転移! いつもの採石場! ……お約束ではあるんだが
その時だった。
「うぉおーい! 大河原!」
「はい?」
土手の上から威勢のいい声が降ってきた。
見上げると、ランニング中らしい城南大学付属学園野球部の面々数十人がその場で足踏みをしながら見下ろしている。
「一応聞いとくけどよー! そいつら悪い奴ー!?」
「そだなー! あ、おまえらも知ってると思うけど、01は除くー! この阿呆ども爆弾投げつけてきやがってさー!」
「うん、見てたー!」
「見てたー、じゃねえよ! だったらもっと早く声かけろよ!」
〈レッドストライカー〉が怒鳴ると、球児たちは「悪い悪い」と坊主頭を掻いた。
「んで、助太刀は要るかー!?」
「出来るってんなら、まあ欲しいけどー!?」
「わかったー!」
野球部員たちは額を突き合わせ、相談の後に戦闘可能な者、そうでない者に別れていく。
この街ではさして珍しい光景でもない。戦える者の一部が戦闘に参加し、一部が戦えない者を護衛しながら退避するのは古見掛市での集団活動の基本だ。
強いて珍しい点を挙げるなら、この部の部員たちにはいささか血の気が多い者が混じっていることぐらいか。
「「「ヒャッハー! 悪党だー!」」」
とはいえ、本来爽やかな汗を流しているべき球児たちが(どこから取り出したのか)金属バットやらグラウンド整備用のトンボなどを振り回して土手を駆け下りてくる様は中々に狂気的だった。
先程までのスポーツ少年ぶりはどこかに消し飛び、世紀末を彷徨うモヒカンのような奇声を上げて突っ込んでくる友人たちに、〈レッドストライカー〉も思わず一歩引く。隣をちらりと見ると、01は二歩半引いていた。
さて、この異様な光景に悪の秘密結社はどう反応するのかと〈レッドストライカー〉は視線を動かした。
「あれ?」
だが、彼らはその奇天烈な光景には対して目もくれず、〈レッドストライカー〉と01に向き直っていた。
「やれやれ、面倒な街だ」
「繁華街だけでなく、住宅街でも騒ぎたがりは多いようだな。今後は炸薬を使用した武装全般を控えねばならんか。流石に人目を引きすぎる」
まるで、既に古見掛市民と交戦した経験があるような口ぶりに、〈レッドストライカー〉はひっかかりを覚える。それもずいぶんと落ち着いた様子だ。
普通、この街に現れた悪党は思わぬ反撃にあっさりと総崩れになるものだ。
圧倒的な力で弱者を踏みにじるつもりでしかいない者は、圧倒的な力で反撃されることなど想定してはいない。慌てふためいている内に返り討ちとなるのが関の山だ。
それが、今回は様子が違う。ある程度以上の反撃があるものと想定していたかのような冷静な態度に〈レッドストライカー〉は慎重にならざるを得なかった。
「ストーップ! こいつらそれなりに備えてる! 油断するな!」
「ええっ、そんないきなり!」
唐突な警告に野球部員たちはつんのめって減速する。
同時に、敵が動いた。
「はっ、舐めるなよ〈レッドストライカー〉!」
「新手があれば厄介と思ったが、自らそれを断るとは、貴様の失策だな」
二体の〈メタコマンド〉が〈レッドストライカー〉と01に迫り、戦闘員たちがそれに続く。
結果だけ見れば、〈レッドストライカー〉の判断ミスだった。
助太刀に突っ込んできた野球部員十名弱は、悪の秘密結社相手に大立ち回りを演じるには十分な戦力だったが、あまりにも落ち着いた敵の態度につい慎重になり過ぎてしまった。
古見掛に来てまだ日は浅いが、それなりに〈レッドストライカー〉は誰かを頼ることに慣れていたつもりだった。しかし、自分一人では少し手が足りない時に頼るのが精々というのも事実だった。
この街の住民に反撃され、慌てふためかない相手というのは実はそれなり以上の割合で存在するのだが、そういった手合いとの遭遇経験がまだ少ない〈レッドストライカー〉は必要以上に警戒してしまった。
友人を危険に晒すまいという判断ではあったが、今回はそれが仇になった。
「さあ、ゆっくりと相手をしてもらうぞ!」
狼女は素早く01に掴み掛り、上空へと跳んだ。
01の体を抱えたまま。
「御足労願おうか、我らの陣地へと」
亀男はその鈍重そうな外見に比して、それなりの敏捷性を見せて〈レッドストライカー〉の首と体を思い切り掴み、やはり跳ぶ。
「ぐっ、こんのヤロー!」
上空へと引きずられた〈レッドストライカー〉は亀男の顔面に一撃を打ち込み、さらに肘の関節に向けて拳と膝を連続で叩きつける。
関節部という構造上脆い部位に、本来曲がる方向とは真逆の向きから叩き込まれる爆発的衝撃には、流石に重厚な装甲を纏った亀男もわずかに怯んだ。その隙を突き、〈レッドストライカー〉は屈強な手を振り払う。
「ちっ、01! 大丈夫か!?」
