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駆けつける第40話

 紅蓮の頭髪と頬に刻んだファイヤーパターンのタトゥーが特徴的な青年。

 とある村で『ヒートアッパーズ』と言う冒険者チームのリーダーを務める、ヒエンだ。


 今日は、姉弟子のラフィリアに連れられ、久しぶりに師の屋敷へと帰ってきた。

 師は昨年から失踪中で挨拶できなかったのは残念だが、今日はそれが目的では無い。


 ヒエンは、『増援戦力』として呼ばれたのだ。

 兄弟子のゲオルと共に。

 故に、大分遅めの到着となってしまった。


 ゲオルが中々見つからなかったのだ。

 何か、知り合いの占い師の占い結果が気になり、自分の足でこの屋敷に向かっていたのだと言う。

 おかげですれ違う形になり、見つけ出すのに一苦労…時間を浪費してしまった、と言う訳だ。


「……しっかし、屋敷の地下に随分とでっけぇモンをこさえられたなぁ」

「ここまでやるグリーヴィマジョリティとやらの根性には、敵ながら目を見張る物があるのです」


 愛刀、グレンジンと会話しながら、彼は薄暗い回廊を走る。


「っと、デカい部屋に出たな」

「なのです」


 迎撃用に作られた大部屋。

 そこでヒエンを出迎えたのは、


「……誰……執事じゃないっぽい」

「誰ダー!」

「キャー! 不審者ダー!」


 ワンピース姿の少女と、やたらデカいクマとウサギのぬいぐるみ。


「知らねぇ面なのぁお互い様だろ、ガキんちょ」


 知らない面、と言う事はグリーヴィマジョリティだろう。

 ヒエンが出てってから雇ったのは、ロマン達と、医務室に居たあのやたらデカい魔人少女だけだと、キリカが言っていた。


「……とにかく、倒す」

「オッケーイザラ!」

「任セトケ!」

「殺る気満々って感じだなぁおい。やんぞ、グレンジン」

「はいなのです」


 ヒエンが、グレンジンの柄に手をかける。


「……剣士……」

「んだよ、俺様が剣を使うと、何かあんのか?」

「……先に、教えといてあげる」

「あぁん?」

「私のこの『フレンドールズ』は、いくら斬り刻んでも、無駄」

「!」

「消し炭にでもしない限り、再生し続ける」

「……ほぉ、そいつぁ大層なモンだ」

「だから、無駄な抵抗はやめて、大人しく拘束されて欲しい」

「クハッ、クソみたいな連中だって聞いてたが、テメェは随分お優しいみてぇだなぁ」

「何がおかしいの?」

「いんやぁ、心配には及ばねぇ、って話だ。ガキんちょ」


 ヒエンが、その紅蓮の刀を勢い良く抜刀する。

 その刃先を追うように、鞘の内から炎の塊が発生。

 炎塊は発生直後に2つに分かれ、間髪入れずイザラの両脇を固めていたクマとウサギに着弾。


 傍から見れば、ヒエンが抜刀した瞬間にウサギとクマが発火した様に映っただろう。

 それくらい、瞬間的な出来事だった。


「ヅゥゥッ!?」

「マジヤバシッ!?」


 間抜けな悲鳴を上げ、クマとウサギは一瞬にして燃え尽き、塵と化す。


「なっ……」

「モノを消し炭にすんのぁ、俺様の得意分野だ」


 クマとウサギに、再生する気配は無い。

 本当に、消し炭にされるとダメらしい。


「さぁて……」


 どうもこの少女はあのぬいぐるみが主力だったっぽいし、もう決着は着いたも同然だろう。

 一応、キリカには「ボス以外の構成員に対してはやり過ぎるな」と言われているし、この少女は無視してさっさと進もう。


「……ロマンは、上手くやってるかねぇ……」





「っ……クソ、クソ! クソッ!」

「女性が連呼するには、相応しく無いセリフですねぇ」

「やかましい!」


 シングは魔法をひたすら、四方八方に撃ちまくる。

 目の前に、シャンドラは確かにいる。


 だが、この見えているシャンドラに、実体は無い。

 故に魔力も見えないし、攻撃も全く当たらない。

 全てすり抜けてしまう。


 アレは、幻覚だ。


 シングの脳に、直接情報が叩き込まれている。

 だから、そこにシャンドラの姿が見える様に感じてしまう。


 それに気付いたシングは、本体に攻撃を当てるべく、闇雲にでも攻撃をしていた。

 本体の魔力が見えれば事は簡単なのだが……


「時間はたっぷりある事ですし……少し、僕の魔法のタネ明かしでもしましょうか」

「何……?」

「あ、期待するのは無駄ですよ。僕の魔法は、聞いた所でその場で対策を練れる様なモノではありません」

「…………」

「僕の魔法は『精神革命ジャミングハート』……精神操作を旨とする、禁断魔法です」

