シリアス死す!? 潜み這い寄る平和な日常! ……一山の前にまず平野
「何とも、こっぴどくやられたな」
〈ブラックパルサー〉のアジト……元々はそうだった場所で、男はどこかしみじみと呟いた。
年のころは四十かそこらだろう。若い、とは言い難いが、高齢と言うには程遠い年齢。
だが、その落ち着き払った態度と、静かでありながら鋭い眼光は四十やそこらでは到底備えられないような威厳と存在感を醸していた。
「首領……」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはどこか困惑した様子の男が立っていた。
「どうした」
「被害状況の確認が終わりました。施設はことごとく破壊され、復旧の見込みは完全にありません。また、重要機材や情報も大部分が持ち出されたようです。壊滅です。それどころか、隣接する次元に築いた拠点さえ複数が破壊されています」
「そうか。収容した負傷者の状態は?」
「はっ、〈メタコマンド〉二名は現在治療中ですが、修復にはさほど時間は掛からないかと」
「ふむ……」
大した感情の変化も見せずに頷く首領と呼ばれた男に、部下らしい男はたまらずといった様子で問い掛けた。
「首領、やはりあの街を落とすのは時期尚早ではないでしょうか。はっきり言って、あの街は異常です。警察と民間人だけでこのアジトをここまで破壊しつくすなど、とてもまともな勢力とは思えません」
「ふふ、怖気づいたか?」
にやりと笑う首領に、部下は思わず一歩たじろぐ。
あまりにも浅はかだった。この男は障害が大きければ大きいほどにそれを叩くため意欲を燃やすのだ。それを相手に弱気な発言など、他の者に知られれば確実に総括、制裁が待っている。
「そう身構えるな。私は冷静で理性的な者を罰するほど狭量ではない」
「は、はぁ……」
部下の内心を見透かしたような言葉に狼狽し、同時にその内容に安堵する。
「おまえの考えももっともだ。だが、もとより我々に後はない。もはや組織を再建するにはこれほどの博打を打たねばならぬ所まで来ているのだ」
首領の言葉も決して間違ってはいない。〈レッドストライカー〉というたった一人の男によって〈ブラックパルサー〉という一大組織は壊滅的な打撃を受けてしまった。
世界各国に存在したアジトの大半を徹底的に破壊しつくされ、集められていた莫大な資金は世界中の医療機関や犯罪被害者支援組織にばら撒かれ、秘匿していた技術も有用かつ世間的に無害なものはネットワークを通じて拡散されてしまっている。
組織の経済的、政治的優位性は完全に失われ、人員も大半が死亡した。装備や兵器を生産することも叶わず、新たな施設を築くことも出来ない。
組織を復権させるには、確かにあの古見掛とかいう恐ろしい財力、技術力を要した人材の大鉱脈を押さえるぐらいのことをしなくては無理だろう。
だが、本当にそうだろうか。
部下は首領の言葉の裏に、何か別の意図を感じていた。
そもそも、街を落とすのならある程度の偵察の後に電撃的奇襲を掛けるべきだ。複数個所で凄惨な破壊活動を行い、人口の多い所で人質なり何なりを取れば、多少の戦力差などひっくり返せる。ゲリラ戦とは、単純な力押しではなく頭脳戦だ。逆に言えば、そうでなければ話にもならない。人質なり何なりを押さえ、こちらが好きな時に好きな場所を攻撃できるという利点がなければ、もはや戦いとして成り立たない。
だというのに、何故、わざわざ真っ先に〈レッドストライカー〉なのだ。
あの街に〈レッドストライカー〉がいると判明した時点で、目標を別の街、国に変更する案も出されてはいたのだ。無論、ともかく好戦的な幹部以下、指揮官クラスの戦闘要員は受け入れなかったが、最終的に侵攻を決定したのはこの首領だ。
部下の男からすればただ威勢ばかりがいい無為無策の幹部たちを止められるのは首領ただ一人だと考えていたが、首領はこれを良しとした。そればかりか、わざわざ自分たちの存在を露見させ、さらには戦力さえすり減らすだろう天敵を真っ先に狙いに定めたのだ。
それとも、〈レッドストライカー〉だからか。
あの男が現れてから、首領の判断は変わってきた。
作戦を妨害する〈レッドストライカー〉を排除しようというのは分かる。だが、首領は作戦の進行よりも〈レッドストライカー〉の排除を優先するようになった。対〈レッドストライカー〉用の専門部隊を開発、編成しようという計画も、発案者は首領だった。計画が本格的に動き出した時には、既に〈ブラックパルサー〉を追い詰めるほどに〈レッドストライカー〉の脅威は大きくなっていたから、先見の明と考えていたが、ひょっとしたらそれも違うのかもしれない。
首領は、〈レッドストライカー〉に執着しているのではないか?
