戦士の休息……意外にきつい無人部屋への帰宅
「あー……流石に疲れたぜ」
自宅であるアパートに戻った圭介は、玄関のドアを閉めるなり重いため息を吐いた。
暗い玄関でたっぷり一分以上、げんなりと肩を落としてから、のろのろと壁のスイッチに手を伸ばして明かりを点ける。
「ったくもう、世話の焼けるったら」
結局、圭介が01を発見することはなかった。
あの後、クラスメートの超能力者や観察眼の優れる者を連れて01が消えた付近を捜索してみたが、それっきり01に出会うことはなかった。
警察と市役所に相談し、近隣の気象観測データをチェックしたところ、ちょうど01を見失った時間帯に空間境面の破損が観測されていたことから、圭介が元居た世界に戻ったのだろうと推測された。
当然ながら、〈ブラックパルサー〉のアジトか何処かに向かったことが予想され、圭介はその日の追跡を完全に断念した。
01の体調に関しての心配がほぼ無くなった事もあるが、それ以上に危険性を考えて、下手な深入りをしなかったのだ。
〈ブラックパルサー〉の施設は、圭介があらかた叩き潰したが、見落としはいくつもあっただろう。その設備を使って血液浄化を行うなら、01の健康状態に問題は生じまい。無理にそこに踏み込んで01と対話を試みるのは無用なリスクが大きすぎた。
01の口ぶりからすると、組織に対する忠誠心や共感などは薄いようだが、それは01の個人的な感情だ。アジトにはそれなりの人数の〈ブラックパルサー〉構成員が居るはずで、圭介がそこにホイホイ乗り込んでいけば戦闘が発生することは必至だ。確実に話し合いどころではなくなる。いくらなんでも01が血液浄化処置中のそこに踏み込んでその設備を破損でもさせようものならという懸念があった。それだけならまだしも、ゴタゴタの影響で武装した構成員がこの古見掛に紛れ込まないとも限らない。そうなったところできっちりと対処できるのが古見掛市だが、だからといって無意味に危険を呼び込むような真似は出来ない。
01が完全に単独で行動しているということもあり得たが、今の段階では憶測するのが精一杯だ。
何より、圭介の精神状態にそれほどの余裕が無かった。
どうにか今でこそまともな暮らしが出来ているとはいえ、それなりの期間を必至に戦い抜いて叩き潰したはずの怨敵が、それなり以上の勢力を維持して未だ活動していたということが圭介に重圧を与えていた。
01一人ならいい。悪い人間ではなさそうだし、むしろどうにか古見掛で保護したいとさえ思う。だが、数十人もの戦闘員が現れたというのは問題だ。
あれが最後の残党というならいいが、そんな甘い考えを持てるほど圭介は楽天家ではない。
「クソッたれ。まだ組織として存続してるってのかよ……」
古見掛市の人々ならば、残党を叩き潰すことぐらいわけはない。自分も〈ブラックパルサー〉退治の専門家だ。仮に残党がこちらに攻めてきてももう一度叩き潰してやればいい。
頭では理解しているが、しかし精神はそれに納得してくれなかった。
「っ!」
きつく上下の歯を軋ませ、圭介は自分の掌に拳を叩き付けた。
物に当り散らせば部屋が壊れることを懸念できる程度には冷静だったが、それだけだった。
〈ブラックパルサー〉は、悪鬼の集団だ。
奴らの破壊活動によって、どれほどの血が流れたかわからない。
爆発物を用いたテロによって、原型さえ留めなかった無数の遺体。生物化学兵器により、今も後遺症に苦しむ大勢の被害者。採取でもするかのよう拉致され、自分の身体を奪われた犠牲者、あるいは犠牲者だった何かを、圭介は幾度も見てきた。
一人残らず倒したとは思っていなかったが、それでも組織としては死に体同然に追い込んだと思っていた。笑い話に出来る程度には、過去のことになったと思っていた。
