選ばせる第43話
「……やれやれだな」
超速で駆け抜けていったロマンの軌跡を追いつつ、ゲオルは呆れた様に溜息。
「……まぁ良い。あの様子、確かな勝算があるのだろう」
「!」
ゲオルはそれだけ言うと、ロマンが向かった方向に背を向けた。
「お前は行かないのか?」
「行く意味は無いと判断した。ベニムも早く治療を受けたいだろうしな」
「お、おう……助かるけど……大丈夫かねぇ……」
「その辺は問題無いぞ。今のロマンなら絶対に負けはしない」
「お、嫁さんのお墨付きか」
「嫁? 何の話だ?」
ベニム的にはもうちょっと初心なリアクションを期待した冗談だったのだが、相手はシングである。
くだらない、とゲオルはベニムを担ぎ直し、屋敷へ戻るべく歩き始めた。
「待てゲオル・J・ギウス」
「……何だ、世話役」
「お前には、1つ聞いておきたい事がある」
「そんな余裕があるのか。魔王の息子は、貴様に取っても大事な存在だろう」
「さっきも言ったはずだ。今のロマンなら、任せて置いて問題無い」
シングも、ゲオルと同じ判断を下している様だ。
あのサーガのためなら何もかもを見失うシングが、そこまで信頼し、任せられる。
それが、シングに取ってのロマンという男だ。
「で、何だ。聞きたい事とは」
「……お前は、本当にサーガ様を殺すつもりがあるのか?」
「…………何故、そんな事を聞く」
「アタシはロマンほど鈍感じゃない。お前の行動には、違和感がありすぎる」
魔王城で、サーガとシングを見逃した事。
そして、ロマンとの闘いの後、サーガに何もせずに帰った事。
「キリカへロマンの紹介状を書いたのも、お前だろう」
「……何の話だ」
「とぼけるな。キリカも執事長も、差出人の名を『ゲオ…』まで言っていたぞ」
キリカに紹介状を出せるポジションの人物で、名前にゲオを含む者。
んなもん、ゲオル以外にいないはずだ。
「……あのお嬢様はまだわかるが、マコトまで口を滑らせていたか……」
あの馬鹿め……と、ゲオルは旧知の友人を軽く罵る。
「答えろ。お前は一体、サーガ様をどうするつもりなんだ」
サーガを殺すつもり、にしては、ゲオルの行動は矛盾が多すぎる。
「……魔王の息子を殺すつもりである事に、偽りは無い」
「…………」
「だが、生かすつもりも、ある」
「どういう意味だ?」
「くだらない約束だ。これ以上、教える義理は無い」
「約束……?」
「他人の約束を詮索するのは趣味が悪いと言う物だ。この辺りにしておけ、世話役」
ごまかしても仕方無い。
だから、ゲオルはこれだけを答えとしておく。
「何にせよ、魔王の息子を生かすか殺すかは、俺だけが決める事では無い」
ゲオルはあくまで、検閲と執行を任されているだけ。
「どうなるかは、あの少年次第だ」
「変身ヒーローみたいね」
アリアトがそうコメントするのも当然だろう。
俺は今、全身に黒鉄の鎧を纏っている。
西洋の騎士が付けてそうな全身鎧をちょっとスリムにして、機械チックに仕上げたって感じの鎧だ。
右手はギプスのせいでちょっと鎧の形が歪だが、…まぁ仕方無い。
どういう訳かこれを発動すると、身に纏っていた医療用のマントまで黒く染まる。
まぁ、かっこいいからこれはこれで良し。
要するに、俺は今、全身に黒鉄のロボットスーツを纏い、漆黒のマントを羽織っている状態って訳だ。
「あぶぉぉぉぉ!」
かっけぇぇぇ! と言うサーガの声。
良いぞ、もっと称賛してくれ。
それに、この姿は見た目がかっこいいだけじゃない。
イビルブーストによる恩恵も平常時とは比べ物にならない。平常時よりもかなり良い効率でブースト効果が適用できるので、肉体への反動をかなり抑制できるのだ。
要するに、常にゲオルとタメ張れそうな状態をキープし続けても、10分くらいは肉体が自壊を起こさずに活動できる。……後に来る筋肉痛方面の反動は非常に不安ではあるが。
あと、俺の左目は今は使い物にならないが、この状態ならコクトウの左目を借りる事もできる。
肉体の動作に問題は無い。
