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血を交わす二人……ざ・まにあっくしちゅ


 「……ここは?」

 

 目が覚めた。

 少しぼやける視界を刺激している白い光が、天井に据えらえた照明だと気付き、01は現状把握に努める。


 ここはどこだ? そうだ、拠点として使っている、壊滅した〈ブラックパルサー〉のアジトだ。


何故ここにいる? 確か、〈ブラックパルサー〉の残党に敵と判断され、〈レッドストライカー〉と一時共闘し、そこから次元の壁を越えて脱出し……。


 上手く脱出し、普段使っているアジトに戻れたのか。確認するために起き上がろうとするが、手足に力が入らない。

 そういえば、血液が相当に劣化していたはずだ。力が入らないのも無理はない。しかしだからと言って寝ているわけにもいかない。そこまで劣化が進んでいるなら、なおさら急いで血液を浄化しなくては。

 重い体に鞭打ち、懸命に手足に力を入れる。脱力している人工筋肉に力を入れ、身体を起こしに掛かる。


 だが、不自然な抵抗がそれをさせなかった。自分の身体の方へ確かに引き寄せたはずの手足が、ガクンと引き戻される。その抵抗が朦朧としていた01の意識をある程度以上に覚醒させた。

 

 「……?」


 感覚神経を集中する。さらに頭だけを動かし、自分の手足を確認する。そうしてようやく、01は自分の置かれている状況を理解した。自分が横たわっているのは、まさに血液浄化用の装置を内蔵した円形の寝台の上だ。自分はそこに、大の字に寝ている。寝かされている。

 手足を投げ出しているのではない。乱暴に巻きつけてある鎖―おそらく格納庫あたりに放置してあったものだろう―が押さえつけ拘束しているのだ。引き千切れないのは、01の身体が非戦闘状態にあるためだろう。困惑しながらも、身体を戦闘態勢に移行させようとした時だ。


 「あ……やっと起きやがったな?」


 重苦しい声が響いた。

 声の方を見やると、寝台に突っ伏す一人の男が目に入る。


 「大河原、圭介……」

 「おう……おはようさん……」


 青い顔で苦しげに肩を上下させながら、大河原圭介は身体を少し起こした。


 「すみませんが、事態が飲み込めません。よろしければ教えていただけませんか?」

 「おまえさあ、もうちょっと心配してくれてもいんじゃない?」

 「それも含めての話です」


 むしろ01としては、圭介の顔色が悪いことに重点を置いて尋ねたつもりだったのだが、圭介はそう解釈しなかったようだ。数秒間、じとりとした視線で01を睨んでいたが、やがて深いため息を吐いて再び突っ伏す。たっぷり五秒ほど置いて、くぐもった声が返ってきた。


 「聞くも涙、語るも涙とまで言わないけどな。えーと、まとめると……」


 数秒の沈黙。


 「脱出成功、おまえ血液劣化で気絶、そのくせ何か暴れる、仕方ないからふん縛る。ここまではオーケイ……?」

 「理解しました。しかし、あなたの体調が悪い理由がわかりません」

 「これ……」


 突っ伏したまま、圭介は茶色い板を床から持ち上げて見せた。

 ごくごく網目の小さなフィルターだった。まるで錆びついたように赤い結晶がびっしりと張り付いていたが、01にはそれが何か分かった。

 自分が拘束されている寝台に内蔵されている、血液ろ過用のフィルターの一つだ。


 「おまえさあ……全っ然この機械メンテしてなかったろ……。こいつだけじゃない、あれもこれも、みんなカサブタまみれの錆びまみれ。薬液もほぼすっからかんときたもんだ……」