しかし、〈ブラックパルサー〉は未だに健在だった。
緩慢な動きでワンルームの中央にある照明を点ける。
暗く沈んでいた室内が明るく照らされ、多少は気分が晴れた。
「……」
ふと窓を見やり、圭介は思わず身動きを止めた。
暗闇が透けて見える窓に、明るい室内の様子と、圭介自身の顔が移りこんでいた。
「おやまあ、ひでえ顔だこと……」
ここ最近ですっかり馴染んでいた、どこか軽薄ながらも明るい顔はそこにはない。
まるで病人のように生気の無い瞳で、親しい人間の悲報に触れたかのような沈んだ表情を浮かべた男が映り込んでいる。
どうやら自分は思っていた程、強くも能天気でもないらしい。
圭介は唇の端を小さく歪め、学生鞄を床に放り出し、上着を脱ぎ始める。
その時だった。
ピロリン、と上着の胸ポケットが鳴った。
「ん?」
そこに入っていた携帯電話を開き、苦笑を浮かべる。
from:ナガミネフミカ
件名:追跡お疲れ様でした。
本文:今日はご苦労様&見世物みたいにしてゴメンネ!(><;)
勝手だとは思うけど、みんなには軽くブラックパルサーと圭介君のことは説明してしまいました。これもごめんなさい。
事情を話したらみんなも心配していました。
一緒に追跡していたみんなから、ブラックパルサーの残党がいるってわかってから顔色が良くないって聞きました。大丈夫?
クラスのみんなや先生方も、地域のみんなも付いているので、たまには頼ってくれると嬉しいです。
明日も元気な姿を見せてくれると安心します。
追伸 たまには周りにも愚痴ぐらい言っておかないとまたこうなるぞ。自分語りしろとは言わないが、説明はしとけ。by慎太
「ったく、わかってるよ」
ナガミネと慎太が一つの端末でメールを打っている姿を想像してニヤけながら、圭介は返信メールを作成する。
to:ナガミネフミカ
件名:フォローサンキュー
本文:気を使ってもらって悪いな。正直助かる。
明日も普段どおりにからかってやるから期待しといてくれ。(大笑)
どの程度頼りにするかはわからんが、迷惑を掛けたらその時はよろしく頼む。
追伸 メールでまで仲良しアピールかよ、どんだけお熱いねん。(爆発しろ)
返信メールを見た二人がどんな顔をするか想像しながら、圭介は送信ボタンを押す。一瞬のラグの後、『送信しました』という表示が液晶画面に現れる。
「ヒヒヒ、おしどり夫婦を早速からかってやるぞ」
そう言ってふと顔を上げた圭介は、窓に映る自分の顔に気付いた。
いつものように軽い笑みを浮かべ、なんとも愉しそうに携帯電話の弄っている自分の顔。
「現金なもんだぜ。ダチがいるって意識した途端にこれかよ」
つい先程まで心の内に沈殿していた忌むべき思い出や徒労感、不安は既になかった。
そうだ。いろいろな意味で頼もしい友人達に圭介は恵まれている。
心配は要らない。自分よりはるかに強い級友もいる。そもそも悪の秘密結社など、この古見掛ではありふれた迷惑の一つでしかない。
徒労などではない。強くはなくとも、愛すべき友たちの日常を壊させはしない。今度こそ、悲惨な犠牲無く徹底的に勝利し尽くす。
そんな当たり前のことを忘れていたなど、情けないを通り越して笑い話だ。それを友人とのメール一つで思い出すというのも、考えてみれば傑作だ。悩んでいた自分は一体なんだったのか。
「ふ……」
圭介は脱ぎかけの上着を肩から羽織り、笑った。
「ふふふ……」
瞑目し、腕を組み、肩を震わせて笑った。
「うわーっはっはっはっはっは! 来るなら来て見やがれ、〈ブラックパルサー〉! ボッコボコにして指差して大爆笑してくれるぜ! ぐわーっはっはっはぁ!」




