謀略! 恐怖のトラウマ再現計画! ……思い出したいが、思い出したくないんだよ。わかるだろ?
「バーカ」
「アーホ、ボーケ」
「間抜けー、おバカさーん」
「ええい、うるさいうるさい! 悪かったって言ってるだろが! いつまでもいつまでもネチッこいこという悪い子はモテないぞ!」
昼休みの教室、大河原圭介は野球部員たちに囲まれて盛大にブーイングを浴びていた。
「何を!? おまえらが消えた後に俺たちがどんなに大変だったと思っていやがる!」
「そーだそーだ! 何ならもう一回ステレオで聞かせてやろうか!?」
「もう三回もサラウンドで聞きましたー! 二度も三度も聞く耳持ちませんー! どーもすみませんでしたー!」
「んきーっ! この野郎、もう勘弁ならん! あと聞く耳持たないわりに聞いてんじゃねーよ!」
やいのやいのやいのやいの。
思い思いに弁当を食べる学生たちで賑わう時間は、普段に比べて二割増しほど騒々しかった。気に留めない者はそのままマイペースに食べ、騒ぎ、眠っているが、それでも多少の注目を集める程度にはやかましい。
「完っ、全に小学生よね……」
「騒々しいったらねーな。つーかなんであの組み合わせで絡んでるんだ? 何かあったのかね?」
李佳奈美は呆れた視線を大きな小学生たちに向ける。組んだ足に肘を突き、そこに頬杖をつくというワイルドな姿勢でチューチューと可愛らしく紙パックのカフェオレを、もそもそとクリームパンを口に運ぶ様は何とも形容しがたいものだ。戦闘用のサイボーグだろうと何だろうと、少なくともこの瞬間はただの女子校生なのだが、胡坐をかいていないだけ本人はレディーのつもりでいるらしい。
「おい、ペース考えろよ。パン食う前にカフェオレ飲み干しちまうぞ」
隣の席から里村博次が口を出す。何だかんだ言いつつ世話焼きな男なので、注意しながらもカップに水筒から茶を注いで渡してやる。狙撃や監視担当することが多いので、水筒や食器の類は結構な量を持ち歩いている(狙撃手がのんびりと食器を使って食事をするかという問題はひとまず置く。博次は狙撃を担当することが多いだけで狙撃手ではない)。
「いっただっきまーす」
「ああっ、ナチュラルに俺の分を佳奈美が強奪した!?」
佳奈美は自分用に注がれたカップではなく、博次の飲みかけをひょいと手に取って飲み干した。さらに博次が佳奈美用に淹れたカップに手を伸ばしたところで流石に手の甲をはたかれる。
「ケチー」
「こっちのセリフ……いやいや、おまえはケチじゃすまんぜ。ジャイアニズムの申し子め」
「相変わらずだねー、二人とも」
「はいはい、ごっつぉーさん。暑い暑い。ったく仲がいいこった」
仲良くケンカするサイボーグ少女と肥満気味狙撃手を見やりつつ、超能力少女ナガミネ・フミカと、辛うじて一般人である椎名慎太は食事を続ける。
ちなみに二人が箸でつついているのは互いに手作りの弁当というこれも相当に甘ったるいシチュエーションである。一体どの口で偉そうなことをいうのかと周囲の生徒たちが生暖かい視線を向けている。
「それで、あいつら一体何を揉めてるんだ?」
「あー、あれは……」
首を傾げつつ、自分の顔程もある握り飯を頬張る博次の問いに、慎太は意地悪い笑みを浮かべて「くっくっ」と喉を鳴らした。
「何でも、例の01と一緒に〈ブラックパルサー〉に襲われたらしいぜ。んで、通りかかった野球部連中が助けに入ったんだが、結局異次元に二人だけ拉致されたんだと」
「ふーん、無事に帰ってきたんだからめでたしめでたしじゃないの?」