 「使いまわすにしても、限界がありますので。洗浄で完全な状態にできるわけではありませんし、交換する部品も補充する薬液も、供給自体がない以上はどうしようも」

 「どーりであんだけ頻繁に体調崩すわけだ。よく今まで生きてられたもんだ」

 「……機器の不調と、あなたの不調に何か関係が?」


 圭介はほんのわずかに顔を上げ、目元だけを01に向けると両手を少し高く上げた。


 「……」


 両腕の中ほど、グローブを外したそこにそれぞれカテーテルが繋がっていた。それが自分の両腕に伸びているのを見て、01はようやく得心がいった。


 「そういえば、あなたは……」

 「おう。血液浄化ぶくろを内蔵してるからな。ま、小型だから本場のにはとても敵わない性能だけど……」


 圭介の顔色が悪いのも無理はない。

 自分の血液を01に輸血し、汚れきった01の血液を体内で浄化しているのだ。


 単独の長期間活動も想定して設計されている〈レッドストライカー〉のボディーには、01にはない様々な器官が内蔵されている。

 後に外部の科学者に移植されたという反物質生成機『反物質ジェネレーター』を別としても、長時間の戦闘行動でも生体部分を維持させる『栄養液タンク』、水中での活動を想定した『オキシジェン・ジェネレーター』、さらには、条件さえそろえば飛行さえ可能にする『重力偏向装置』などだ。

 そのうちの一つ、血液浄化ぶくろこと『高性能浄化機』もその一つだった。


 長期にわたって〈ブラックパルサー〉のメンテナンスが受けられない場合、血液の劣化は文字通り致命的な問題になる。そのため、常時血液を浄化し続ける機能も付加されていた。試作体である故に、コスト度外視で装備されたその器官は、〈レッドストライカー〉が組織に反抗する大きな助けとなった。

 しかし、本来浄化に使う機器と比べればあくまで簡易なものだ。血液がほとんど劣化しない内に少しずつ浄化することで正常な生命活動が維持できる。


 「まあ、そういうわけなんで……」


 圭介はまたがっくりと寝台に突っ伏し、うんうんと呻き始める。

 自分の血液を01に渡し、さらに劣化しきった血液を大量に輸血して浄化しているのだ。浄化機に掛かっている負担は相当の物だろうし、それ以外の部位も突然汚泥のような血を流しこまれて参っているだろう。

 

 「……感謝します。大河原圭介」

 「……どしたん、突然」

 「いえ、ここまでしていただいたことに感謝するのはおかしくはないでしょう」

 「……そんなもんか」


 会話が途絶える。

 

 言われてみるまで、自分が劣化によって苦しんでいたことさえ忘れていた。今は問題なく呼吸も出来、全身の器官も正常に働いていることがわかる。同時に、圭介が処置を施すまで目を覚まさなかった自分が、相当に危険な所まで弱っていたことを理解する。


 そのままどれだけ経ったろう。決して数分ではないだろう時間が流れたころ、ようやく圭介が顔を上げた。浄化が進んでいるらしく、先程よりは顔色はいいが、それでも辛そうではあった。しかし、それにも構わず圭介は口を開く。


 「なあ、01……」

 「はい」

 「いい機会だしさ。お話聞かせて欲しいんだけど……」

 「お話、ですか」

 「そう。何でもいいけど、出来れば俺と戦いたがる理由とかも知りたいわけよ……」 


 苦しげにしながらもまっすぐに見据えてくる圭介の視線に、ズキン、と胸が痛んだ。

 罪悪感とも、憐憫ともつかない感情を抱いていることを理解できないまま、01は頷く。


 「わかりました。私にお話しできることなら、何なりと」






 「何でまた、そんなに戦いたがるわけ?」


 落ち着いた声で問われ、私は自問する。


 確かに、私自身〈ブラックパルサー〉壊滅前の戦いに、何ら意味を見出せてはいなかった。

 敵を排除することには必死になっていた。そうすることで、自分を穿った穴を埋められると言われたから。〈ブラックパルサー〉のコマンドとしての使命に邁進することが、欠落を満たす行為だという理由があった。

 

 結果は散々なものだった。

 戦いそのものが、私を満たしてくれるようなものではなかった。ただ敵に悟られないように移動し、気付かれる前に接近し、殺害する。あまりにも容易で単調な行為の繰り返しが、一体何を満たすというのだろう。

