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少女と会った日……すなわち、好日

 「……気のせいじゃないよなぁ、これは」


 試験終了後、ホームルームまでの僅かな時間。

 教室には解放感に浸る生徒たちの賑やかな雑談が溢れているが、その中で圭介は難しい顔をしていた。

 自分の席で腕を組み、むむむと唸りながら椅子をゆらゆらと揺らしている。


 「どーしたどーした、せっかくの試験明けだっていうのに辛気臭い顔して」

 「珍しいね、大河原君がそんな顔するなんて」


 物思いに耽る圭介を案じてか、大柄な男子生徒と小柄な女子生徒が声を掛けてきた。

 

 「いやね、さっきロボットを片づけてからこっち、ずっと視線みたいなのを感じてるのよ。おかげで試験中も全然集中できないでやんの。こりゃ六十点に届かんかもなぁ」

 「てめえ、さらっと六十前後は取れる宣言しやがって、余裕だな……」

 「あはは、大河原君は数学はそれなりに出来るもんね。勉強しなくても」

 「そうよ。出来ちゃうの。凄いだろ、もっと褒めてもいいんだぜ?」

 「何言ってやがる、英語は壊滅的なくせに……。待て、何か話がずれてる。視線がどうしたって?」

 「そのままの意味さ。試験中ずっと誰かに見られてるみたいで、気のせいかとも思ったんだが、流石にこれだけ長い間神経がチリチリしてると、そうでもなさそうだ」

 「視線? 調べてみようか?」

 「調べる……って、そうか。ナガミネは超能力持ってたな」


 女子生徒、ナガミネ・フミカの提案に圭介は暫し思案する。


 「サンキュー、気持ちだけもらっとくわ」

 「あれ、いいの?」

 「まずないとは思うけどな、たまにそういうスキャンは逆探知されるんだよ」


 圭介の知る限り、フミカの能力は精神走査系だったはずだ。

 誰が、どんな感情を込めてこちらを見ているのかを読み取るぐらいは朝飯前に出来るだろう。

 無数の人ごみの中からこちらに注意を向けている人間を特定できる優れた能力は、使いようによっては非常に便利ではあるのだが、極々まれにそれを把握される危険を伴う。


 もし、圭介を注視している者、あるいは者達がフミカの行動を感知すれば、フミカにも危険が及ぶ可能性が出てくる。


 「まあ、椎名が付いてれば少々の危険なんてめじゃないかもだけどな。相手の正体がわからないんじゃお手上げよ」


 常にフミカに付き添っている男子生徒、椎名慎太をちらりと見やり呟く。

 圭介には及ばないまでも、慎太もそれなりに腕は立つ。が、このクラスの中では比較的常識的な強さだ。チンピラ数人なら十分に圧倒できるだろうが、銃器で武装した人間や、悪の組織の戦闘員数十人を相手取るのは些か厳しいだろう。


 「それは……」

 「む、確かにおもしろくねえな」

 「だろ? とりあえずはこっちで勝手に動いてみるからさ、おしどり夫婦は心配せずにイチャついてろよ。ほら、始め」

 「おしどり……」

 「イチャ、え、えええ!?」


 慎太は冷静を装いつつも目が泳ぎ始め、フミカはあからさまなほどに動揺する。


 (初々しい~。二人とも可愛いんだからホントに)


 実際問題、二人は校内でも知らぬ者のない夫婦候補と目されているのだが、どうにも本人たちに自覚は無いらしい。

 圭介としては、そんな二人を自分の問題に引っ張り込むのは大いに気が引ける。


 「ナハハ、まあ気遣いには感謝してるぜ。只の不審者の可能性もあるし、あんまり心配すんなって」


 あたふたする二人から窓の外に視線を移し、圭介はピタリと動きを止めた。


 「……」


 チャラチャラした笑みから一転、鋭い表情を浮かべた圭介は、数キロ以上離れた場所にマンションを睨んだ。


 「圭介?」

 「ど、どうしたの大河原君?」


 突然態度を変えた圭介に困惑気味に尋ねてくる二人に、圭介は視線を外したまま答える。

 

 「悪い、自己解決したわ」

 「「へ?」」

 

