次も同様だ。フミカと慎太は実家とは離れて暮らしているので、気軽に呼び出せるわけもないし、やはりお叱りは避けたい。


 無銭飲食。


 そんな単語が全員の脳にじわじわと染み入って来た時だった。


 「お困りかな?」


 どこか楽しげで人好きのする声が降ってきた。

 振り向くと、隣の席からソファーの背もたれ越しに身を乗り出している少年が一人。


 「あ……」


 圭介が思わず声を漏らす。

 柔和な笑顔を浮かべてこちらを窺っている見覚えのある少年は……


 「ほ、本条さん……忘れてた」

 「知ってた」


 そもそも今日の面談相手である、生活相談事務所の所長だった。


 「ちなみに私も同席しているので、そこの所はよろしく」


 向かいの席から補佐役の少女が断りを入れる。


 「あ、いや……ははは」

 「まあ無理もないよ、気にしないで」

 「んむ。依頼者の意向を大事にするのが生活相談事務所の基本方針だからな。もちろん、時と場合にもよるが」


 圭介は思わず視線を明後日の方へと向けて乾いた笑いを漏らす。

 昨日、営業時間ギリギリに飛び込んだ圭介の相談を快く受け入れ、残業してまで様々な手続きをしてくれた二人を完全に忘れ去って友人たちと騒いでいたのだから非常に後ろめたい。

 

 「誰さん?」

 「俺が昔世話になって、今度は01も世話になってる生活相談事務所の所長さんと部下さん」


 「どうも」と他の面々と会釈を交わし、所長は少し笑みを意地悪げなものに切り替えた。


 「で、何だか困っていたようだけど、どうしたのかな?」

 「え、あ、いや……」


 一瞬、圭介は躊躇する。

 社会人なので資金力はそれなりにあり、事情に対する理解もあり、多少の注意はあれどもそれほど厳しい叱責はしてこなさそうなこの少年に頼りたいのはやまやまなのだが、先程の後ろめたさと、そこまで甘えていいのかという自制が働いた。


 「ふふ、まあ大体見てたから事情はわかっているけどね」


 そう言って所長は手を伸ばし、テーブルの上でふんぞり返っている伝票を拾い上げた。


 「これは、また随分と暴走したねぇ。学生にはちょっと無茶な金額じゃないかな」


 思い切り苦笑する所長の言葉に、01を除く全員がふいと視線を逸らす。

 確かに、これはあまりにも行き過ぎた額だ。そんな額を叩き出してしまった自分たちの暴走には弁護の余地がない。


 「仕方がない。ここは僕が立て替えておこうか」

 「い、いいんですか?」

 「おっと、勘違いしちゃダメだよ? あくまで立て替えであって、おごりじゃないからね。まあ、一括返済なんて無茶は言わないけど」

 「けど、そこまでさせるわけには……」

 「そこも勘違いしないように。事務所としてじゃなく、君の一友人として立て替えるだけだよ。ただし、今後は計画的にお金を使うことは約束してもらうけどね」


 所長は少し厳しい顔をしてぴっと人差し指を立てた。


 「ほ、本条さん! あんた神様だあ!」

 「す、すみません! 必ずみんなでお返ししますから!」

 「あ~、何というか、スンマセン。助かります」

 「ヤダ、何このイケメン……!」

 「いや~、助かったなぁ!」


 唐突に降り立った救世主に、皆感動の眼差しを向けたところで、所長は続ける。


 「ただし、利息はトイチでっせえええええ!」

 「「「「そ、そんな殺生なああああああ!」」」」

 

 一人増え、五人になった馬鹿者たちが騒ぎ始める中、補佐役の少女が01に声を掛けた。


 「騒がしくしてしまって申し訳ない。一つ伝えておかなくてはならないのだが」

 「何でしょう」

 「あなたの血液浄化と、記憶の件に関して病院の予約が取れた。明日の午前九時に部屋まで迎えに行くが、都合は大丈夫だろうか?」

 「問題ありません。お世話になります」

 「では、そういうことで」

 

 二人の少女はそのまま馬鹿騒ぎを見物していたが、既に寸劇や即興の歌、果ては他の客を交えてのクイズ大会に発展しつつあったので、結局店を出たのは三十分近く経ってからだったという。


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