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〈ブラックパルサー〉最後の日! ……からしばらく後の話


 学校にテロリスト、というのは思春期にありがちな痛々しい空想という見方があるが、そこまで突飛な発想でもない。

 教職員を除けば、そこにいるのは確実に十代の子供だけ。人質として世間に要求を呑ませるにしろ、殺害して恐怖を撒き散らすにしろ、大人以上にインパクトを与えられる。自らの存在をアピールし、自分たちの主張を宣伝するのには中々に効果的だ。


 テロリズムの真骨頂は如何に最小の労力で脅威として自分たちを誇示するか。要するに、如何に楽して弱い者いじめをするかだ。


 そういう意味では、ほぼ確実に弱者しかいない教育機関を狙うというのは非常に効率が良い。

 授業中に襲撃を掛ければ山のような人質が手に入り、一人一人の利用価値も大きい。労せずして大量の弱者を手中に収めることが出来るのだから、悪漢共にとっては釣堀の様な場所と言えるだろう。




 そこが古見掛市の学校でなければ、の話だが。



 

 「ったく、子供相手にこんなものを振り回してからに……」


 城南大学付属学園二年二組担任教師、三島清太郎は没収した大型のナイフを折り畳み、呆れた声で呟いた。


 ナイフの持ち主は既に教室の床に転がり、紫電と火花を散らして微動だにしない。

 金属質のフレームに絡みつく疑似的な筋繊維、それを覆うゴムのような保護膜。それが形成する人型は、頭頂部から股下までを真っ二つに両断されていた。断面からは様々な機器や配線も露出しているが、それは明確に人体を模して造られているようだった。


 白昼堂々と教室に侵入してきたそれは、間違いなく殺傷能力を持った兵器だった。

 高度な技術によって練り上げられたそれは、人間を遥かに上回る機動性とパワーを発揮して教室内へと押し入り、手にしていたナイフを振り回したのだ。


 一応は銃器のような物も携帯していたのにわざわざナイフを使ったのは、弾薬を惜しんだのか、それとも敢えて凄惨な刀傷沙汰を望んでいたのか。

 何にせよ物騒極まりない狼藉を働いたので、三島が慌てて刃物を取り上げ、そのまま一太刀の下に両断したのだ。


 相手が生命や知性ある存在なら三島もここまではしなかったろうが、一目でただの機械だと分かる外見をしていたのが幸いした。


 「しかし、よりにもよってこんな時にか……」


 溜息を吐き、教室内を見渡す三島は、その騒々しさに思わず顔をしかめる。


 「ホントホント! 何であと五分遅く来なかった!」

 「問題用紙を全員が見た後なら、騒動でテストそのものが数日は延期できたろうによお!」

 「あーもう、ほんとに空気読みなさいよね! ただでさえ迷惑被ってるんだから、そのぐらいは気を利かせなさい!」


 教室内は大騒ぎだった。

 三島の倒したロボットと一緒に侵入してきた十体ほどのロボットをスクラップに変えながら、生徒たちはブーブーと悪態を吐いている。


 奇しくも今日は中間試験の最終日、このクラスにも苦手な者の多い数学の問題用紙が配られる正にその瞬間、異形の侵入者が現れたのだ。

 テロリスト、悪の秘密結社、変質者に宇宙人の襲来に慣れ切っていた生徒たちは、「試験中止か!?」と色めき立ったのだが、問題用紙が配布される前だったのが彼らの怒りに火をつけた。

 あとほんの数分襲撃が遅れていれば、彼らは問題用紙に目を通した状態で騒ぎに巻き込まれていたのだ。当然、試験は一時中断となり、生徒の目が入った問題用紙は


作り直しとなっていただろう。そして作り直しの間、彼らは悪あがきすることが出来た筈だ。

 

 だというのに、機械の狼藉者たちはその数分前に押し入ってきたのだ。

 聡明な生徒たちは直ぐに悟った。

 中止にはならない。この面倒事を片づけ、直前まで頭に叩き込んでいた公式やコツが薄れてきた辺りで試験は再開されるだろう、と。


 「余計な時に余計な事をしやがってえ!」


 頭髪をバリバリと掻き毟り、体格の良い男子生徒がロボットの顔面を思い切り蹴り飛ばす。男子生徒以上に体格のいいロボットは衝撃にあっさりとバランスを崩し、仰向けに転倒した。