 立ち上がり、窓際へと歩を進める圭介は、声色こそ普段通りだが、どこか好戦的な笑みを浮かべて窓枠に脚を掛けた。


 「急用が入った。ホームルームはフケるから、先生には伝えといてくれ」

 「言葉遊びになるが、せめて早退と言っとけ。事情があるなら出席扱いにしといてやる」

 「へ?」


 予想していなかった声を背後から掛けられ、圭介は慌てて振り向く。


 「うえっ!? い、嫌だなあ先生。居るなら居るって言ってくださいよ……」

 「いちいち断りを入れて教室に入る教師がいるか。行くのは構わんが、何かあったら逃げてこいよ」


 いつの間にか教室に入って来ていた三島教諭が呆れた様に呟く。

 

 「マジっすか? そいつは助かります。それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 「ただし、結果に関わらず後で報告は入れるように」

 「……後日でも?」

 「明日中なら構わん」

 「ラジャー」


 敬礼の真似事をすると、そのまま校庭へと窓から飛び降りる。

 脱出に気付いた生徒たちが首を傾げるのが一瞬目に移ったが、一々クラス中に報告する必要もないだろうとそのまま落下、着地する。


 「さてと……」


 先程のマンションをじっと見据え、掌を上にしてクイクイと手招きする。

 

 優れた視力を持つ圭介の瞳は、その屋上に建つ不審な人影をはっきりと捉えていた。

 ボロボロの布きれで全身をすっぽり覆った、見るからに怪しい風体の何者かに視線を突き刺し、圭介は口を開いた。

 当然、数キロの距離を開いている状態で言葉をやり取りできるはずがない。だが、圭介は人影に向けて言葉を放った。


 「付いて来いよ。用があるんだろう?」


 それだけ言うと踵を返し、圭介は跳んだ。


 近場の電柱の上まで跳び上がり、そしてはたと気づく。


 「あ、上履きのまま……」







 城南大学付属学園は住宅地そばにある。

 そうなると校庭以外の広い場所は近くにないように思われるが、実はそうでもない。

 表は確かに住宅地に近いが、裏にはそれなりに広い山並みが広がっており、そこそこの面積の公園や運動場も併設されている。

 ほんの少し足を延ばせば、万が一荒事になっても周囲に被害の出ない程度の空き地はいくらでもあった。


 「いよっと」


 その中の一つ、学園の校庭より少し広く、叢も短く刈り払われた空き地に到着すると、圭介は背後を振り向いた。


 「お、真っ直ぐ付いて来たな。感心感心」


 三十メートル程離れた地点に少し遅れて着地した不審者の姿に小さく頷く。

 万が一付いて来なかったら(付いて来れなかったら)どうするかとも考えていたが、電柱の上をひょいひょいと跳んで移動する圭介の後を律儀に付いて来た不審者は、息一つ乱さずに立ってこちらを見つめている。


 しかし、圭介は不審者の意外な様子にしばし首を傾げた。


 比較対象物がない遠目ではよくわからなかったが、意外なほどに小柄だ。ボロ布で頭から足首近くまで覆われている身体も、布の上からでも細身とわかる。

 圭介の心当たりにはあまり該当しない人物なのは確かだ。

 これまで古見掛市で遭遇し、叩き伏せてきた悪党とは接点がなさそうだし、先のロボット襲撃の関係者といった趣ではない。

 

 圭介が頭上に疑問符を踊らせていた時、不審者が頭部の布を脱いだ。


 「おお……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 ボロの下から現れた顔は、これまで以上に圭介の予想を裏切っていた。


 顔立ちは非常に整っている。

 鋭くはあるがどこか穏やかな瞳と、きゅっと結ばれた小さな口。艶やかな髪と、それとは対照的な布きれを風に靡かせて立つ姿は、ちぐはぐながらどこか美しい。

 粗末な出で立ちではあるが、決して薄汚れてはおらず、肌も張りとうるおいに満ちている。


 「驚いたね。女の子かよ」


 圭介が小さく口笛を吹いて感嘆の意を示す程には美しい少女だった。


 「お初にお目に掛かります。大河原圭介」


 そして、少女は口を開いた。

 澄んだ声で礼儀正しく挨拶を述べ、少女はぺこりと頭を下げた。姿だけでなく、その礼も美しい仕草だった。


 「ああ、これはどうもご丁寧に」


 圭介も軽く会釈を返す。


 (さて、どう出てくるか……)


 何かしら非日常的な存在と会うと荒事に発展するという毎日を過ごしている古見掛市民、そして古見掛に来る前はそれ以上の戦いの日々を過ごしてきた圭介にしてみれば、如何に可憐な少女とは言え、正体不明の不審者と相対して無警戒ではいられない。

 しかし、今の所彼女が敵対的な態度を示していないことも事実だ。

 どう動くべきか考えた圭介は、まず互いの立場を明確にすることにした。


 「で、さっきからずっと俺を見てたみたいだけど、なんか用?」

 

