交錯! 食い違う見解! ……もはや残るは口先三寸
「あー、大体予想通りの答えをありがとさん」
「どうかされましたか? 急に覇気が失われたようですが」
「さっきから下降気味だったけどな。今の一言でストーンと、もうストーンとテンションが駄々堕ち」
「何か気に障ることを言ってしまいましたか?」
「気に障るってゆーか、何というかなぁ……」
狭い路地を通り抜け、園川河川敷沿いの土手の上に出た二人の間には微妙な空気が漂っていた。
圭介はいつも纏っている、ある種の穏やかな空気を霧散させ、どこか機嫌が悪そうに険のある目つきで空を仰いでいる。そんな圭介の様子に、01も心なしか戸惑っているようだ。僅かに首を傾げ、何度か視線を圭介に向けては外す。
「はあー、ったくもー!」
突如、圭介は自分の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
堪えていた苛立ちが少し漏れ出したらしく、声も少しばかり荒い。
「ってことは何? おまえさんさあ、自殺願望でもあって死ぬために俺に絡んできてるわけ!?」
「いえ。あなたと戦うことが私の存在意義ですので。その結果を重視しないだけです」
「わっかんねーな。何だよその存在意義って。別に戦わなきゃ死ぬわけでもないっしょー? 戦いなんてさ、痛いし怖いし疲れるし、いいことないじゃんかー」
圭介は珍しく荒れていた。
不安や苛立ちを感じないほど能天気な人間ではないが、人前でそれを見せるほど子供ではないつもりだ。
しかし、それにも拘わらず圭介は苛立った態度を隠せなかった。単純に忍耐力が落ちていたのか、それとも、苛立ちの根源が目の前にいるからか。
この場合は、おそらく後者だった。
「もう意味がわかんねーよ。戦うために戦うってことだろ? なんでまた? 楽しいのか?」
「そんなにおかしなことでしょうか? 私はただ、自分の存在理由に従っているに過ぎないつもりなのですが」
「そこがわかんねーっての。別にそんなもんに従う理由も何もないじゃん、寝て起きて、美味いもん食ってまた寝る。そんな普通の生き方じゃダメなわけ?」
「……従っては、いけないのでしょうか?」
「~~~~~っ!」
一向に進展しない会話に、圭介は今度は両手で思い切り頭を掻きまくった。
話が全く噛み合わない。
いったい何が01をそこまで戦いに駆り立てるのかはわからないが、とにかく戦わないという選択肢はないらしい。その結果として、命を奪われても構わないとも言っている。
「あれがどういう技が知って言ってるんだよな!? わかってるか!? 死ぬんだぞ!?」
「もちろん、あの技の威力は存じ上げています。反物質を生成して目標に打ち込み、対消滅させる破壊兵器。これまで多数の〈メタコマンド〉を無に還してきたあなたの切り札」
「わかってるのになんでわざわざそれを望むかなぁ!?」
「死ぬ、という点では他の攻撃も同じことでしょう。あなたの突き、蹴り。どちらもそう何度も耐えられるものではありません。今の私が長時間あなたと戦えば、その内に機能を停止するでしょう」
「……にしたって普通は死ぬこと前提じゃ戦わない。ある程度は楽観的にならないと戦いになんて臨めないもんだ。自爆攻撃でもなけりゃあな」
大声を出して少し頭が冷えたのか、圭介は息をゆっくり吐き出し、諭すように語りだす。
「なあ01。おまえは戦いの先に何か目的とかないのか? 勝つ見込みは今のところなし、負けるなら反物質と対消滅がいいって。いったい何を考えてるんだ」
「……」
「別に、あの技の情報収集に一発くらって死ねみたいな命令受けたわけでもないだろ? なんだってあんなものを理想の負け方に挙げるわけ?」
「……」
01は答えない。
しかし、表情には少しばかりの変化があった。困惑と疑念だ。
まるで呼吸することを咎められたかのような、何か土台から間違えている話題を聞かされているような顔で圭介の顔を見つめてくる。
(こりゃ相当大変だな……。何か価値観とか常識が根底から噛み合ってない気がする……)
当初の目的である、対話での解決が相当に困難であろうことに思わず眩暈を覚えた圭介だが、01の顔を見るうちに自分の感情が急速に落ち着いてくるのを感じた。