そんな疑問を抱いた時、やはりそれを見透かしたように首領は言った。
「手強い敵を打ち倒してこそ、士気も上がり、組織の再建にも弾みが付くというものだ」
「……」
「うわ~……」
「おい、どーすんだよこれ。声掛けられねえぞ?」
「わわわ、うわ、わー……」
「つーか、どういう状況だ? あとフミカ落ち着け」
アパートの屋上という、そう広くはない空間。佳奈美、博次、フミカ、慎太の四人は出入り口の扉を僅かに開け、串に刺さった団子のように頭を並べて狭い視界を覗いていた。
圭介の後をこっそりと尾行し、このアパートに辿り着いたのが一時間ほど前。圭介が01と共に上空へ上ってから、しばらくは雑談を交えてトランプやスマートフォン片手に時間を潰していたが、やがて二人が戻って来たのに気づき、こうしてデバガメに勤しんでいるというわけである。
「で、でもホントに何があったんだろ……」
「気になるわー。これはもう直接問い質すことも辞さないくらい気になる」
「止めはしないが、今は止めとけよ?」
「そーだぜ? 流石に今は空気読まねえと後が怖い。それに面白いものが見れなくなる」
四人の視線の先では、一時間ぶりに地上に降り立った圭介が真っ青な顔で尻餅をついている。せいぜいが高層ビルの展望台、頑張って旅客機の機内でしか空を経験したことのない四人には何故圭介が青い顔をしているのかはわからない。まさか自力で成層圏まで行ける人間がその世界に心底肝を冷やしているとは流石に思わない。
だが、そんなことが気にならないほどに彼らの意識を惹きつけているのが01の存在だ。
座り込む圭介の胸にきつくしがみついている01の姿を見ては、普段はストッパーとして機能しているフミカをしても目を逸らせなかった。
常に冷静で、どこか自分たちとは一線を画した雰囲気を纏っている01。あまり感情の起伏を見せない、というよりも、無感情そのものといった様子だった彼女が、一体どういうわけか圭介に必死にしがみついている。
空の上で口説かれたのか、とさえ皆が考えたが、それにしては様子がおかしい。あれは恋に落ちた乙女というよりもむしろお化け屋敷で慎太にしがみ付くフミカだ。いや、01はへたり込んでいるのでそれ以上かもしれない。フミカも大概怖いものは苦手だが、流石にへたり込んだことはまだない。
「それで、どーするよこれから」
「流石に、このまま覗いてるのは悪いよ……」
「ってもいちゃついてるかどうかはわかんないじゃない? パッと見はともかく、あれはどう見たっていちゃついてきたって顔じゃないし」
「いちゃついてなかったら覗いてもいいって理屈はいったいどこから現れた?」
そうこう言いつつ、二人の動向が気になる悪友たちはドアの前から離れようとはしない。
「……えーっと、大丈夫か、01?」
自身もげっそりとした顔で、圭介は01に声を掛ける。が、芳しい反応はない。せいぜいが身じろぎか、ごくごく小さな頷きを小刻みに繰り返す程度だ。
ちらりと顔色を窺うと、圭介とは比較にならないほど参っているようだった。圭介の胸に横顔を押し付け、焦点の定まらない半目でコンクリートの床を睨みつつ、ミシミシと圭介の体を両腕で締め上げる。恐怖に怯えるというよりも、最後の力で敵を絞め殺そうとしている死兵のようだ。
固い装甲に顔を押し付けてくる01が気の毒で武装を解除したが、早まったと言うしかない。おかげで圭介は極度の緊張から解放されても、強烈な圧力に耐えるためにかなり力まねばならなかった。
「あのー、悪いんだけど、ちょっと力緩めてもらっても……」
「すみませんが、少しの間声を掛けないでください」
きつい口調で一太刀に切り捨てられる。
「……なんで?」
迷った後、何故か囁き声で再度尋ねる圭介に、01はぼそりと答えた。
「反応させないでください。今、地面から目を離したら、きっと戻って来られません……」
「……」
思った以上に取り乱しているのか、どうにも要領を得ない返事だ。何となくニュアンスは伝わらないではないが、それでも正確な意味はさっぱり分からない。
だが、その返答に圭介は少し和んだ。
(何だよ、随分と可愛いところあるじゃん?)
