一撃! 無敵の必殺技!! ……今日は使わないけど戦わないけど
授業もホームルームも終え、意気揚々下校する圭介は通りで立ち止まり、目を二、三度瞬かせた。
「もう驚かないな。家で待ち伏せてても、学校で待ち伏せてても、電話で呼び出されても驚かない」
「そちらのご都合を鑑みれば、電話連絡を差し上げた後にお伺いするのが望ましいのですが、あいにくと電話回線を持っていないもので。その辺りはどうかご容赦ください」
ようやくこちらの事情を酌んでくれる気になったのか、放課後に姿を現した01に話しかけつつ学生かばんを肩に背負う。
「聞いたぜ。昨日は逃げてる最中に発作起こしたそうじゃん。もう大丈夫なのか?」
「はい。既に血液浄化は完了しています」
「ったく、時間が無いなら無いって最初からそう言ってくれりゃあ俺達も必死に追っかけなかったのによ」
「言えば見逃していただけましたか?」
「そのつもりだけど?」
平然と返す圭介に、01は一瞬(ほんの僅かに)キョトンとした表情を浮かべた。
意外に思われたかもしれないが、相手が健康体ならともかく、本人の体調が極めて悪い状況下で無理矢理に確保するほど圭介も鬼ではない。
「では、今後はそうさせていただきます」
「それがいい。お互い面倒が無いのが一番だぜ。ま、場所は移させてもらうけどな。別にどこでもいいだろ?」
「構いません」
「よし。行きましょー行きましょー」
言いながら、圭介は全身の筋肉をほぐして笑う。同時に、どのタイミングでこっそりと友人たちに連絡を入れるか考え始める。
01が現れるかどうかが不明だったのではっきりとした依頼は誰にもしていないが、圭介は今日も追走劇を展開するつもりでいた。
二度の戦いで、明確な決着と仕切りなおしという違いはあるにせよ、01はどちらの結果においても撤退している。
要するに、圭介が負けなければ01は退くしかないのだ。
ならば、今回も勝利してその逃走経路を割り出したい。
前回までなら01の根拠地を探ることはさほど必要性の高いものではなかった。分かればそれに越したことは無いが、無理に調べる必要も無い。逃げる前に確保すればいいだけのことだ。
だが、前回の戦いの後〈ブラックパルサー〉戦闘員が大勢出現したことは見過ごせるものではなかった。01を連れ立って歩く道すがら、圭介はその件を問いただす。
「ところで、昨日〈ブラックパルサー〉の戦闘員と出くわしたんだけど、おまえと俺の戦い以外に何か作戦でもあったわけ?」
ピタリ、と01が足を止めた。
「……まだ生き残りがいたのですか?」
「うん? お仲間じゃなかった?」
「私の知る限り、他に健在な構成員はいなかったはずですが」
「といっても事実襲われたわけで……」
「……」
01は顎に手をやって俯き、しばらく考え込んでいたが、やがて首を横に振った。
「私が考え込んでも仕方がありません。装備や設備を使う都合上、全てのアジトとの連絡を試みましたが、どこも音信不通になっている以上のことは確認していませんでしたから。ひょっとすると生き残りがいたのかもしれませんね」
「ふーん。おまえさんが知ってるなら話が早かったんだけど……ん?」
今度は圭介が眉を顰め、01の顔を覗き込んだ。
「おまえさ、今はどこかのアジトに潜んでるんじゃないの? そこに他の奴はいなかったのか?」
「詳細はお話し出来かねますが、私が使用しているのはあなたに破壊されたアジトの一つです。人員は戦死、もしくは撤退したので、他に誰かがいるわけではありません。幸い、施設そのものの損害は大きくなかったので、寝起きやメンテナンスには苦労しませんが」
「そりゃ良かった……」
圭介は01の姿を一瞬だけ凝視する。
昨日破損した戦闘服は、おそらく予備の物を代わりに着込んでいるのだろう。見たところ装備は万全の状態だ。身綺麗とは言わないまでも、薄汚れたりはしていないので、水道などの設備も恐らくは使えているはずだ。
(んー。俺が潰したアジトで、かつそこそこ以上に機能が維持できてるアジト……)
かつて攻略したアジトの記憶と今の話をもとに、圭介は01の潜むアジトをある程度絞り込んだ。