視界も万全。
不安要素は、0。
「……覚悟しやがれ、アリアト」
「ふぅん、新技を体得して調子に乗っちゃってる感じかしら」
クスクスと、小馬鹿にした様にアリアトが笑う。
「半日前、あれだけ無様にやられたのを、もう忘れ…」
アリアトは最後まで言えなかった。
俺が、言わせなかった。
とりあえず、その顔面を、思いっきりブン殴り飛ばす。
「ひげぁっ!?」
短い悲鳴を上げて、アリアトが吹っ飛ぶ。
……女性を殴るってのはもうちょい抵抗があると思ったが、相手が相手なせいか、あんまり何も感じないな。
「か、ぁ……?」
何が起きたか理解できない。
そんな表情で、アリアトが立ち上がる。その顔面は、もう既に傷1つ存在しない。
まぁ、理解できないのも当然だろう。
多分、今の俺の動きは、まともな反射神経してる奴じゃ肉眼で追うのは難しい。
俺がゲオルと対峙した時に味わった感触を、今アリアトは味わっているはずだ。
「……忘れた訳、無ぇだろ」
余計な舌戦をするつもりは、無い。
さっさと『お膳立て』を済ませて、『本題』に入りたいからな。
だが、これだけ言っておこう。
「今から俺は、その件も込みでテメェをシバく。ま、お仕置きって所だな」
「お仕置きぃ……? あれだけの事をされたのに、ブッ殺してやるくらい言えないの? 随分お優しいみたいね」
「悪いが、俺の背中には、お前の生命まで背負う余裕は無ぇからよ」
俺はこれから、サーガの人生ってモンを背負えるだけ背負っていくつもりなんだ。
こんな女の生命をどうこうした罪なんて、背負ってられるか。冗談じゃない。今まで散々な目を見てきたが、俺はまだマゾ覚醒はしていない。自らに不必要な重荷を課す程、上級者では無いのだ。
だから、殺すのだけは勘弁してやる。
まぁ、殺さない、ってだけだけどな。
「ふぅん。よくわかんないけど……まぁ、良いわ。上等じゃない……」
アリアトの表情に笑みが浮かぶ。
この女は、基本的に相手を下に見る癖がある様だ。
だから、戦闘中でも笑う。いつだって、心に余裕があるから。
そのせいだろう。今の一撃で結構『食った』のに、気付いていない様だ。
「もう1度、グリルチキンみたいにしてあげる」
彼女の手の中に舞い踊る、炎。
それはいくつかの塊に分裂し、球形となって彼女を取り囲んだ。
その炎塊の中に、何かが現れる。
「!」
焼きゴテだ。
無数の焼きゴテが、虚空に浮いている。
「どぉ? これを見てると、思い出しちゃう?」
「悪趣味だな、本当……」
一瞬だけ、背筋が凍る様な感覚があった。
だが、それだけだ。
暖かい何かが、俺の背中を押し続けてくれる。
「……食っちまえ、コクトウ」
『けっ、あの女の魔力、クソ不味いから気は進まねぇな』
脳内に響くコクトウの声は、かなり嫌悪感が含まれている。
相当、不味いらしいな。
悪いが、我慢してくれ。
黒鉄の鎧に包まれた手を、アリアトへ、その周囲の焼きゴテ共へと向ける。
さぁ、先程とは違い、わかりやすくお披露目と行こうか。
コクトウの、第2の能力、『魔力接収』を。
「ふ、かっこいい構えね、ビームでも出すのかし……っ……!?」
アリアトの笑みが、驚愕に塗り潰される。
単純に、俺がビームでも出してりゃ、お前はもう少しの間余裕を保っていられただろうな。
「何で…!?」
アリアトの周囲に浮いていた全ての焼きゴテが、霧散する。
素粒子単位で分解され、目に見えなくなってしまった様な、そんな消失現象。
実際には、消失した訳では無い。
「やっぱ、さっきのは気付いて無かったみたいだな」
「さっきの……?」
「俺が、さっきテメェを殴り飛ばした時だよ」
あの時、既に俺はこの能力を1度、使っている。
「テメェの魔力、食わせてもらったぜ」
「…………!」
俺に言われて、気付いたんだろう。
自分の魔力が、異様に減っている…そして、現在進行形で、減り続けている事に。
まるで燃料タンクに穴が空いてしまい、そこからエネルギーがダダ漏れになってしまっている様な、そんな感覚を、今彼女は認識したはずだ。