普段あまり感情を見せない01が、困惑と恐怖のあまり取り乱している。
不謹慎極まりない話だが、その様子がどうにも愛おしく思え、圭介はポンポンと01の背中を叩いた。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと捕まえといてやるからホレ、ちょろっと空を見て?」
「無理です駄目です」
「ならばゴーイングマイウェイ」
圭介は素早く01の背後を取り、羽交い絞めにした。
01が反応を示すより早く、そのままゴロンと仰向けに横になる。
「ぁ……」
否応なく、圭介の上で仰向けにされた01は、そのまま黙り込んだ。
「どうだ? これでもまだ怖いか?」
「……いえ」
「だろ? せっかく地上に戻ったんだ。視界が狭いまんまじゃ、降りた実感わかないぜ」
二人の視線の先には、青空があった。
空虚で冷たい宇宙空間の手前、暗闇の世界ではない。十キロ以上の遠い距離と、分厚い大気の層。膨大な体積の白い雲と、大気の中で拡散し、全天を明るく照らし出す陽光。
見慣れた青空だ。
地面にへたり込んでコンクリートの床を睨んだところで、それはせいぜい数十センチ四方のコンクリートに過ぎない。
自分がどこにいるのかを把握するには、遠くを見なくてはいけないのだ。周囲の景色や情報を照らし合わせなければ、人間は自分の現在地さえ知ることは出来ない。
逆に、頭上にきちんと空があれば、自分はその下にいることが理解できる。
「空が青いということに、これほど感謝したことはありませんでした」
「そーだろそーだろ。溺れてみないことには、空気の美味さはわからないのと同じなわけ」
「そういうものですか」
「何気ない景色でもな、一旦失ってみるとありがたみがわかるもんさ。俺にしたら、こういう平和な街並みも滅茶苦茶にありがたいもんだぜ?」
01ごと上半身を起こし、圭介は周囲を見渡す。
緑の稜線と、遠い水平線に囲まれた巨大で平和な都市。ただ平和を享受しているのではなく、一人一人が平和の為に出来ることをしている街だ。
羨ましい、という思いもなくはない。圭介がかつて過ごした世界では、そんなことは出来なかった。人々の意識も、能力も、この街ほどに強くはなかった。愛すべき人々は、しかし決して強くはなかったのだ。マンションのオーナーと不動産屋が不正に入居された部屋から暴力団を叩き出したり、毎週現れる巨大怪獣を科学部の学生が手製のスーパーウェポンで迎撃するような街なのだから、比較することがそもそもおかしいのだが。
「あーっ、元いた世界もこんな感じだったらなあ。〈ブラックパルサー〉なんぞ返り討ちに出来たのに」
高高度の世界にあてられて精神が少し参ったのか、思わずそんな愚痴が零れる。と、01が微かにこちらを振り向き、声を掛けてきた。
「あなたは、この世界に満たされているのですか?」
「うん? んー、そうだな。少なくとも、面白おかしくはやってるな」
「面白おかしく、ですか」
「おう。おまえも、戦いの合間にでも遊びに出てみたらいんじゃねえ?」
「……考えておきます」
01との会話に、寂寥感と僅かな悔しさがあっという間に押し流される。圭介は内心でガッツポーズを取り、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
元々、01は自分を満たしてくれるものを探していたはずだ。戦いこそが自分の使命とは言っていたが、要するに戦い以外の事を何一つ知らなかったに過ぎない。記憶がない空虚さが、周囲に目を向ける余裕がなかったのだろう。なまじ〈レッドストライカー〉との戦闘が新鮮かつ刺激的だったのがまずかったかもしれない。それが思いのほか01の欠落を埋めてしまったことで、なおさら周囲が見えなかったはずだ。
