狂乱! 始まる混沌の宴! ……多属性たちのコンパ
01に休息を取らせ、自分も一息つくつもりだった圭介だが、その予定はすぐに変更になった。
理由は実に単純で、01が部屋に着いて数分と経たずに回復したからだ。無論、宇宙手前まで行った精神的動揺は完全には消え去っていなかったようだが、足腰の方はしっかりとしており、普通に活動する分には問題ない。流石は〈メタコマンド〉の回復力ということだろう。
となるとどうするか。
戦うという選択肢もないではなかったが、圭介自身まだ完全には落ち着いていなかったし、01は尚更だ。それに、なし崩し的に付いてきた四人を引き連れ、ぞろぞろと戦える場所へと移動するのも面倒くさい。圭介が少しばかり悩んでいると、そこに一つの提案がもたらされた。
せっかくだし、このメンバーで遊びに行こう。
何がどうせっかくなのか、と突っ込もうとした圭介ではあったが、よく考えるとそう悪い案ではない。
当初の目的である、01に戦い以外の事を経験させるにはもってこいだ。それに、コミュニケーションの練習と考えれば非常に良い機会でもある。01は礼儀などは弁えているようだが、何しろマイペースな上に一般的な社会常識や倫理観に疎い面がある。何もわからない赤ん坊とまで言わないが、決して手放しで街を歩かせられる人間でもない。この際、ある程度のルールやマナーを教えておいた方がいい気もする。
ちょうど01も戦えない状態にある。頑なに拒むことはないだろう。
提案した本人の腹の底を覗けば、恐らくは好奇心と言う名の危険物が煮えたぎっているのだろうが、ここはそれに乗るのも一興と圭介は判断した。
「わぁ……」
フミカは無邪気な、見ている者が思わず和むような澄んだ瞳で感嘆の声を上げた。
「む……」
慎太はごくごく真面目な表情で、冷静に感心する様子を見せる。
「ほほお、こいつは中々……」
博次はしきりに頷き、
「うん。いいわよいいわよ」
佳奈美はニッと笑う。
市が用意してくれた着替えを右手に、01の腕を左手に捕まえた佳奈美が、隣の部屋に消えてから十五分。暇つぶしにババ抜きをしていた一同の前に現れたのは、我が子を誇る母親のような顔をした佳奈美と、キョトンとしつつも小奇麗な服に着替えた01だった。
別段華美な服装ではない。
黒に近いグレーのミリタリージャケットの下には白いシャツ、腿までとやや短い丈の青いスカートとやはり白い膝下までのソックという出で立ちだ。さして珍しくもない、ごく普通の装いを前に、圭介は呟いた。
「あら、可愛い」
全員が好意的な反応を示す中、当事者である01だけはいまひとつ良くわかっていない顔で「ありがとうございます」と返した。どうやら褒められたことだけはわかっているらしい。
「意外だな。李の事だからもっと奇天烈なコーディネイトを予想してたんだけどな」
「暴言は聞き流してあげる。これでもデート前の娘の服とか見てあげることおおいんだからね?」
「そーだよ? 佳奈美ちゃんってそういうの得意だから。……真面目にやれば」
「まあ、そもそも市が用意したもんの中にそうそう変なの入ってないだろう」
「馬っ鹿、おまえ。その中から組み合わせで奇天烈なファッションを生み出すのが佳奈美だろうが」
「うん。あんた達全員そこに直りなさい」
少年少女は01を囲んで大いに盛り上がる。
実際、佳奈美のセンスが良かったのか素材が良かったのか、着替えた01の姿は実に可愛らしかった。元々顔立ちは整っているし、言動もどことなく無邪気だ。さらに言えば、物々しい戦闘服を着ている姿しか見ていなかったので、そのギャップもあるのだろう。
「でも、これで01さんも一緒に歩けるね」
「まあなぁ。街中歩くのにあの戦闘服は色々と、なあ?」
フミカは純粋に嬉しそうに、慎太は何処となく気まずげに口にする。二人とも考えていることは同じなのだろうが、表情の違いが清さの違いを表している。
傍から見て、01の戦闘服はかなり扇情的に映る。首から下に露出は一切ないのだが、とにかくピッタリと体にフィットしているので体系が完全にハッキリしてしまうのだ。一応、軽装甲やサポーターなどは装備されているのだが、それこそ露出度の高い水着や下着と大差ない部位にしかないので却って卑猥だ。〈レッドストライカー〉のように正統派特撮ヒーローに少々オタク的リアリティーを足したようなデザインならばだいぶマシになるのだが。
「ま、これで出歩く分には問題ないでしょ。ただ……」