敵対者から、少しずつ魔力を奪い続ける。
更に、魔法を魔力に分解して吸収する事もできる。
そして極めつけは、直接触れる事で、一気に超膨大量の魔力を奪い取る。
これが、『魔力接収』。
コクトウが無意識の内に発動していた、今までコクトウ自身も認知していなかった能力。
コクトウが持ち主の魔力を定期的に吸収すると言う、『他の魔剣には見られない』現象の原因。
ヒエンとの決闘の時、ヒエンの魔力が異様に早く枯渇した理由。
コクトウの深淵に触れた事で、俺達はこの能力を知った。
魔剣奥義発動により、魔力の吸収率と分解速度は跳ね上がっている。
魔王は、「この能力でアリアトを攻略できる」と言っていた。
……ぶっちゃけ、相手がアリアトじゃなくても余裕で攻略可能な、かなりのチート性能だと思う。
だって、あらゆる魔法を無効化してしまうのは当然凶悪として、相手の魔力を簡単に枯渇させる事ができるんだ。
魔力切れ状態は、生命維持に関わる重体。
正直、誰が相手だろうと負ける気がしない。
この状態で俺が苦戦する可能性があるとすれば……やっぱり、ゲオルだろうか。
元々物理攻撃至上主義な奴だし、魔力切れ起こしてもしばらくは平気で動き回りそうだもんあの化物。
「理解できたか、アリアト」
まぁ、ゲオル対策は後々改めて考えるとしてだ。
今の相手は、アリアトだ。
「あんたの自慢のリベリオンは、俺にはもう効かない」
「ぐっ……そんな訳が、無い! リベリオンは最強の魔法よ!」
アリアトが腕を振り上げたのに合わせて、俺の周囲の足元から、無数の剣や槍が吹き出し、襲い掛かってくる。
だが、遅い。
イビルブーストの出力を更に上げれば、この程度の速度、止まって感じられる。
刃達が俺に届く前に、充分に分解する猶予がある。
「っぅ……」
「半日前とは、立場が逆転したな」
「うるさい!」
必死に腕を振るい、様々な攻撃をこちらに放ってくるアリアト。
だが、無駄だ。
巨大なハンマーも、光の砲弾も、青い炎も、スライムの様な水の塊も、土の竜も、爆裂するモーニングスターも、石の猛獣達も、結局は全て、アリアトの魔法。
どんな形態であろうと、その根源は魔力。
その全てが、俺を襲う前に、魔力と化し、コクトウの中へ吸収されてゆく。
つまり、コクトウと融合状態にある、俺の中に蓄積されていく訳だ。
「くっ……」
まぁ、焦るだろう。
だって俺は、『アリアトの最大の武器』を潰せるのだから。
「1つ、安心して良いぜ」
「な、何がよ!?」
「俺は、お前の肉体を自動再生する魔法だけは、解除しない」
「は……?」
「そうすりゃ、お前は何度だって再生するんだろ?」
これから俺は、アリアトをブン殴る。
この強化された拳で、何度も、何度もだ。
魔力が切れるまで、可能な限りブン殴る所存だ。
俺がこいつにやられた分はもちろん、サーガ達を誘拐しやがった分、こいつのせいでシング達にかけてしまった心配の分、執事長達がやられた分、等々。
グリーヴィマジョリティによってもたらされた被害、全ての落とし前を、付けてもらう。
こいつが、諸悪の根源だから。
要するにだ。
「俺の気が済むまで、テメェをギったんギったんのボッコボコしてやる」
さっきも言ったが、俺はこいつを殺す気は無い。
だから、意図せず殺してしまわない様に、肉体再生の魔法だけは、残しておいてやる。
そうすれば、魔力が残っている間は、死なないだろう。
それどころか、いちいち再生してくれる訳だ。
殴り所に困らなくて済む。
「くっ……」
この外道め、そう言いた気な、アリアトの目。
……世の中には、笑って許される事と、許されない事がある。
アリアトは、笑って許される限度を遥かに超えた。
説教で改心させて、はい大団円……なんて結末が望めないくらいの事を、こいつはやらかした。
外道と罵られようと、こいつだけは許してはいけない。
ここできっちり、痛い目を見せておかなきゃ、後悔させなきゃ、こいつはまた繰り返す。