その視野狭窄状態を一撃でぶち砕いてくれたのだから、この荒療治は実に効果的だった。
戦闘しか見えていなかった01の視界に、理屈も何もすっ飛ばした恐怖、知識の中にもなかっただろう高高度世界の光景を叩き込んだことで、あきらかに01の言動に変化が見えた。
もし、出会った当初の01に「遊びに出てみろ」などと言ってみたところで、果たしてどれだけの反応があったろうか。
精々が「よくわかりません」。あるいは「興味がありませんので」ぐらいは返してきそうだ。
〈レッドストライカー〉大河原圭介も、内なる欠落をこの街に満たされているという話もあってか、多少なりとも01に好奇心の破片のようなものは見え隠れしている。
「さて、それじゃあどうするかね。一休みしてから一戦交えますか?」
しかし、圭介はあえてそこで話を切った。01の両脇を抱え上げて身体の下から抜け出す。
本来なら戦いなどしたくはないし、01に他の事に興味を持ってもらいたい。だがここでしつこくその話ばかりしてもよろしくはないだろう。
01が僅かでも戦い以外の事に意識を向けてくれただけでも成果としては十分だ。ここでグダグダと説教じみた話を続けては、却って彼女の好奇心に水を差しかねない。せっかく持ってくれた興味をこちらの都合や感情で押しつぶしてしまっては元も子もない。
自分がしたい話を一方的にしゃべるだけというのは、相手に何かを訴えかけたい時などには特にしてはならない悪手だ。01には01の価値観や望みがあるわけで、それらを淘汰してまで独善を押し付けるべきではない。
「……そう、ですね。今はとにかく冷静になりたいというのが本音です」
「およ? 流石に今すぐって気にはならない?」
「ええ。多少は落ち着いたつもりですが、このままでは初撃を防げるかどうかも疑問です」
「流石。冷静さというか、判断力はそんなに鈍ってないな」
無理もない。圭介自身、ベストな状態にまで持ち直すには五分や十分では厳しいだろう。まして今日初めてあの世界を経験した01では、早々簡単には普段の精神状態まで戻れまい。それでも一定以上の判断力は残っているだけ大したものだ。
「それじゃリハビリがてら地上八階建ての屋上景色でも眺めてみますか」
周囲を取り囲む塀は透明になっており、立ち上がらなくてもそれなりに景色は見えるのだが、やはり立った方が眺めはいい。未だにぺたんと座り込んでいる01へと手を差し出し、捕まらせる。
「……?」
「ん? どした?」
01はしっかりと圭介の手を掴み、立ち上がろうとしたのだが、途中で僅かに小首を傾げた。
「おい?」
「すみません。すぐに……」
だが、言葉とは裏腹に01は立とうとしない。圭介の手を引くばかりで、一向に動かなかった。
「? ……?」
そわそわと落ち着きをなくし、困惑するように自分を身体を見下ろす01の姿を見て、圭介は一つの推論に至った。
「おまえ、もしかしてもしかするとしなくてもだけど……腰抜けた?」
「いえ、関節に異常はないはずです。ですが、これは……」
「うん。そういう意味じゃないからとりあえず一旦落ち着こう?」
圭介の手をぐいぐいと引きながら立ち上がろうともがく01を一度座らせる。
どうやら腰を抜かす経験や知識はなかったのか、01は無表情ながら静かに取り乱しているらしい。一度座りなおしたものの、床に手を突いたり必死に足を力ませようとしたりと忙しない。
「大丈夫だよ。一時的な症状だから心配スンナって」
「そうなのですか?」
「そうなのですよ。神経系がちょっと驚いて背中の筋肉が動かなくなってるとか、脳の運動野とか知覚野が混乱してるとか諸説あるけど、何にせよすぐ直る。しゃっくりみたいなもんさ」