それまで自慢げにしていた佳奈美が、若干声のトーンを落とした。
「ただね? 一つだけ気に入らない……」
「え、自分でコーデしといて?」
「服はいいわよ、服は。問題は中身……これよ!」
ずかずかと01の背後に回り込んだ佳奈美は、おもむろに彼女の双丘を鷲掴みにした。
「ありえない、ありえないわよ! この子ウエスト私とどっこいか、下手したら細いのよ!? 何で博次よりも豊満なお胸様を標準装備してるのよ!?」
「おい、遠回しに俺をデブって言ったか!? いや、まあ否定はし切れないけどよお!?」
「うわあ、いきなり痴漢行為とか引くわぁ」
「かかかか、佳奈美ちゃん!? 流石にそれは、色々、どうかと!」
「うん。色々とまずいから手ぇ離せ。通報される。されなかったら俺がするから」
突如眼前で発生した犯罪に総がかりで飛びかかり、どうにかこうにか01から佳奈美を引っぺがすが、今度はあろうことか博次の背中にへばりつく。
「あんたも何とか言ってやってよ! 悔しくないの!? あんた以上に胸部が肥沃でいらっしゃるのよ!?」
「あーもう、もう少しお淑やかになれよ! 何が悲しくて野郎の胸なんぞまさぐってんだおまえは!?」
「うわぁ、地獄絵図……」
「フミカ、見るな」
「う、うん……」
先程とは別方向で危険な光景ではあるが、犯罪性は大幅に下がったためか、慎太はフミカの目を掌で覆う事に徹し、圭介は顔を引きつらせて自分の胸を掻き毟るに留まった。
「よろしいでしょうか?」
「え、ああ」
唐突に背後から掛けられた声に圭介が振り向くと、そこにはやはり無表情の01が、しかしどこか不機嫌そうに立っていた。
「申し訳ありませんが、この方々とはどのような関係ですか?」
「ん? お、おお!? そういや自己紹介してねえ!?」
全員が中途半端に01と接触していた為に完全に忘れていたが、ほとんどまともに会話も交わしたことがない組み合わせだ。さして親しくもない間柄でセクハラに加えて完全に置いてきぼりの会話ばかりされては、流石に01もおもしろくなかったのだろう。見知らぬ人間におもちゃにされたり無視されたりをこの短時間で繰り返されては無理もない。
やらかした、と圭介は大いに焦りつつ、馬鹿を続ける佳奈美と博次を引き剥がしに掛かった。
「大変申し訳ありませんでした。つい取り乱しまして……」
ファミリーレストランのテーブル席、左右を慎太と博次に挟まれた佳奈美はテーブルに額を擦りつけて詫びた。
ちなみに、下手なことが出来ないように(生身ではあるにしろ)屈強な男二人がしっかりと肩を押さえ、手首には後ろ手に特殊合金性の手錠が嵌められている。まるで凶悪犯のような扱いだが、何しろ対面にはスタイル抜群の01が座しているのだから仕方ない。その01を挟む形で座っている圭介とフミカも警戒を怠っておらず、圭介はいつでも動けるように身構え、フミカは佳奈美が不埒な行動に出ないかその内心をしっかりとスキャンしていた。
「私は構いませんが」
01は完全にいつもの悠然かつ無邪気そうな態度に戻っている。移動中に圭介を初めとして全員で宥め謝ったことが功を奏したのか、単純に時間の経過と共に機嫌を直したかはわからないが、とにかく先程のような憮然とした空気は纏っていない。
「ホント!?」
「別に触っていいと言ったわけじゃないからな、勘違いするなよ?」
「後、俺にもセクハラした件、一応謝れよ?」
どこかチャラそうな笑みを浮かべて上げられた顔を、慎太と博次が再びテーブルに押し付ける。
「いや、うん。それはわかってる、わかってるから。博次もさあ、もう勘弁してよ。後で倍返しさせて上げるから」
「よし許す」
「堂々と不純異性交遊宣言すんな」
「もう、その辺にしよう? ちゃんと自己紹介して、その後でもう一回、キチンと謝らなきゃダメだよ?」
慎太が二人の頭を引っ叩き、珍しくフミカが眉を顰めてズイと身を乗り出して佳奈美を窘める。
「あぅ、わ……わかってるわよ」
「取り敢えず、話進めようぜ。このままじゃ収集つかん」
とりあえずは全員が静かになったところで、圭介がまず01の方へと向きなおる。
「そういや、ちゃんとした自己紹介は俺もしてなかったっけか。俺は〈レッドストライカー〉こと大河原圭介、よろしくな」
「はい、存じ上げています」
空気が凍りつく。
「ん……まあ、な。知ってるよな」
「え、えっと……ナガミネ・フミカです。仲良くしてくれると、嬉しいな」