だから、俺はアリアトをシメる。
私怨が全く無いと言えば嘘になる。私怨晴らしの要素が濃いめである事も否定しない。
「……でもな、アリアト。俺が宣言通り、お前をリンチにかけるかどうかは、お前次第だ」
「……っ……情けをかける気……?」
「そうだな。本当、その通りだ」
情けをかける、まさに、俺が至った答えはそこだ。
俺なりの、最低限の情け。
こんな状況でも非道に徹する事を拒む、情けない程に穏健派な、俺の根本的思考。
俺は、こいつ自身に『選択』させようと思う。
「情けをかけるっつっても、勘違いはすんなよ、俺は、お前を許すつもりなんて毛頭無ぇ」
こんな奴を、許せるはずがない。
「この先一生、俺がお前を許す事なんてありえない。…ただ俺は、お前を許さない事と、これからする事を、切り離して考えてる」
絶対に許さない=今この場で甚振り尽くす、なんて考え方をするつもりは無い。
報復を与える事だけが、罪を償わせると言う事では無い。
「アリアト、よく聞け」
……正直、こいつに対話の余地なんて無いとも思う。
でも、ここで対話と言う手段を捨てて、憎悪に身を任せ、こいつをサンドバッグにするのは『人の親』としてどうかと思う。
例え、こいつがそれだけの罪を犯しているとしてもだ。
だから、俺はこいつに対して、この1度だけ、説得を試みる。
俺は、こいつ自身に道を選ばせる。
その選択次第だ。
俺がこいつを憎悪に任せて一方的にシバき倒す事になるか、それとも、最低限の『痛い目』で済ませてやるかは。
これが、俺がアリアトにかける、最初で最後の情けだ。
「お前が今すぐ泣いて謝って、罪を償う事を誓うなら、最低限のお仕置きでここは勘弁してやる」
こいつがこの話に乗るなら、俺は『アレ』だけで済ませて良いと思っている。
……まぁ、『アレ』は下手にサンドバックにされるよりも効くかも知れないが。
とにかく、その場合、その後の処罰はこの世界の司法機関に任せよう。
アリアトが自分から改心を誓うってんなら、俺はこの怒りを飲み込んで、不必要に非道な真似はしない。
そういう事で、手を打ってやってもいい。
「……どうする?」
お膳立ては済んでいる。
俺は、アリアトに絶対的な戦力差を叩きつけた。
いくら狂人じみてるっつっても、この状況で継戦を選択するとは思えない。
アリアト自身が悔い改め、贖罪の道を選ぶと言うなら、皆の怒りも少しは緩和されるはずだ。
俺だって、ブレーキを踏む事ができる。
この女が引き起こした一連の戦闘で、傷ついた者は多い。許す事なんて到底できないが……
こいつがその事を痛く反省すると言うのなら、報復を受ける以外の贖罪のチャンスを、与えても良いと思う。
許しはしない。でも、憎悪の刃を収めよう。報復は、堪えよう。
甘い判断だと言う自覚はある。
それでもまだ、チャンスを与えたいと思えるんだ。
さっきも言ったが、こいつのためとかじゃなくて、俺自身が非道に徹し切れないだけ、と言う話だが。
結局俺は、自分に甘いんだ。
何にせよ、許せないという憤りも、チャンスを与えたいと言う偽善の様な情けも、どちらも俺の本心だ。
アリアトを甚振り、嬲り、生まれて来た事を後悔させてやりたい。
でも、そんな事をして本当に良いのか。
でも、そんな温い考えで良いのか。
でも、そんな行為が正しいと言えるのか。
でも……
今、俺の中には、そんな矛盾がある。
俺自身では、解消できそうにない矛盾だ。
だから、俺はアリアトに委ねる。
憎悪の刃に切り裂かれたいか、チャンスを甘受するか。
選ぶのは、彼女だ。
「…………不条理よ……!」
「……?」
「やっぱり、この世界は狂ってるわ……!」
「!」
アリアトの頬を、涙が伝う。泣いている。
俺の言う通り泣いて謝る…気配では無い。
「何で、私ばっかりが、こんな目に合わなきゃいけないのよ!?」
アリアトが腕を振るう。
虚空から現れた氷のライオン。しかし、すぐに霧散する。
「いつもいつも、何で、何で、私は望み1つ満足に叶える事ができないの!?」