一応は納得したのか、01は完全に座りなおした。が、安静にするなら屋上よりも01の部屋の方が都合がいいだろう。夕方の風で体調を崩す〈メタコマンド〉ではないが、少なくとも屋外よりは落ち着ける筈だ。そう考えて圭介は01を抱きかかえる。
「一旦部屋戻りましょ。実は俺もそんなに余裕なくてさ、休憩を受け入れてもらえて助かったぜ」
「そうですね。では、お世話になります」
実に大人しくお姫様抱っこを受け入れた01が頷くと同時、二人の背後でいくつかの声と、ドタバタと何かが崩れるような音がした。
「……おまえら」
アパート内へ続く扉の中から倒れこんで来たらしい、李佳奈美、里村博次、ナガミネフミカ、椎名慎太の四人が団子になりながらもがいているのを見て、圭介はため息を吐いた。
「よ……よう、圭介! こんな所で奇遇だな!」
「ホントホント、もうスゴイびっくり! 運命戦隊、グウゼンジャー! みたいな!?」
「あー、まあ見ての通りの状況だ……」
「ゴメンナサイゴメンナサイ!」
四者四様に弁解や謝罪の言葉を述べる友人たちの様子に、圭介は01を抱えたまま肩を竦める。
優れた感覚器官を持つ〈メタコマンド〉である圭介だが、その五感は通常、常人と同レベルまで機能を制限している。不必要に大量の情報を常時処理していては、流石に神経系がもたないし、普通に生活をするには、あまり余計な情報を拾いすぎると精神的にも悪影響が出る。周囲数キロ範囲内の口論や陰口などを常時広い上げたりしていては、神経の前に心が参ってしまう。
しかし、今回はそれが裏目に出た。
「一応聞いとくけど、どっから見聞きしてたわけ?」
「え、何が?」
一周回って堂々と佳奈美はすっとぼける。
「よし、質問を変えよう。01の取り乱す姿はどうだった?」
「もうサイコー。何よ、クールぶってても結構可愛いところあるじゃない」
「概ね同感。まあ、だいたい最初から見てたのね?」
控えめに言っても俗っぽい回答にうんうんと頷き、圭介は僅かに目つきをジトリとしたものに変える。
「ご、ゴメンね。悪いとは思ってたんだけど……」
「まあ、見てて退屈はしなかったな」
「たまにゃあ、からかわれる側に回るのもいい勉強だと思うぜ、うん」
「ナガミネ、おまえだけだよ良心は……」
ほとんど悪びれることもない反応に小さく肩を竦めると、圭介は01を抱いたまま、掌だけを左右にひらひらと振る。
「さあさ、どいたどいた。これから御嬢さんをご自宅にお送りするんだからさ」
「何だ、送り狼になるのか?」
「その暴言、俺が彼女いない歴イコール年齢と知ってて言ってる?」
「それが正直意外だわ。ルックスは悪くないし、性格的にも取っ付きやすいと思うんだけど、何か致命的な短所とかあるの?」
「いや、全然。自分でもこんないい男はそうそういないと思ってるんだけどなぁ。だからこそ近寄りがたいのかもなぁ」
「女がドン引きするレベルの変態なんだろ? ベッドの下にエロ本隠したりせずに、むしろ積み上げたエロ本の上に布団敷いてるんだろ?」
「博次、フミカがいるからそういった話題は避けろ」
「し、慎太君。別に私もそこまで潔癖でも無垢でもないよ……」
「もう一度言っちゃうけど、そこをどけよ」
あっという間に場が騒がしくなる。
友人達の顔を見て気が緩んだのか、圭介も普段以上に饒舌になり、どくように促しつつも表情に柔和さが増してくる。色々と変わった事情を抱えてはいるものの、そこには若者たちの自然な団欒があった。どこにでもある、平和な一幕。
今一つその空気に入れていないのは、状況をよく理解出来ていない01と、
「……どうしよう。完全に僕たちが入れる空気じゃなくなった」
「このまま帰るわけにもいかないだろう。気は進まないが、付かず離れずの状態を保つしかないだろうな……」
圭介にさえその存在を忘れられ始めていた(一応)大人二人だった。