 「ああもう、返してよー! 私の徹夜を返してよー!」


 涙目の女子生徒が念動力を発動し、銃器を使おうとしていたロボットを宙づりにする。そのまま雑巾でも絞るように頑丈なロボットを捻りつぶしているのは、どうやら徹夜で能力の制御と理性が聞いていないかららしい。普段はこれほど乱暴な事はしない生徒だ。


 「喰らえ! デーモン式ヘッドロック!」


 半ば悪魔の正体を現しながら一人の生徒がロボットの頭部をぎりぎりと締め上げている。どうやら八つ当たりでも精神を乱された事に対する怒りでもなく、単純に暴れる楽しさに酔っているらしい。めりめりと金属製のフレームを潰していく。


 「何というか、凄惨な……」


 三島は複雑な表情で頭を抱える。

 突然教室に乱入し、教え子たちに刃物を振り下ろそうとしたロボットに同情するつもりもないが、かといって形状だけは人を模している存在がここまでボロクソにやられてしまう光景というのも薄ら寒いものがある。

 

 乱入者も一通り鎮圧されつつあることだし、そろそろ生徒たちを着席させようかと考え、三島はふと眉を顰めた。


 「うん? 一体足りなくないか?」


 三島の見間違いでなければ、ロボットの中に一体、一際大柄で派手なカラーリングの個体が混じっていた筈だ。

 しかし、美化委員が廃棄に向かい、物好きが部品取りを始めているロボット達の中にはその姿が無い。


 「ぬかった」


 三島は舌打ちする。

 恐らくは指揮官役か、あるいは切り札だったろうその個体を見逃すとは、これは小さくない失態だ。

 急いで他のクラスに警告しようとした三島を、一人の生徒が制した。


 「センセー、あそこあそこ」

 「うん?」

 「圭介が追いかけて相手してるよ」


 指さされた先、窓の外に広がる校庭を見やり、三島は二、三度頷いた。


 「そうか、あいつが行ったか」






 強大なエネルギーを秘めた拳の衝突は、大気を打ち振るわせて衝撃波を発生させた。

 校庭の中心から波紋のように砂煙が広がり、校舎にぶつかって爆ぜる。


 「っとと、意外にやるじゃん」


 文字通り鋼の拳と互角に打ち合い、大河原圭介は痛みに顔をしかめつつ自分の拳をプラプラと振った。

 

 そこにいるのはごくごく普通の学生だった。

 詰襟の制服の一番上だけボタンを外し、肩よりも少し下まで伸びる長髪を風に流している様は、一見すると不真面目そうに見えなくもない。

 だが、顔立ちは精悍であり、そこに浮かべた笑みも軽くはあるがどこか実直そうなものだ。


 「けど、相手が悪かったかな? 俺、学年でも十位に入る実力者なのよ?」


 これで成績も十位以内ならな、とぼやきながら、じっと砂塵の壁を睨み付ける。

 数秒の後、煙の中から現れたロボットは圭介に向けて右手をかざした。


 「ん?」


 何のつもりかと首を傾げた圭介は、次の瞬間「げっ」と口端を引き攣らせた。

 先程圭介と打ち合った拳が手首から折れるように外れ、そこから銃口が顔を覗かせたからだ。


 慌てて大地を蹴ると同時、一瞬前まで立っていた地面が爆ぜ、砂の柱が立ち上る。


 「ちょっ、卑怯くせーだろそれは!」


 フルオートでこそないようだが、数発ずつの銃声と共に圭介を追うように砂柱が次々に立つ。

 圭介は走り、跳び、側転バック転、宙返りまで駆使して弾丸を回避する。さながら殺陣の様に大げさな動きだが、事実として一発の弾も掠らせない回避運動だった。

 人間は銃弾を避けられるような情報処理能力も反応速度も、運動能力も持ち合わせていないのだが、この街においてはその限りでない。それを裏付けるように、学友が銃撃されているにも関わらず、教室から生徒たちが投げかけるのは悲鳴ではなく、歓声交じりのアドバイスだった。


 「圭介ー、どうもこのロボット共馬鹿正直に頭に制御系が積んであるみたいだー」

 「聞こえた!? 頭をやって、頭を!」

 「おいどーしたどーした!? 反応遅れてるぞ!」

 「よーし、そこだ! やっちゃえー!」


 既に校舎内に侵入したロボットは片付いてしまったらしく、各教室から大勢が顔を出してやんややんやの大騒ぎだ。


 「手伝おうとか思わないのかよ、あいつら……」


 ひょいひょいと逃げ回りながら、やや恨めし気に野次馬を見やるが、彼らも余裕はないのだろう。

 この騒動を治めたらすぐに試験は始まる筈だ。変に戦いなどに思考を割いて公式を忘れる様な愚を犯したいとは誰も思うまい。


 「ったくもう、俺がやらなきゃならんのね?」


 圭介がそうぼやくと同時に、射撃が止んだ。


 「お、弾切れ? 弾切れか?」


 次の行動に移ろうとしないロボットを観察しながら、圭介はじりじりと距離を詰め始める。

 無論、他に武器を隠し持っている可能性は十二分にあったが、だからと言って黙って見ていても事態は収拾しない。仮にまだ武器があったとしても、それならその時に逃げればいいと開き直り、圭介はロボットににじり寄る。


