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さくらさくら

 その2本はとある田舎の小川のほとりにいた。

 周りは見渡す限り一面の田んぼで、平地にポツンと2本だけ並んで立っていたので、遠くからでも見つけることができた。



 2本はもう何十年もとなりどうしで立っている。

 あまりに長く二人でいるから、いつから一緒なのかもう忘れてしまった。

 片方はソメイヨシノ、もう片方はやまざくら。

 もう何千回、何万回と繰り返したいつもの話題を、いつものように話していた。



「早く春が来ないかなあ。そしたら花をいっぱい咲かせるのに」

 ソメイヨシノはひとりごとのように話し始める。

 やまざくらは答える。

「春なんてもういいだろ。また人間どもがぞろぞろと足下にやってきて、飽きずに酒飲んで騒いでいくばかりじゃないか。食いもんや飲みもんを散らかされるは、ゲロやションベンをされるわ、バカに枝を折られるわ、一晩中やかましくて寝れないわで全然いいことがない。おれなんて正直もうメンドクサイから春なんて来ないでいいと思ってるよ。」

「そんなこと言うなよ。人間がいっぱい来て、にぎやかで、楽しいじゃないか」

「ヤツラが来て楽しい?わずらわしいだけだろう。よくもまああれだけ無駄に騒げるもんだ。『花見』とか言ってるがヤツラにとっちゃ結局おおっぴらに酒を飲む口実でしかないだろう。実際、おれらなんてほとんど見てないじゃないか」

「僕らがみんなの楽しむ理由になれるなんて素敵なことじゃないか」

「百歩ゆずって素敵なことだとしても、ヤツラがおれらをチヤホヤするのは花を咲かせている間だけじゃないか。花が散ってしまえばそれで今年は終わり。あとの時期はおれたちのことなんてずっと無視さ。目に入ってさえないよ。おれらが『桜』だってことすら忘れてるぜ、きっと。ちょうど今のようにな。だからあんな自分勝手でいい加減なヤツラをおれは好きになれない」

「そうか…寂しいなあ…」

「寂しくなんかないさ。おまえがいるだろ」

「……」



 そうして同じような会話と同じような季節を繰り返して、また何年かが過ぎた。



「早く春が来ないかなあ。そしたら花をいっぱい咲かせるのに」

「春なんてもういいだろ。おれはもう花を咲かせないことに決めたぞ」

「えっ?」

「だから花を咲かせないんだよ。いつも言ってるだろう。もう飽きたんだ。騒がしくてわずらわしいのも嫌なんだ。おまえとゆっくり静かに過ごすのが幸せなんだよ」

「そんな…。でもやっぱり花は咲かせた方がいいよ。僕らが生きてるって証なんだし」

「いいんだよ。もうメンドクサイんだ。花なんか咲かせても別に何も変わらない。人間が来て、イヤなことの方が多いしな」

「でも、それでもやっぱり…」

「いいんだ。おれはもう決めたんだ。だからこの話はこれで終わりだ」

「……」



 そうしてまた何年かが過ぎた。

 ソメイヨシノは年々元気がなくなっていった。

 幹に大きなうろができて、それはすこしずつ大きくなった。

 逆に、咲かせる花はすこしずつすこしずつ減っていった。



「早く春が来ないかなあ。そしたら花をいっぱい咲かせるのに」

「あんまり無理するなよ。おれみたいに咲かせないでおこうぜ。おかげでおれはこんなに元気だぜ」

「ふふふ、でもやっぱり僕は花を咲かせるよ。咲かせたいんだ」

「無理してまで咲かせることないじゃないか。もうだいぶしんどいんだろ」

「ああ、でも僕が生きている証だから…。それに僕の花を楽しみにして集まってくれる人達もいるんだ」

「あんなやつらのことなんか気にすんなよ!大体ここ何年かは少ししか来ないじゃないか。それも年々減っていってる。無責任なあいつらの言ってることがお前にも聞こえてるだろう!