 そして、戦闘の後に残る大量の死体は、むしろ私の神経を磨り潰すような存在だった。むせ返るような血の臭いと、飛び散り、こびれ付く肉や骨、あるいは臓腑の破片。

 つよい不快感ばかりが湧き出てくる。


 次第に組織への不信感は大きくなっていった。

 私が他の構成員と接した時間はほとんどない。身体のメンテナンスを担当する技術者、作戦行動を共にする〈メタコマンド〉、時折、不意に宣託を下す導きの声。


 誰の言葉にも、私は共感することはなかった。

 それでも組織に従ったのは、他にどうすれいいのかわからなかったから、他に方法があるとは考えもしなかったからだ。


 結果として私は組織に恭順し続け、言われるがままに戦い続けた。

 胸の内を埋めることも出来ず、生臭い血を浴びながら、組織に忠実に従い続けた。


 そんな私の欠落に、不意打ちで大質量を叩き込んだ存在が、〈レッドストライカー〉だった。 



 

 

 

 「え、なんで俺さ?」


 眉をひそめる大河原圭介だが、彼が私に与えた衝撃は、非常に大きなものだ。

 





 映像記録を見た瞬間、私は完全に我を失っていた。身動きなど考え付きもせず、全身を硬直させてその光景に食い入るだけだった。

 あくまでも自動撮影機による、戦闘中の撮影だったため、見やすいものではなかった。撮影機が動きを追い切れずに、数秒ごとに目標を見失い、画面はひどく揺れ、ノイズもかなり走っている。

 しかし、そんなことを意識させないほどに、私はそこに記録された〈レッドストライカー〉の姿に目を奪われていた。


 速い。そして一切の無駄がない。

 脆弱な人間はもちろん、私たち〈メタコマンド〉でも容易ではない高度な戦闘を繰り広げる姿に魅入られる。〈レッドストライカー〉と〈ブラックパルサー〉との戦力差は絶対的だ。一人で戦場を駆ける〈レッドストライカー〉を、大勢の戦闘員と、複数の〈メタコマンド〉が追う。

 

 だが、その優劣は明らかだった。

 あまりの速度に追撃できない戦闘員を、〈レッドストライカー〉はわざわざ立ち止まり、追いつかせてから迎撃している。それも、瞬時にだ。私が人間にするように、首をへし折ったり、心臓を引きずり出したりといった非効率な行為はしない。単純な拳による突きや蹴り、ただの打撃で一瞬の内に撃破している。無駄に血液や破片をまき散らしたりもしない。〈レッドストライカー〉に打たれた戦闘員はその一撃で機能を停止したらしく、そのまま倒れて動かなくなる。そしてその時、〈レッドストライカー〉は既に跳躍してその場を離れている。

 〈メタコマンド〉でさえ、機動力を重視して改造されていない者は追い切れていない。戦闘員が対人用に使用する銃器の弾丸を掻い潜りながら、〈レッドストライカー〉は手近な〈メタコマンド〉を拳で破壊する。

 

 そして、次の〈メタコマンド〉が斃れる時、私は思わずため息を吐いていた。


 〈レッドストライカー〉の右手が、燐光を放っている。深紅の戦闘服とはまた違う、どちらかと言えば淡い色だが、乱れた映像でもはっきりと確認できる光は、数秒の内に閃光へと変化した。

 太陽を手に掴んだかのような強烈な輝きを保持したまま、〈レッドストライカー〉がモニター越しにこちらを向いた。

 バイザーで目元が隠されているにもかかわらず、私はその視線を突き立てられたかのように凍りついた。同時に、その映像が〈レッドストライカー〉と対峙している〈メタコマンド〉の視界映像だと理解する。


 〈レッドストライカー〉は、大地を蹴って跳躍した。それを追い、対峙する〈メタコマンド〉の視界、モニター映像も空を向く。

 数秒後、モニターは赤い光に覆い尽くされた。直後、画面が切り替わる。恐らくは自動撮影機の映像だろう。〈メタコマンド〉の胸に赤い閃光を打ち込んだ〈レッドストライカー〉の姿が遠く映っている。そして数秒後、赤い光がモニターを埋め尽くした。その光は一瞬で消え、もとの映像に戻る。

 違いは、〈レッドストライカー〉の右手から光が消えていること。そして、〈メタコマンド〉がいたはずの場所に、無数の赤い光の粒子が散っていたことだけだ。

 映像はそこで途切れた。

 しかし、そこがブリーフィングの場だということも忘れ、私は呆然としていた。


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