他に言うべきこともない圭介が困っていると、慌ててフミカが後を引き継ぐ。
「〈タイプα01〉です。どうぞよしなに」
「う、うん! よろしくね!」
にっこりと笑いかけるフミカに、01も小さく会釈する。この中ではもっとも性格がよく誰にでも好かれるフミカの言葉は場の空気を和らげるのにも有効だ。01は普段通りの礼儀正しくもあまり愛想のない反応しか返していないが、それでもどこか緊張感が緩む。ふわふわとした彼女の言動が、周囲の人間を和ませれば、それだけで01の態度も友好的に感じられてしまう。一種の才能とも言えるだろう。
「椎名慎太だ。あんまりこういうのは得意じゃないんだが、まあ何だ。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
「李佳奈美よ。さっきのは、まあスキンシップとして大目に見てよ。今後は控えるから」
「それについては了解しましたが、今後不意を突く形であのような行為に及ばれるなら、反射的に何らかの対処を取るかもしれません。そこはご理解ください」
「う……すいません」
01にその手の知識がどこまであるかは知らないが、やはり愉快なものではなかったのだろう。口では許容していても、目つきがほんの僅かに険しくなっている。こうなると佳奈美も言い訳が出来ずに頭を垂れるしかない。
「里村博次だ。ま、こいつのバカな真似は勘弁してやってくれ。今後は俺もしっかりと監視しとくからよ」
「ご面倒をお掛けします」
和やかな自己紹介はあっという間に終わった。
何しろ01はあまり必要のないことを喋らない。他の面々も決して人見知りするタイプではないのだが、何を言っても話が発展しない01を相手となるとすぐには朗らかに談笑という空気を作ることは出来ない。01は全く気にしていないようだが、テーブル席には明らかに居心地の悪さが居座り始めている。
「……じゃ、早速何か頼もっか?」
重くなりつつある空気を打破するべく、佳奈美が提案する。
「ついては、手錠外して欲しいんですけど……」
「却下だ、ケダモノ」
「こういうプレイもありかと思うんだ、うん」
「フミカぁ、こいつらに何とか言ってやってよぉ……」
「大丈夫だよ。メニューならテーブルに広げた方が見やすいし、私が食べさせてあげるから」
「あれ、あんたまで? ここ喜ぶとこ? それとも嘆くとこ?」
「フミカが食わせてくれるってんだ。光栄に思え、痴女」
「うん、取り敢えず泣いとく」
ひとまず01の事は隅に置き、空気を変えることにしたのか、皆いつものペースで会話を始める。現状、最も効果的な選択ではある。このまま全員のテンションが低いままでは、いずれ01も巻き込んで雰囲気が悪くなってしまう。
しかし、圭介はそうはいかない。01との付き合いが一番長く、かつ〈ブラックパルサー〉との因縁もあるので、01との会話において何が安全牌で何が危険牌かある程度は予想が出来るのだ。当然、01を会話に引き込む役は圭介が負うべきということになる。
とはいえ、〈ブラックパルサー〉元構成員と食事を共にした経験はない。どうするかと迷った挙句、無難にメニューを見せることにした。
「ど、どーする? 一応、ドリンクバーは全員頼むから飲み物はいいとして」
「……」
「まあ、まだ晩飯には早いし、軽めにおやつっぽい物にしといた方がいいかな?」
「……」
「あの、01さん。何か反応してもらえる? 俺、意外にメンタル弱くって、無視されると泣いちゃうんだけど」
「ああ、すみません。仰っていることがよく理解出来ませんでした」
「え……えっと、それはどういう……」
強烈な嫌味とも取れるセリフに思わず硬直する圭介だが、01がキチンとメニューに目を通し、その上で僅かに表情を歪めていることに気付いた。
何か珍奇な物でも目撃したような、自分の知識の外にある物をどう理解すればいいのか考えあぐねているような、そんな顔。
「なあ、01? まさかとは思うけど、このメニュ……資料に記載されている物体は何でしょう、とか考えてる?」
「はい」
「Oh……これはちょっと予想GUYだわ」
圭介は思わず黙り込む。
一般常識に疎いということはよく理解していたつもりだったが、まさかここまでとは思ってもみなかった。
「なあ、一応確認しとくけど、俺たちって体の構造とかは似通ってるよね?」