「……お前が……!」


 ロマンが姉を救うため、探し求めていた、精神操作魔法の使い手。


「おや、よくわかりませんが、何かしら『動揺してくれて』いる様ですね。有難い」

「……?」

「僕が今、何故あなたに話かけているか、わかりますか?」


 楽しそうに笑いながら、シャンドラは舌を振るい続ける。


「あなたの心に隙を作るためです」

「……!?」

「あなたが怒り、悲しみ、絶望、何でも良い。動揺してくれればくれる程、『洗脳作業』がやりやすくなる」

「洗脳作業……まさか……!」


 不味い。

 シングはシャンドラの思惑を察知し、急いでこの場を離れようとした。

 だが、


「なっ……」


 出入り口が、わからない。

 いつの間にか、この部屋は四方を白い壁で方位されていた。


「これも幻覚か……!」

「幻覚……と言うより、錯覚の方が正確ですね」


 シャンドラは自慢気に話を続ける。


「人は、感覚刺激により、心を揺さぶられる事があります。素晴らしい絵画を目にした時、至高の音楽を耳にした時、最高の料理を堪能した時、等々ね」


 人は五感から何かを得て、『感動』、つまり、心に変化が起きる事がある。


「人の感覚と心は深い結びつき…パイプがある、と言う事です。僕の魔法は、そのパイプを『逆手に取る』事ができる」


 シャンドラは、シングの心に干渉し、心と感覚を繋ぐパイプに情報を流し込んでいる。

 彼女の心から、彼女の視覚へ、ありもしない物を認識する様に仕向けている。

 それにより、シングにはシャンドラがそこにいると錯覚し、この部屋が白い壁に囲まれていると錯覚している。


「錯覚を引き起こす程度の精神操作は容易い。あなたはこの部屋に入った瞬間、僕の術中に落ちたんですよ」

「厄介な……」


 このままでは……


 シングの焦りを気取り、シャンドラの笑みが濃くなる。


「フフフ……そりゃあ、焦りますよねぇ……でも良いんですか? 動揺すればする程、僕の魔法はあなたを侵食しやすくなりますよ?」

「くっ……」


 シャンドラは、「錯覚を引き起こす程度の精神操作『は』容易い」と言った。

 つまり、もっと複雑な……例えば、相手の『心を書き換える』様な大規模な精神操作には、時間がかかると言う事だ。


 シャンドラは今、それを進めている。

 シングが錯覚に惑わされている間に、着々と、その心を掌握しようとしている。


 わざわざ魔法の説明をしたのは、シングを焦らせ、恐怖させ、動揺させるため。

 シャンドラの言動から察するに、そうする事で、掌握にかかる時間を短縮できるのだろう。


 余裕を見せつける様な、シャンドラの語り口調とその内容。

 焦っては思うツボだ、そうわかっていても、シングは危機感を煽られてしまう。


 ロマンの姉の様に、虚脱状態になるプログラムを仕込まれる…ならまだ良い。

 おそらく、シャンドラはもっと卑劣な事を考えているだろう。


 シングの心を完全に掌握し、操り人形にして、マコト達とぶつけるつもりだ。


「さぁて、そろそろ……違和感が出始めているのでは?」

「っ……」


 突然、シングの全身を襲った奇妙な感覚。

 浮遊感にも似ている。

 全身の感覚が、鈍っていく。

 魂と体の繋がりが曖昧になっている様な、意識が剥離していく様な、そんな感触。


「な、何が……っ……」


 何かが、彼女の頭の中に入ってくる。

 黒い、手の様な何かが。


「やめろ!」


 魔王城の景色が、黒い手に潰されていく。

 まるで、画用紙に描いた絵をクシャクシャに丸めて行くように、黒い手はどんどん、彼女の記憶の中の景色を潰していく。


「やめろ……!」


 古い記憶から、どんどん、潰され、圧縮され、どこかに押し込められていく。

 2度と表層に現れない様に、念入りに、封をされていく。


「やめろ……やめろ……やめてくれ……っ!」


 彼女の懇願など意に介さず、黒い手はただ淡々と作業を進めていく。

 ついにその手は、彼女の存在意義にも等しい記憶の封印に着手し始める。


 サーガに関する記憶だ。


「っ」


 それだけは、ダメだ。


 お願いだ、やめてくれ。

 彼女の瞳に涙が浮かぶ。


 それを祝福する様に、シャンドラは笑った。


「ウェルカム、僕の操り人形」


 そして黒い手が、



 斬り刻まれる。



「なっ……」


 シングの心へ接続していた『端子ジャック』の消失。

 その感触に、今まで笑っていたシャンドラが、驚愕の表情を見せる。


「う……」


 シングを包んでいた奇妙な感覚が、消える。

