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明日への交渉……戦うより喋っている方が多い気がする


 「つまり、何? 俺とならまともな戦いになると思ったわけだ?」

 「その通りです。あなたの戦闘力ならば、私は戦いというものを経験できるかもしれないと感じました。それに……」

 「それに?」

 「あの輝き……アナイアレーション・フェノメノンならば、痕跡ひとつ残さずに敵を消滅させることが出来ます。私は、血液や身体の破片をまき散らして朽ちていくことに抵抗を覚えているので」


  圭介は頭を抱えたくなった。

 悪いことに、この01という〈メタコマンド〉は人並みの感性を持っているらしい。恐らくは脳に何らかの処置を施されて記憶を抹消されたのだろうが、これは非常によくない事態だった。

 

 要するに、消された記憶のよりどころを求めて戦ってきたのだろう。倫理観や常識はだいぶ欠落しているようだが、元来の人間性は完全に消えたわけではないらしい。

 

 流石に頭が痛くなる。

 01が〈ブラックパルサー〉によって「誕生」した、という表現がようやくしっくりきた。確かに、記憶を抹消されているというのは、ある意味で新生に近いものがあるだろう。

 しかし、記憶の抹消を口封じや情報操作以外に使用するというのは妙だ。組織の構成員に招き入れるなら、その理念にしっかりと盲信できる人間性が必要になると思われるのだが。話を聞く限り、01にはおよそそういった資質がない。少なくとも現在の状態で、崇高な理想や巨大な権威などには興味さえ持っていないように見える。それほどに〈メタコマンド〉の素材として優れていたということだろうか?

 何にせよ、極めて厄介なやり方をしてくれたものだと圭介は内心で毒づいた。


 01に記憶がない、というのは二つの大きな問題を意味している。


 一つは、大きいがそれほど面倒な問題ではない。

 記憶がないという欠落を、戦いに熱中することで紛らわそうという考えを改めさせない限り、この少女は自分との戦いを辞めようとはしないだろう。単なる組手や訓練、あるいはじゃれあい程度なら相手も出来るが、今の所、01は圭介を本気で殺しに掛かってきている。それも、アナイアレーション・フェノメノンを暗に喰らいたがるという、死も忌避しない態度でだ。本人は勝てないと思っているようだが、いずれは〈レッドストライカー〉としての圭介にも追いつく可能性はある。圭介としては、死を恐れないイコール強いという理屈は持っていない。だが、死を恐れない故の強さという物も間違いなく存在する。〈レッドストライカー〉とは別の方向で強くなることは大いにあり得る。

 今のように軽くあしらっていられる時間は長くはないだろう。


 このまま放置しておくと、いずれは死力を尽くした壮絶な殺し合いを強いられかねない。流石にそれはごめんだ。

 既に01は〈ブラックパルサー〉からは追われる身だ。使命だ任務だといった物に縛られる必要は完全になくなったし、記憶喪失の人間が片っ端から戦いに身を投じていたら、世の中もう少し物騒になっている。他に欠落を埋める方法はいくらでもある。

 これは、古見掛市というある種の理想郷に引きずり込み、朱にどっぷりと漬け込んで赤くするよりないだろう。圭介の為にも、01の為にも、そうした方がいい。

 圭介は01古見掛移住計画を改めて決意する。


 もう一つの問題は、大きい上に非常に解決が難しい問題だった。


 01の記憶が戻るかどうかはわからないが、古見掛市の病院を受診させれば可能性は十分にある。

 腕がもげていようが首がもげていようが、生きていようが死んでいようが、可能であれば治してしまうのだから、消された記憶を復元するくらいの事は出来てもおかしくはない。01のことを考えれば、早々に行かせるべきだ。


 しかし、記憶が戻った後の事を考えると非常に頭が痛い。


 01がもともとどういう人生を送って来たのか、どういう人間性だったのかはわからない。

 しかし、戦場に転がる死体を見て強い嫌悪を覚え、そうなるぐらいなら反物質と対消滅すると考えている(ただ、死をキチンと理解していない可能性は非常に高いが)のだ。そう極端に歪んだ感性ではないだろう。第一印象は、悪い奴ではなさそうというものだったし、何度か拳を交えた今も、それなりに好感の持てる相手だと思っている。

 少なくとも自分の見た範囲では、組織の理念を盲信した独裁者ではない。興味がないだけと言えばそれまでだが、不要な殺戮や破壊工作にも、自分の意志では従事していないようだ。


 どこかずれた所はあるものの、礼儀もそれなりにしっかりしている。

 