 単刀直入に問い掛ける。

 素直に返答があるか、それが事実かどうかは待ってみるしかない。


 「はい。私は、あなたと戦う使命を受けて参りました、〈タイプα01〉と申します」


 以後お見知りおきを、と返してくる少女に、圭介は渋い顔をする。


 「ああ……やっぱりそういう流れなのね。しかし、一体どこの人なの? 悪いけど、狙われる心当たりが多すぎて見当がつかないんだよね」


 別に誇張でも冗談でもない。

 この古見掛に来てから圭介が揉めた存在は非常に多い。

 暴力団に諜報機関の工作員、エイリアン、魔獣にギャング率いる怪ロボット等々。古見掛市はそれこそ時空さえ超えて様々な世界と接点を持っているだけあり、邪な存在もある程度以上やってくる。それを圧倒するだけの強力な善人が多いから事件化しにくいだけであり、悪漢に遭遇する機会はそれなり以上に多いのだ。

 圭介が直接叩きのめして警察に回収を頼んだだけでも三十余人を下らないし、その半数は何らかの組織の構成員だ。

 何らかの報復という事がないとも限らない。


 だが、そんな圭介の予想は裏切られた。


 「失礼しました。私は〈ブラックパルサー〉の対大河原圭介専門チーム、α隊に所属しています」


 少女、01は事も無げに言った。

 が、その言葉に圭介の顔から一瞬だけ余裕が消えた。


 「……はあ、やっぱり残党が残ってたのか。まあ、そんな潔い連中とは思っても無かったけどさ」






 かつて、世界を震撼させた組織が存在した。

 世界水準の遥かに先を行く技術を有する彼らは、少しずつだが確実に規模を拡大し、同時に脅威を振り撒いていった。

 組織の思想は、世界の破壊と再生。

 退廃と堕落を続ける世界に大いなる災厄を顕現させ、そこから価値ある者だけが真の世界を再生させる。


 発展を遂げていたその世界の何が彼らの気に障ったのかは、人々にはわからなかった。

 唯一はっきりしている事は、馬鹿げた思想と、優れた技術を併せ持った組織というものが、いかに危険であったかということだけだ。


 その恐怖の集団は、先進的な技術だけでなく、その優位性を維持、発展させる努力を惜しまなかった。


 努力の結晶の一つが、彼らの戦力の一角である改造人間兵器、〈メタコマンド〉だった。

 

 人体を改造し、より優れた機能を持たせる。

 極めて非効率的であり、同時に要求される技術レベルも高いその兵器は、しかし優秀な働きを見せた。

 

 頑健な特殊金属の骨格と、しなやかかつ高出力の人工筋肉を駆使し、普通の兵士とは比較にならない能力を発揮する。

 戦いにおいて、銃器も弾薬も必要としない。彼らはその肉体が殺戮兵器だ。コンクリートも易々と打ち砕く拳、自動車さえ追い抜いてしまう脚、そんな無茶苦茶な運動にも全く乱れずに働く人工臓器。純粋な兵器として戦場に投入するにしろ、秘匿性の高い凶器として暗殺や破壊工作に従事させるにしろ、これ程使い勝手の良い兵器はなかった。

 人間の限界を超えた機動を遠隔操作ではなく、本人の意思で行える上、その運用は本人一人いればかなりの時間続けることが出来る。

 ただ一人の人間が、武装した兵士一個小隊以上の戦力として動く。多少高コストであってもそれに見合うだけの戦果を上げることが可能なのだ。


 そして同時に、〈メタコマンド〉は組織の技術力を発展させるための苗床でもあった。


 人体という極めて精密な構造物に手を加え、それまでさえ比較にならない性能を与えて造り直す。

 それだけの事をしでかすために必要な高い技術力を、さらに洗練させ進歩させる為に、彼らは失敗を恐れずに〈メタコマンドを〉製造する。

 改造手術の失敗、即ちコマンド候補者の死も恐れはしない。人間の肉体を用いて試行錯誤を繰り返す、人体実験。


 否、もはや〈メタコマンド〉製造さえ想定せず、人体実験の為だけに組織は人間を掻き集め、消費していく。


 その膨大な犠牲によって、組織はさらに高度な技術を練り上げ、その技術によって多くの犠牲者が生まれる。

 世界を正しい姿に戻すという、組織の理念の為に。


 その組織は、影の様に世界中に広がり、灯台の様にあるべき姿を示す。


 名を、〈ブラックパルサー〉。


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