着地し、狼女に捕まったはずの01を探そうとした〈レッドストライカー〉は、そのまま口の端を引きつらせた。
「オイオイ……」
ブーツ越しに伝わった感覚は、柔らかな草むらの物ではなかった。固く、冷たい砂利を踏みしめたような感触。
事実、足元に広がっていたのは緑ではなく、砂利だった。
周囲を見渡〈レッドストライカー〉の目に入ったのは、長閑な河川敷の光景ではなく、寒々しい山中の寂しい景色だった。
「……何だここ。採石場か?」
表面を削り取った山肌に四方を囲まれ、〈レッドストライカー〉は首を傾げる。
採石場という場所に特別縁や知識はないが、ドラマや特撮番組でみる光景にそっくりだった。
「ぐっ……!」
ポカンとする〈レッドストライカー〉の意識を、短い呻き声が現へと引き戻した。
慌てて声のした方へと振り向くと、砂利の上に片膝を突き、01が僅かに顔を顰めているのが目に入る。
「って、忘れてた! 01、大丈夫か!?」
「……ええ、問題ありません」
「ああそう? でも気のせいかしら、何だか痛そうな顔してらっしゃるように見えるけど!?」
「ご心配なく。すこし足を捻っただけですので」
「そう言いながら肩押さえてるのはもしかしておまえなりのジョーク?」
「肩と足を少し痛めました」
「うん、まあ報告は正確かつ簡潔にな?」
01の傍に駆け寄り、様子を窺う。
一見した限り、01が自分で言った以上の負傷は見当たらない。仮にも〈レッドストライカー〉と同等の〈メタコマンド〉なのだから、そうそう簡単に重症は負わないだろうが、相手も同じ〈メタコマンド〉だ。楽観は出来ない。
「今は一人でも多くの同志が必要だが、かといって好き勝手に動くような者を迎え入れるリスクも犯せん」
「01だったか? 〈レッドストライカー〉共々、おまえも消えてもらおう。戦力にならんだけならまだしも、不安要素になりかねないしな」
唐突に掛けられた声に振り向き、見上げると、山肌に二体のメタコマンドが並び立ち、その足元に大量の戦闘員が控えていた。
「……いつから日曜朝の超英雄時間みたいな展開に突入してたんだよ。似たようなモンなのは確かだけどさ」
〈レッドストライカー〉は自分の置かれた状況にうんざりして吐き捨てる。
「ま、古見掛に侵入してくるぐらいだからな。次元の壁を超える技術は確立しててもおかしくないんだけど、〈ブラックパルサー〉ってそういった方面の技術はまだまだじゃなかったっけ?」
「手元になければ簒奪するまで。もとより、〈ブラックパルサー〉はそうして力を得てきたのだ」
「そう言えばそうか。流石だね、かっぱらいや脅しならお手の物ってわけだ」
恐らくは01が古見掛に潜り込んだのも同じ技術だろう。まさか自分が気付かない内に別次元に引きずり込まれるほどの物とは思っていなかったが、それぐらいのことが出来ないようでは悪の秘密結社足りえないとも思える。
「するってえと? ここはおまえらの新しいアジト……でもないか。演習場みたいなもんなのかな?」
「演習場、か。確かにそんなところだ。今日に限って言えば、処刑場だが」
「あのー、俺はともかく、01は一応〈ブラックパルサー〉構成員なわけだけど……」
「信用ならない味方は、敵と同じだ」
「ですよねー」
〈レッドストライカー〉は01に寄り添い、口を開いた。
「覚悟決めるしかないな。おまえ、もう完全に裏切り者扱いだぜ」
「あなたと戦えるのであれば、自分の所属は気にしません」
「いやいやいや、能天気にしてもその返答はちょっと行きすぎじゃないですかねえ」
大仰に肩を竦める仕草を取り、その流れのまま〈レッドストライカー〉は身構えた。
01も立ち上がり、手にナイフを握る。
同時に、戦闘員たちが手に手に武器を携えて跳びかかってくる。
山肌を駆け下り、飛び降り、一直線に向かってくる光景はそれなりに迫力があった。
「01」
「はい」
拳を握りこみ、01にもう一度声を掛ける。
「とりあえず、ここは共同戦線と行こうぜ。おまえもあいつらにやられるってのは不本意じゃない?」
「そうですね。あなたと戦い切らない内に倒されるのは、私としても望まないところです」
戦闘員が目と鼻の先まで迫っている。
斜面に立つ〈メタコマンド〉もそれぞれ爪と砲を構えて動き始めた。
「よし、決まりだ。ま、怪我もあるし無理はするなよ? その分は俺が頑張ってやるから」
「お気遣いなく。この程度ならば負傷の内に入りません」
二人が同時に地を蹴る。
「可愛げがないなー。その辺は今後改めた方がいいと思うけど?」
「そのあたりの感覚はよくわかりません。必要であれば後でご指導いただけますか?」
「わかったわかった。ここ切り抜けて古見掛に戻ったらな」
「よしなに」
戦闘が始まった。