「そっからが笑いどころだ! 連中も警察やら通り掛かりの協力で、すぐに次元の壁越えて追いかけたんだけどな? 当事者二人は脱出済みで、待ってたのはブラックパルサーのアジト丸ごとだって話でよ。二時間掛けて叩き潰したらしいぜ?」
「そ、それは大変だったんだね……」
「警官隊と通行人が一緒とはいえ、悪のアジトだからな。ご苦労さんだ」
他人事なので笑い飛ばせるが、ろくな準備もなしに悪の秘密結社のアジトへの殴り込みである。明らかに野球部の管轄ではない。圭介に責任があるわけではないが、文句の一つも言いたくなるだろう。
もっとも、無関係な人間が監禁されていないか調べたり、あるいは敵が催眠などで操られているだけの人間ではないかと警戒したりで余計な手間暇が掛かっただけで、戦闘そのものはさほど苦戦したわけでもないのだが。
「えーい、散れ散れえい! 俺だって好きで不思議な次元に引きずり込まれたわけじゃないやい! もういい加減に勘弁しろって……ん? ちょい待て、少し静かにしてくれマジで」
なかばじゃれ合いになりつつあったブーイングの応酬の最中、圭介は懐に手を突っ込み、携帯電話を取り出した。
「もしもし……あっ、どーもスンマセン。わざわざ……はい、はい。あっ、大丈夫ですか? 今日の三時半? ええ、大丈夫大丈夫っすよ。はい、そんじゃあ学校が終わり次第向かいますんで。はい、ドーモッス。はいー」
一応静かにしている野球部に囲まれた圭介は、何事かを誰かと打ち合わせていたが、すぐに電話を終え、一瞬複雑な顔をした。
「……どしたよ」
「いや、ちょっと用事が入っただけだ。大事なことだが、ちょっと難しいお話のな」
「そーか。で、俺たちが苦労した話だが」
「しっつけーよ! 流石に引くぜ!? ドン引きしちゃうぜ!?」
再び騒ぎ始める大きな小学生たちを眺めつつ、フミカは小首を愛らしく傾げた。
「用事……今日は01さんと戦わないのかな?」
「さあ、どうだかな。また逃げられたんなら向こうから来るまでは勝手にやるつもりなんじゃないのか?」
もぐもぐと弁当を口に運びつつ、慎太も肩を竦めたところに、佳奈美がどこか悪い笑みを浮かべた。
「ふっふっふう……。気になるわよね? 気になるでしょうみんな」
「おい、いつにも増して邪悪な笑みを浮かべてるな。おはぎ食うか?」
「食べる食べる! まあそれはそれとしてさ、やっぱり博次も気になるでしょ?」
「ならん、と言ったら嘘になるかぁ……」
「だよねえ~?」
ニヤニヤと悪だくみをしながら、佳奈美は邪悪な笑みを浮かべておはぎを頬張った。
「や。いらっしゃい」
「どーも、連日押しかけちまってすいません」
「気にしない気にしない。ささ、入って入って」
放課後、早々に地下鉄に乗り込んだ圭介は、生活相談事務所を訪れていた。
生活相談事務所。
古見掛市においてこの言葉は、市の委託、もしくは認定を受けた民間の生活支援組織を指す。
ただの生活支援とは違い、古見掛市でなければ生きられないような、何らかのワケありの人々を専門に担当するこれらの組織は、取扱い業務が多岐にわたる場合も多い。例えばこの事務所は、古見掛に逃げ込んでくる難民や犯罪被害者の各種届出や申請の代行、カウンセリングを行ったりといったデスクワークの他、有事の際には市から要請されて戦闘に出ることもある、それなりに何でもやる事務所だ。
01と共に古見掛に戻った圭介は、警察と学校に自分たちの無事を連絡しつつ、すぐにこの事務所に向かった。
警察に連絡した際、警官隊を始めかなりの人数が〈ブラックパルサー〉と交戦中だということを知りはしたが、相手の数がわからない以上は01をゆっくりと古見掛に滞在させるわけにはいかない。アジトを一つ潰したとて、その他にアジトがない保証はない。事実、本来構成員である01でさえ組織が未だに生きていることを知らなかった。