アリアトが腕を振るう。
足元から吹き出した、無数の岩石兵。しかし、すぐに霧散する。
「私は、ただ普通の幸せが、欲しいだけなのにぃ……何でいつも、踏みにじられるのよぉぉぉぉぉぉ!?」
アリアトが腕を振るう。
太陽の様な、禍々しい破壊の塊が創造され始める。しかし、それも途中で霧散する。
「もうやめとけよ。無駄だ」
「…………」
「ヤケクソ起こしたって事は、わかってんだろ、勝目が無ぇって」
「ええ、わかってるわよ!」
アリアトは、腕を振るい続ける。
「泣いて謝る無様な私を、嘲り笑いたいんでしょ?」
「はぁ……?」
「そうに決まってる。そして、その上で踏みにじるに決まってる。私がどうしようと、あなたは私を甚振るに決まっている」
「……お前な……」
マジな顔で何言ってんだ、この女は。
「あのな、俺は今、お前をタコ殴りにしたい気持ち必死に抑えて提案してんだよ。いい加減にしないとマジで実行するぞ」
「白々しいわね!」
なおも、アリアトは抵抗を続ける。
もっとも、抵抗になってないが。
……こりゃ、ダメだ。
全くこっちの事を信用してない。
対話が成り立つレベルの、最低限の信用すらない。
こちらの言葉を、欠片でも受け止めようとしている様子が無い。
「…………」
何故だろう。
アリアトのその姿は、とても可哀想に見えた。
虐待されたせいで人間不信に陥ってしまった犬の様な、それに近い雰囲気を、感じてしまう。
『同じだ』
「え……」
突如、俺の脳内に響いた声。
コクトウの物では無い。
「……魔王……!?」
『何を驚いている?』
いや、驚くだろ。
何で平然と当然の様に俺の脳内で喋りだしてんのあんた。
『言ったはずだ。魂とは魔力の源。我輩の全魔力を根こそぎ注入すると言う事は、我輩の魂を君に与えるのと同義だ」
いや、何か理屈が通ってる様で通ってない気がするぞ、それ。
『そんな事より』
いや、「そんな事」で済ますなよ……
『あの女は、昔の我輩…いや、昔の我輩達と同じ目をしている』
「我輩達?」
『魔王軍だ』
「!」
『差別され、拒絶され、虐げられ…そして、不貞腐れてしまった者の目だ』
「差別……」
そういや、魔王軍は魔人を弾圧する連中へ対抗するために生まれたとか、ゴウトが言ってた気がする。
『不貞腐れ、今度は自らが相手を差別し、拒絶し、虐げる。そういう結論に至ってしまった、愚かで哀れな者の目だ』
「…………」
『ああなってしまっては、言葉で諭すのは難しいぞ』
さっきの「同じ」と言う発言からして、魔王はそういう状態の者の事をよく理解しているのだろう。
だから、難しいと知っている。
アリアトは今、他人を差別し、拒絶している。虐げようとしている。
そんな状態で、他人の言葉なんて聞く訳が無い。
「……どうすれば良い?」
小声で、俺は魔王に問いかける。
「あいつに取り入るには、どうするのが最善なんだ?」
同じだったのなら、知っているはずだ。
魔王は、あんな目をしていなかった。
つまり、誰かに諭され、気付いたのだろう、その愚かさに。
『向こうの事情を聞いてやれ。真摯にな』
「……事情を聞いてやるだけで、どうにかなるモンなの?」
『あの女の事情を聞くその会話の最中なら、あの女の方から君を「対話対象」として認識するはずだ』
成程、その状態なら、こちらの言葉が届く可能性も僅かにあると。
こちらが対話の舞台を用意するのでは無く、向こうに用意させる、って事か。
『向こうの事情を聞いたら、肯定しろ』
「肯定?」
『君は子供の頃、頭ごなしに自分を否定する大人の話を、聞く気になれたか?』
ああ、それは話なんて聞かねぇわ。
相手が例えどれだけ正論を言っていようが、その言葉に耳を貸そうとは思えない。
冷静な判断ができない状態ってのは、そういうモンだ。
そして、アリアトは今、そういう状態だろう。
『まずは肯定し、そして問うんだ』
「問うって、何を……」
『何でも良い。質疑応答の形態に持っていく事が重要だ』