確かに考え方以前のところで相当に乖離があるのは事実だ。しかし、それだけとも言える。
これまで戦ってきた〈ブラックパルサー〉と違い、01は素直で人の言葉にある程度耳を傾ける度量がある。
戦い始めた当初は、〈ブラックパルサー〉を相手に説得の真似事もしたことはある。馬鹿な真似はやめろ、と。
結局、それが功を奏したことはなかった。下級の戦闘員は半ばロボットのような存在で意思の疎通は出来なかったし、ある程度高度な精神活動を行える〈メタコマンド〉レベルの構成員はとにかく思想がガチガチに固まっていた。
自分が絶対に正しい、という先鋭化と過激化を繰り返した組織ではおなじみの思考停止状態の相手では、いかに言葉を紡いだところで意味がなかった。
しかし、01は違う。
少なくともこうして話を聞く耳はある。言葉が届くかどうかは別問題だが、これは大きな足掛かりだ。
「よし、01。ちょっと頼みがあるんだが」
「何でしょうか」
「ここ数日、おまえのわがままに付き合ってるんだ。俺のわがままもちょっとぐらいは聞いてもらうぜ?」
「成程、道理です。もっとも、内容にもよりますが」
あっさりと圭介の言葉に頷く01。
(変なとこだけチョロいんだよなぁ。まあ、よく考えればこれだけまともな話し合いをしたのはこれが初めてだし、こういうものなのか?)
とりあえずは話のとっかかりを築くことに成功し、圭介は一安心すると同時に気を引き締める。
内容にもよる、と01は言った。彼女の理解が及ばないようなものでなければ拒絶まではされないだろうが、その線引きが難しい。
よくよく考えれば、圭介は01とまともな会話を交わしていないのだ。恐らく、過ごした時間でいえば昨日01が待機していた職員室に居合わせた教職員の方がよほど長いだろう。
「戦うこと自体は文句言わない。多少はこっちの都合も考えてほしいけど、きちんと事前に時間とか場所とかを話し合った上でなら、逃げも隠れもしないぜ」
「感謝します。ですが、私にはあなたへの連絡手段がありません」
「そんなもんは別れ際にでも交わすもんだ。また明日、何時にどこそこで、みたいな感じにするのが正しい再会の約束よ?」
「そういうものですか」
ふむ、と頷きながら納得しているらしい01。
順調な出だしに圭介も「うむうむ」と頷く。
二人で数秒の間、こくこくと首を上下させていた時だった。
圭介は思い出したように01に顔を向け、01はそれに小首を傾げて応じた。
「時に01、気付いてるか?」
「監視されていることでしょうか?」
圭介は周囲に響き渡る機械音交じりの心音と、潜められた息遣いを常任離れした聴覚で拾いながら肩を竦める。
「監視っていうか、これはもう狙われてるだろ。戦闘員だけじゃない、〈メタコマンド〉の心音まで聞こえるぜ?」
「確かに、監視にしては数が多いですね。こちらを包囲するような配置ですし、あなたの推測が正しいのでしょう」
「で、やっぱりおまえのお仲間ではないと」
「先ほど申し上げた通りです。私は単独で活動していますので」
圭介も01の言葉をそこまで疑ってはいない。
先程の証言を確認する意味で訊いただけだ。そして、それを確認した圭介はにわかに視線を鋭いものにした。
「気ぃつけろよ。普通に考えればおまえは包囲の対象外なんだが」
「そうですね。あまり穏やかな視線は向けられていないようです」
かるく背後に視線を巡らせ、01は呟く。
いつの間にか土手の上や取水塔の陰に潜む幾つもの人影を、01も直接視覚で確認したようだ。
「まあ、パッと見は俺と世間話でもしてるように見えるかもしれんしな。裏切り者扱いされてなきゃいいけど」
「私は組織内の立場には頓着しませんので、その辺りは別にどうとも」
「組織内の立場云々じゃなくて、下手したら粛清されると思うんだが、その辺は?」
「そうなれば逃げることにしましょう」
「おまえってホントに〈ブラックパルサー〉らしから……」
圭介の言葉は最後まで続かなかった。
代わりに、複数の巨大な爆発音がその後を引き継ぎ、河川敷の草むらを大きく震わせた。