そうなると、安全をある程度確保できる場所と、〈ブラックパルサー〉を撃退出来る……最低でも、ご近所さんが駆けつけてくれるまで時間を稼げる護衛を用意しなければならない。
保護対象を匿える場所を選び出し、警護を派遣するにはそれなりの人員が必要だ。古見掛の住民なら個人でもやれないことはないが、やはり行政の協力のもとできちんとした体制を取りたい。
諸手続きは、普通に生活できる余裕があれば簡単だ。相談事務所はそんな余裕のない人々を支えるのが仕事だ。書類を書くだけ圭介でも出来る。
が、01の抱える問題を考えると圭介には荷が重い。まず01自身の戦いを求める精神状態をどうにかして、さらにその後記憶の問題を片づけなくてはならない。
激戦を繰り広げ、死線を何度も掻い潜ってきた圭介でも、人生経験は十数年しかない。
大人の知恵が必要だった。
いきなり見知らぬ事務所に向かうことに若干抵抗を見せた01を道すがらに説得し、圭介はかつて自分を古見掛に誘ってくれたその事務所に向かい、急遽01の保護を願い出た。
営業時間ギリギリの訪問だったが、01の保護は快く受け入れられ、一時間と経たない内にアパートの一室(防犯完備)と数人の護衛が手配され、ひとまず01はそこに一泊したのだった。
「そういえば、そろそろ彼女と約束の時間じゃない?」
「あと一時間ほどっすかね。遅れるとまたフラフラ俺と戦いに出かねないし」
「はは、それじゃあ早いところ話をまとめないとね」
事務所内に通された圭介は、顔なじみの所長に勧められるままソファーに腰かける。
「どうぞ」
「あ、ども」
いつの間にか現れた若い所員……否、どう頑張っても幼いという表現から脱却出来そうにない少女が応接卓に紅茶を出してくれた。
所長も圭介と同年代にしか見えないが、この少女はせいぜいが小学生、かなり贔屓目に見ても中学生程度の外見でしかない。それでも頼りになる社会人であり、人生の先達であることは圭介自身身に染みている。
そもそも、古見掛市で外見上の年齢など全く当てにならない。
「では、簡潔に。01さんが戦う理由は、記憶のない不安を紛らわすため。乱暴な言い方をするとこうなりますね」
「はい」
所長は人懐っこい表情を僅かに鋭くし、口調を改めた。今は顔見知りではなく、事務所の所長として話しているということなのだろう。
「不安を紛らわすため、そういうと大したことないように聞こえるけど、実は結構大きな問題です。恐怖に抗うというのは並大抵のことじゃないので、ただ戦いを止めようと言ったところで納得させることは難しい。仮にそれを聞き入れてもらえても、彼女の不安が消えない以上解決にはならない。となると、ちょっとした荒療治も視野に入れる必要もある、というのが僕たちの出した結論です」
「荒療治、ですか?」
ふと、視界の隅の少女が妙な顔をしているのに気づく。
まるで軽いトラウマでも思い返すような、どこか嫌そうな顔。所長の目もどこか厳しい色を帯びているように見えた。
「……何をしろって言うんです?」
「僕たちも経験済みで、大河原さんも一回やったことがあるという、アレです」
「アレ?」
圭介は眉をひそめる。
顔なじみとはいえ、学校の友人たちほど長い付き合いではない二人に話したことがあって、自分も経験したことのある、あまり楽しくなさそうなこと。
かつて二人と交えた雑談などを思い返しつつ、圭介はしばらく首を捻っていたが、数分の後に、思わず頬を引き攣らせた
「アレって、もしかしてあれですか……!?」
事務所の二人はその問いに、無慈悲に頷いた。