奴自身の語りに、俺が質疑する形を取る事で、奴に応答させる。
質疑応答を成立させ、同じ舞台に立っている事を相手に認識させる。そこから自然に『会話』へと持ち込む緒を探る、と。
奴の自分語りを聞く、そして質疑応答をする、会話に持ち込む、こちらの話を聞かせる…そういう風に、少しずつ誘導していく訳か。
これが交渉術って奴か。
……俺、トーク力高い方では無いんだが……
「……なぁ、もし、それでも言葉が届かなかったら?」
その場合、緒を探る所じゃないだろう。
『その場合はもう、手は無い』
それこそ、まさに救いようが無いって訳か……
仕方無い。
「……アリアト」
「何よ?」
「お前は、何で俺の言葉を聞こうとしないんだ?」
「無駄だからよ」
「……無駄だと思う、その理由を聞かせてくれ」
「嫌よ。無駄だもの」
「……あー……無理矢理に吐かされるのと、自分から話すの、どっちが良い?」
……俺今、すごいクズみたいな発言をしている気がする。
でも、こんくらい言わないと聞かせてくれそうに無い。
……本当、心の底から面倒な相手だと思う。
「何よいきなり……そんなに、聞きたい訳? そこまでして、私の過去を笑い草にしたいって事?」
「あのなぁ……あー…もう、それでいいから、一旦話せ」
弁明したって、また「白々しい」だのなんだの言ってくるに決まってる。
まずは肯定してやる事で、僅かずつでも距離を詰めよう。
「どこまで私をコケにしたいのかしら、このクズ野郎。近年稀に見るクズね。よくもまぁ私を軽蔑する様な発言ができたわね。自分の事を棚に上げるって言う表現の良い例を見たわ」
……ああ、もう。この女、本当に拳を使った交渉術で対応してやろうか。
ちょっと我慢の限界が見え始めた時、不意に、アリアトが腕を下ろした。
リベリオンは、発動しない。
彼女の両腕は、力無く地面に向けられている。
「……ねぇ、私、何歳に見える?」
「はぁ?」
唐突で、不可解な質問。
「答えなさいよ」
「……25」
『俺っちもその辺だと思うぜ』
『我輩も同意見だ』
奇妙なタイミングでの質問ではあるが、一応俺は正解を狙いに行く。
「いや、案外30過ぎだったりスんじゃねぇか? …33」
何か、ヒエンまで答えちゃった。
「俺は、ロマンと同じ25辺り……27、か」
「私は35くらいだと思うわって感じ」
って、執事長とマリ、目覚ましてたのかよ……
「私もロマンと一緒」
「だぼん、やぶい!」
「……僕は100歳くらいだと思うよ。ふん」
って、結局この場にいる全員が回答しちゃったよ。
しかもランドーは当てる事よりもイヤミを言う事を優先してやがる。
まぁ気持ちはわかるが。
アリアトもこのノリの良さは予想外だったのだろう、驚いて……いや、
笑って、る……?
「正解」
まぁ、アリアトの外見は若くて20代、多くみて30代。
ランドー以外は皆その辺を突いていたし、今の回答の中に正解があってもおかしくは無い。
そして、彼女が指差した正解者は、
ボロボロの体を壁に預けていた、ランドー。
「……は?」
キョトン、とするランドー。
ランドーだけじゃない。俺も一瞬理解するのが遅れた。
リアクションを見るに、皆そうだろう。
「正確には、今年で97歳になるわ」
……何を言ってるんだ、こいつ。
このタイミングで、何でそんなアホみたいな冗談を……
「72年前の、ヘカトゥスの草原での、イノセスティリア聖十字軍と魔王軍の衝突……」
『!』
「魔王軍……!?」
何故、いきなりここでその単語が出てくる?
「そこで私は、軍人として戦いに参加していた。そして、呪われたのよ……私が仕留めた、魔王軍の者に」
アリアトが、語り出す。
自嘲の様な笑みを浮かべて。
「そんなに聞きたいなら、聞かせてやるわよ。お涙頂戴の、昔話を。笑いたきゃ笑いなさい。笑い転げるあなた達の様を、私も笑い飛ばしてやる」
笑われたって、私は悔しがらない。残念でしょ? あなた達の思惑は、外れるの。
そう、彼女は笑った。