 同時に、封印されかけていた記憶が、解放されていく。


「何が、起きているんですか……!?」

「今の魔法……お前が、精神操作魔法の使い手か」


 その声を、シングはよく知っている。


「……お前……」


 彼が纏うクリーム色のそのマントは、細胞の蘇生活動を促す医療魔法道具だ。

 そんな物を纏わなくてはいけない程、彼は重体なんだ。

 その証拠に、全身が包帯でぐるぐる巻きだ。

 シングの目に映るその姿は、とてもとても痛々しい。


 でも、


「……何で、こんな所に……」


 左手に持った黒い剣。

 その鋒をこちらに向け、堂々と立つその姿は、とても、とても、頼もしく思えた。


「ロマン……!」

「寝てられる訳、無いだろ」


 シングの質問に答えつつ、ロマンはマントを翻しながら、歩を進める。

 イビルブーストの恩恵だろう、その足取りは、瀕死の重傷人とは思えない、しっかりとした物だった。


「サーガが、危ないんだ」


 シャンドラを真っ直ぐに見据え、コクトウの柄を強く握り締める。


「満身創痍だろうが、頼もしい味方が先行していようが、関係ねぇ。どんな事情があろうと、子供のピンチに眠ってちゃ、かっこいい親父なんて程遠いからな」

「親父……?」

「お前には、後でちゃんと話すよ。とりあえず、涙拭いとけ」

「お、おお…………と言うか、ロマン……なんだよな……?」


 シングがそんな疑問を抱くのも当然である。

 彼女の目は、魔力を見る事ができる。

 ロマンの身から溢れ出す魔力は、量も質も、以前の彼とは大きく異なるのだ。


 以前の数十…いや、数百倍近い魔力量。

 そして、その質は、……ありえない事ではあるのだが、シングがよく知る『とある御方』の魔力の質に、とても良く似ている。


「……今のお前の魔力……まるで、魔王様の……」

「ああ……その辺も、後でゆっくり話すよ」

「……その格好……あなたですか。アリアトさんが『見せしめに軽く焼いてきた』、と言っていたのは」

「……軽くって……あの女、絶対に料理下手だろ」


 こんだけ全身こんがり焼いといて「軽く」なんて言葉が吐けるのは、火加減が苦手なんてレベルでは無い。


「確かに、アリアトさんの料理は前衛的で人類にはまだ早い代物です。……まぁ、それは置いといて……」


 予想外の現象に、シャンドラは一瞬焦ったが、すぐに平静を取り戻した。


「『この姿』が見えると言う事は……あなたも既に『落ちた』と言う事だ」

「!」


 そうだ、シングが見ているシャンドラは、幻想。

 それがロマンにも見えていると言う事は、ロマンも既にシャンドラの術中に落ちてしまったと言う事だ。


「先程、僕の魔法をどうやって破壊したかは知りませんが……魔法を破るには、何かしら満たすべき条件がある様ですね」

「いや、別に」

「え」


 ロマンがつぶやいた瞬間、シャンドラが、消えた。


「っ……」


 消え去ったシャンドラの幻影の少し後方に、別のシャンドラが現れる。

 その顔色は、真っ青。


「……さて、一応、姉貴達にかけられた魔法も『食って』きたし、あんたをボコボコにする必要なんてこれっぽっちも無いけどよ……」

「え、えーと、なら、ここは穏便に……」

「あんたをボコボコにする『必要』なんて、これっぽっちも無いけどよぉ」


 ロマンは強調する様に、2回同じ事を言った。

 しかも2回目は「必要」の部分をかなり立てた。

 大事な事なのだ。


「報復する必要性の有無と、許すかそれとも許さねぇ今すぐブッ飛ばしてやるから必死こいて念仏を唱えやがれこの野郎的な感情論は、別だよな」

「ボコる気満々ですね!?」


 姉への仕打ちに加え、シングを泣かせた現行犯。

 当然、このままで済ませてやるつもりなど、無い。


「正直、ぶっつけ本番でアリアトに挑むのは少し不安だったからな……さぁ、『試運転』も兼ねて、ちょっと地獄を見てもらおうか」


 ロマンを包む雰囲気が、変わる。

 風も無いのに、彼の纏っているマントが激しくなびく。


「やるぞ、コクトウ」

「応よ」


 これから、何かが起こる。

 とても大きな、得体の知れない何かが発生する。


 何も知らないシングにも、それだけはわかった。


 漆黒の嵐が吹き荒れる。

 それは、風では無い。

 一般人にも視認可能な程の密度を持った、魔力の濁流。



魔剣融合ユニゾンフォール、『夜色ノ魔王クロノズィーガ』」




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