「ええ。性別や体格も違うので、細部はどうしても異なりますが、私はあなたの後継機、もしくは発展機と言える立場にあります。ある意味では、簡易量産機とも言えますが」
「だよね? フレームは特殊金属だし、いろんな機器も積んじゃいるけど、生身の……有機質な部分が相当にあるよね?」
「はい、あります」
「おまえ、もしかして組織で食ってたのって……」
「ミュートリションスティックですが」
「……マジで?」
「何だそりゃ?」
圭介が頬を引きつらせ始めた時、慎太が首を突っ込んできた。他の面々も気になるらしく、全員が慎太の顔を覗き込んでいる。
「〈メタコマンド〉……俺たち改造人間兵器用の栄養補助食品、みたいなもんだよ」
「そのリアクションを見るに、あんまり美味しくないんだ?」
「ゴム製のプ○ッツとビニール製のポッ○ーの二種類があります。食べる?」
「要らねえな、うん」
圭介の簡潔な説明に、皆一様に顔を曇らせ、01に同情の視線を向ける。
「なんでまたそんな貧相通り越して冒涜的な食生活送ってたんだよ。〈ブラックパルサー〉だって飯は食ってるはずだぞ?」
「そうなのですか? 私は規定された量を規定通りの時間に摂取していたのですが、何か特殊な状況だったのでしょうか」
01はごく普通に説明するが、一同はその言葉に押しつぶされそうなプレッシャーを感じ始めた。
どいういう経緯かはわからないが、この01という少女は、食品の写真をそれと理解できないほどに食事らしい食事と縁がなかったらしい。組織内の嫌がらせか、貧困か。あるいは01自身が食事に興味を持っていなかったのはわからないが。
「いいわよ、圭介。三千円までなら出す、何かおいしい物食べさせてあげましょうよ……」
「俺、今月苦しいから千五百円までしかカンパできねえ。でもどうするよ、食文化の違いとか、そういったレベルの話じゃないぜ」
「私は……よ、四千円までなら何とか……」
「フミカ、無茶すんじゃねえよ。俺は諭吉さんを動員出来るぜ。しかし、ぶっちゃけた話、飯を食えるかどうかも不安だ。固形物食ってたなら、噛んだり飲んだりは出来るだろうが」
「あんなマズイもんしか食ってないなら、何食っても美味いだろうとも思うけど、逆にあの味に慣れきった味覚だと考えるとなぁ……」
テーブルの上でズイズイと額を突き合わせて相談する。
全員の総意として、01にまともな食事を摂らせたい、出来るだけ美味い物を食べさせてやりたいという方向性はハッキリしているのだが、それを実現するための問題が山積みだ。
食事とは、人間が生きていく上で非常に重要な要素である。単純に栄養補給というだけでは決してない。物を食べるというのは、生物の絶対的な本能であり、それを満たすことで心身の平穏を保ち、生活に潤いを与えるものだ。
人間が人間らしく、という以前に、動物が動物らしく生きるのにさえ必要な食事を、この少女は碌に摂っていない。そして、食事の経験がない以上、突然普通の料理を口にさせて大丈夫なのかと言う不安もある。体質上、中毒や消化不良といった事態はあり得まいが、口に合わないということは十分に想定できる。
少年少女が深刻な顔を見合わせる中、ふと01が口を開いた。
「結局、これらの写真はいずれも食品と考えていいのですか?」
「え、ああ……」
「ふむ……」
見れば、01はテーブル上のメニューに視線を落とし、何やら興味深げにしている。
どうやら、料理という存在の見た目には、嫌悪や不快感を抱いていないらしい。
「……ええい、ままよ! とりあえず食いやすそうなモン、適当に注文するぞ!」
ここで圭介はあえてリスクを考えることを止めた。
いつまで01が料理に興味を持っていてくれるかわからない。何しろついさっきまで重苦しかった空気を必死に和ませて、ようやく01が会話に参加したのだ。また変に話題が逸れたりして、01の興味が失われてからまた一からこの苦労をやり直すのは気も進まない。
虎穴に入らずして虎の子を得ることは出来ないと、先人も一言を残している。彼が本当に虎の穴に入ったのか。そしてその言を信じて虎の穴に飛び込んだ者がどうなったのかはこの際考えまい。先人の無責任な格言は、後世の人間の可能性を狭め、あるいは広げてきたのだ。
案ずるより産むがやすし、伸るか反るか、当たって砕けろ。ここは先人の口車に乗ってみるのもいいだろう。
やるだけやってみよう、というある意味では非常に危険な積極性を発揮し、圭介は店員を呼びつけるべく呼び鈴に指を伸ばした。