 その01が、たった今目の前で敵を殺戮したと平然と告げてしまったのだ。


 敵とは、おそらくは組織への潜入、摘発を試みた警察官か、あるいは制圧しようとした軍人だろう。

 〈ブラックパルサー〉の人間である以上、完全に綺麗な手をしているとも思っていなかったが、やはり本人の口から聞くと気が重い。


 圭介としては、01を責めるつもりはない。

 記憶を抹消され、まともな理性も倫理もあったものではない状態で悪党にそそのかされてしまったのだ。それも、俗っぽい欲望の為ではなく、記憶がない恐怖から逃れる為の、ある意味では緊急避難だ。諭していく必要はあるだろうが、糾弾出来るようなものでもない。だから、圭介は責めはしない。


 圭介は、だ。


 仮に01が記憶を取り戻したとすればどうなるのだろう。〈ブラックパルサー〉に記憶を消された人間は何度か見てきたが、いずれも回復したのかどうかはわからない。再会することもなく圭介は組織を叩き潰し、次元の壁を越えた古見掛に身を寄せたのだ。だから記憶が戻る前後で、人格にどういう影響があるのかはわからない。

 もし、記憶が戻ると同時に、人間性が記憶消去前まで回帰してしまうとすれば、かなりまずいことになりうる。

 01がかつて、極めて善良な人間だったとすれば、そこにいきなり自分が殺戮者となった事実を叩き込まれることになる。精神に多大な負担を掛けることは想像に難くない。記憶の回復とは別の意味で医者の世話が必要になるかもしれない。

 元々の人格が善良でなかったとしても、古見掛市民のあの親切さに影響を受ける可能性は濃厚……というよりほぼ確実だ。その場合は、記憶が戻らなくても自分の罪を嫌でも突き付けられることになる。


 「ったくあの馬鹿ども、余計な真似してくれて……」

 

 だいぶ楽になった体を起こし、圭介は01を拘束していた鎖を引き千切る。

 ゆっくりと身を起こす01の頭に掌を乗せる。


 「?……どうしました?」

 「まぁ、出来る限り手伝ってやるから、負けるな、うん」

 「?」


 くしゃくしゃと髪を撫でつけ、圭介は立ち上がった。


 「浄化が済んだら帰るぞ」

 「はい、お気をつけて」

 「おまえもだよ」

 「はい?」


 首を傾げる01に、圭介は肩を竦めてため息を吐く。


 「共同戦線張ったろ? 浄化機はほぼ役立たずだし、ここに直接脱出しただろ? 行先をトレースされてないとは限らない。もうここは安全な隠れ家じゃないんだ」

 「ですが……」

 「嫌だってんなら無理矢理にでも引っ張ってく。そんな警戒しなくてもいいだろ? 捕まえようとか思ってないからさ」

 「……」

 「あの街なら、おまえの血液浄化もある程度以上に望みはあるし、奴らもそう頻繁には攻め入ってこれない。寝食も何とかなるはずだし。ここにいるよりはずっと安全でメリットも多いと思うんだけ、ど?」


 渋る01に、圭介はずいと迫った。


 「損得勘定してみろ。いつ嗅ぎつけられるかわからない隠れ家に一人で引きこもるか、少なくとも敵に襲われる可能性は低い快適で安全な同盟者の所でじっくり腰を据えて構えて対策するか。俺と戦う前にやられたいってんなら、止めないけど」


 01は少し考え込む様子を見せた。

 

 「ここにいたって、せいぜい屋根と壁があるだけだろ? まあ、それでもありがたいかもしれんが。古見掛に来れば当面の間、衣食住完備。生活費支給。希望すれば護衛もつくから枕も高くして寝れる」

 「……」

 「毎日……とまで言わないが、俺と戦うのにいちいち探し回ったりつけ回したりする必要もないぞ?」

 「行きましょう」

 「ちょr……もとい、早いな!」


 あまりにあっさりとした承諾に驚く。


 「何、俺って今そんなに魅力的なお誘いした?」

 「いえ、納得しただけです。確かに、あなたと満足に戦えない内に果てるわけにはいきませんし、私の求める戦いに応じていただいておきながら不信を抱くのも無礼な気もしてきました」

 「お、おう。そいつはありがとさん」


 もしかすると、返答のタイミングが合っていただけで、01は自分の説得をあまり聞いていなかったのではないだろうか。そんな錯覚さえ抱く。そのぐらいにあっさりとした、他意を感じさせない声だった。


 「うーん、わざとやってるなら恐ろしいわこの子」

 「何か?」

 「何でもない。そろそろ行こうぜ?」


 立ち上がり、そのまま外へ歩みだす。

 話が決まれば、こんな陰気くさいところとはそうそうにおさらばだ。主である01には悪いが、圭介にとっては決して印象の良い場所ではない。


 「あ、大河原圭介」

 「うん?」

 「腕のそれは、どうにかした方がいいのではないでしょうか」


 圭介は垂れ下がるカテーテルと針を引き抜き、廊下の隅に放り捨てた。


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