 と、ロボットが再び動いた。

 圭介に左の拳を突きつけ、やはり手首から先が折れるように開く。


 「二度も同じ手を食うかってぇの!」


 だが、圭介の反応の方が早かった。

 ロボットの左腕が動くと同時に素早く駆け出し、一気に距離を詰める。獣以上の瞬発力を発揮し、瞬時にロボットの懐に飛び込む。

 無責任な歓声とアドバイスに従い、無機質な光学センサーを備えた頭部に狙いをつけ、拳を握り込み、そのまま撃ち出す。


 「うぉおりゃああああっ……と!」


 雄たけびに打撃音と金属のへしゃげる嫌な音が重なる。

 圭介の叩きつけた拳はロボットの頭部を大きく陥没させていた。しかし、まだ制御系が完全に死んだわけではないらしく、ぎこちない動きでロボットは圭介に手を伸ばす。


 「なら、もう一丁! でえやあっ……と!」


 向かってくる腕から逃れ、敵の背後へと回り込みざまに左手で手刀を形作り、一気に振り下ろす。

 やはり重い衝撃音と何かがへし折れるような音が響き、ロボットの顔がさらに崩れた。


 「駄目押し行くぜっ! トオオオオオオオッ!」


 ロボットの背後を取った圭介は、敵の状態を確認する前にそのまま大地を蹴り、跳んだ。

 よろめくロボットの後頭部に向け、右足を思い切り叩きこむ。


 一際大きな轟音と共に、ロボットの頭部は遂に破壊された。

 足の裏という狭い範囲に爆発的エネルギーが集中し、ロボットの強固な合金製の頭蓋骨を完全に叩き壊していた。


 「うっし! 一丁上がり!」


 着地と同時に振り向き、掌に拳を打ちつけて圭介はにやりと笑う。

 

 「おー、すげー」

 「爆発した、爆発したぞ!」

 「もう少し手こずっても良かったんだぞ? 試験開始は遅いほどいいんだし……」


 校舎から降ってくる緊張感のない声援に些か脱力するが、それでも足腰に力を入れ直して踏みとどまる。


 「ったく、気楽なもんだね……」

 

 少なくとも自分より強い生徒は、同学年だけでも五人以上はいるのだが、一切手伝いに来なかった辺り試験前の悪足掻きを優先したらしい。

 圭介ならどうとでもする、という信頼故だというのは分かっている。分かっているが釈然としない。

 苦々しく口元だけ笑い、腰に手をやって首を傾げる。


 「ご苦労だったな、大河原。後の処理は我々がやるから、おまえは教室に戻れ」

 「お?」


 振り向けば、担任である三島がやれやれといった態で立っていた。


 「ったく、試験で大変なのは学生だけじゃないっていうのに」

 「まあまあ。その苦労に沿うだけの点数が残せるよう努力しますよ。あくまで努力ですけど」

 「その辺は好きにしろ。出来が悪ければ俺が直々に補習を受け持ってやる」

 「ひゃー、そいつは勘弁してくださいよ。頑張りますから」

 「頑張るだけなら誰にでもできるわい。そら行け」

 「へーい」


 圭介はスタスタと教室へ向かう。

 既に他の生徒たちは室内へと引っ込んでいる。圭介も早い内に悪足掻きを再開せねばあまりよろしくない点数を取る羽目になるだろう。

 手の空いている教職員がロボットの残骸を片づけるのを横目に、圭介は校舎内へと戻っていった。


 「あ……。土足だったけど、まあいいよな」


 砂に汚れた上履きのまま昇降口から校舎へと踏み入る。




 『ようやく見つけましたよ、大河原圭介』




 「……ん?」


 圭介はふと足を止めて振り返る。

 怪訝そうな、珍しく厳しい目つきで自身の背後、校庭越しの街を睨む。


 「……」


 ほんの数秒、挑むように視線を巡らせていた圭介は、やがて首を傾げた。


 「……気のせい、だったか?」


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