01の話を丸ごと信用するならば、アジトに他の構成員はいないことになる。ならば、01を追って強行突入してもそう面倒なことにはなるまい。もっとも、戦闘員のことを知らなかったという話からしてまったくのでたらめである可能性もゼロではないが。
「……腹芸とか下手そうだけどな」
「はい?」
「うんにゃ、なんでも」
しかしこれで昨日現れた戦闘員、01のようなやる気の感じられないはぐれ構成員とは違う正真正銘の〈ブラックパルサー〉の情報が途絶えたことになる。
信憑性に乏しい朗報が入り、確実な疑問が残った。
「その辺はちょくちょく調べるしかないか。〈ブラックパルサー〉も悪の組織らしく目立つ外見してるしな。警察や市役所が放置しっぱなしってことはないだろう」
「先ほどからお一人で喋っておられますが、どうかされましたか?」
「なーんでもなーいー」
二人は連れ立って住宅街へと入る。
通りから入り組んだ住宅街を突っ切れば、その先は広い河川敷だ。普段からサッカーや野球などのクラブが活動し、また、家族連れがバーベキューなどを行うだけのスペースはある。
〈メタコマンド〉同士の戦闘を行うには十分だ。
「しかしおまえも懲りないね……いったいまたなんでそこまで俺との戦いに執着するわけ?」
「さあ、自分でもよくわかりません」
「まあわからないのは前にも聞いたけど。何、おまえの中に戦った後のビジョンとかないの?」
「ビジョン?」
「予定とかさ。勝った後はどうしようとかそういうの」
「ふむ……」
歩きながら、しばし01は虚空を見つめた。
「あなたに勝利できたならば、それ以上は望みません」
静かだが力強い声が返ってくる。
「そりゃ光栄だけど。つまり勝った後のことは考えてないのね?」
「はい。今はあなたと戦うことだけを考えています」
「ちなみに、負けた場合の想定はしてないんだ?」
何の気なしに聞いた圭介の言葉に、01がピタリと足を止めた。
唐突な反応に、圭介も思わず立ち止まる。
「……どったの」
数秒の間、01は目を閉じていたが、やがて圭介の方へと顔を向けてきた。
「っ……?」
その視線に、不思議と身動きが取れなくなる。
どこか空虚だが、それ故に美しい瞳が圭介の視線を縫い止めた。まるで何の感情も抱いていないように静かな瞳。波ひとつない湖のような光景だ。
しかし、圭介はそこに何らかの意思を感じ取れた。
決して不快なものではないのだが、かといって愉快な気分にもなれない感情。悪意の類ではないのだが、決して正の側には属していない重苦しさを感じる。
「……そうですね。勝利に関しては具体的なイメージは持っていませんでしたが、敗北に関してはある程度の展望があります」
「……ま、俺のが勝ちっぱなしだし、無理もないとは思うよ」
軽口を返しながら、圭介は躊躇していた。
何となくではあるが、01の纏う重い空気が不吉に思えている。そもそも、勝利しても敗北してもいいかのような口ぶりが気になる。否、どちらかといえば敗北を想定しているかのような物言いだ。
「そのさ。展望って、具体的にどういうことだよ」
それでも、聞く。
聞かないという選択肢もあるが、それは未来の選択肢を狭めるだけだ。情報はあればあるだけいい。とくに、01という少女を平和的に止めたいならばなおさらのことだ。
相手を理解せずに対話は出来ない。
「表現に迷いますが……あなたに敗れるならばこうありたい、という理想形と言えばいいでしょうか。そういった望みはあります」
「……勝つとこは想像してないのに?」
「今の段階では、想像がつきませんので」
「あっそう……。で、具体的にどういった負け方が理想ですかい?」
にわかにげんなりとした表情で問う圭介に、01は一拍おいて答えた。
「アナイアレーション・フェノメノン」
清水のように澄んだ声で発されたその一言に、圭介の表情は間然にげんなりしたものになった。
annihilation―全滅、絶滅といった意味を持つが、物質と反物質の対消滅に対しても使用される。
phenomenon―現象、事象を意味する。
アナイアレーション・フェノメノン―上記の二語を組み合わせた言葉であり、〈レッドストライカー〉大河原圭介の執り行う必滅の儀式、すなわち必殺技の名前でもある。