『こいつら最近あんまり咲かないな。寿命なのかなあ。咲かない桜なんか意味ないのに』とか言ってやがるんだぞ!

 ふざけんな!!おれらはおれらで生きてんだ!別にあいつらに意味なんかつけてもらわなくったっていいんだよ!」

「…うん、聞こえてるよ…。でも、僕は、それでも僕は、集まってくれるのが、うれしいし、楽しい…。それに……いや、いい…」

「……」



 そうしてまた何年かが過ぎた。

 もうソメイヨシノはひとつしか花をつけない。

 花見に来る人も、もう何年も前から途絶えてしまった。



「ねえ、僕はもうすぐ死ぬと思う。だから少しだけ聞いてほしい」

「何言ってる!死ぬなんて言うな!!そんなはずないじゃないか!」

「うん、自分のことはね。わかるんだ。だから大事なことを話すよ。僕はね。種を残すことができないんだ。正確には種はできるんだけど芽は出ない。僕らソメイヨシノは人間が接ぎつぎきをすることでしか増えないんだよ。僕もそうやって産まれた…」

「何を言って…」

「そして僕は君よりもずっと寿命が短い。

 僕はだから人間に手をいれてもらわなければ長く生きられないんだよ。

 だから人を集めたかった。僕のことを気にかけさせたかった。手をかけてもらいたかった。

 なぜなら……死にたくないからだ。

 僕が死ぬと君はひとりぼっちになってしまう。

 君をたったひとりでここに残してしまう。

 僕らはずっと長い間ふたりでいた。ひとりでいることなんて想像できない。だから君をそんな目にあわせたくなかった…

 ごめん。

 ごめんよ。

 僕はもう、この花が散ったら、さよならだ。」

「何言ってんだ!そんなこと言うな!!まだ大丈夫だ!人を集めればいいんだろ!大丈夫だ。おれが咲かせる!今までサボってたんだ。これ以上ないってくらい見事に咲かせてやる!!そしたら人なんてすぐに集まってくる!」

「ありがとう。うれしいよ。さっきはあんなこと言ったけど、別に人を利用しようと思ってたばかりじゃないんだ。人と一緒にいるのが好きだったのは本当だよ。僕を見てくれて、喜んでくれる。それはとてもぽかぽかして、いい気持ちになれたんだ。ずっと一緒だった君にはあえて言わなかったけど、君といる時もずっとそうだったんだよ。僕を見てくれて、話してくれる。僕はひとりじゃないって思えた。

 だから、ありがとう。

 本当に、本当に、ありがとう。

 僕がいなくなったら、また前みたいに見事な花を咲かせてほしいな。

 そうしたらきっと君も、そして周りもあったかくなれると思うから。

 僕は先に逝くよ

 ごめんね。

 そして、

 いっぱい、いっぱい、ありがとう」








 やまざくらは泣いた

 それは声にならないし、涙にもならない。

 ただ、めいっぱい花が咲き、めいっぱい花びらが散った。

 次から次へと

 とどまることなく

 夏が過ぎ、冬を超えても、咲き続け、そして散り続けた

 今まで溜めたものを全て吐き出すかのように。



 やがて人が集まってきた

 あまりに見事に咲き、あまりに見事に散るその桜は

『狂い咲き桜』と呼ばれて人の間で話題になった





 その桜はとある田舎の小川のほとりにいた。

 周りは見渡す限り一面の田んぼで、平地にポツンと2本だけ並んで立っていたので、遠くからでも見つけることができた。


 一本は季節を超えて咲き誇り、

 そしてもう一本は、色を失くしたその樹皮に、散った花びらが幾重にも貼り付いて、これもまた見事な桜色をしていた。

初めて投稿してみました。

咲いてない時期の桜の忘れられっぷりを思って書いた作品です。

楽しんでいただけたら幸いです。


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